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【 最終話 】ふたつの願い



「んはあっ!?」


 リリスの目の焦点が合い、一気に息を吐く。どうやら俺が見せていた″記憶の情景″から戻ってきたみたいだ。


『やっと戻ってきましたの? 事情は全部分かりまして?』

「キミは……どんだけ過酷な道を……歩んで……」

『今は無駄なことを話している暇はありませんわ。事情は全て把握したのでしょう? でしたらリリス、あれ・・を解析するのです』


 俺が指差したのは、玉座のような場所に鎮座する一本の杖。


「解析って……《 オラクルロッド 》を?」

『ええ、そうですわ。そのためにあなたを連れてここまで来ているんですのよ』

おおとりくん、《 オラクルロッド 》を破壊するためには、中の情報コードを解析する必要があるのよ。それが出来るのは、あらゆる情報を解析する能力を持つあなたの魔法具マギアだけなの』


 そう。さすがに世界改変の力を持つ《 オラクルロッド 》だけあって、強力無比な結界を持っており、簡単には破壊できないのだ。

 だけど、リリスに解析してもらえれば──あとは俺とジュンコの力でどうにかなるだろう。


「わ、わかったよ。でも……」

『でもも何もありませんわ。あなたもわたくしのことを好きなら、気合いを入れてさっさとやりなさい!』

「は、はひっ!」


 仕方なく喝を入れると、リリスが背筋を伸ばして《 オラクルロッド 》の解析を始める。そうそう、最初っからそうやればいいんだよ。


『あなたたちって……』

『ん? なんですの、ジュンコ』

『ううん、なんでもないわ。それより解析が終わりそうよ』


 お、さすがはリリスだ。もう《 オラクルロッド 》の解析が終わったらしい。どれどれ……。


「とりあえずボクの《 千里眼情報板ラブリィ・タブレット 》で調べた情報を出すけど……これで分かるの?」


 大丈夫。これだけあれば俺とジュンコならどうにかできるだろう。

 ということで、リリスのお役は御免。

 ここで──お別れ・・・だ。


『ええ、十分ですわ。ありがとう、リリス』

「……待ってラティ!」


 行こうとする俺を止めるリリス。察しのいいあいつのことだ、たぶん何かに気づいてしまったんだろう。


「ラティ、キミは……もしかして……」

『──五月蝿いですわ』


 俺は黙って、リリスにキスをして唇を塞ぐ。

 五月蝿い奴を黙らせる、魔法の──口付け。


 実際効果はてきめんで、リリスは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。くくく、ウブな奴め。


『さ、行きますわよジュンコ』

『え? でも……』

『いいんですわ、これで』


 だって、これ以上リリスと話してたら、俺は──。


 俺は、未練が・・・残っちゃう・・・・・じゃないか。


 だからペタンと地面に座り込んでしまったリリスにウインク一つ飛ばすと、俺はジュンコの手を引いて、《 オラクルロッド 》へと突入していった。





 宙に浮いた《 オラクルロッド 》は、幾重にも結界が重なり合い、厳重にガードされていた。おそらくは双子の女神ノエルとエクレアが神の力を駆使した防御を施しているのだろう。

 しかも、なにやら巨大な魔法を発動させようとしていた。おそらくこれは──【 世界を滅亡させる 】魔法。本当にこの世界をリセット……というよりは完全終了ゲームオーバーさせるつもりみたいだ。


 こいつを解除するのは──例えるならばぐちゃぐちゃに絡み合った糸を解くようなもの。普通なら簡単にはできない。解いているうちにタイムオーバーとなり、《 オラクルロッド 》は【 世界滅亡 】を実行してしまうだろう。


 だけど、今は違う。

 リリスがくれた『答え』があった。


『ジュンコ、いけますわね?』

『ええ、任せといて!』


 世界魔法──【 天魔崩結界デルフォイ・ブレイク 】。


 ジュンコの力を取り込んで発動させた究極魔法は、《 オラクルロッド 》を取り巻くあらゆる結界を崩壊させてゆく。


 そして、ついに──俺とジュンコの前に、無防備な一本の杖が姿を現わす。


『さぁ、あとはこいつを破壊するだけだ。いいか? ジュンコ?』

『ええ……ユーマ、待っててね』


 俺たちは手を繋ぐと、同時に──《 オラクルロッド 》に手を伸ばす。



 最後に──リリスに視線を向ける。

 呆然とこちらを眺めるリリス。お別れの言葉は、決して口にしない。




 ──ごめんな、リリス。




 残念ながら、あなたの思い通りにはならなくってよ?



 なにせわたくしは──《 悪役令嬢 》なんですもの。






 ◇






 《 オラクルロッド 》に触れた瞬間、一気に視界が変わり、ドロドロの溶岩の中みたいな不気味な光景の世界へと変貌を遂げる。

 ここは──どこだ?


『ラティリアーナ、いる?』


 ジュンコの声でなんとか自分が存在していることを確信する。それくらい不安定な場所に俺たちは飛ばされていた。


『ジュンコ、ここは……?』

『《 オラクルロッド 》の中よ。この中のどこかにユーマはいるはずだわ』


 だが、さして探す必要は無かった。

 すぐに、壁に埋め込まれたような状態になっている一人の少年を見つけたのだ。


『ユーマ!』


 ジュンコの叫び声から、彼こそが、たぶん最後の転生者である佐々礼さざれ 優真ゆうまなのだろう。

 転生してからずっと心を封じられ、世界を改変するための道具キーアイテムとして生かし続けられてきたわけだから、彼の過酷な人生は慮るに忍びない。


 すぐにでも助けてあげたい。

 だが、これは……もしかして……。


『ユーマ、待っててね! すぐに助けるからっ!』

『……待て、ジュンコ』

『なによっ!? ここまで来て邪魔する気!?』

『簡単に手を触れてはいけない。役割が入れ替わる・・・・・・・よ』

『っ!?』


 俺の指摘に、ジュンコが慌てて手を引っ込める。

 そう、運命とやらは最後にとんでもないトラップを仕込んでいやがった。

 もしユーマを助けようとすると、その存在がユーマと入れ替わりで『世界を滅亡させる』役割を引き継ぐよう運命(プログラム)がセットされていたのだ。


『うそ……なにそれ……そんなの……』


 やっとここまで来たというのに、助けようとすると今度は手を貸したものが引き込まれる。いやーほんとたちの悪い仕組みだこと。

 ……でもまぁ、そんなこったろうと思ってたよ。

 それ自体、俺はすでに織り込み済み・・・・・・さ。


『まぁ心配しなさんな、ジュンコ。俺がどうにかするからさ』

『……ラティリアーナ?』

『この世界の問題は、この世界のものが解消するべきなんだ』


 そう、決して異世界人──転生者たちの犠牲のもとに成り立っていてはいけない。

 たとえきっかけが彼らだったとしても──元に戻すのは、この世界の住人である俺たちの仕事だ。


『大丈夫。力を振り絞ってジュンコたち転生者は全員・・元の世界に戻すからさ』

『ラティリアーナ、あなたは何を言って──?』

『さようなら。リリスに── ″ おおとり 誠実まこと″に、愛してるって伝えていただけます?』

『ちょっと! 待って! ラティリアーナ!!』


 俺はジュンコを勢いよく飛ばすと──。

 そのまま壁にめり込んだユーマを掴み、一気に引き抜く。



『うりゃあぁぁあぁぁぁあっ!!』


 バリバリバリッ!!



 凄まじい音とともに、ユーマの身体が壁から引き剥がされる。これで、彼の魂が解放されたはずだ。

 だが次の瞬間、俺の魂に──得体の知れない何かが触手を伸ばしてくる。恐らくこれは、俺を″創造神″に封じ込めようという運命プログラム。ただしここでいう創造神とは『世界を改変する力だけを出し続ける、意思を持たないただの生き人形』にしか過ぎないことはユーマを見て知っている。


 ……冗談じゃない。

 そんなもん、俺が全部ぶち壊してやる。


 だけど──その前に、俺には大事な仕事が二つ残されている。


 まずは──6人の転生者たちを元の世界へと送り戻すこと。

 そしてもう一つは、この世界を16年前──すなわち転生者たちが転生してくる前まで巻き戻す・・・・ことだ。

 そうすれば、この世界は元どおりになり、全ての問題は解決する。


 ただ──その世界にわたくしは居ない。


 異世界転生、それに世界改変のうえでの時間の巻き戻し。

 そこまでして、俺の魂が持つわけがない。世界を書き換えるという行為には、想像を絶する対価が必要となる。むしろ俺の魂だけで足りるのかって感じだ。

 だから、俺の魂は恐らく──成し遂げた直後、運命プログラム共々、跡形もなく消滅してしまうだろう。


 ……んまあでも、そうなるだろうことは、ある程度覚悟してたんだけどさ。


 元々、魂だけの存在になって過去に遡った時点で捨てた命だ。俺の命くらいでこの世界を元に戻せるってだけでもめっけもんさ。


『うぉぉぉぉおおおぉおっ!!』



 だから俺は、最後の力を振り絞って、この世界を、過去を、改変する──。






 ◆◆





 異変は突然だった。

 災厄の神ディザスター・ビーストが突如動きを止める。


 何事かと訝しむレオルたちの前で、禍々しい姿をしていた怪物は、ゆっくりと小さくなってゆき──やがて小さなカブトムシのような姿になった。


『我は災厄──災厄は自然の流れの一部なり──』


 それだけ口にすると、ディザスター・ビーストだったものは、そのまま飛び去っていった。




 同じ頃、大魔王ゴアティエとアンデット・ラティリアーナが同時に灰となって消え去った。


 さらには、ウタルダスらと交戦していた双子の女神ノエルとエクレアも動きを止める。


『──因果の流れが変わりましたわ』

『わたしたちは──あらたな因果律に従いますの』


 それだけを口にすると、完全に戦闘モードを解除して、空に羽ばたく。



 途端、世界がゆっくりと──停止した。






 ◆




 リリスは気がつくと、自分が不思議な空間に存在していることに気づいた。

 ここは──どこだ? 虹色に輝くこの空間は、まるで……。


「あれ? マコっちゃんかいな?」

「え? って──そこにいるのはカッツン!?」


 声をかけられて振り返ると、そこには骸骨姿のアスモデウス──ではなく、転生前の姿の【 佐伯(さえき) 克也(かつや) 】が立っていた。


「え? なんでカッツンは元の姿になってるの?」

「わいだけやないで──ほら」


 カッツンが指差す方を見ると、そこには懐かしい顔ぶれが見えた。

 あれは──委員長こと【 亜鳥(あとり) 晴香(はるか) 】じゃないか! その横には……諸悪の根源でもある【 四道しどう れん 】が気まずそうな表情で立っている。


 これは一体どういうことなんだ? どうしてみんなの姿が──。


「あたしたちは、これから元の世界へ帰るのよ」


 答えを教えてくれたのは、新たに現れた少女──【 御堂橋(みどうばし) 順子(じゅんこ) 】だった。しかも彼女は眠ったままの少年を胸に抱えている。リリスには見覚えがあった。彼は──ずっと行方不明になっていた【 佐々礼(さざれ) 優真ゆうま 】ではないか。


「ジュンコ! ユーマを救い出したんだ! でも……元の世界へ戻るってのは? それに、一緒にユーマを救いに行ったはずのラティは? あのあとどうなったの?」

「……」


 だがジュンコは下を向いたまま何も答えない。代わりに教えてくれたのは──。


『ジュンコの言う通り、あなた方はこれから元の世界へ戻りますわ』

『同時に、この世界は過去へ巻き戻りますの』


 突如姿を現した、双子の女神ノエルとエクレアであった。さっきまで自分たちを邪魔していた存在かみに対して、何か言い返そうとしたリリスだが──ある事実に気づいて言葉を失う。

 なんと、二人の姿が薄っすらと透け、消えかかって・・・・・・いた・・のだ。


「あんたら……消えようとしている? なんで……」

『わたしたちはこれから、あなた方を元の世界に送り届けますわ』

『そのあと、この世界を16年前まで″巻き戻し″ますの』

「なっ!?」

『これらの作業を終えたところで、わたしたちは完全に消滅しますわ』

あの方・・・の願いを叶えるために、誤った過去をやり直すために、わたしたちもあの方と同様に、存在の全てをかけますの』


 ──双子の女神が語った真実。

 ラティリアーナの望みは、″世界の秩序ルールを無視した″とてつもないものだった。全てを叶えるためには、彼女の魂だけでは足りなかった。その足りない部分を、双子の女神は己の存在を全て捧げることで補おうとしていたのだ。


 だが、真実を知らないリリスは戸惑いを隠せずにいた。


「おい! それってどういう意味だよ!? ラティは、ラティはどうなるっていうのさ!」

『あの方も──わたしたちと同様に存在が消滅しますわ』

『新たに紡ぎ出される歴史では、あの方は居なかったものとして巻き戻りますの』


 ラティリアーナの……存在が消える?

 双子の女神が口にした信じられない事実に、リリスは激昂する。


「なんだよそれ! そんなの受け入れられないよ!」

『残念ですが──これでもギリギリなのですわ』

『本当はわたしたちも、あの方の存在だけはせめて残したいんですの……』


 いやだ。

 そんなの絶対に受け入れられない。


 せっかくラティリアーナが帰ってきたというのに、永遠のお別れどころか……その存在が消滅してしまうなんて。


 あの気高き魂が。

 強さを秘めた瞳が。

 誰よりも美しい心が。


 完全に消えてしまうなんて、そんなの──。


「だったら、僕の命を使うってのはどうなんだい?」


 不意に背後から声が聞こえて、ハッとして振り返るリリス。

 そこには──決意を秘めた表情を浮かべたシドーレンが居た。


「僕は……たくさん間違っていた。多くの過ちを犯した。その責任を、僕が──僕こそが取るべきだろ?」

「……四道?」

おおとり、みんな。迷惑をかけたな。僕が……愚かだったよ。許されるとは思ってないけど……せめてその責任くらいは取らせてくれ。今更こんなこと言うのも何だけど……元気でな」

「おい四道! ふざけんなよっ! そんなの……そんなの、受け入れられない!」


 気がつくとリリスはそう口にしていた。

 あまりの大声に、内容に、今度はシドーレンが驚く番だった。


「おい、おおとり? 君は何を言って……」

「四道、キミは確かにとんでもない罪を犯した。たくさんの人たちに迷惑をかけた。だけどそれは──キミが意図していたわけじゃない。その証拠に、キミは人の命を最後まで奪うことが出来なかった」

「うっ……」

「ラティは、そんなキミを悪くないと言った! 許した! だから……ボクはキミが死ぬことも受け入れられない !」

「……わいも受け入れられへんなぁ」


 援護は、思わぬところからやってきた。


「へっ? カッツン?」

「あたしも受け入れられないわね、誰かの存在を賭けてまでして自分だけが助かるなんてさ」

「委員長!?」


 カッツンに加えて、委員長アトリーまでもがリリスの意見に同意を示す。彼らも──誰かの命によって物事が解決することを良しとしなかったのだ。

 二人の援護は、リリスにとっては正直嬉しかった。

 だけど……これでは良い意味で八方塞がりみたいな状況ではないか?


『……ふふふ』

『……うふふ』


 そのとき──双子の女神ノエルとエクレアの穏やかな笑い声が聞こえる。それは、決して馬鹿にしたようなものではなく、どこまでも優しく慈愛に満ちた微笑みであった。


「ノエル? エクレア?」

『素晴らしい思いやりですね。わたくしたちは感動しましたわ』

『そんなあなたたちだからこそ、わたしたちから一つ新たな解決策を提案させてもらいたいんですの』


 初めて見る双子の女神の優しげな笑顔に、リリスは惹き込まれそうになるのを必死に堪えながら問いかける。


「新たな解決策? それってどんなのさっ!」

『それはですね──』





 双子の女神が提示した解決策を受けて、6人の転生者たちは決断をする。


 その決断は──。





 ……エピローグに続く。

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