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67.【 副将戦 】デュカリオン・ハーシス

 

 デュカリオン・ハーシスから放たれる嵐のような剣戟。

 一撃一撃が重く、かつ卓越した技術で放たれるため、普通の相手であればあっさりと切り刻まれていたことだろう。


 だが──アーダベルトはまだ生きていた。

 紙一重であるが、デュカリオンの怒涛の攻撃を全部躱していたのだ。


「……あやつ、なかなかやるではないか」


 思わずレオルが唸るほどの、超絶回避。たとえレオルといえど、ここまで見事に躱すことはできないであろう。


「なんで……どうして当たらないんだよっ!」


 苛立ちのあまり、シドーレンが声を荒げる。

 シドーレンの知る限り、デュカリオン・ハーシスの剣術は世界一のはずだった。いくら主人公アーダベルトとはいえ、全回避されるはずがない。


 だが──この現状を一番不可思議に思っていたのは、他でもないアーダベルト本人であった。


  不思議だ……確かに【 超魔 】の攻撃は凄まじい。

 だけど、なぜだろうか。僕にはこの攻撃が見える・・・んだ!


 この事前モーションだと、次は右から剣で切りつけてくるはずだ。

 ……当たった。ならば今度は左から切り戻してくるに違いない。そのタイミングに合わせて槍を出してみようか。


 ギィン!

 響く鈍い音。掌に伝わる感触。

 アーダベルトの槍は、【 超魔 】デュカリオン・ハーシスの操作の仮面を僅かに掠めていた。一撃が届いたことに驚いたのか、デュカリオンがすぐに距離を取る。


 はぁ、はぁ。荒い息がアーダベルトの口から漏れる。

 一旦小休止となり、少し離れた場所で睨み合うデュカリオンとアーダベルト。


 なぜ……どうして自分は相手の攻撃が躱せるのだろうか?

 アーダベルトが抱いた疑問の答えは、しかし己の中ですぐに見つかる。


「同じだ……この剣筋、見覚えがある」


 そう、アーダベルトは知っていた・・・・・のだ。デュカリオン・ハーシスの剣技を。




 彼が使う剣術は、ある人物のものと酷似していた。

 その人物は、アーダベルトにとって運命と呼べる人物だった。


 母を幼い頃に亡くしたアーダベルトは、女性との接し方を理解しないまま育った。だが成長するにつれ亡き母に似て容姿端麗になっていった彼を、女性たちは放っておかなかった。数多くの女性たちが、まるで蜜に群がる蟻のように大量に押し寄せる。

 その種類も豊富だった。伯爵家という家柄を求める女。美少年シンボルが欲しいだけの女。母性本能を満たし己の意のままにしたいと願う女。

 しかも、伯爵家という名家でありながら金銭的に窮していた彼の父親は、己の息子の価値に目をつけた。金のために、より良い条件で息子を売り渡そうとしていたのだ。

 やがてアーダベルトは、誰にとっても自分が『商品』としてしか扱われていないことに気付く。そしてアーダベルトは周りに対して心を閉ざし、女性への歪んだイメージを持つようになった。


 だから最初、数ある争奪戦を制して強引に自分との婚約を勝ち取ったラティリアーナのことも、他の女性たちと同じような存在だと思っていた。自分を貴金属か何かと同じようにモノとしてしか見ていない人だと見なしていた。


 だが、ラティリアーナは違っていた。

 自分をしっかりと持ち、己の主張をした。アーダベルトとも真正面からぶつかった。

 他の女たちのように、アーダベルトのことを持ち上げたりおべっかをつかったり顔色を伺ったりもしない。彼のことを一人の個人として見て、敵とみなせば容赦なく牙を向いてきた。

 だからアーダベルトは戦った。戦って──負けた。

 彼女に最初の敗北を味わった瞬間から、アーダベルトにとってラティリアーナは″運命″になった。


 最初の対戦以降、アーダベルトは彼女の戦闘スタイル。何度も何度も頭の中でトレースした。仮想敵として夢の中でも戦った。

 ラティリアーナのことをわすれることなどひと時もない日々。最後の決戦の時のことも、全て詳細に思い出せる。彼女の、胸を貫くその瞬間までも……。


 ラティリアーナの剣は、華がある。たとえ格段に威力が上がり、戦闘スタイルが変わろうともその基本にあるものは変わっていない。


 だからこそ──気づいた。


「ラティリアーナの剣技とデュカリオンのものは……同じじゃないか!」


 一息ついたデュカリオン・ハーシスが再び激しく斬り込んでくる。

 だがその動きは、やはり脳内シミュレーションで何度もイメージしてきたものと同じだった。


 今なら確信を持って言える。

 デュカリオン・ハーシスの剣術は、ラティリアーナの剣術と同じだ。しかも今の彼は、まるで機械のようにいくつかのパターンを繰り返すだけに過ぎない。

 これなら、いくら相手が″肉体強化″で凄まじい力を誇る攻撃を放ってきても、自分なら躱すことができる

 そう確信した瞬間、アーダベルトの目に光が宿る。


「ラティリアーナ、君のおかげで……僕はこの凄まじい男と対等に戦うことが出来ているよ」



 そして──アーダベルトの反撃が始まる。






 ◆





 デュカリオン・ハーシスの攻撃は空を切り、逆にアーダベルトの攻撃は徐々に体を掠める。

 攻守の割合も、当初の9対1から4対6といった状況に変化している。

 今や形勢は、完全に逆転していた。


 信じられない状況に、苛立ちを隠せずにいるのはシドーレンだ。


「おいおい、どうした【 超魔 】! いくら″飛翔断界剣″と″黒き魔導書″が見つからなかったとはいえ、お前にはエクスカリバーに次ぐ″黒曜剣″を与えたんだ! そんなザコ、さっさと殺しちゃえよぅ!」


 だがデュカリオン・ハーシスの剣はやはり弾かれ、躱され、有効打を与えられずにいる。


「くそっ! デュカリオン・ハーシス! 違う技を使えっ! お前は魔法も使えるはずだろうっ!」


 しかし、魔法をつかう気配はない。

 全体攻撃も最初の一閃以降、放つことはない。

 たしかにシドーレンの持つ呪いの魔法具マギアによる操作は万能ではない。本人の能力以上のことは出来ない。

 だからとはいえ、この状況はあまりにも不甲斐なさすぎないか。

 これではまるで……プログラムされた通りに動く人形みたいじゃないか!




 一方で、同様の戸惑いを見せていたのが、シドーレンと同じ転生者であるリリスとアスモデウスだ。


「どうしたんだろう……第二形態にもならないなんて」

「マコっちゃん、あれはならない・・・・んやなくて、なれない・・・・んやあらへんか?」


 なれない、とはどういうことであろうか。

 アスモデウスの言葉の意味を理解すると同時に、忘れかけていた疑問がリリスの脳裏に蘇る。


 そうだ。そもそもデュカリオン・ハーシスの魂はラティリアーナの中にあるはずだ。以前『中の人』は確かにそう言っていた。

 だけど今のラティリアーナは、氷の棺の中に閉じ込められている。……であれば、今デュカリオン・ハーシスの身体を操っているのは一体誰なのか?


 剣技はラティリアーナと同じ。

 だけど、彼女のように魂のこもったものは何一つ感じられない。




 そして──。


 リリスは、ついに結論に至る。




 間違いない。

 あれは──別物・・だ!



 あそこにいるのは、リリスの知るラティリアーナの『中身』ではない。

 そうと分かれば答えは簡単だ。たとえ中身が何者だろうと……やるべきことをやるだけだ。


「……アーダベルト! これはチャンスだ! やってしまえっ!!」


 リリスの言葉は、アーダベルトの後押しとなった。

 彼自身、デュカリオン・ハーシスが何者なのかと疑問に思い始めていた。ラティリアーナと同じ剣技を使うということは、彼女と何か関係があるのではないのかと……。

 だがリリスは、明確に『やれ』と言った。最も長く時間を共にしてきたリリスが確信を持ってそう言うのだ。ラティリアーナとは無関係という後ろ盾を得たと言っても過言ではない。


 であれば──遠慮することはない!

 アーダベルトの目がギラリと輝く。


 それでもアーダベルトは焦らない。

 ラティリアーナとの決戦のときは、焦りのあまり粘ることができず、不完全なまま攻撃を仕掛けてしまった。

 だが今回は違う。じっくりと粘り、最適な時を待つ。


 アーダベルトが堪えることが出来たのは、ラティリアーナの命がかかっていたから。

 賭けられたものの重要さが、極限の状況において、アーダベルトに真の強さをもたらす。


「直槍術──【 彗星槍 】!」


 ギィィン!

 アーダベルトが放った技が見事に決まり、鈍い音とともにデュカリオンの剣が大きく弾かれた。


 初めて見せた、【 超魔 】の大きなスキ。

 待ち望んでいた、決定的な瞬間。



 このチャンスを、アーダベルトは逃さなかった。


「はあぁぁあっ! ──究極槍術【 夢幻槍 】!!」


 放たれたのは、アーダベルトの最大奥義。

 無数の幻想の槍が、流星雨となってデュカリオン・ハーシスに襲いかかる。体勢を大きく崩し、剣を弾かれた彼に防ぐ手段は無い。


「グウォォォオオォォッ!!」


 デュカリオン・ハーシスが雄叫びを上げた。弾かれた剣を手放すと、身軽になった両手を前に出し、凶悪な量の黒い魔力を集め始める。

 これは──もしや未知の技を放とうとしているのか? しかし、すでにアーダベルトの技は放たれた。今更止めることなど出来ない。最悪の場合、相打ちまで想定し、アーダベルトは覚悟を決める。



 ──だが、結果として最悪の状況は訪れなかった。

 デュカリオン・ハーシスの全身を、紫色の霧のような魔力が微かに覆ったのだ。


「グウッ!?」

「なっ!?」


 デュカリオン・ハーシスが集めた凶悪な魔力は、瞬く間に霧散する。

 恐らくはアーダベルトを一撃で葬り去るに十分な威力を誇る魔術は、発動することなく完全に消失した。


 アーダベルトは知っていた。黒き魔力を消し去った紫色の霧の正体。

 あれは──間違いなくラティリアーナの固有魔法の《 魔力無効化の霧パープル・ヘイズ 》だ!


 なぜこのタイミングでデュカリオン・ハーシスの身にラティリアーナの魔法が炸裂したのかは分からない。だが得られた結果は決定的だった。


「うぉぉぉぉおっ!!」


 アーダベルトは、視界の隅に紫水晶のように輝く乙女(ラティリアーナ)の姿を見たような気がした。

 それが幻だったのか確認することも出来ないまま、アーダベルトの渾身の一撃は、デュカリオン・ハーシスに流星のように降り注いだ。






 ◇






「はぁ……はぁ……」


 アーダベルトは激しい息を整えながら、目の前に倒れ伏した【 超魔 】デュカリオン・ハーシスを見下ろしていた。

 奥義を全身に浴びたデュカリオンは、全身から血を流しているものの、致命傷を負っていないあたり相手の強さを感じる。とはいえ、完全に意識を失っているようだった。


 アーダベルトは額の汗を拭うと、懐に手を入れ、戦闘開始前にティアから預かった″赤い玉″を取り出す。デュカリオンの仮面の上に落とすと、赤い玉はまるでアメーバのように拡がり、やがて″呪いの仮面″を朽ち果てさせた。


 仮面の下から覗いたのは、ひとりの草臥くたびれた中年男性の顔。

 かなり整ってはいるが、たとえ気を失っていても鋭く尖った表情は、厳しい戦いを何度も潜り抜けてきた歴戦の猛者の面構えといえる。

 だが、仮面が無くなってもデュカリオンが目覚めることはない。


「はぁ……はぁ……双子の女神ノエルとエクレアよ、この戦いの結果はどうなるんだい?」


 アーダベルトに問いかけられ、ハッとした双子の女神が互いに顔を合わせる。


『副将戦の勝負はここに決しましたわ』

『副将戦の勝者は──アーダベルトですの!』


 どんっ!

 女神からの勝利宣言を受け、アーダベルトは右拳で強く胸を打つ。瞳を閉じて思い浮かべるのは──ラティリアーナの笑顔。


「ラティリアーナ、僕は約束を守ったよ……」


 アーダベルトは、絶対に負けられない勝負に勝った。

 圧倒的不利の下馬評を覆して。自分自身の力で勝利を掴み取ったのだ。


「だから次は君の番だ。必ず……還ってきてくれ」


 アーダベルトの呟きは、すぐに騒めきの中に消える。

 歓喜に沸くリリスやティア、モルドたちに片手を上げると、アーダベルトは気絶したままのデュカリオン・ハーシスを担ぎ上げ、堂々と舞台から降りていったのだった。




 一方、デュカリオン・ハーシスの敗北に完全に怒りを爆発させていたのが【 異世界王 】シドーレンだ。


「くそっ! 欠陥品がっ!! まさかアーダベルト一人にラスボスが負けるなんて……どんだけ使えないんだよっ!」


 猛烈に毒を吐き出し、激昂するシドーレン。だが今の彼の周りに、諌めるものはもはや……誰もいない。

 ふと、シドーレンはリリスと目が合う。


「さぁシドーレン、お待たせしたね。ボクたちの出番だよ。

 ……同じ転生者同士、キミとボクとで決着をつけようじゃないか」


 ビキビキッ。

 リリスの言葉と瞳に蔑みの色を感じ、シドーレンの目が一気に血走る。


「……いいだろう、鳳。いや、アマリリス。お前の命を奪うことで、この僕が神となるための《 最後の儀式 》を完遂させてやる。

 そう、お前はこの僕の──成長へのかてとなるんだ」




新たな謎を残し、【 超魔 】墜つ。



そして──宿命の決戦へ。



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