79.レイスの正体
一つとなったラティリアーナは──。
どれくらい──時が経ったのだろうか。
『……ラティリアーナ?』
ジュンコにそう問いかけられ、俺はゆっくりと顔を上げる。
……ってあれ? 【 断魔 】の人格って無くなったんじゃなかったのか? なのに『俺』って言ってるし……どうなってんの?
『心配しなくても大丈夫よ。あなたの人格はちゃんと統合されてるわ。その証拠に、もう過去のことは思い出せるでしょ?』
──確かに、今まで思い出すことのできなかった幼い頃のラティリアーナの記憶を全て思い出すことが出来る。なにより、自分がラティリアーナであるという確信がある。
だけど……なんか気持ち悪いなぁ。口調のせいかな? ですわって語尾につけて言わなきゃいけないのかな?
『違和感があるのは最初だけよ。そのうち慣れるわ』
「そうですの(そうなんだ)」
『いやー、なんか二つの声が聞こえてくる〜』
「慣れですわ(慣れだって言ってたじゃん)」
『ひえー、あたしが気持ち悪いよぉ』
……まぁいいや。
とりあえず色々あったものの、俺は本当の自分を取り戻したみたいだ。
これで、俺の魂とやらは安定して、ジュンコの──《 紫艶の魔導書 》の全能力を開放できるってわけだ。
『できるわ。できるけど……あたしの力じゃ世界を変えることは出来ない。やっぱり《 オラクルロッド 》のほうが強い影響力を持ってるのよ』
「じゃあ、《 英霊の宴 》に乗り込むことは……」
『今のままじゃ無理だわ。座標が隠匿されて分からないからね』
うーん、そうなのかー。
だとすると、先に《 英霊の宴 》に行ってしまったリリスたちのことが心配だな。
『一応、あなたのお友達には因果律の呪縛から解放されるためのキーアイテムは渡してあるわ。だから、《 英霊の宴 》でもある程度は自由に力を発揮できるとは思うけど……それだけじゃ女神たちには勝てても因果律は改変できないわ。きっと最後には、《 オラクルロッド 》がダメになったシナリオをリセットするために──世界を崩壊させて滅ぼすはずよ。
根本的にどうにかするには《 オラクルロッド 》を破壊するしかないの。そのためにも、なんとかして《 英霊の宴 》に乗り込まないといけないんだけど……座標が分からない以上は手が出せないんだよねぇ』
「座標、ねぇ。たとえば俺が《 英霊の宴 》に乗り込んでたらどうにかなる?」
『それは……真の持ち主となったあなたとなら世界のどこにいても回線は繋がるから特定できるはずよ。でも、あなたはここにいるじゃない。そんなの無理よ』
それが、無理じゃないんだよなー。
そしてその方法を──実は俺はもう閃いていた。過去を変えることなく、すでに起こった事象に″干渉″することで、《 英霊の宴 》に乗り込む手段を。
「ジュンコ。あなたの能力で、このわたくしを──過去に送りなさい」
『それは……ダメよ』
「でも、できますのね?」
俺の問いかけに、ジュンコは黙り込んでしまう。それだけで答えとしては十分だった。
「わかってますわ。わたくしを過去に送り込むと……わたくしは死んでしまいますのね?」
『っ!』
ハッと息を飲むジュンコ。
『正確には……あなたの魂は肉体から完全に分離されてしまうことになるわ。それを″生きている″と呼べるかどうかは、あたしにはもう……言い切れないの』
まぁそんなところだろうと思ってたよ。
でも否定されなかったってことは、可能ってことだ。
「それでかまいませんわ。わたくしを過去に送りなさい」
『イヤよ! そんなこと……できないわ』
「大丈夫ですわ。わたくしは必ず──《 英霊の宴 》に潜り込んで、あなたを呼び寄せます。それまで……しばらくの間、待ってて下さいますわね?」
多分、現実的な時間としては僅かな時間なのだろう。
だけどこの方法をとると、俺はまた一年近くを過ごすことになる。そしてそのあと、俺は──。
でも──それでも構わない。
必ず、世界を開放してみせる。
『……わかったわ。それじゃああなたを過去に飛ばすわね。どのタイミングに飛ばせばいいの?』
ジュンコの問いに、俺は迷いなく答える。
「そんなの決まってますわ。
あなたと──初めて出会ったあの瞬間ですのよ」
◆
ジュンコの異世界チート【 自分勝手な解釈 】が発動し、俺は──過去へと飛ばされてゆく。
辿り着いたのは──。
「……お嬢様、この魔法具は危険ですワン」
「お黙りなさい犬! わたくしの言うことが聞けませんの?」
……あぁ、あの時だ。
今からおよそ一年前── 俺が、魔導書を宝物庫から持ち出した時だ! いやー懐かしいなぁ。
ただ一つ違うのが、俺の意識が魔導書の中にあるってことだ。太った自分を見るのも久しぶりだ。自分のことが大嫌いだったあの頃を思い出して、すこし感傷的な気分になる。
……いかんいかん、今はそんなこと考えてる場合じゃなかった。実際、太っちょラティリアーナが魔導書を覚醒させようとしているし。
「この魔法具はきっとハイランクなものに違いありませんわ!
では……行きますわよ」
俺が魔力を通すと、魔導書がゆっくりと目覚めてゆくのがわかる。
ここで──ジュンコが覚醒したわけだな。ん? だけど表面にある紫色の宝石が邪魔をして完全に覚醒できないみたいだ。仕方ない、俺がフォローするかね。
……というわけで、ぼちぼち俺の出番ってわけか。
思い切って魔導書から身体を出してみると、紫色の霊体のような形になって出現した。実体化できずに不安定なのは……魂だけが過去に戻ってきたから? そのせいか、魔導書の外に出ると、姿を保つことが出来なくなるらしい。
……どうやら別に動力源が必要みたいだな。ちょうど目の前に燃料庫がいるし──仕方ない、ここは俺自身から魔力を借りるとするか。騒がれると面倒だから、気を失ってもらうとしよう。
「きゃあぁぁっ! お嬢様!」
おっと、舞夢の存在を忘れてた。彼女にも眠ってもらって、と。
あぁ、そういやそろそろ【 断魔 】を呼ばないとな。その辺を【 ヴァイオ・ボム 】で軽く爆発させて……と。
「がるルルル……」
おお、さすが一流の冒険者! 美虎と【 断魔 】デュカリオン・ハーシスがドアを突き破って登場だ。
うわー、なんかモンスターを見るかのような目で睨まれてるな。まぁ太っちょな自分を抱えたまま宙に浮く紫色の霊体なんて見たら、普通そんな反応になるか。
「 ──唸れ、【 火焔大刀 】!」
うわ、美虎ってば攻撃仕掛けてきやがったよ!
俺のことがわからずに攻撃してくるなんて……こいつめ、無力化してお痛してやる! ま、美虎は頑丈だから、少しくらい爆発しても大丈夫かな? あそーれ、ボーンっとな。
さぁ、これで残るはあんただよ、【 断魔 】。
「まいったな、あんな化け物とサシで勝負かよ……今日は本当にツイてねぇな」
大丈夫。ここから始まるんだ。
あとでゆっくりと謝るから……しばらく一緒に眠りにつこうな?
俺がわざと回避可能な攻撃を放つと、【 断魔 】デュカリオン・ハーシスは一気に突っ込んできた。
「おいたはそれくらいにしてくれよ、悪霊さん!」
よし、狙い通りジュンコを封じていた紫色の宝石を砕いてくれたぞ。
これで──ジュンコは完全に覚醒するはずだ。
実際、すぐにジュンコが覚醒して、デュカリオン・ハーシスの魔力を開放すると同時に、彼を石化させる能力を発動させている。
おいおい、気が早くないか? こりゃ早く対応しないとな。
俺は解放されたジュンコの力を取り入れて素早く実体化してゆくと、そのまま──【 断魔 】の中に入り込もうとする。
──ごめんな、お詫びする暇もなかったけど。
『……な……お………』
外に出たのは、僅かな言葉だけ。
「……断末魔か? だけど恨まないでくれや。あんたの正体がなんなのかよく分からないけどさ、こっちも素直にやられるわけにはいかなかったんだよ。悪霊なら──成仏してくれ」
──うらみごとは、あとでゆっくり聞くから。いっしょに……眠るんだ。
『……み………しん』
そうして俺は──【 断魔 】の体内に入り込むと、一緒に石と化したんだ。
◇
「……ってわけなんだ。ごめんなデューク」
「うぉい! マジかよ! フザケンナよ!」
石化した彼の身体の中で、デュカリオン・ハーシス──仲良く? なってからは『デューク』って呼んでる──に事情を説明したところ、返ってきたのは激しい反応だった。
うん、そりゃいきなりこんな話聞かされたら驚くよなぁ。
「心配しなくても、1年後にはシドーレンってやつが石化を解いてくれるからさ。大丈夫だよ」
「いやいや、でも俺そいつに操られるんだろ? 全然大丈夫じゃないじゃん!」
「それもどうにかなるよう力を貸すからさ……」
「ったく……まぁこうなっちまったもんは仕方ないんだけどさ」
いろいろと説得して、なんとかこの状況を受け入れてもらえたんだけど……いやー苦労したよ。
とはいえ、デュークと話しているとずいぶんと馬が合った。それもそのはず、だって俺のこの人格の元ネタは彼なわけだからね。
「そんなわけでデューク。たぶんあんたは《 英霊の宴 》で、シドーレンに操られたまま俺の仲間と戦うことになると思われる。だから……そのときにはある程度手加減してほしいんだ」
「手加減っていっても、あんたのお仲間は強いんだろう? 逆に俺が負けちまうんじゃないか?」
「それは大丈夫、デュークは恐ろしく強くなってるから」
「……へぇ」
返事はそっけないけど、まんざらでもないようだった。
実際、彼の真似をしてたからわかるけど、デュークの能力は超一流だ。この世界でも屈指の剣術の腕に、動きを見切る目。魔法をことごとく打ち破る断魔の力。
それに今じゃチート級の魔力まで備わってるんだから、Sランク冒険者が束にでもならないと彼には勝てないだろう。
「まぁ……あんたの説明はだいたいわかったよ。そんじゃあ俺の魔力がなかったのも、その……因果律とやらのせいなのかな?」
「たぶん……そうなんじゃないかな?」
「ったく、人の人生を弄びやがって……ロクなもんじゃないな。でもそれを修正しようってんなら、微力ながら俺も力を貸させてもらうよ」
「あぁ、恩にきるよ。デューク」
「あんたも大変だな、ラティリアーナ。
……それにしても、その容姿でその口調だとやりにくいったらありゃしない。どうにかなんないのか?」
デュークが困惑しているのもわかる。今の俺たちは魂で向き合っている状態だから、彼には俺が″女性のラティリアーナの姿″に見えてるはずだ。なのに口調が「俺」だから、彼からすると違和感バリバリなんだろう。
「すまないが、勘弁して欲しい。こればっかりは口癖がなかなか抜けなくてね」
「あんた……高慢ちきだけどすんげぇ美人でやかましいな」
「それって褒めてるの? それとも貶してる?」
「俺なりの褒め言葉のつもりなんだけどな。口下手ですまんな」
「気にしてないから構わないよ。でも──褒め言葉として受け取っとくさ」
「ふふっ。でもまぁこいつはデカい借りだ。いつか必ず……返させてもらうぜ」
「だったらさ、俺の仲間がピンチのときに、助けてやってもらえないかな? たぶん《 英霊の宴 》で危険な目に遭うと思うんだ」
「おう、それなら俺の得意分野だ! 任せとけ、きっとあんたの仲間の手助けをしてやるさ!」
そして──石化してから一年が経過した頃。
一人の少年とモードレッドによく似た美女、それにピエロ姿の変なやつがやってきた。
ふーん、こいつがシドーレンか。なんか思ってたより幼いな。
パパ侯爵……というか俺の父親をフルボッコにしたあと、嬉しそうに石化したデュークに近寄ってくる。いかんいかん、そろそろ隠れないとな。デューク、あとは……頑張れよ。
「それにしても誰だよ、こんな手の込んだことをしたのは……んん〜? なんか魂が不安定だな、すぐに固定化しなきゃ。ランスロット、彼を支えておいて」
危なっ!
さすがは異世界転生者、危うく俺の存在がバレそうだったよ。でも勘違いしてくれたみたいだ、ラッキー。
「……よし、上手くいった。ふふふっ、ふはははっ! やった、やったぞ! 僕はついに──【 魔王 】を手に入れたんだ!!」
さぁ、計画通りデュークはシドーレンに洗脳されてしまった。これで俺も《 英霊の宴 》に潜入できるぞ、しめしめ。
シドーレンのやつ、勝手に高笑いしてるけど、掌で踊らされてるって知ったらキレるかなぁ? むふふっ。
……なーんて調子に乗っていたものの、すぐに困った状況にあることに気づく。なんと、せっかく《 英霊の宴 》に来れたというのに、デュークの身体から出ることが出来ないのだ。
たぶん、力が足りていない。魂だけの存在になってるせいもあるだろう。このままではジュンコに渡りをつけることもできないじゃないか、困ったなぁ……。早くデュークを洗脳から解放して、手助けしてもらわないとな。
そうこうしているうちに、デュークはアーダベルトと戦うことになる。
おっ、これはチャンスだ。アーダベルトに操作の仮面を破壊してもらおう。時々内側からデュークの邪魔をして、全力を出させないようにして、と……よーし、いい感じだ。
「はあぁぁあっ! ──究極槍術【 夢幻槍 】!!」
「グウォォォオオォォッ!!」
よっしゃ、アーダベルトの技が決まった!
あ、デュークってば案外しぶといな。最後にもうちょっと手助けしようかな。
デュークの全身を、紫色の霧のような魔力が微かに覆って魔力を使えないようにして……と。よーし負けた。あとはデュークが完全に目を覚ますまでもうしばらくの辛抱かな。それまでは、みんなの戦いを見守るとしよう。
……うわ、リリスのやつエゲツない技を使うなぁ。
まさか指を飛ばすなんて……とんでもない!
あー。シドーレンのやつ失神しちゃったよ、情けないなぁ。
って、ええっ!? ここで女神たちがブチ切れる?
しかも──管理者権限《 三神罰門開放 》って……あれ、もしかしてあいつら──俺の身体を召喚してる!?
これは──チャンスだ。
このスキに、ジュンコと魔力線を繋げて……よし、成功だ。これでジュンコにも《 英霊の宴 》の座標が特定出来たみたいだ。
ついでにジュンコに頼んで他のSランク冒険者のやつらも召集してもらおう。
『オッケー、わかったわ。でもさ、ちょっと距離が離れてるから使える魔法触媒ないかしら?』
触媒? そういえば前に野良ダンジョンを制覇したときに手に入れた魔法具があったよな。たしか……Dランク使い捨て魔法具【 バックアタック 】だっけ。
生身は双子の女神に拉致されたけど、ジュンコの魔導書や衣服なんかは全部取り残されてるから、残ってるはず……。
『あったわ、これを上手く触媒に使えば《 道 》は開けるわね』
「じゃあ、そこにいるやつらと……あと少し離れた場所にいる竜戦士のおっさんたちも呼んでもらえないかな?」
『それくらいはお安い御用よ。真の主人である貴女と繋がって、今のあたしはほぼ万能だからね。あー、あなたの友達を誘う時、貴女の姿を使ってもいい?』
俺の姿? あぁ、いきなり変なのが現れたらそりゃ警戒するもんな。
「いいよ、好きに使って」
『じゃあ、少し待っててね。すぐにそっちに向かうからね』
よーし、じゃあこっちはボチボチ、デュークを起こすとするかね。
ほーれ、デューク! そろそろ出番だぞー!
「……ほんっとあんたは人使いが荒いな。まぁいいさ、あの子達を助ければいいんだろ?」
「うん、よろしくな! じゃあ怪我の回復も完了したし、目覚めさせるぞ?」
「おう、まかしとけ! 早く魔力を使えるようになった自分の体を試したいぜ!」
一年間お世話になったデュークの身体を離れ、俺はまた紫色の霊体となる。向かうのはもちろん──あの忌々しい俺の肉体のせいでメンタルやられちゃったリリスのところへ、だ。
──まったく。
あいつは俺がいないとダメなんだからなぁ。
……余談ですが、第1話となるプロローグは主人公視点ではなく、本作唯一となるデュカリオン・ハーシス視点だったりします( ^ω^ )




