73.オーケストラ
最悪の……再会。
「なんて……ことを……」
リリスの声が震える。
あの愛らしかった笑顔が……。
透き通るような声が……。
全身から溢れるような気品と生命力が……。
目の前の紫色のドレスに身を包んだラティリアーナからは一切が感じられなかった。
氷のように青白い肌に、白く濁った瞳。
あんなもの……ラティリアーナではない。
「なんだあいつは? あれもゾンビなのか?」
だから、本当の彼女を知らないシドーレンがそう口にしたとしても、それは仕方ない事と言えた。
だがそれでも、リリスは胸の奥の激しい怒りを抑えることが出来なかった。行き場のない感情はシドーレンに向かって噴出し、抑えられない感情のまま彼の胸ぐらを掴む。
「シドーレン、キミは……キミはっ!」
「ちょ、鳳!? お前はなんで怒ってるのさっ!?」
「……あそこにいらっしゃるのは、ラティリアーナ様です」
モルドが付け加えた説明に、シドーレンは余計わけが分からないといった様子で顔を歪ませる。
「ラティリアーナ? あの……【 悪役令嬢 】の? あいつ、あんなに綺麗だったっけ? 確かゲームではデブだったような……」
「ラティは……痩せて綺麗になったんだよ。そしてボクたちの大切な仲間だ。不幸な事故で、大怪我を負って冷凍睡眠に入ってたんだけどね」
「悪役令嬢を仲間に? そりゃ凄いなぁ。でもさ、なんでこうして現れてるわけ? 鳳を助けにきた……訳じゃないよな?」
「……」
「出現した対象に友好的な感情は見受けられません。あれは……けっしてラティリアーナ様ではありません。まったく別の存在です。ですが、あのお身体は……」
モルドが言葉を途中で切った意味が、リリスには痛いほど分かった。
そう、あの身体は……。
あの顔は、あの姿は……どう見たって本物のラティリアーナではないか。
しかも、胸に空いた穴は、アーダベルトが槍で傷付けたときのもの。傷跡まで忠実に再現することなど、事実上不可能に近い。であれば……別人であるはずがない。
──嫌な予感がリリスの脳裏を過る。
だがここで確認しないわけにはいかない。素早く《 千里眼情報板 》を立ち上げる。
画面に表示されたのは──……。
──
状態:アンデッド
──
「う、ウソだろう……」
《 千里眼情報板 》のステータス画面に無情にも打ち出される【 アンデッド 】の表示。
ということは。
ラティリアーナは……。
──死……、ん……。
「うわぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあっ!!」
リリスが、魂が擦り切れるような悲痛な声が、無情にも響き渡った。
◆◆
ウタルダスたち《 愚者の鼓笛隊 》の一行は、双子の女神ノエルとエクレアと激しい戦闘を繰り広げていた。
『──システムコマンド──《 アクティベーション・ロック 》』
『──システムコマンド──《 ファンクション・ブロック 》』
「させるかっ!
──招集──《 時の支配者 》!」
「英雄を守って!──《 守護の旗 》!」
だがウタルダスの能力を持ってしても、双子の女神がもつ【 神の制約】を完全に防ぐことが出来ない。
剣士キュリオの動きが封じられ、魔法使いシモーネの魔法言語が打ち消される。
その間に放たれたのは──神の罰。
「──焼き尽くしなさい、女神魔法《 ソドムの煉獄 》」
「──撃ち払いなさい、女神魔法《 ゴモラの業雷 》」
猛烈な炎と雷が、ウタルダスたちに降り注ぐ。辛うじてアトリーの神代魔法具【 英雄の旗 】の持つ支援系能力のおかけで防いではいるものの、このままではそう長く持たないだろう。
「くっ! やっぱキチぃな! こうなったら裏技を使うしかなさそうだ!」
「裏技って、もう!? 本当に大丈夫なの?」
「出し惜しみしてる場合じゃないだろ? それに……約束だからな」
「んもう、ウタくんってば……仕方ないなぁ。発動にどれだけ時間が必要?」
「サンキュ! そうだな……せめて1分は頼むよ」
「分かったよ。キュリオ、シモーネ、《 麻痺 》と《 沈黙 》は解消したから、一緒に手伝って!」
「あいよ!」「分かったわ!」
炎や雷をかいくぐりながら、アトリーたちはウタルダスのために必死に時間を稼ぎ始める。その間にウタルダスは、胸元から一枚のカードを抜き出す。
「ついにこいつを使う時が来たか……。
こいつはアトリーを″元の世界″に送り返す時に使おうと思ってたんだけどなぁ。なにせ手に入れるのに10億以上の金を使ったしさ」
ウタルダスが手に持つカードにはこう書かれていた。
──
魔法カード『輪廻の扉』
レア度:★★★★★★★
使用MP:1,000,000
使用限度回数:1
効果:このカードは、使用者の任意の場所に通ずる扉を開くことができる。
──
彼が持っていたのは、誰でも魔法を使うことが出来る『魔法カード』と呼ばれるもの。その中でも最高ランクの七つ星級のカードだ。
尋常でないのはその使用コスト。MP100万は、たとえ魔力チートを持つリリスでも使用不可能。……それこそ神でなければ到底届かない数字。
だが、ウタルダスにはSランク魔法具『愚者』があった。この神代魔法具の効果は、″どんな魔法具や魔法カードであろうと、5個までなら魔力コスト1で使用できる″というもの。
つまり、彼は──このカードを使うことが出来る、この地上でただ1人の人間なのだ。
「まぁ、約束だし仕方ないか。
引け、次の手札!
── 発動! 禁呪《 輪廻の扉 》!!」
現れたのは、一つの扉だった。
──それは、双子の女神が使った三体の破壊神を呼び出す管理魔法《 三神罰門開放 》に類似していた。
指定された任意の空間に穴を開け、扉を通じて道を作るという、超異次元の力。
ウタルダスは、今回の決戦に挑む際、予め特定の人物との間に通路を構築していた。そのパスを通じて開かれた道を通り、その人物はやってくる。
扉を通じて姿を現したのは──。
「……どうやら約束は守ってくれたみたいだね、ウタルダス・レスターシュミット」
白銀色の鎧に身を包んだ、金髪の貴公子。
圧倒的威圧感を持つ神の使徒にして、″聖騎士″と呼ばれし地上の英雄。
「……あぁ、よく来てくれた。 スレイヤード・ブレイブス」
彼の名は──スレイヤード・ブレイブス。
Sランク冒険者チーム《 聖十字団 》の団長にして、地上最高の剣の使い手として有名な聖なる騎士だ。
「ずいぶん時間がかかったから、君に騙されたんじゃないかと心配したよ」
「勘弁してくれよ。そもそもあんたらの″制約の十字架″を受け入れたんだから信じて欲しいもんだぜ。だってさ、裏切ったら俺は神の呪いで即死するんだぞ?」
「そうでもしないと、君と取引をして《 英霊の宴 》の権利を放棄するのに割りに合わなかったからね。
……でもいいじゃないか、君は約束を守ってくれたんだからさ」
さらに彼の背後からは、続々と法衣に身を包んだ聖職者たちが姿を現してきた。
″ 聖狩人″ ハンティスと″ 聖闘女 ″イヴァンカのマクニーサス兄妹。盲目の魔導師″ 聖導師 ″ ヒナリア・エルフィール。そして……。
「ウタくん……無事でよかった」
「ファル……」
ウタルダスの幼馴染である″ 聖女 ″ファルカナ・バープの姿もあった。
そう、ウタルダスが召喚したのはSランク冒険者チーム《 聖十字団 》の一行だったのだ。
「やっと来たか! あんたらの女神様をどうにかしてくれよ!」
「こっちはギリギリだから早く援護してー!」
女神たちと応戦していたキュリオやシモーネが悲鳴に近い声を《 聖十字団 》のメンバーにかける。だがスレイヤードたちは凶悪な魔法を振るう双子の女神ノエルとエクレアを呆然と眺めていた。
「あれが……僕たちが信仰してきた女神?」
無表情のまま狂ったように魔法を放っている双子の女神ノエルとエクレアの姿に、さすがのスレイヤードも絶句する。
だが悠長に見学している暇はない。ウタルダスがハッパをかけるように声を上げる。
「さぁスレイヤード! 約束通り俺はお前たちと女神が戦う場をセットしたぞ! あんたら聖戦士は女神と力比べをすることが最高の望みなんだろう? だったら今こそ……その願いを叶えちまえよっ!」
ウタルダスの声に、スレイヤードの顔が一気に真剣なものに変わる。
「……あぁ、いかにもその通りだ。
──誓約に基づき、《 愚者の鼓笛隊 》の援護をしよう! 全員、戦闘開始だっ!」
「「応ッ!!」」
スレイヤードの掛け声に合わせ、他のメンバーたちも散開して女神たちと戦うキュリオたちの支援に入る。
ウタルダスのすぐ側に、聖女ファルカナが嬉しそうに寄っていく。
「ウタくん……やっと一緒に戦えるね?」
「ファルがスレイヤードを説得してくれたからだよ。彼が交渉を受け入れて敗北宣言をしてくれたおかげで、無駄な戦闘を避けることが出来ただけじゃなく、こうして絶体絶命のピンチに最高の援軍を呼ぶことが出来たわけだからな」
「じゃあ……力を合わせて思いっきり暴れましょうね! そして……みんなで帰りましょ?」
「ああ、そうだな。俺たちの個性が集まれば、きっと最高のオーケストラになるさっ!
……それじゃ、いっちょやっちまうぜっ!」
こうして──二つのSランク冒険者チーム《 愚者の鼓笛隊 》と《 聖十字団 》による共同作戦が幕を開けたのだった。
……双子の女神ノエルとエクレアを、打ち倒すために。
反撃──開始!




