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71.シナリオの崩壊

「ウギャアァァァッ!」


 響き渡るシドーレンの絶叫。

 右腕を抑えたまま崩れ落ちると、悶絶しながらぶざまに地面を転がる。

 抑えた指の間から流れ落ちるのは──血だ。


「痛い、いだいよぉぉぉおっ!」


 シドーレンを傷付けたのは、リリスが放った攻撃だ。

 恐らくは──″銃″。

 リリスの手から放たれた銃弾が、シドーレンの右腕を貫通したのだ。


「……うぅぅぅ、なんでだ。なんで貴様が銃を持ってるっ!?

 いや、そもそも……どうして銃で僕を傷付ける事が出来るんだっ!?」


 シドーレンの疑問はもっともであった。

 彼の持つ固有能力の《 白璧の微瑕(ミッシング・ディフェンス) 》は、リリスの推察通り『自身の攻撃手段を限定する代わりに、その他の手段による攻撃を完全無効化する』というものであった。

 現在シドーレンが解放している攻撃手段は『肉体による直接攻撃』のみ。だからたとえリリスが超常物オーパーツである″銃″で攻撃したとしても、本来であれば傷一つ負うはずがなかった。


 明らかな、異常イレギュラー

 本来であればありえない結果ファクト


 だが──そのような奇跡を起こすには、当然のように対価が必要であった。



「……ばかな……。リリス、そこまでして……」


 その異変に最初に気付いたのはレオルであった。

 銃弾が発されたリリスの右手は、いまだ薄紫色の煙幕に覆われている。だがその先にあるものを、レオルの眼は捉えていた。

 やがて煙幕が晴れていき、リリスの右手が露わになってゆく。

 その様子を見た全員が、大きく息を飲んだ。


 ぼたり……ぼとっ、ぼとっ。

 滴り落ちているのは、大量の血。



 それもそのはずだ。

 なぜなら……。


 リリスの右手の・・・・・・・人差し指が・・・・・無くなって・・・・・いたの・・・だから・・・



「リリス、まさかあなたは……」

 ティアが呻くように呟く。


「右手の人差し指を……」

 アーダベルトが口元を抑える。


「″銃弾″代わりに使ったんかっ!」

 アスモデウスが絶叫する。



 リリスは──銃を作り上げていた。

 ただし、その銃身は筒状にした左手であり、銃弾は──右手の指。

 リリスは、シドーレンの能力による防御を突き破るため、自らの人差し指を弾丸に見立てて、《 ヴァイオ・ボム 》の爆発力を利用して銃のように発射したのだ。


「ば、ばかな……僕の【 制約 】を潜り抜けるために、自分の指を飛ばしたってのかっ!?

 狂ってる……貴様は狂ってるよ! おおとりッ!」

「……あぁ、そうかもね。だけど、ボクは決めたんだ。どんな手を使っても、キミを止めるってね……」

「ひ、ひぃぃい! や、やめろぉぉおおぉぉっ!」


 再び、右手を前に突き出すリリス。

 次は──足の方に照準を向ける。



「……── 《 狂気の凶弾(サイコ・バレット) 》」



 ──どぅん。



「あぎゃあぁぁぁぁあぁぁあっ!!」


 シドーレンの絶叫。

 今度は──左足だ。


 リリスの手から放たれた狂気の銃弾は、狙い違わずシドーレンの左足の太ももを貫通していた。

 左足から吹き出す血。バランスを崩し、その場に倒れこむシドーレン。


「うぐぅ……」


 リリスの口から、初めて苦痛の呻き声が漏れる。だがそれも仕方のない事であった。今回リリスが弾丸として利用したのは、右手の中指だったのだから。


 指を二本失いながらもリリスは歯を食いしばり、シドーレンへと歩み寄ってゆく。ぼたぼたと、右手から滴り落ちる血……。


「ひ、ひぃぃいぃ! よ、よるな! 近寄るなァァァッ! この狂人めぇぇえっ!」

「……断る」


 リリスは倒れ込んだシドーレンの目の前に立つ。恐怖から、ブルブル震えるシドーレン。もはや″異世界王″として君臨していた面影もない。


「ばかな……なんでだ。なんでボクがこんな目にあわなきゃならないんだ……ボクは最強だったはずなのに」

「そうだね、キミの能力は恐ろしいものだ。本来であれば、ボクの勝ちはありえなかった。だけど、現実にはこうなっている」


 リリスは、残り3本となった右手をシドーレンに突きつける。ぽたり、と落ちてくる血を浴びて、シドーレンは「ひぃぃ!」と情けない声を上げる。


「……キミはこだわり過ぎたんだ。自分の手で人を殺すってことにね。

 もし違う選択をしてたら、ボクはとっくに死んでいたかもしれない」


 仮にシドーレンが選んだのが『武器による攻撃』であれば、まともな攻撃武器を持たないリリスはあっさりと殺されていたであろう。『攻撃魔法』を選択していた場合も同様だ。

 本来、シドーレンの能力を最大限に活かせば、リリスは絶対に勝てなかったはずだった。

 だが──結果はそうならなかった。


「結果としてキミは、肉体による直接攻撃を選んだ。それでも……普通であれば勝てるはずだった。なにせボクは本来攻撃手段を・・・・・持たない・・・・キャラだからね。実際キミもそう思ってたんだろう?」

「うぅぅぅ……」

「だけどボクは普通じゃなかった。なにせ、こんなとんでもない攻撃手段を使ってくるんだからね。

 ……自分でも狂ってると思うよ。だけどボクはキミをどんな手を使っても止めると決めた。ラティを救うためには、自分がどんなに傷つこうと関係ないんだ」

「僕は……異世界の神になるはずだったのに……」

「残念だったね。キミは……ここで終わりだ」


 今度は右腕の肘の部分を左手で掴むリリス。二本の指が欠けた拳を、真っ直ぐにシドーレンの胸元に向ける。

 シドーレンの顔に、明らかに怯えの色が浮かぶ。


「な、なにを……ま、まさかっ!? 貴様っ、今度は腕をっ……腕ごとぶっ放すつもりかっ!?」

「そのまさかさ。今度は″腕″ごと行くよ。これなら……きっと一撃でキミを葬ることができるはずさ。

 この技の名前は──そうだね、《 狂気の砲弾サイコ・バズーカ) 》、なんてどうかな?」

「や、やめてくれ……そんなの食らったら死んじまうだろう? たのむ……やめてくれ、同じ異世界人のよしみだろう?」

「……その同じ異世界人を酷い目に遭わせてるのはどこの誰だい?」


 ……こいつ、本気だ。

 このときになってシドーレンはようやく自身が完全に追い込まれていることを悟った。背筋を冷たいものが滴り落ちてゆく。


 何故だ、どうしてこうなった?

 僕はいったい、どこで間違えたんだ?


 シドーレンは己のこれまでの行動を振り返る。



 彼は、10年前にとある下級貴族の子息として生を受けた。

 元の名はとうに捨てて覚えていない。確かアーサーだかの平凡な名前だった気がする。

 シドーレンの出生が他の転生者よりも遅かったのは、彼が考えていた妄想上の第4のシナリオの主人公が″10歳″だったからだ。だが彼は生まれたときから既に十分な知能を持ち合わせていた。


 親たちからは天才児ともてはやされていた彼が前世の記憶を取り戻したのは、およそ3歳の頃だ。

 それから数年で自分が『ブレイブ・アンド・イノセンス』の世界に転生していることを確信する。

 そして決定的だったのが、8歳の時にシドーレンの前に現れた″双子の女神″ノエルとエクレアの存在である。


「あなた様がゲームマスターでございますね。わたくしがシナリオを司る女神ノエルですわ」

「そしてわたくしが能力や魔法を司る女神エクレアですの」


 寝室に突如出現した双子の女神との邂逅により、自身の思い描いていたシナリオの通りに進んでいることを確信したシドーレンは、ついにゲームマスターとしての道を歩み始める。


 まず手始めに、能力を使ってさまざまな魔法具マギアを生み出していった。

 彼が作った中で最高傑作の一つが【 操作の仮面 】である。この仮面の力を用いることで、相手を自由に操ることを可能にした。時には暇つぶしに、時には欲しい配下を手に入れるためにこの極悪な魔法具マギアを活用した。


 同様に、最初期に生み出した傑作──双子の女神を模した″生体ゴーレム″のランスロットとモードレッドのうち、ランスロットを従え、世界中を旅した。

 その最大の目的は……パーティメンバーを得るためだ。

 本来は可憐な美少女である王女ルクセマリアを狙っていたものの、事前に洗脳していたクラヴィスを解放され、断念せざるを得なくなった。


 紆余曲折あったものの、最終的には満足のいくメンバーを手に入れることができた。

 いや、彼にとってはメンバーなどどうでも良かった。なぜなら彼自身が最強ともいえる能力を持っていたのだから……。

 彼が仲間を集めたのも、そうしないとシナリオが進まないからだ。《 オラクルロッド 》を手に入れ、シナリオをクリアし、彼が異世界の神になるためには、【 英霊の宴 】に5人で参加することが必要なプロセスだったのだからだ。


 だが、いま彼は絶体絶命の状況に陥っていた。

 自らの身体の一部を弾丸に変えて放つという、正気を疑うような行動に出たリリスによって。

 もはやシドーレンは……完全に追い込まれていた。

 そんな彼にできることは、ただ無様に命乞いすることだけだった。


「た、たのむ……殺さないでくれ……おおとり、お願いだ……」

「ボクの名前はリリスだ、シドーレン」

「す、すまなかったリリス……。そ、そうだ、僕のことは四道しどうと呼んでくれていい。昔からのよしみだ。だから……お願いだ、命だけは……」

「残念ながら無理だよ。だってキミを殺さなければ勝ちにならないからね。ボクは……この戦いに勝つためにこの場にいるんだから」


 ぐいと、右手を前に突き出し、シドーレンの胸に当てる。

 これではもはや──回避しようがない。

 シドーレンは、完全に追い込まれていた。


「うわぁぁぁぁあっ! やめろぉぉおおぉぉっ! 負けだ! 僕の負けだっ! 負けを認める! だから、やめてくれぇぇえぇ!」

「……さよなら、シドーレン」



 冷めた声でリリスが別れを告げる。



 そして──。



「……──《 狂気の砲弾サイコ・バズーカ 》」



 どうぅぅんっ!




 シドーレンの胸元で、激しい爆発が起こった。







 ◆





 紫色の煙が舞い散り、2人の体を完全に包み込む。

 だがすぐに風が煙を吹き飛ばしてゆく。


 ……リリスはシドーレンに跨ったまま、右手を胸元に突き出す形で仁王立ちしていた。

 倒れたシドーレンは、ピクリとも動かなかった。だが──胸がわずかに上下していることから、死んではいないことは明白であった。

 そう、シドーレンの胸には穴は空いていなかった。代わりに、彼の股間から黄色い液体が溢れていたが……。


「……そんな技ないよ、バーカ」


 悪態を吐くリリス。

 事実、リリスの右腕も失われてはいなかった。ではいったい、先ほどの爆発はなんだったのか?


「……ふん、四道しどうのやつめ、情けないなぁ。

 ちょっと《 ヴァイオ・ボム 》で大きな音を出しただけだってのに、まさか失禁までして失神するなんてねぇ……」


 うんざりしながらシドーレンから身体を離すリリス。

 そう、爆発はシドーレンの胸元で《 ヴァイオ・ボム 》を爆発させただけだったのだ。


 能力の加護があるシドーレンは本来であれば攻撃魔法でダメージを受けることはない。そこをリリスがハッタリを効かせて散々ビビらせた挙句、胸元を爆破した。

 さすがのシドーレンも、これには騙された。そして無様に失神した挙句、失禁までしてしまったのだ。

 ……もっとも、リリスはシドーレンが敗北宣言をしなければ、本当に撃つ・・・・・つもりだったのだが……。


 とはいえ、齎された結果は決定的であった。

 シドーレンは、リリスに口で負けを認めた。それだけでなく、現時点でも完全に戦闘不能状態に陥っている。

 勝負は──完全に決していた。


「さぁ、双子の女神ノエルとエクレア! これでボクの……勝ちだろう?」


 リリスに言われ、目を見開いて2人の戦いに見入っていたノエルとエクレアが、これまで以上に機械的な様子で口を開く。


「し、しししし勝負は……決しましたわ」

「こ、このこのこの勝負、アマリリス・アマテラスの勝ちです……ののの?」


 ……おや、なにか様子がおかしいぞ?

 確かに勝利宣言はされたものの、明らかに双子の女神の様子がおかしい。リリスは右手の痛みを堪えながら女神の様子を伺う。


「……なんてことでしょう、シナリオが崩壊してしまいましたわ」

「……どういたしましょう、ゲームクリアは完全に失敗してしまいましたの」


 ……どうやら双子の女神は、シドーレンが考えたシナリオ通りにストーリーが進まず、ここで負けてしまったことに戸惑っているようだった。

 ──なるほど、この双子の女神はシドーレンに操られていたわけじゃなく、シドーレンの考えていたシナリオ通りに進むよう、影から色々とコントロールしていたのか。


 ……まてよ。

 リリスはここであることに気づく。


 シドーレンは、確かに悪いやつだった。だけど、人殺しまでは出来ない奴だった。だからこそこの場で自分を殺そうとした。


 であれば、これまでこの世界に酷いことをしてきたのは、いったい誰なんだ?



 ──たとえば、ティアの故郷である魔界を滅ぼし、アスモデウスの仲間たちを皆殺しにしたのは?

 ──たとえば、ガルムヘイムの《 黒死蝶病 》を突然変異させ、全滅寸前まで追い込んだのは?


 いずれも、明らかに人為的にやられたものである。だがシドーレンは《 千里眼情報板ラブリィ・タブレット 》によるとまだ10歳。年齢的には生まれる前もしくは生後間も無くの出来事だ。彼には、決して出来ない。



 そのとき──。

 リリスは一つの可能性に気づく。



 もし……神が、シドーレンのシナリオ通りにするために世界に影響を及ぼしてるとしたら?

 その結果として、神自らが世界に殺戮や病魔を降り注いでコントロールしてるとしたら?


 リリスの最悪の予想。

 だが、彼女の予感を裏付けるように、双子の女神ノエルとエクレアが、感情の籠らない声でこう宣言した。



「……こうなってしまっては、すべてをリセットするしかありませんわ」


「わたしたちの力で……すべてを終わらせるしかありませんの」






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