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65.【 中堅戦 】神獣

 

 ラッキーラ・シャンバルは特殊な存在であった。


 彼は人ではなく魔物として存在していた。

 かつて人間たちの間で無意味で無意義な戦争が行われた。その際、とある戦場で数千の命が露となり消えていった。

 彼らの怨念が、生への渇望が、強さへの憧れが、狂ったしまった心が……。

 一つの塊となり、最悪の悪夢ナイトメアを産み出したのだ。


「シッシッシ……」


 幾千もの屍の上で、ラッキーラは誕生した。


 ラッキーラは生者を憎んでいた。

 ラッキーラは強きものを探し求めた。

 ラッキーラは道化として狂ったように笑った。

 そしてラッキーラは──【 死神ピエロ 】となった。



 ラッキーラ・シャンバルの行動原理は『強者と戦いたい』というものだった。

 強者と戦い、命を狩る。そのために生きていた。


 生まれた経緯もあり極めてアンデッドに近いその肉体は、たとえ一度負けたとしても、しばらくすると復活することが出来た。

 そうして──彼は、狙いを定めた強者と何度も戦う。


 勝って、相手の命を刈り取るまで。何度でも。


 だからラッキーラが異世界王の配下になったのは、実は獅子王ら強者と戦うためだったのである。


「僕についてくれば、最強の相手と戦わせてあげよう。だから、僕について来い」

「……承知しタヨ、ゲームマスター」


 そういう意味ではラッキーラにとって獅子王レオルは最高の獲物だった。

 かつてはウタルダス・レスターシュミットに興味を持っていたものの、その彼を二度も打ち破ったレオルに食指が動くのは自然の成り行きであろう。


 そして今──ラッキーラの願いは叶い、獅子王レオルと戦っている。




 ラッキーラには強力な武器が三つある。

 一つは、斬りつけただけで相手の命を刈り取るSランク魔法具マギア【 死神の鎌 】。

 一つは、限りない執念深さと、それを補足する限りなく不死に近い肉体。

 そして三つ目は──ラッキーラの持つ固有能力。その名も【 幻想郷悪夢ワルプルギス・ナイトメア 】。

 怨念を残して死んだ人々の悪夢が集まって出来た魔物であるラッキーラは、この特殊な能力で他人の夢を操ることができたのだ。


 ラッキーラは、気に入った相手を悪夢に呼び込む。

 相手が最も望む夢を見せた上で地獄のどん底に突き落とし、最期に命を奪う。それが、ラッキーラの手口であった。


 相手が獅子王レオルであっても、ラッキーラのやり方は変わらない。

 強烈無比な一撃を喰らいながらも、レオルを夢魔の世界に呼び込むことに成功していた。


 あとは──命を刈り取るだけだ。




「シッシッシ……」

「レオルッ!」


 リリスが必死になってレオルに呼びかける。

 先ほどまで血を吐いていたラッキーラが、立ち上がって【 死神の鎌 】を手に迫っていたからだ。しかも、既に負った傷は修復されつつある。


「自動回復か! ……くそっ、レオル! 起きてよっ!」


 だがレオルはピクリとも動かない。目を閉じたまま直立不動している。苦し紛れに石を投げるも、不可視のバリアに弾かれてしまった。


「シッシッシ。呼び掛けなど無駄デスね。ワタクシの【 幻想郷悪夢ワルプルギス・ナイトメア 】からは絶対に逃れラれまセン」


 やっぱりレオルがああなってるのは──【 幻想郷悪夢ワルプルギス・ナイトメア 】のせいだったか。リリスは思わず舌打ちをする。


 リリスが知っているのは、この技がゲーム『ブレイブ・アンド・イノセンス』で主人公ウタルダスを選択した場合に訪れる″運命の戦い″において、ラッキーラが放つものだということだ。この技は、相手を夢の世界に閉じ込め二度と目覚めさせないという凶悪な性質を持つ。

 ゲームにおいてウタルダスは【 幻想郷悪夢ワルプルギス・ナイトメア 】によって悪夢の世界に封じられる。悪夢の世界はダンジョンになっていて、そこクリアすることでウタルダスは仲間たちに救出され、そのままラッキーラと最終決戦に入ることになるのだが──詳細はゲームの話なので割愛する。

 ようはウタルダスが悪夢の世界から脱することが出来たのは、近くに仲間がいたからだということだ。


 だが、今のレオルの近くに仲間はいない。舞台上にはバリアが張られている以上、リリスたちが助けることもできないのだ。


 ……これはやばい。

 このままではレオルは目覚めることなく、ラッキーラに仕留められてしまうだろう。


「レオル! 目を覚まして! キミは最強の獣人なんだろう?」

「無駄無駄。レオルにはもはやなにも聴こえてないネ。このまま幸せな夢の中で永遠の眠りにつくヨ」


 ラッキーラが勝利の笑みを浮かべ、死神の鎌をレオルの首元に据える。そのまま軽く引くだけで、レオルの首は簡単に落ちてしまうだろう。



 だが──。






「wWooooooowW!!!」



 ────バクッ!

 激しい爆裂音と共に、ラッキーラが再び吹き飛んだ。



「グバァァッ!」


 血を吐きながら壁に打ち付けられるラッキーラ。せっかく修復した胸に再度大穴が開いている。

 ラッキーラの胸に穴を穿つ一撃を放ったのは──夢の世界で身動きが取れないはずのレオルだった。すでに夢魔の世界から覚醒し、鋭い眼光でラッキーラを睨みつけている。


「ガッ……バカな……ワタシの【 幻想郷悪夢ワルプルギス・ナイトメア 】を破るトハ……」


 よろよろと立ち上がるラッキーラが、呻くように言葉を漏らす。


「ふん。あいにくとうちのご主人・・・は厳しくてな。俺が呑気に眠ってることが気に食わないんだとよ。

 だから首輪を締め上げて、俺に目覚めろ、もっと働けと叱咤激励してくるのさ」

「ソ、ソンな……ことって……」

「何が悪夢ナイトメアだ。くだらん技など使いおって。

 ……我が魂をコケにした報いは、貴様に存分に受けてもらおう」


 ごごごご……。

 獅子王レオルの全身が黄金色の輝きを放ちながら、徐々に変貌を遂げてゆく。

 両の腕が巨大化し、鋭い爪を持つ獣の腕へと化した。

 同様に両足も黄金色の毛に覆われ、しっかりと大地を四肢で踏みしめる。

 その姿は──完全なる”獅子”。

 獅子王レオルは、黄金色の覇気を放つ巨大な一体の獅子へとその姿を変えたのだ!


「なっ……ホンモのの獅子に……ナった!?」

「……どうやら俺は【 神獣 】というものになったらしい。これはラティリアーナの置き土産か?

 どうにも気に食わないが、満ち溢れる力はなかなか気に入ったぞ」


 全身が獅子の姿と化し【 神獣 】となったレオルは、鋭い眼光でギロリとラッキーラを睨みつける。

 ただそれだけで、黄金の闘気が輪状リングになり、ラッキーラの全身を幾重にも縛り付けた。


「グァッ!? う、動けナイ……」

「今まで貴様もこうして相手の命を刈り取ってきたのだろう? どうだ、実際に自分の身に降りかかってきて初めて分かることもあるんじゃないのか?」


 ずずず……。

 あらゆる魔物を滅する黄金の光がレオルの全身を覆ってゆく。ラッキーラは必死に逃げようとするが、黄金の輪がしっかりと全身を締め上げ、どうあがいても脱することが出来ない。


「ヒャ……! や、やめテくれ……!」

「無理だな。

 ──消えろ、ラッキーラ。自然回復するというのなら、その回復すら追いつかないよう消滅させてやろう。

 もはや貴様に存在する価値はない。せめて我が奥義にて滅するがいい」




 ──獅子心王奥義──【 ワイルドラッシュ 】!!



 wWooooooowW!!!

 レオルは高らかに吠えると、狼狽えるラッキーラに容赦なく襲いかかった。

 奥義を放ち″神獣″となったレオルの身体は光の塊となり、数多くの強者たちの命を奪ってきた魔物ラッキーラに突き進んでいく。


「うわァァァあ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ! !」


 死神が、この世に最期に残したのは──断末魔の叫び声。


 レオルが通り抜けたあと、最悪の魔物【 死神ピエロ 】ラッキーラは──地上から完全に消滅していた。






 黄金色の粒子を纏いながら、【 神獣 】レオルは緩やかに元の人型へと戻ってゆく。

 その右手を天に突き上げ、俯いたまま、レオルは小さく呟いた。


「アキム……シャライラ。来世でまた会おう。それまで俺は──前に進み続ける。この命ある限りな」







 ◆






『中堅戦、決着しましたわ』

『この勝負、獅子王レオルの勝利ですの』


 双子の女神の勝利宣言が、死神と獅子の激闘に終止符を打つ。その瞬間、リリスが歓喜の声を上げた。


「やった! やった!」


 まるで子供のように無邪気にはしゃぎながら、リリスが自チームの初勝利を祝ってレオルに飛びついた。その際に思わずアスモデウスを放り投げてしまい、「うわたたっ! マコッちゃん、そりゃないやろぉ!」と泣きながらティアにキャッチされたのはご愛嬌だ。


「勝った、勝ったよ! 初勝利だ! でもちょっと心配しちゃったじゃないか!」

「ふん。この俺が負けるわけがなかろう」

「はいはい、ですよねー。でも流石に今回はインチキしようがない完全勝利だったね! なーノエルにエクレア?」

『私達はインチキなどしませんわ』

規定ルールどおり審判ジャッジしてるだけですの』

「さーて、本当だかね」


 リリスがアッカンベーをしながら双子の女神に喧嘩を売る一方で、カオス・サーカス陣営では……。


「ちっ……。ラッキーラのやつ、あっさりと負けやがって。所詮は中ボス級だったってことか」


 シドーレンが苛立ちを隠そうともせず、悪態を吐く。

 五人いた彼のチームメンバーも、彼を含め今やたったの二人となっていた。二人は消滅し、一人は呪縛が解けて相手チームに加わってしまっている。

 戦績は2勝1敗、勝ち越している。だが相手は全員健在で、むしろパワーアップしている感すらある。


 なんなんだこの状況は。

 納得できない。この僕の思い通りにならないなんて。


 予定では三人……最悪でも4人目で決着しているはずだった。このままでは本当に・・・儀式を・・・しなきゃ・・・・ならない・・・・

 シドーレンの覚悟は決まってはいた。だが……。


 いや待てよ。とシドーレンはすぐに思い直す。


 そうだ、まだこいつがいるじゃないか。

 ──【 超魔 】デュカリオン・ハーシスが。


「おい、ノエルとエクレア。さっさと次の試合を始めるぞ。こっちの代表は──こいつだ」


 立ち上がったのは、真っ黒なマントを羽織った一人の戦士。中肉中背の均整の取れた肉体は、一見して普通の人物のように見える。

 だが、全身から立ち上る黒い魔力は、この人物が只者ではないことを表していた。


「デュカリオン、次の相手……殺して来い」

「ショウチ……シマシタ……異世界王サマ……」


 黒い仮面マスクを付けたデュカリオンは、シドーレンの命令に素直に頷いた。




 舞台上にデュカリオン・ハーシスが転送された途端、それまで騒いでいたリリスたちはぴたりと静まる。


「遂に来たか……デュカリオン・ハーシス」

「せやな、まさかラスボスがあいつのチームにおるとはな……」


 リリスとアスモデウスの呟きに、ティアがごくりと生唾を飲み込みながら問いかける。


「リリスは相手を知ってるの? あれは……何者? 尋常じゃない魔力を感じるんだけど……」

「うん……ある意味でよく知っているよ」

「なんだあいつは。俺はあれほどの存在をこの地上で知らんぞ?」

「恐ろしいです……単独でSランク冒険者チームをはるかに凌駕する戦闘力を感じます。彼は本当に、あの石像と同一人物なのですか?」

「うん、そうだよモルド。……あいつはね、かつて【 断魔 】と呼ばれ、ラティを命の危機から救った男なんだ」


 リリスの言葉に反応したのはレオルだった。


「断魔だと? ……聞いたことがある。たしか魔力も持たずにBランク冒険者になった変わり者だという噂だったが」

「そうだよ。だけど彼は何かきっかけがあって、超魔力に目覚める。それが──今の彼、【 超魔 】デュカリオン・ハーシスなんだ」


 問題は、誰が″ラスボス″であるデュカリオン・ハーシスを相手するかだ。とはいえ残るは2人しか居ないのだが……。


「ここは、僕にやらせてもらおう」

「アーダベルト!」


 手を挙げたのは、これまでほとんど口を開くことがなかったアーダベルトだった。貴公子とまで呼ばれた美しい双眸は暗く沈み、真っ直ぐにデュカリオン・ハーシスを見つめている。


「この戦いは、たぶん……僕が決着をつけなければいけないんだ。だから、僕に行かせてくれ」

「……わかったよ」


 正直、ラスボスである【 超魔 】にアーダベルト1人を当てるのは絶望的な結果しかイメージできない。だがこの戦場に来た時点で、リリスはアーダベルトを信じると決めていた。であれば、ここは彼しかいない。

 それに、自分が相手すべきは──【 異世界王 】シドーレン、いや、四道 蓮なのだから。


 双子の女神ノエルとエクレアが、厳かに手を挙げる。


『副将戦の対戦相手が決まりましたわ』

『副将戦は──【 貴公子 】アーダベルト・バルファス・エレクトラス 対 【 超魔 】デュカリオン・ハーシスですの』


 次の瞬間、アーダベルトが舞台上に瞬間移動する。

 見つめあう、【 超魔 】デュカリオン・ハーシスと【 貴公子 】アーダベルト。一方は感情の見えない濁った瞳、もう一方は覚悟を秘めた瞳で──。


『では──お待たせしましたわ』

『副将戦──開始しますの』



 そして、副将戦が始まる。


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