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69.【 大将戦 】真のシナリオ



「キミは──怖いんだろう?

 人の命を自分の手で奪うことが。

 なぜならキミは……前世でもこの異世界でも、未だに人の命に手をかけたことが無いのだから」


 リリスが口にしたのは、明確な根拠のない──いわば推測の域を出ないもの。

 だがもしリリスの感じた直感が正しければ、シドーレンは……まだ人を殺していないことになる。


 異世界に転生したとき、リリスが最も戸惑ったのは『人の命が軽い』ことだった。この世界では命の価値が根本的に違う。簡単に人が死んでいく。前世では到底考えられないことであった。

 結果、冒険者になったリリスは致命的な欠点を持つことになる。たとえ相手が魔物や動物であっても、ましてや人間の命を直接狩り取ることができなかったのだ。

 リリスはまだ、モードレッドという攻撃専門の半身を持つことで、この難局を脱することが出来た。同様に一線を越えることが出来なかったアスモデウスは、結局 逃げ回るという道を選んだ。

 だからこそ、同じ転生者だからこそ……シドーレンもまた、人の命を奪うことが未だに出来ていないと思ったのだ。


 果たして、リリスの言葉にシドーレンは僅かに目を逸らした。

 どんなに強くなろうと、中身はそう簡単には変わらない。リリスは自分の直感が正しかったことを悟った。

 シドーレンは──最後の一線をまだ超えてはいない。


「ふ……ふふっ。なにをつまらないことを! そいつはとんだ勘違いだよ、リリス! なにせ僕は前世の最期に自爆して君たちを皆殺しにしてるからね!」

「そうだね。だけど──自ら直接手を下したわけじゃない」

「っ!?」

「爆弾なんかで殺すのと、直接この手で命を殺めることは、同じようで全く違う。そのことが分かってるからこそ──キミはこの《 英霊の宴 》の決戦の場で、自らの手で人を殺すと決めたんだ。

 ……それをキミは″儀式″と呼んだ」

「……」


 シドーレンは呪い殺す勢いでリリスを睨みつける。だが、口から出てくる言葉はない。肯定しているも同然だった。


「おかしいと思ったんだ。キミほどの力を持っているものが、これまで歴史の表舞台に出てきてないのが。でも理由は簡単だった。なぜならキミは直接的には何もしてこなかったからね」

「……」

「キミは常に裏方であった。魔法具マギアを使い操り、色々とかき乱した。だけど最終的には誰も殺してない。いや、人を殺すという禁忌を乗り越えられなかったんだ」

「黙れっ!!」


 シドーレンは顔を抑えながら叫ぶ。

 だがリリスは動じることなく、ここが勝負とばかりに畳み掛ける。


「いいや、黙らないねっ! そもそもキミは、ウソをついている。キミに……神を操る力は無い。

 キミは、ゲームは支配できても、シナリオは・・・・・変えられ・・・・なかった・・・・

「ぐっ……!」

「キミは確かにゲームの世界への転生を願った。そしてその願いは叶って、しかもゲームマスターというチート能力も手に入れた。キミはこの世界で最強と呼べる存在なんだろう。

 だけど……キミは定められたシナリオのコントロールはできない。

 せいぜい、シナリオに沿って進めることしか出来なかった」


 もはやシドーレンは口を開かない。ただただ殺意の篭った眼差しでリリスを睨みつけるのみだ。だが動じることもなく、リリスは言葉を続ける。


「だからキミは神になることを望んだ。

 そのために足りないのは……2つ。

 《 オラクルロッド 》というこの世界の管理者権限と、人の命を狩るという──禁忌を犯すこと。

 キミは自爆は出来ても、直接手を下すという、人としての最後の砦を超えることが出来ずにいたんだ。

 だからキミは、仕方なくゲームのシナリオに沿ってストーリーを進めていった。この《 英霊の宴 》に参加したのだって、そうしないとシナリオが進まないからだ。

 そのついでに……この決戦で自らの手でボクを殺すことで、人としての最後の一線を超えようとした。

 人殺しの禁忌を乗り越え、なんの躊躇もなく人殺しができるようになれば、本当の意味で神になれると信じて、ね」


 一気に言い切ったあと、リリスは大きく息を吐く。

 言ってやった。あとはシドーレンがどう出てくるかだ。


「……くくく」


 シドーレンの口から漏れてきたのは、笑い声。


「シドーレン?」

「……だから僕は、貴様のことが前から気に食わなかったんだ。もっとも、ムカつくのは貴様以外の全員だけどね」


 既に怒りの仮面を脱ぎ捨てたシドーレンが、冷たい目でリリスを睨め付ける。そこにあるのは──狂気の支配者。


「ああ、そうさ。ほぼ全部貴様の言う通りだよ。ただ一つ、──貴様の言うシナリオとやらの主人公が・・・・この僕である・・・・・・という事実以外はね」

「なっ!?」


 そんなバカな、とリリスは思う。

 もし彼の言うことが事実だとしたら、この世界は──今の状況は……。


「じゃ、じゃあキミは……」

「ようやくバカな貴様でも理解できたかい?

 僕はね、『ブレイブ・アンド・イノセンス』を模したこの世界に、僕自身が考えた・・・・・・・オリジナルのシナリオに沿った4番目の・・・・主人公・・・として転生したのさ!」



 それは──始まりは、1人の変わった少年の妄想だったかもしれない。

 このゲーム、自分だったらこんなシナリオにするのに。どうせならこうしたら面白いのに。この世界に転生できたら好きなように生きるのに。

 やがてその想いは具体的なものへと変わってゆき、自分を主人公としたシナリオを作り上げてゆく。


 ……普通であれば、そこで終わりだった。

 たとえば二次作のような本を書いたりはするかもしれないが、あくまで限られた世界での話である。


 だが、もしその少年の妄想が現実になってしまったとしたら──。

 しかもその妄想が、自己の顕示欲を満たすだけのための、ろくでもないものだとしたら──。


「そ、そんな……」

「このシナリオだと、僕はオラクルロッドを手に入れて神になる。人類の生殺与奪権を得て、僕の好きなように世界を作り変えてゆく。だからっ!」


 パリーンッ!

 シドーレンが仮面を地面に叩きつける。音を立てて粉々になる仮面を踏みにじりながら、吠える。


「貴様たちが何しようと、僕のシナリオには関係ないんだ!

 主人公たちの活躍の陰で、モブたちがどうなろうが関係ない!

 ……ただ──あぁそうか、今気づいたよ。

 僕にとっての『運命の戦い』が今で、その相手が貴様だったんだな、リリス!」


 ゴウッ!

 シドーレンの全身から、黒い魔力が溢れ出る。


「じゃあ僕は……貴様を殺す。

 シナリオを全てクリアして、僕は──人を捨てるよ」







 ゴツッ!


 リリスは最初、なにが起こったのか分からなかった。


 宙を舞い、鼻から血を吹き出している状況に気付き、遅れて頬に走った激痛から、自分がシドーレンに殴り飛ばされたことをようやく認識した。


「あうっ!」


 地面に叩きつけられても、思うように身体は動かない。

 頭の中ではラティリアーナやモルドのように神速で動くイメージがあったが、実際のリリスは普通の人間と大差ない身体能力しか持ち合わせていなかった。


「ぐうっ!」


 続けて、シドーレンの蹴りがわき腹に入る。

 ビキッ! という鈍い音とともに、激痛が一気に脇から全身に突き抜けてゆく。


「かはっ! ……がふっ! ……うぅぅ……」


 これまで襲われたことのない激痛に、リリスはわき腹を押さえたまま呻き声を上げることしかできなかった。そんな彼女を、まるで虫ケラでも見るかのような蔑んだ目で見下しながら、シドーレンがリリスの頭を踏みつける。


「あれ? どうしたんだい?

 あれだけ偉そうに講釈垂れておきながら、この程度の力しか持ってないの?」

「……かふっ! けふっ!」

「もう終わり? 口も聞けないの? なぁんだ、こんなもんなんだ……。じゃあ、殺すのはもっと簡単なのかな?」


 バキッ! ベキッ! ゴフッ!

 鈍い……肉を叩く音が連続して響き渡る。

 その状況は、もはや一方的で虐殺と呼ぶにふさわしいようなもの。


「リリス様っ!」

「リリスっ!」

「リリス!」

「リリス殿!」


 仲間たちが自分を呼ぶ声が聞こえるが、すさまじい打撃を喰らうなかでは返事もままならない。

 シドーレンの動きは素早く一方的で、まるで歯が立たない。それでもリリスは必死にこぶしを前に突き出す。


 ……ぺちっ。

 小さな音とともに、リリスが出した拳がシドーレンの胸を突く。

 だがもちろんその程度ではわずかなダメージも与えられない。シドーレンはリリスの返り血で赤く染まった手を振り上げ、邪悪に笑う。


「なんだ? その程度の力で僕を倒そうというのかい? ……酷いなぁ、それじゃ虫一匹殺せないよ?」

「ぐぅぅ……けほっ!」


 何度も殴られた結果、リリスの顔は形が変わるほど赤黒く変色して腫れ上がっている。

 それでもリリスは歯を食いしばり、もう一度ぽかりとシドーレンを殴りつける。


「おみゃえの……しゅきには……しゃせない……」

「……もういいや、貴様の相手をするのは飽きたよ」


 忌々し気にシドーレンが目を逸らし、殴りかかるリリスを払いのける。

 シドーレンはうんざりしていた。なかなか死なずに、食い下がってくるリリスが鬱陶しくて仕方なかった。

 ……だが、シドーレン本人は気づいていない。いや、気づいていて気づかないふりをしていたのかもしれない。

 彼は、傷付きながらも食い下がってくるリリスから距離を取るようになっていた。血まみれのリリスを、殴れなくなっていたのだ。


「にゃんで……ボクからにげるんだよ……けほっ」

「逃げる……? この僕が?」

「こわいん……だろう?」

「なに?」

「こわいん……だろう? ボクを……殺すのが……けほこほっ」


 血まみれで、ボコボコになりながらも、折れない心でシドーレンを睨み付けるリリス。鬼気迫る様子に、さすがのシドーレンもとうとう一歩下がってしまう。


「キミは……ほんとうは……こわいんだ……ひとを殺めるのが……」

「……そんなことないっ!」

「だったら……ボクを……」

「黙れっ! 黙れ黙れ黙れ──黙れっ!!!!」


 びきっ!

 シドーレンの蹴りが右腕に決まり、鼻に亀裂が走る音と激痛が走る。


 ばきっ!

 続けて繰り出された膝蹴りが左脇に入り、肋骨が悲鳴をあげて呼気が一気に吐き出される。


 ぼぐっ!

 そして──繰り出されたシドーレンの強烈なパンチが、情け容赦なくリリスの顔面にさく裂する。


 飛び散る鮮血と、混じって見える……白いものは、欠けた歯であろうか。

 無残にも吹き飛ばされるリリスは、虚ろな瞳でそんなことを考えながら、彼女の意識は──そのまま暗闇の中へと暗転していった。








 ◇






 ──墜ちていく。

 暗い世界をゆっくりと落下していく。


 あぁ、ボクは本当にシドーレンに殺されてしまったのだろうか。暗黒の世界でどこまでも墜ちていきながら、リリスはそう思った。


 ボクに……力があれば。

 力があれば、こんなことにはならなかったのに。


 思えば自分は、転生前から弱かった。

 体は小さく女の子と間違われることも多かった幼少期。腹が立って喧嘩をしても簡単に負けてしまった。

 やがて……自分はその弱さを受け入れるようになった。弱くても目立たないように生きていけばいい。理不尽な暴力には近寄らず、自分の好きなことをやってればいいんだから。


 そんなとき出会ったのがゲームだった。

 ゲームの世界は最高だった。頑張れば強くなれる。たとえ一度負けても、やり直してレベルを上げれば勝つことができる。

 努力が、必ず報われる世界。


 だけどそのゲームを模した世界に転生した今、以前と何も変わっていない自分に気づいた。

 世界はあまりにも理不尽で強く、その前では自分は無力に過ぎない。

 レベルを上げて強さを手に入れることも、復活してやり直すことも叶わない。


 ボクは──弱い。

 どうしようもなく弱いんだ。



「だけど……」



 リリスは呟く。




 ボクは欲しい。

 力が。


 どんな理不尽にも対抗出来る力が──。





『……力が欲しいのかしら?』




 どこまでも墜ちてゆく中で、不意に耳に届いたのは、聞き慣れた声だった。

 いつも得意げで、上からで、だけど弱々しくて、本心を隠しているかのような凛とした声。

 ずっと聞きたくて、だけどもしかしたらもう二度と聞くことができないかもしれないと思った。その声の持ち主は──。



『あなたは、力が欲しくて? リリス』


「……ラ、ラティ」


 墜ちてゆくリリスの瞳に映し出されたのは、紫色のドレスに身を包んだまま優雅に微笑むラティリアーナの姿であった。



リリス、ついにラティリアーナと邂逅──。


そして──運命の歯車は動き出す。



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