77.ジュンコ
時は少し戻り……久しぶりの主人公視点へ。
アーダベルトに胸を貫かれ、気を失ったあと……。
俺の意識は暗い場所に沈んでいた。
いつのまにか身体は、紫色のもやのような塊になっていた。なんだこれ? もしかして霊魂とかいうやつかな?
しかし参ったな、結局リリスにはろくにメッセージを伝える間も無く意識を失ってしまった。このままじゃ俺、無駄死にじゃん。なんとか俺が気づいたことをあいつらに伝えることはできないものか……。
『あなたは……強いのね。死にかけたというのに友達の心配なんて……』
「だ、誰だ!?」
不意に声が聞こえ、振り返るとそこには……紺色の服を着た一人の少女が体操座りで座っていた。
だが顔は俯いたままで、その表情は見えない。
「あんた……誰?」
『あたし? あたしはジュンコ──御堂橋 順子よ』
苗字が先に来る妙な名前に聞き覚えがある。
もしかしてこの子は──。
「もしかしてあんた……″転生者″か?」
『っ!? あなたもしかして、あたしのこと知ってるの!?』
「知ってるも何も……あんたはリリス、あぁマコトだっけ、の友達だろう? あいつ、ずっと探してたぞ? こんな所にいたのか……って!?」
俺の言葉を聞いた途端、ぶわっと両方の目から大粒の涙がボロボロと零れ落ち始める。
『ふぇ……』
「ちょ、な、泣かないで……」
『ふわぁぁぁぁっ!!』
突然泣き出したジュンコは、そのまま頭を抱くように泣きだしてしまった。
どうしたもんかな……俺が途方に暮れていると、ジュンコの身体が白い光に包まれていき──羽の生えた小さな妖精の姿へと変貌を遂げた。
「えっ? えっ?」
『あー、泣いたらスッキリしたわ。ごめんね、驚かせて。これが今のあたしの本当の姿──妖精霊ジュンコよ』
おいおい、嘘泣きかよ?
これだから女心ってのは分からないんだよなぁ……。
『女心が分からないって、何を言ってるの? あなた女の子じゃない』
いや、そう見えるかもしれないけど、中身はおっさんだったりするんだよ、こちとらは。
『……まぁあなたがそう言うなら別に今はこれ以上追求しないけどさ』
そうそう、そうしてもらえると助かる……って、えっ!?
「……もしかして、心の声が聞こえる?」
『うん、丸聞こえだよ』
なんてこったい! 気を遣って話してたのが台無しじゃないか!
頭を抱えようにも変な霊体? みたいなのになってるから抱えられないし……。
などと一人で悶絶していると、『ふふふっ』と声を出してジュンコが笑い始めた。
「……」
『あーごめんごめん。人と話したのが久し振りだからちょっとテンション変なのよ、許してね』
「それよりも、今俺がどうなっているのかと、君が何者なのかを教えて欲しいな」
『そうよね……分かったわ』
ふわり。妖精霊ジュンコは軽く宙を一回転すると、俺の目の前に舞い降りてくる。
『ここはね、あなたが言う《 紫艶の魔導書 》の中だよ』
「……は?」
予想外の言葉に、俺は間抜けな言葉しか出すことが出来なかった。
◇
ここが──《 紫艶の魔導書 》の中だって?
俺はもやとなった体から手を伸ばすイメージをしてみる。だけど何も掴むことはできない。
『そしてあたしの正体は──《 紫艶の魔導書 》そのもの。
あたしはね、この世界に道具として転生して、あなたの家の宝物館でずっと眠りについてたのよ。……あなたが手に取るまではね』
「なっ!?」
『そしてついさっき、あなたが死にかけてたから慌ててあなたの魂を引き入れたところなの。だから今のあなたは、魂だけの存在といえるわ』
なるほど、確かに俺は直前まで死にかけてた。完全に昇天してしまう前に、この子が守ってくれたんだな。ってことは……。
「そっか……君は命の恩人なんだな。ありがとう」
『いいえ、気にしなくていいわ。あたしもあなたのおかげで外の世界を見ることが出来るようになったわけだからね。それまでずっと倉庫の奥に閉じ込められてて本当に辛かったんだ』
なるほど、《 紫艶の魔導書 》だったんだとしたら、自分で動くことができないからラティリアーナが手に取るまで……それこそ15年くらい倉庫の奥に閉じ込められてたってことか。そりゃ可哀想だな。
『あたしに同情してくれるの? あなた自身酷い目に遭ってるってのに……優しいのね』
「あ、しまった。心の声が聞こえてるんだった。いや、その、別に同情ってわけじゃ……」
『ううん、気にしてないから大丈夫よ。あたしは魔法具としてあなたの手にありながら、ずっとあなたが経験してきたのものを見てきたんだから。
あなたがこれまで行ってきたことは、とても崇高で……尊敬すべきものよ。あたしには到底無理な道を歩んでる』
まぁ確かに、酷い人生ではあったよな。
特に黒死蝶病のときなんて、何回か死んでてもおかしくないようなことやってたし。
『だからね、あたし……あなたの力になりたいの』
「俺の、力に?」
『ええ。その代わり、あたしに協力してくれないかな。── 《 オラクルロッド 》を破壊して欲しいの』
おーっと、ここで初めて聞く単語が出てきたぞ。
なんだ? オラクルロッドって?
『あぁ、あなたは知らないんだったわね。《 オラクルロッド 》っていうのはね、双子の女神が管理している、この世界の【 管理者権限 】そのものよ』
管理者権限……えらく物騒な名前が出てきたな。
名前だけ聞くと、この世界を自由にする権利のように思えるんだけど。
『ええ、その通りよ。その力を《 オラクルロッド 》……に転生したあたしの彼氏であるユーマ──佐々礼 優真が待ってるわ』
「なっ!? それって……あんたの彼氏? とやらが、所謂″創造神″になっちまったってことか?」
『違うわ、ただの道具になっただけよ。今の彼に……自分の意思や感情など残ってないわ。ほとんどただの無機物でしかないの』
……それを──″転生した″と言えるのか?
たとえ万能の能力を手に入れたとしても、己の意思が存在しないのであれば……。いや、生きているのかさえ不明な状態じゃないか。
『そのとおりよ。だからあたしは彼のことを助けたいの。《 オラクルロッド 》を破壊すれば、きっと彼は呪縛から解放されるはずだわ。だからあなたに──その手助けをして欲しいのよ』
言ってることは理解できる。
だが……なぜ自分で身動きすらできないジュンコが、こんなにも世界の裏事情を知っている?
「……なんで君はそんなに詳しく知ってるんだ? リリスは記憶がかなり封じられてるって言ってたのに……」
『それはたぶん、因果律による情報統制の結果だと思うわ』
シナリオ? 情報統制? なんだか意味不明な単語が出まくってきたぞ?
『あーそっか、あなたはこの世界の背景を何も知らないのか。驚かないで聞いてね?
実はね……この世界は、【 四道 蓮 】がイメージした世界を再現するようにシナリオ──すなわち因果律が操作されてるのよ』
……やばい、なんかとんでもない話になってきたぞ。
◇
その後、ジュンコが説明してくれた内容はこうだった。
この世界は、【 四道 蓮 】という″厨二病のクソガキ″(俺には意味不明の言葉だが、そこはスルーする)の妄想を実現するために動いているとのこと。
リリスからも聞いていたが、この世界は『ブレイブ・アンド・イノセンス』というゲームに酷似しているらしい。
で、そのゲーム……いや正確には【 四道 蓮 】という厨二病のクソ……(以下略)、の考えたストーリーに沿って物事が進むように、《 オラクルロッド 》があらゆる人たちの因果律を操作してるというのだ。
そして、実行部隊として実際にその手足を動かしていたのが、双子の女神ノエルとエクレアであるらしい。
「なるほど……だからあいつらは俺を殺しに来たのか」
『そうね、たぶんあなたに割り振られていた役割は″悪役令嬢″。だからシナリオ的にあなたを絶対に《 英霊の宴 》に行かせるわけにはいかなかったんだと思う』
じゃあ、リリスの記憶が制限されていたのは……。
『勝手な因果律の改変を防ぐためよ』
では、ジュンコが記憶を制御されずに、全てを知っているのは……。
『あたしは魔法具……ようは無生物。そんな存在に、因果律による記憶操作は届かないわ』
……なんてこったい。
そしたら……悪いのは……。
諸悪の根源は……。
『ええ、あなたの考えてるとおり──誰も悪くないわ。ただ機械的に……因果律に則るよう行動してるだけなのだから。
そこに──善意も悪意もないのよ』
ジュンコが告げたのは、やり場のない事実。
確かにずっと気になっていた。双子の女神ノエルとエクレアが俺を殺しに来たとき、なんの感情も感じられなかった。それもそのはず、彼女たちは──ただ因果律が正しくあるよう修正していただけなのだから……。
「じゃあもしかして……【 黒死蝶病 】が突然変異したのも……」
『因果律に従って、他のイベントを起こさないようにするために改変されたのよ。実行したのは″災厄の獣″という名の神だけど』
「ティアの父親や故郷が滅ぼされたのも……」
『″クリア後のイベント″を発生させないためよ。こちらは双子の女神ノエルとエクレアが実行したわ』
「じゃあ、その……シドー・レンというやつは、これらの事実を──」
『知らないわ。彼の意思とは無関係に、因果律は操作されている。
……だからタチが悪いのよ』
「そんなの……そんなの、どうしようもないじゃないか!」
『……だからあなたに、《 オラクルロッド 》を破壊して欲しいのよ。全ての悪しき因果を断ち切るためにね』
……なるほど、そうなるわけか。
◇
ジュンコが《 オラクルロッド 》を壊したい背景はわかった。
ではどうすれば《 オラクルロッド 》を破壊できるのか。……いや正確には、どうやれば《 英霊の宴 》に乱入することができるのか。
『そうなの、それが問題なのよ。実は……あたしに干渉できることは限られてるんだ』
「──具体的には?」
『あなたに力を与えることと、自身が関わった過去への干渉、それだけ』
いやいや、それだけで十分じゃないのか?
そもそも過去への干渉って……かなりすごくね?
『そんなことないわ。
たとえばあなたに力は与えられるけど、《 英霊の宴 》には連れていけない。行けさえすれば因果律を壊すくらいはできるんだけど……』
「じゃあ過去への干渉は?」
『あたし自身の役割に関連することなら、あたしが持つ転生者チート【 自分勝手な解釈 】で過去に遡って手を加えることが出来る。だけど、過去に起こったこと自体は変えられない。
……分かりやすく言うと、あたしが関与して発生した出来事には、後付けで別の理由を付けることはできるけど、あたしと無関係な過去……たとえば、あなたがアーダベルトに胸を貫かれたという事実を変えることはできない。
だから、あくまで″干渉″なのよ』
……なんだか小難しい能力だな。
どう使えば良いんだ?
『んー、正直あたしには良い使い方が浮かばないんだ。なぜなら、あたし自身が転生してから成したことなんて限られてるから』
「どんなことをやってきたの?」
『あたしに与えられた役割は、ラスボス──″デュカリオン・ハーシス″へ【 超魔 】の力を伝えることよ』
……え?
ラティリアーナの武器としての存在じゃなかったの?
『違うわ。もともとあたしはデュカリオン・ハーシスの魔法具になって彼の魔力を解放する存在だったのよ。だけど……あなたが倉庫で変な儀式を使った時に、都合良く″【 超魔 】の力″は与えられたから、そこであたしの仕事はお役御免。そのあとあなたと一緒に旅をしていたのは──すべて因果律の外の話よ』
──思い出した。
そういえばマンダリン侯爵を襲撃したゲームマスター……ジュンコの話によるとそいつがシドー・レンだったらしいけど、そいつが残したセリフ。
──
「賊たちが我が家を襲撃したのには二つの目的があったようじゃ。一つは、お前の命の恩人である”断魔”様の身柄の確保。そしてもう一つは『彼をラスボスたらしめる究極の魔法具』を手に入れるため、じゃと言っておった。……ちなみにこの言葉の意味はわしにはよくわからぬ」
──
「あんたが……彼をラスボスたらしめる究極の魔法具だったのか」
『その呼び名は恥ずかしいわね。でも──そういうことよ』
「じゃあ、あん時現れた″紫色の悪霊″は……」
『紫色のレイス? なにそれ?』
……おや、なんだかおかしな事になってきたぞ。
「ジュンコ、君は……″紫色の悪霊″じゃないの?」
『なにそれ、知らないわ。そもそもあたしは白い妖精霊だし』
「じゃあ、あのレイスは……」
──そのとき。
俺の頭の中で色々なものがスパークした。
バラバラだった出来事が、一つの道筋へと整えられていく。
『……ねぇ、大丈夫? ぼーっとしてるけど……』
「なぁジュンコ、君の過去に干渉する能力ってのは、俺にも効くのか?」
『えっ?』
俺の問いかけに、戸惑うジュンコ。だがその表情が真実を語っていた。
「できるんだな? だけど厳しい条件がある」
『……ええ』
「その条件は、俺が魂だけの存在になること、だな?」
『……ええ、そうよ』
俺とジュンコが共にいる時に起こった出来事で、過去を変えずに干渉する方法──。
──ある。ひとつだけ、全てを解決する方法が。
『でも今のあなたには無理よ?』
「へ? なんで?」
『だって、あなたの魂が安定してないんだもの』
魂の安定?
あぁ、そう言えばリリスも似たようなことを言ってたな。たしか『魂に不確定要素あり』だったか……。
「それってどういうこと? どうやったら解決するんだ?」
『難しいことじゃないわ。あなたが……今の自分が何者なのかを知って、その正体を受け入れることよ』
俺の……正体?
『ええ。あなたはもう、受け入れるべきだわ。あなた自身の本当の姿についてね』
ついに明かされる、ラティリアーナの謎……。




