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66.【 副将戦 】超魔

 アーダベルトは、直前にティアに手渡された″赤い玉″に視線を向ける。

 まるで血を固めたかのような赤い玉は、彼にとって今回の戦いの唯一の切り札と言えた。


「アーダベルト、これを持って行きなさい」

「ティアさん……これは?」

「ティアの″操血″を固めたものです。これを相手の仮面に叩きつければ、あとはティアが仮面の呪いを解きます」


 不機嫌そうに目も合わそうともしないのは、未だにアーダベルトのことを恨んでいるからだろうか。だが2人ともラティリアーナを助けたいという思いは同じだ。


「ありがとう、ティアさん。これで必ず勝ってくるよ」

「当然だわ。お姉さまのためにも死んでも勝ってくるのね」


 その言い方がなんとなくラティリアーナに似ているようで、アーダベルトは思わず微笑み返す。ティアは一瞬だけハッとしたようだが、すぐに不機嫌な表情に戻って背を向けてしまった……。



 ──そして今、目の前には【 超魔 】デュカリオン・ハーシスがいる。


 彼のことは、ラティリアーナたちから聞いていた。

 以前、ラティリアーナが危機に陥ったときに、命をかけて彼女を守って石像となってしまったという。この事件がきっかけとなってラティリアーナは心を入れ替え、以後様々な伝説的偉業を立てていくことになったことから、ある意味で目の前の彼が全ての始まりであり大恩人と言っても過言ではない。


 ラティリアーナの命の恩人である彼を、アーダベルトとしてはなるべく傷つけたくなかった。出来ることなら、仮面を″赤い玉″で無効化し、洗脳を解くことで、彼を呪いから解放したかったのだが……目の前の相手が簡単にそれを許してくれるとは思えなかった。

 全身から湧き上がる黒い魔力は、これまで見たことのない次元でアーダベルトに圧迫感を与える。一目見ただけで分かる、尋常でない強さ。デュカリオン・ハーシスの持つ魔力は、おそらく世界最高クラスの魔法使いすら凌駕するレベルであろう。


 今の自分の実力では、洗脳解除どころか傷一つつけれないかもしれない。嫌な予感が脳裏をよぎる。

 だが、それでも……アーダベルトに引くという選択肢はない。自分は、命に代えても勝利を呼び込まなければならないのだから。


 過ちを犯して自らの手で傷付けてしまった最愛の存在──ラティリアーナを助けるために。



『では──お待たせしましたわ』

『副将戦──開始しますの』


 双子の女神の開始の合図と共に、【 超魔 】デュカリオン・ハーシスの持つ黒い剣に爆発的なまでの魔力が溜まっていく。


「あかんっ! 全体攻撃《 デュカリオン・バースト 》や!」

「アーダベルト! 逃げてっ!」


 味方……なのだろうか。アスモデウスとリリスの悲鳴に近い声が耳に飛び込んでくる。

 だが、いくらアドバイスがあったとしても、黒い魔力を帯びて放射状に放たれた一撃を、果たして避けることなどできるのであろうか……。

 アーダベルトが見る限り、回避は不可能なほど広範囲への攻撃と判断できた。避けれないのであれば……全力で耐えるまでだ。


「耐え切ってくれよっ! ミストルティン! ──槍盾術【 守護聖槍キニェル・ガード 】!」


 デュカリオン・ハーシスが放った《 デュカリオン・バースト 》は、ラスボスたる彼が最終決戦で放つ全体攻撃のうち、比較的ダメージが低い技だ。使用頻度は高。とはいえパーティ全体に与えるダメージは侮れず、回復への専念を余儀なくさせる威力を持つ技だ。

 対するアーダベルトが用いたのは、パーティ全体への攻撃を一度だけ防ぐことの出来る能力【 守護聖槍キニェル・ガード 】。彼の持つSランク魔法具マギア『ミストルティン』がアーダベルトに与えた、様々なスキルのうちの一つだ。


 デュカリオンの放った暗黒波動が、アーダベルトの光の盾に激突する。だがアーダベルトは押しつぶされることなく、黒い濁流の中で必死に耐えている。


「アーダベルトはん、防いだんかっ!?」

「う、うん。だけど……それだけじゃダメだ! だってデュカリオン・ハーシスの本領は──」


 ──ギィィィン!


 続けて鳴り響いたのは、高い金属音。

 全体攻撃に続いて一気に距離を詰めたデュカリオン・ハーシスが、アーダベルトに対して直接攻撃を行ったのだ。

 しかも、次の瞬間には槍ごとアーダベルトはあっさりと吹き飛ばされる。


「がはっ!」


 闘技場の壁に叩きつけられながらも、すぐに立ち上がるアーダベルト。だが、そのときにはもうデュカリオン・ハーシスが黒い剣を片手にアーダベルトの目の前まで迫っている。リリスが思わず声を上げた。


「アーダベルト、気をつけて! やつは……デュカリオン・ハーシスは世界最強の・・・・・剣の達人・・・・なんだよっ!」






 ◆





 デュカリオン・ハーシスは、生まれたときから恵まれない日々を過ごしていた。

 父は傭兵、母は冒険者。父は戦争に出ているか、居るときは酒ばかり飲んでいて、剣の稽古と言ってはデュカリオンに暴力を振るった。

 母は母で、父に似た容姿のデュカリオンを憎んでいた。母親も一端の冒険者であったことから、優れた剣の腕を持つ。その腕を……商売ではなく、実の息子に対して使うようになるのにそう長い時間はかからなかった。


 とても貧乏で、日々食うものにも困るような生活だった。ただでさえ苦しいのに、その食事さえ与えられないこともあった。時には野に生えた草でさえご馳走に見える時もあった。

 心強き少年だったデュカリオンは、このように過酷な幼少時代を過ごしても決して心折れることはなかった。一日も早く独り立ちして、自分の腕一本で生きていく。そう誓って、自由な未来を夢見て、地獄のような幼少期を歯を食いしばって過ごしていた。


 だが、そんなささやかなデュカリオンの願いを打ち砕く、手痛い現実が彼に襲いかかる。

 なんと彼は、冒険者に、あるいは戦士として生きていくために最低限必須な魔力を持ち合わせていなかったのだ。



 魔力とは、限られた人にだけ与えられる特殊な力である。 

 もちろん、魔力無しでも普通に生きていくことはできる。この世界では魔力を持たない人も多く、たとえ無魔力でも問題なく職人や商人として活躍していた。


 でも、冒険者は別だ。

 そもそも魔力が無ければ肉体強化が使えない。肉体強化が使えなければ、巨大なモンスターに太刀打ちすることができない。肉体強化は冒険者に最低限必須の能力と言えた。

 それが使えない以上、誰もデュカリオンを冒険者──戦力と見ることはできなかった。少なくとも彼をパーティメンバーに加えようというものは皆無だった。

 事実上、デュカリオンが冒険者になる夢は消えた……はずだった。


 ところが、彼は諦めなかった。

 たとえ魔力が無くても、自分の剣の腕だけでなんとかしてみせると決意してみせたのだ。


 仲間になるものが居ないのであれば、ソロでやればいい。

 肉体強化が使えないのであれば、それに変わる力を持てばいい。


 こうしてデュカリオンは、世界で唯一の魔力を持たない冒険者となった。



 肉体強化を使えない戦士に対する、他の冒険者たちの視線は冷たいものだった。誰からも誘われず、誰からも相手にされない。

 そこでデュカリオンは、魔法を使えない不利を知識や技術でカバーしようとした。


 徹底的な魔物の研究。

 剣術の磨き上げ。

 基礎体力の向上。

 ──それらは、生き残るために彼が選んだ茨の道。

 だが常人であればとっくに壊れるか諦めてしまう夢を、彼は粘り強く挑戦し、実現した。


 通常であれば実現不可能な道を可能にしたのが、彼の持つ二つの特殊な能力だった。

 魔力の流れをみる【 魔導眼 】と、魔力の流れを断ち切る【 魔断 】。

 この力を極限まで磨き上げることで、デュカリオン・ハーシスは生き残り、少しずつ冒険の中に名を残した。


 やがて──およそ20年以上の歳月をかけ、とうとう彼はB級シルバーランクに到達した。Sランクには遠く及ばないものの、Bランクは通常の冒険者が到達する最高点である。彼は完全に一目置かれる存在となっていた。

 彼と同じように無魔力で冒険者を志したものたちは、全員が死ぬか引退していた。

 まさに彼は唯一至高の存在であった。


 やがて他の冒険者たちは、彼のことを畏敬を込めて【 断魔 】と呼ぶようになった。



 魔力を持たない、だが魔法キャンセルの技術を持つ世界最高クラスの剣士。


 だが、もし──魔力無しでもシルバーランク まで上り詰めた彼が、魔力を使えるようになったとしたら……。

 しかもその魔力が、世界最高クラスの魔導師すら凌駕する量だとしたら──。


 出来上がるものは、おそらく……【 怪物 】。

 世界最高の剣技を持ち、相手の魔力の流れを読み、あらゆる魔法を断ち切り、どんな魔術師よりも強力な魔法を放つ、とてつもない存在。

 断魔を超え、あらゆる魔導師を超え、出来上がったものは魔導を超えし存在──その名も【 超魔 】。

 そんな恐ろしい相手に勝てるものなど、この地上にあり得るのだろうか?





「ぐっ!?」


 アーダベルトはなんとか槍をさばき、デュカリオンの剣戟を横に逸らす。一撃一撃がとてつもなく重く、反撃することなど全くできない。

 恐らく相手が使っているのは【 肉体強化 】。しかも魔法無しでも世界最強だった男が″肉体強化″を使った場合、果たしてどこまで強くなるのか……その答えが今、目の前にあった。


「シッ! シッ! ハッ!」

「ふぐっ!? がっ!?」


 必死に槍を繰り出す。

 アーダベルトも″神童″と呼ばれるほどの槍の達人だ。若さゆえに経験など足りないものがあるものの、世界を見ても屈指の技術を持っているであろう。


 そのアーダベルトがただの一合打ち合うだけで察した。この相手には、絶対に勝てない。優秀であるがゆえに、圧倒的な力の差が明確に分かってしまうのだ。


 ラティリアーナと対峙したときも勝てないと思った。ただ届かない差ではなかった。

 だがデュカリオン・ハーシスは次元が違う。どんな手を使ったとしても、僅かな時間でアーダベルトは細切れにされてしまうだろう。


「クフフ……いいぞ、さすがは【 超魔 】だ、圧倒的じゃないか! ラスボス専用武器が見つからなかったときはどうしようかと思ったけど、ちゃーんと魔力にも覚醒してるし、なんの問題もなさそうだな」


 シドーレンの独り言を目敏く拾い上げたリリスが、疑問に思い首を捻る。


「ラスボス専用武器の、武器?」

「マコっちゃん知らへんのか? ラスボスであるデュカリオン・ハーシスは二つのSランク魔法具マギアを持っとるんやで。右手に持っとるのが″飛翔断界剣″、左手に持っとるのが″黒き魔導書″や」

「…………あっ!」

「思い出したかいな? ラスボスとしてのデュカリオン・ハーシスは三つ・・の戦闘形態を持ってたやろ?

 第一形態が……いまアーダベルトはんが対峙している剣術オンリーのスタイル。

 そんで、空飛ぶ魔剣・・・・・で敵を切り刻みながら、左手の魔導書を使って強烈な全体魔法を仕掛けてくるのが──【 超魔 】の第ニ形態の・・・・・攻撃方法や」


 ……あぁ、なぜこんな大事なことをすっかり忘れていたんだろうか。

 リリスは思わず頭を抱えそうになる。


 アスモデウスが語ったラスボスの戦闘法。それは間違いなく、ラティリアーナの・・・・・・・・戦闘方法・・・・じゃないか!



 じゃあ、だとしたら…………。


 今アーダベルトが戦っている相手は、一体誰だというのだろうか。






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