70.【 大将戦 】 因果を断ち切るもの
邂逅する──ふたり。
『あなたは、力が欲しくて? リリス』
「……ラ、ラティ」
リリスは、まさかこんなところでラティリアーナに会うとは思っていなかった。しかし、今がまさに死にゆく状況であることを思い出す。
あぁ、このラティはきっとボクの心が作った幻なんだ……。
『失礼ですわね。わたくしは幻などになって安易に現れるような安っぽい存在ではありませんわ』
「あぁ、その口調はラティだね」
思わず微笑んでしまうリリス。ラティリアーナ節ですら懐かしく愛おしい。
死にゆく前に彼女の幻を見れたのは、せめてもの幸いだというのか……。
『ですからわたくしは幻などではありませんと、何度言えばわかるんですの? いいかげんになさい』
「はうっ!」
怒られてしまった。仕方なく頷くリリス。
たとえ幻であれ、こうなったらラティの言うことを聞くしかない。なにせ彼女は、一度言い出したら聞かないタイプなのだから………。
『それで、あなたはこんなところで何をしてますの?』
「なにをって……シドーレンにやられちゃって、死にかけてるところ?」
『……その割には、ずいぶんと落ち着いてますわね』
「うん、なんというか……受け入れようとしているというか……」
『ふん、なにを情けないことを言ってますの?』
ぴしゃりとラティリアーナに言い切られ、リリスは口ごもる。
自分だってどうにかしたい。だけど……自分には力が……。
いつの間にか、リリスは地面のような場所に足をついていた。向き合う形となる、ラティリアーナとリリス。
情けなく俯くリリスの顎が、ふいに持ち上げられる。視線の先には、自信満々の表情を浮かべたラティリアーナがいた。
『わたくしが好きになった人は、そんなに情けない人でしたの? 幻滅ですわ』
「……へっ?」
『少しくらい根性を見せたらどうですの?』
「いや、そうじゃなくて……今なんて……?」
『大事なことは何度も言いませんわ。それよりもあなたはいつまでそうやって下を向いているつもりですの?』
はっと顔を上げるリリス。
だが、すぐに顔を背けてしまう。
「でも……ラティ、ボクには力がないんだ。サポートや強化はできても、ボク自身が何の戦闘力も持ってない」
『だったら……あげますわ』
「え?」
『力をあげますわ。あなたの望む力を……』
「ボクが……望む力?」
『ええ、そうですわ。でも強すぎてはだめ、弱すぎてもだめなんですの。あなたにとって、最もふさわしい力を、わたくしはあなたに与えますわ』
自分が望む力。
それはいったいどんな力なのだろうか……。
リリスの脳裏に浮かんだのは、一つの攻撃魔法であった。
通常であればこの魔法を手に入れたとしても、決してシドーレンには対抗できないであろう。
だが、自分であれば……。
自分の知識と、他に持ち合わせている力を併せれば……。
『どうやら決まったようですわね?』
「……うん、決まったよ。ありがとうラティ」
『ふふふ、なかなかいい面構えをしていますわ』
「きっとキミを救ってみせるからね。それまで待っててね、ラティ」
『あなたには、自身のあるその表情が一番似合ってますわ、リリス』
「……愛してるよ、ラティ」
ラティリアーナが驚いた表情を浮かべる。
最後にしてやったりと、リリスは内心でほくそ笑んだ。
──今度は、直接会った時に伝えるよ。
最後に艶やかな笑みを浮かべると、ラティリアーナは……ゆっくりと消えていった。
次の瞬間、リリスの腕に嵌っていた《 紫水晶の腕輪 》が輝きを放つ。
そのまま紫色の粒子となって、リリスの全身に降り注いでゆく──。
───── 因果律操作【 真・変身 】 ────
〈クリティカル・メッセージ〉
アマリリス・アマテラスに、システムの影響範囲を超える因果律の操作を確認。
『紫艶の魔道書』の意思により、運命の改変を行います。
……──成功。
因果から完全に離脱しました。
魂の解放に伴い、新たなギフトを獲得します。
──ギフト【 運命に逆らい、切り開くもの 】獲得。
──ギフト【 因果律の破壊者 】獲得。
〈クリティカル・メッセージ〉
魂の解放により、新たに称号を獲得します。
──エクストラスキル【 不屈(大) 】獲得。
──エクストラスキル【 痛感耐性(大) 】獲得。
……
…………
………………
……ここで、新たな因果への影響を確認。
『紫艶の魔道書』からの意思により、アマリリス・アマテラスに新たな魔法を授けます……。
……──成功。
──爆破魔法【 ヴァイオ・ボム 】獲得
……以上、すべての改変は終了しました。
────
「そうか……そうだったんだ」
システムの声──すなわち″双子の女神ノエルとエクレアの声″を遠くに聞きながら、リリスはふいに悟る。
因果とは……『シドーレンが主人公』であるシナリオの流れ。リリスたちは否が応でも、シドーレンを神へと導くシナリオの上で踊らされていたのだ。
だが、今その因果から解放された。
離脱させたのが、ラティリアーナの……《 紫艶の魔導書 》の力。
おそらく彼女は、死の淵の間際でこの″因果″に気付いたのだろう。だからこそ、手を打った。愛するものたちを守るために……。
「ふふっ……ボクたちはずっと、ラティに守られてたんだね……」
心の底から溢れ出る力を感じながら、リリスはぎゅっと拳を握りしめる。
自分たちは、シドーレンを主人公とした因果律からラティリアーナの力によって解放された。もはやモブや敵役としての運命から完全に抜け出したのだ。
その上で、これから歩んでいくのは──なんの運命とも無関係な、見えない明日。
……だから。
だからリリスは、自分の意思で決める。
ボクは──。
ボクは、自分の力で……ここから先の運命を切り開いてみせる。
◆◆
「リリス様っ!」
モルドの悲鳴に近い声が響き渡る。
舞台の上では、殴り飛ばされ倒れ伏したままピクリとも動かないリリスの姿。彼女ににじり寄るのは、黒く光る短剣を手にした【 異世界王 】シドーレン。
溢れ出る魔力から、彼の持つナイフが相当な魔剣であることが分かる。恐らくは彼の持つ魔道具作成のギフトで作り上げた傑作の一つなのだろう。
「止めろっ! ハァァッ!」
「どうにかリリス殿を……くっ!」
「何なのよこのバリアはっ! えいっ!」
レオル、アーダベルト、ティアの3人がなんとか舞台に上がろうとするが、見えないバリアのようなものに弾かれてリリスを助けることが出来ないでいる。
バリアの前で足掻いている3人を横目に見ながら、シドーレンがニヤリと笑ってナイフをリリスに突き立てる。
──ドンッ!
……だが、ナイフの刃がリリスに突き刺さることはなかった。まるで鋼鉄の板に刺したが如く、弾かれてしまったのだ。
「……ちっ! 最高傑作の魔剣でもダメか。やっぱり刃物は受け付けないんだなぁ。ギフトとはいえ仕方ないか……。
どうやら運命は、どうしても僕に素手での人殺しをさせたいみたいだな」
忌々しげに舌打ちしながら、シドーレンがナイフを放り投げた。
改めてリリスに視線を落とすと、顔を足蹴にして上を向かせる。血まみれのリリスの顔が目に入り、嫌そうに顔をしかめる。
「くそっ! 嫌だな、こいつの身体に触れるのは……。でも我慢するしかないか。どうせ神になったら、これから人の命をゴミみたいに取り扱うことになるんだし」
言い訳がましいことを口にしながら、必死に己を鼓舞するシドーレン。大きく深呼吸をすると、リリスの首元に両手を持っていく。
「やっぱり首を絞めるのが一番だよな……。あぁやだ、血が付いてヌルヌルしそうだよ」
ぎゅっと首を絞めると、ぐえっという声が聞こえたような気がした。ハッとしたシドーレンが思わず手を離してしまう。
……だが気のせいのようだ。
リリスは依然として気を失っており、眼を覚ます気配はない。
「ちっ、驚かすなよ。……素直に死ねっていうの、クソが」
シドーレンは再びリリスの首元に手を持っていく。
今度こそ──確実に仕留めようと、力を入れる。
……不意に腕を掴まれたのは、その時だった。
「ひっ!」
驚きのあまり、シドーレンが思わず悲鳴をあげる。
彼の腕を掴んだのは──リリスの左手だった。
目を覚ましたリリスが、血まみれで腫れた顔でシドーレンを睨みつける。
「させない……」
「鳳っ!? 貴様、目が覚めて……」
「キミの思い通りになんて、ぜったいにさせないっ!」
ゴッ!
響き渡る、鈍い音。リリスの頭突きが、シドーレンの顔面に炸裂する。
「ぎゃっ!」
鼻血が吹き出し、悲鳴を上げながら顔を抑えて立ち上がるシドーレン。リリスは相手の胸元に足を入れて蹴り飛ばすと、その隙にごろごろと転がってシドーレンと一気に距離を取った。
「はぁ……はぁ……ぺっ」
リリスは真っ赤に染まった唾を吐き出す。恐らくは欠けた奥歯であろうか、歯の欠片も混じっている。
それほどの打撃を受けながらも、リリスは立ち上がった。折れた右腕は力無く、激痛の走るわき腹を抑えたまま。まさに満身創痍の状態にもかかわらず、リリスはしっかりと立っていたのだ。
「ぐぅぅ……痛い、痛いよぅ……」
一方のシドーレンは、涙目のままハンカチを取り出して鼻血と涙を拭うと、激しい怒りを発しながらリリスを睨みつけた。
「鳳ッ! 貴様、やってくれたな! まさか僕を傷付けるなんて……」
「……はぁ、はぁ……やっぱりね。思った通りだったよ」
「あぁんっ!? 何が思った通りなんだよっ!」
「シドーレン、キミの能力には致命的な欠点がある。そうだろう?」
ピクリ。
リリスの言葉を受けて、シドーレンが動きを止める。
「……どういう意味だ、それは?」
「確かにキミのチートは凄い。特に《 白璧の微瑕 》の力は絶大で、ほぼ無敵の防御を誇っている。
だけど……そいつは万能じゃない。むしろキミにとっての″枷″にすらなっている。
なぜなら──《 白璧の微瑕 》によって、キミ自身の力までも制約されてしまっているのだから!」
リリスはシドーレンが投げ捨てたナイフを左手で拾うと、折れた自分の右腕に軽く突き立てる。ナイフによって切り傷が生まれ、薄っすらと流れ出る血……。
先程はシドーレンが突き刺しても刺さらなかったというのに、今度はちゃんと傷付いたのだ。
シドーレンが、顔をしかめる。
それは、失敗が見つかった時の子供のような表情であった。
「……この通り、ボクが使えばこの武器でもちゃんと傷付く。だけど、キミがやったらダメだった。たぶんキミが魔法攻撃を放ったところで、同じようにボクにダメージを負わせることは出来ないんだろう。
つまり……キミの《 白璧の微瑕 》は、絶対防御のチートなんかじゃない。
本当は──ただ一つの攻撃方法を除いて、自分に関わるものは攻撃も防御も無差別に無効化してしまうチートなんだ!」
シドーレンは、嘘をついていた。
自身の能力の中身を偽っていた。
彼の持つチートの本当の能力は、無敵の防御ではなく──自身の攻守の手段を、たった一つに限定する能力だったのだ。
《 白璧の微瑕 》は、一つを除く全ての攻撃を無効化すると同時に、自身もその攻撃方法でしかダメージを与えられない能力なのである。
「現在、キミが解禁している攻撃方法は『肉体による直接攻撃』のみ。武器攻撃や魔法攻撃は無効化される。
……だからキミは、ボクを直接手足で殴ったり蹴ったりしていた。だって、その方法でしかボクを傷付けることができないのだから」
「ぐっ……」
「事実、キミはボクの頭突きでブザマに鼻血を出した。キミが無敵でない証拠だよ。
キミは……最後まで本当にウソつきだったね」
痛烈なまでの、リリスの批判。
リリスはシドーレンをウソつきと断罪した。
その言葉はどんな魔剣よりも切れ味鋭い剣となり、プライドが高く人を見下すことしかしてこなかった少年の心に、致命的なまでのダメージを与えた。
ぐらり。
シドーレンの身体が揺れる。
だがギリギリのところで踏み止まる。
「くくく……」
シドーレンの口から漏れ出たのは、笑い声。
だがまるで泣いているようだとリリスは思った。
「鳳よ、それが分かったところでどうだと言うんだい?
そもそも貴様では僕に肉弾戦でも到底及ばないだろう?
運命は何も変わらない。貴様はここで……死ぬんだ」
「……それはどうかな?」
「なに?」
リリスはそう言うと、折れた右手を震わせながら、ゆっくりと前に突き出した。
人差し指を前に出し、左手で覆うように筒状に包み込む。
その構えは、まるで──『銃』を構えているようだった。
「……何の真似だ? 手でピストルでも模して、僕を撃つとでも言うのかい?」
「シドーレン」
「……あん?」
「キミは色々とやり過ぎた。キミが愉しむために、色々な人たちの運命を弄んできた。
でもね、それは……本来はやっちゃいけないことなんだ。
直接手を下してないからといって、知らないじゃ済まない。決して許されないことを、キミはしてきたんだよ。
だからボクは……キミを撃つ」
「はぁ?」
リリスの言葉に、シドーレンは思わず失笑する。
「貴様は何を言ってるんだ? ついさっき言ったばかりじゃないか。この場では魔法も武器も通用しない。なのに何を撃つって……」
「ボクの剣は、キミを切り裂く」
リリスは心の中で念じる。
その思いは形となり──具現化する。
──爆破魔法【 ヴァイオ・ボム 】。
リリスの周りに、不可視の爆弾が形成される。
そのうちの一つを手に取ると、再び銃の構えに戻るリリス。
「だから僕には攻撃魔法は効かないと言っているだろう! 僕に殺される運命の奴が、何をほざく! 死ねっ! 死んで僕に逆らったことを悔いるんだっ!」
「残念ながら、とっくにキミの″因果の鎖″は断たれているよ。
だからここで終わりにしよう、シドーレン。
ボクの……最大の攻撃魔法で、キミを──撃つ。
……── 《 狂気の凶弾 》」
どぅん!
響き渡る、低い爆発音。
この世界の人たちは知らない。
この音が何の音であるかを。
だが、転生したものたちは気づいた。
この音は、まさに──『銃声』であると。
「ウギャアァァァッ!!」
シドーレンの口から溢れ出る、凄まじい絶叫。
彼の右腕には小さな穴──″銃痕″が穿たれ、そこから大量の血が吹き出していた。
リリスの放った、″銃弾″の正体は──?




