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6.薔薇の招待状

 薔薇の招待状──その隠された意味を知ったのは、マンダリン侯爵家に戻って事の次第を父親に報告したときだった。


「なるほど、エレクトラスの小せがれに″薔薇の招待状″を渡したのか! さすがは我が娘、ラティリアーナじゃ!」


 なんだか一人で盛り上がるヒゲデブおやじ。いや、勝手に喜ぶのは構わないんだけど、いい加減意味を教えてくれないかな?


「しかし、決闘するからには代理人を立てるのだろう? いったい誰を代理人にするんじゃ?」


 はい? 決闘? 代理人?

 ますます意味がわからない。


「本来ならわしが代理人として出て戦っても良いんじゃが、国王から『お前が出ると死人が出るから決闘禁止』と命令されていてのぅ。いやぁ昔はよく″薔薇の招待状″を渡していけすかない貴族のボンボンどもを決闘で蹴散らしたものじゃよ! がはははっ!」


 さすがにここまで言われればマヌケな俺でも分かる。

 ″薔薇の招待状″とはすなわち『貴族の決闘』のことだ。


 そういえば聞いたことがある。貴族は争いごとがあるとき、代理人を立てて決闘することで物事を決めるのだと。なるほどー、これがそうだったんだー。


「薔薇の招待状は、薔薇を意匠した手紙を送るのが通例じゃが、薔薇の髪飾りを送るとは……なかなかツウじゃのう」


 でしょー? さっすがパパ、分かってるわー……って、そんなの知るかっ! 知ってたら薔薇の髪飾りなんかしていかんわっ!


「それでラティリア、お前には代理人のアテはあるのか?」


 代理人?

 そんなもの、あるわけないでしょ?



 ◆



 さぁ困った。アーダベルトとどう決闘したものか。

 舞夢マイムに淹れてもらった昼食後の紅茶を飲みながら、俺は窓の外に目を向ける。


 ちなみに今回の決闘は、命をかけた戦いではなく寸止め形式のものらしい。その点は一安心なんだけど、決闘というからにはきっとアーダベルト側もそれなりに強いやつを出して来るだろう。いくら貧乏とはいえ、相手は伯爵。腕の立つ騎士くらいは何人か抱えてることが想像される。

 こちらが悩んでる様子を察してか、耳を垂らした舞夢マイムが申し訳なさそうに頭を下げる。


「お嬢様、マイムのために色々と申し訳ございませんでしたワン」

「……お前が気にすることなど何もないわ」


 慰めがてら舞夢マイムの頭をナデナデする。うわー、犬耳のところがモフモフで気持ちいい。マイムも目を閉じて本当の犬みたいだ。もふもふ、あぁ癒される。


「可愛い、わたくしの舞夢マイム。わたくしは、お前を手放したりしないわ」

「お、お嬢様……なんだか照れますワン」


 いかんいかん、ラティリア節のせいでなんだか百合色の雰囲気を醸し出してしまったぞ。すぐに手を止めて誤魔化すように視線を外に向ける。ふー、危なかった。恐るべしもふもふ。


「あ、あの、お嬢様。マイムの知る一番の剣士ならご用意できるかと思いますワン」


 照れ隠しのように舞夢マイムが口にしたのは意外な言葉。

 ほほぅ? 舞夢マイムに剣士の知り合いなんているんだ。だけど相手は伯爵家の騎士、生半可なヤツじゃ相手にならないだろう。せめてシルバーランクくらいの冒険者でも知り合いにいればなぁ。

 ……って、待てよ。そういえばさっきマンダリン侯爵が『自分が出れればよかった』みたいなこと言ってたよな。ってことはもしかしてこの決闘、代理人じゃなくて自分で戦ってもいいのか?


「お、お嬢様?」


 無言のまま外を見続けていたせいか、舞夢マイムが不安そうに尋ねてくる。そのときには、俺の心はだいぶ固まっていた。


舞夢マイム、わたくしをあの冒険者の石像のところに連れて行きなさい」

「は、はい! わかりましたワン!」



 ◆



 石化した俺の像は、屋敷の中の特別な部屋に格納されて祀られていた。おいおい、いつから俺は神になったんだ?

 改めて確認してみると、装備していた道具も含めすべて石化している。くそっ、せめて使い勝手がよかった俺の愛剣くらい使えればと思ってたんだけど来てみたんだけど、全部石化しちゃってたらさすがに無理か?


「お嬢様、いったい何を……」

「お黙り」

「きゃんっ!」


 ごめん、静かにしててって言うつもりだったんだ。

 だけど今は舞夢マイムに構ってる余裕がなかった。石化した俺の装備のうち、両手に構えた剣から魔気──すなわち魔力のオーラを感じたからだ。

 これはたぶん魔導眼まどうがんのおかげだ。いや、モノクロからカラーに変わったから真・魔導眼(仮)か? あまりにも僅かな魔力だったから、普通の人間なら絶対に気づかなかっただろう。もちろん、今までの俺も含めて。

 だけど今は真・魔導眼のおかげで、これまで感じることがなかった魔力の微量な気配を剣から感じれるようになっていた。


 恐る恐る剣に手を触れてみると、ポロリと石のかけらが落ちる。その下から現れたのは、真っ白な刀身。


「あっ……」


 横で舞夢マイムが声を出しているのも御構い無しに、思い切って剣を握る。すると、表面を覆っていた石がすべて崩れ落ちて、傷一つない美しい剣身が現れた。

 かつての無魔力の俺には知る由も無かったんだけど、どうやら俺の愛剣は魔剣──武器型の魔法具マギアだったらしい。ずいぶん切れ味が良くて軽くて扱いやすいとは思ってたけど、まさか魔剣だったとは。


「こ、これは……奇跡ですワン!」

舞夢マイム、あなたにお願いがありますわ」

「は、はい! なんなりと!」

「先程、強い剣士の知り合いがいると言ったわね。そいつをわたくしの前に連れて来なさい」

「では、彼女を代理人に……」

「違いますわ。わたくしの──剣の稽古の相手をしてもらいますの」


 こうして魔剣が手に入ったのも何かの縁だ。

 俺はラティリアーナこのからだで、アーダベルトとの決闘に挑んでみるとするか。



 ◆



「ラティリアーナ様、ご無事なようで何よりがる」


 目の前で頭を下げるのは、左手をギブスで固定した見覚えのある長身の女剣士。おいおい、舞夢マイムの知り合いの剣士ってお前かよ! 美虎ミトラ!!


「誰かと思えばやはりお前か、虎」

「はい、実は私とミトラ姉さんは同郷なのですワン」

「おいマイム、余計なことを言うながる」


 なるほど、獣人は一つの街に固まって生活していることが多いと聞いていたんだけど、まさかこの二人が同郷だとは思わなかった。

 なるほど、その縁で元々ラティリアーナとも面識があったんだな。だからか、前回の依頼のとき美虎ミトラだけが指名依頼だったのは。


「それで、ラティリアーナ様をお護りできなかった私にどのようなご用件がるか?」

「……」


 にしても、やっぱり態度が固い。美虎ミトラはラティリアーナのこと好きじゃなさそうだったしなぁ。

 左手のギブスはこの前の依頼のときの怪我だろうか。もしかして骨折でもしてるのかな? 最悪の場合は代理人をお願いしようかとも考えてたけど、この調子だとなかなか難しそうだ。

 仕方ない、あらかじめ考えてた通りの作戦で行くか。


 俺は無言で美虎ミトラに皮袋を放り投げる。無言なのはもちろん余計なことを口走らないためだ。感じ悪いけど今更だ。

 皮袋が地面に落ちたとき、じゃらりという金属音が響く。怪訝そうに美虎ミトラが袋を開け、ハッとして顔を上げる。


「こ、これは……金貨がる? いったいどういう──」

「虎、命じます。これから一週間、わたくしを鍛えなさい。それはその報酬です」

「そ、それはどういう……」

「ミトラ姉さん、これには深い事情があるのですワン!」


 俺は舞夢マイムに頷いて、代わりに説明するように促す。こういうとき舞夢マイムがいてくれると便利だわぁ。



「──アーダベルト様との決闘!? そ、そのような事態が起こっていたとは……」


 一通り説明を聞いたあと、美虎ミトラはどう反応ものか戸惑っているようだった。

 そりゃそうだろう。代理人を頼まれるならともかく、まさか剣の稽古の相手を頼まれるとは夢にも思っても無かっただろうから。


 実際、舞夢マイムの知人が美虎ミトラであった時点で、彼女に代理人を依頼してもよかった。だけど、いくらシルバーランクの冒険者とはいえ、前回の依頼で骨折して片手が使えない彼女に代理人をさせるのはさすがに酷だ。

 なにより、こいつはせっかくのチャンスなんだ。美虎ミトラは魔剣使いの達人。この機会に魔法具マギアや身体強化の使い方を教えてもらわない手はないじゃないか。それに運動すれば痩せるし……むふふっ。一石三鳥?


「たしかに、マイムが売られてしまうきっかけとなったのは、ラティリアーナ様を守れなかった私の失態でもあるがる。でも、ただ鍛えるにしては高報酬がるが……」

「そのお金には、ミトラ姉さんの怪我の治療費も含まれてるワン」


 そんなこと一言も伝えてなかったんだけど、勝手に解釈した舞夢マイムが嬉しそうに説明する。まーそれで引き受けてくれるなら別にいいんだけどさ。


「わ、分かりました。私でよければ喜んでお手伝いさせていただくがるが……」

「余計な無駄口を叩く必要はないわ。さっそく始めますわよ」


 早くトレーングをやろうよ、と言うつもりで口を開けばこの口調よ。もう嫌われるの気を使うだけ無駄だよな、トホホ。


 とりあえず、舞夢マイムに持たせていた俺の愛剣を鞘から抜く。特に名前はつけてなかったけど、魔剣だったら銘とかあるのかな? 悪いな、いつかちゃんとお前のことを調べてあげるぞ。

 すると、俺が構えた剣を見て、美虎ミトラが息を飲んだ。


「そ、その剣は……”断魔”の持っていた剣がるか?」


 おお、美虎ミトラってば俺の剣まで覚えてくれてたのね。そうそう、元に戻るまでの間はこの身体で使うことにしたんだ。


「これは、わたくしが使います」

「使うって……石になった”断魔”から借りたがるか?」


 借りたっちゅうか、そもそも俺のもんだしな。


「今は──わたくしのものです」

「その剣を持って、マイムのために戦うと?」

「ええ。わたくしは、もう二度とあのような思いはしたくありませんから」


 はっと、美虎ミトラが息を飲む。

 あんな目には二度と逢いたくないから、強くなるために鍛えてほしい、って言ったつもりだったんだけど……ちゃんと伝わったかな?


「まさか、ラティリアーナ様は”断魔”の遺志を……そこまで覚悟を決めてたがるか」


 いや、遺志も何も生きてますけど?


「わかりました、私も”断魔”によって命を救われた身。私に出来る限りの事は手伝わせていただくがる!」


 ……いろいろと誤解が生じてそうだけど、美虎ミトラが引き受けてくれたってことで、まぁ結果オーライってことにしときますか。


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