64.【 中堅戦 】永遠に戻ることのない時間
『次鋒戦は──すでに決着していますわ』
『アスモデウスの勝ちですの』
双子の女神ノエルとエクレアによってまたしても告げられた理不尽な結末に、さすがのリリスも完全にキレていた。
「ちょっと! どうなってるのさ! 不正じゃないのっ!?」
『不正などありませんわ』
『テイレシア・スカーレットは10カウント不在にしておりましたので、負けを宣告したまでですの』
「ぐ……ぬ……」
確かにティアが舞台の上から消されてから10カウントどころか100カウント以上経過していた。たとえその後にアスモデウスを打ち倒したとしても、すでに決着はついていたというのが双子の女神の言い分だ。
「なんだよそれ……完全に後出しジャンケンじゃないか!」
「まぁ落ち着けリリス」
「むぅ……」
怒り心頭といった様子のリリスを宥めたのは、意外にもレオルであった。
「結果はどうあれ、ティアは戻ってきておぬしの友は呪いから解き放たれたのだろう? であればそれは喜ぶべき結果ではないのか?」
「でも……二人の頑張りが……勝負に勝って試合に負けたって言うの?」
「今回まではな。だがここまでだ。次から全て勝てばいい。
それにリリスよ、そもそも我々は最初からひとつたりとも負けるつもりはなかった。そうであろう?」
レオルの問いかけに、リリスはハッとする。
そうだ。たとえ相手が誰であろうと、自分たちは全勝するつもりだったではないか。
アーダベルトさえレオルの発言に頷く様子を見て、リリスは己を恥じる。
モルドもティアも死力を尽くして戦った。であれば、残る者たちが勝てばいいだけだ。連敗がなんだ。このあと三連勝すれば良いだけではないか。
──ここまで来たら、絶対に勝つ。もう一つたりとも負けたりはしない。
「とはいえ流れは変える必要があるな。どぉら、次は俺が出るのしよう」
「レオル!」
「おぬしは俺が負けるとでも思っているのか? リーダーよ」
リーダーという呼びかけに、リリスは思わず息を飲む。確かにこのチームの今のリーダーは自分だ。であれば、リーダーとしてここから逆転勝利に導くための必勝の策を冷静に考える必要がある。
実際のところ、負の連鎖を断ち切るためには、必勝を期すことが大事だ。己のチームにおいて最強のカードは……。
「……分かったよ、レオル。ではボクたちのチームで最強のキミに行ってもらうよ。──レオル、出陣だ!」
ガゥン!
獅子王レオルは返事がわりに両の拳を打ち付ける。
「承知した、リーダー。必ずや我がチームに勝利を呼び込むとしよう!」
対するカオス・サーカス陣営では、リーダーのシドーレンがギリギリと歯ぎしりをしていた。勝利したとはいえ先陣二人の相次ぐ不甲斐なさに腹を立てるとともに、アスモデウスの予想外の正体を知って苛立ちを隠せずにいたのだ。
「くそっ! まさかアスモデウスが転生者──佐伯だったなんて……。しかも僕の魔法具が壊されるとか、絶対ありえないし!
……あぁ、もしや佐伯のやつも転生チートを持っていたのか? その力を使って解放されたとしたら……チッ、そうと知っていればさっさと地の底にでも封印してしまえばよかったよ」
シドーレンは自身の能力に絶対の自信を持っていだ。ゆえに、己の転生チートで作り出した″操作の仮面″が破られるとは夢にも思ってなかった。
だが実際には、ティアによって仮面は破壊され、アスモデウスは解放された。自尊心の塊であるシドーレンにとって、その結果は容易に受け入れられなかった。
だから彼は、仮面の破壊がアスモデウスの転生チートのおかげなのだと思い込むことで、かろうじてプライドを保っていた。
「……だがそれも今回限りだ。この異世界王シドーレンに同じ手は二度と通用しない。
とはいえ、次の相手はレオルか……さすがにあいつはちょっと厄介だな。ここは必勝を期してデュカリオンを出したほうがいいのか……うーん、迷う……」
「シッシッシ、ソれはあまりにもご無体というものデスよ、異世界王様」
「……ラッキーラか、なんだ?」
「異世界王様にオネガイがアリまス。獅子王レオル、これほど極上のエモノはそうそうナイ。このエモノはぜひワタシに欲しいのデス」
「ほぅ?」
ラッキーラの申し出に、シドーレンはわずかの間思案する。
ゲームの世界における獅子王レオルは、負けイベントの相手だ。どんなにレベルを上げようと、絶対に負けるように出来ていた。なぜならレオルには、相手の強さに応じて強くなる裏設定が存在していたからだ。
彼と正面から戦えば、いくら死神と呼ばれるラッキーラでさえ簡単に敗れてしまうだろう。それほどにレオルは規格外の強さを持っていた。
だが対するラッキーラにも、彼と同類の設定が備わっている。この能力があれば、獅子王レオル相手でも案外良いところまで行けるのではないか。そう思って答えを逡巡していたのだ。
どちらにせよ、この戦いは先に3勝したほうが勝ちだ。そういう意味ではすでに2勝しているシドーレンは圧倒的に優位な立場にいると言えよう。
仮にもしラッキーラが負けたとしても、彼の次には【 超魔 】デュカリオン・ハーシスが控えている。超魔がタイマンで誰かにで負けるなどと夢にも思ってないし、理論上もあり得ない。であれば──今回出すべき手駒はひとつだ。
「……わかったよ、ラッキーラ。今回はお前に行ってもらおう! レオルを殺して、我がチームに勝利を呼び込むのだ」
「シッシッシ。承知しまシた、異世界王サマ」
シドーレンとラッキーラのやり取りを遠目に眺めていた双子の女神が、会話の終了を待って時が来たとばかりに高らかに宣言する。
『どうやら中堅戦の対戦相手が決まったようですわ』
『中堅戦は──【 死神ピエロ 】ラッキーラ・シャンバル 対 【 獅子王 】レオル・ワイルドラッシュですの』
舞台上で腕組みをして待ち構えるレオル。
彼の前に瞬間移動して現れたのは、【 死神ピエロ 】と呼ばれるラッキーラ・シャンバル。シドーレンに選ばれただけあって、一筋縄ではいかなさそうな相手である。
「ふん……相手は貴様か。よもやピエロなんぞと戦う羽目になるとはな」
「シッシッシ、そうおっしゃいマすな。キッと楽しませてアゲマショう!」
ラッキーラが手に巨大な鎌を構える。Sランク魔法具の『死神の鎌』だ。触れただけで即死効果を与える凶悪な武器である。
対するレオルは半身の体勢を取り、左拳を前に突き出す。
互いに視線が交錯し、闘気が見えない火花を散らす。
『では──お待たせしましたわ』
『中堅戦──開始しますの』
────號ッ!!
予兆は、何もなかった。
もたらされたのは、結果のみ。
音が、遅れて到達する。
どぅん、と地鳴りのような音が鳴り響く。
リリスは見た。
胸の中央に大穴を開け、壁に叩きつけられたラッキーラの姿を。
「……ふん、たわいもない」
舞台上には、右拳を前に突き出した獅子王レオルの姿。
彼の神速の拳は、誰の目にも止まることなく、ラッキーラを粉砕していた。
なんと無慈悲なまでに強烈な獅子王の鉄槌は、たったの一撃でラッキーラの胸部を情け容赦なく破壊したのだ!
「グガァアッッ!!」
大量に血を吐きながら倒れ臥すラッキーラ。
胸に穴を開けられては、さすがの怪人も動くことは出来ない。そのまま舞台上に崩れ落ちると──僅かに震えてその動きを止めた。
まさに──瞬殺。
「まさか……これで決まり?」
「たったの一撃で?」
「さすがは……獅子王レオル」
戦いを見守っていたリリス、ティア、モルドの3人が唖然とした声を上げる。それほどに圧倒的なまでの実力。当然の結果としてもたらされた、わずか一瞬の決着。
だが、双子の女神はすぐにレオルの勝利宣言をしなかった。
しかもレオルはなぜか、右拳を突き出したまま動きを止めている。
「……レオル、どうしたの? ボクの声が聞こえてる?」
リリスがいくら声をかけても、レオルはまったく応えない。
流石に異変に気付いたリリスが、慌てて″千里眼情報板″を操る。
「こ、これは……」
「どうしました? リリス様」
画面を覗きながら、リリスが震える声でモルドに答える。
「レオルの状態が……【 昏睡 ─ 夢魔 ─ 】になってる!」
◆
……おかしい。
レオルは自分の置かれた状況に首をひねる。
つい先ほどまで自分は【 死神ピエロ 】ラッキーラと戦っているはずだった。なのになぜか今は、ガルムヘイムの街で畑仕事をしていた。
しかも──いつもまにか己の顔が、人だった頃の顔に戻っている。あの忌まわしい日々を境に、捨ててしまったはずの人としての顔……。
これは、もしかして……昔の夢なのだろうか。レオルは自分に問いかける。
ガルムヘイムに″黒死蝶病″の悪夢が襲いかかってくる前の、あの幸せで平凡な日々。
「お父さん!」
「あなた!」
レオルは呼びかけられ、汗を拭いながら後ろを振り返る。
立っていたのは、野良作業をするような平凡な服を着ていても美しさを損なうことない豹獣人の美女と、一目でわかる腕白さを秘めた幼き獅子獣人の少年の姿。
もう二度と会うことはないと思っていた。10年前の黒死蝶病の大流行で命を落とした最愛の二人が、レオルの目の前に在ったのだ。
「シャライラ……アキム……」
レオルは震える声で二人に手を伸ばす。
妻の沙羅以来と最愛の息子、愛生夢。どんなに会いたいと思っていたか……。
自分は二人を救うことは出来なかった。どんなに死力を尽くしても、病の原因すら掴めずに散っていった、儚い命。
だが──もしもう一度会えるのだとしたら……。
「お前たち……どうして生きて……」
「何言ってるのお父さん、これからガルムヘイム湖にピクニックだよね?」
「そうよ、今日はアキムに泳ぎ方を教えてくれるんだったはずでしょ?」
「アキムに泳ぎ、だと? 一体なんの……」
だがレオルはすぐに思い出す。そうだ、今日は二人とピクニックに行く約束をしていたのだ。
すっかり忘れていた。すぐに作業を終えて準備をせねば、アキムが駄々をこねてしまう。
「……そうだったな、俺はすっかり忘れていたよ」
「そうだよ! お父さんってば酷いなぁ!」
「クスクス……。あなたってば相変わらずね」
レオルは微笑みながら、息子と妻に手を伸ばそうとする。
──そのとき。
ふいに、首がズキリと痛んだ。
……なんだ、この首の痛みは?
レオルは不快感を覚えながら首に手を添える。
彼の手に触れたのは、紫色の水晶が付いた黒い革でできた首輪だった。
……首輪?
なぜ俺の首に首輪がついている。意味がわからない。
レオルは力任せに引き千切ろうとするが、首輪はビクともしない。それどころか、さらに強い力でレオルの首を締め上げてくる。
おかしい。俺はガルムヘイムで一番の力持ちだったはずだ。
その俺が、こんな首輪一つ千切れないなんて……。
ズキリ。
急に胸の奥に痛みが走る。
その瞬間、レオルの脳裏に美しい紫水晶のような少女の姿が蘇った。
もしや、この痛みは──俺が忘れかけていたものではないのか。
かつて毎日地獄のように己の心を責め続け、魂を完膚なきまでに叩きのめしてきた痛み。
あぁ、そうだ。
この痛みの正体は──無力感と喪失感だ。
かつてレオルは、唯一無二の大切な存在を喪った。
まるで心が空っぽになるかのような喪失感と絶望感の果てに、レオルはついに決意をする。
──人を捨て、獣として生きることを。
「……くくく……」
ビキビキビキッ!
レオルの人としての顔にヒビが入る。
ひび割れから溢れ出てきたのは──黄金色の毛。
「……くだらない。俺は何を夢見ていたのか。もはや二度と取り返さないと分かっているのに……」
バリバリバリッ!
今度は獣と化した手で剥がれかけた顔の皮を無理やり剥ぎ取る。中から現れたのは──獅子のような顔。
「よもやこんなくだらない幻想に惑わされるとはなっ!」
號ッ!
レオルの拳が振り抜かれ、シャライラとアキムの顔が吹き飛ぶ。
だが……顔を失ったはずの二人は倒れることもなく、そのままレオルに語りかけてきた。
『……本当に? 僕たちは二度と取り戻せないの?』
『英霊の宴に招待を受けたのだから、神様にお願いすれば私たちも生き返らせてもらえるんじゃないの?』
「……どうやら俺を本当に怒らせたいつもりのようだな」
レオルの全身から黄金色の闘気が立ち昇る。彼の気に呼応するように、首にはめられた首輪が紫色の輝きを放ち始める。
「いいか? 英霊の宴には伝えられる伝承がある。それは──完全なる死者は蘇らないということだ! かつて神にそれを願い、アンデッドとなって蘇った逸話がある!
……それにな」
レオルは頭を失った二人の最愛の人物たちに、穏やかになった表情で優しく語りかける。
「……アキムとシャライラ──俺の愛した人たちは、そんな情けないことは言わぬわっ!」
號ッ!
レオルの二つの拳が振るわれ、アキムとシャライラは完全に消滅した。
──パリンッ!
鈍い音を立てて、首輪にはめられていた紫水晶が割れる。
全身を紫色の光に包まれながら、レオルは呟く。
「……さらばだ、アキム、シャライラ。俺は──次の時代のために生きよう」
そのとき。
ひとつの奇跡が起きる──。
レオルは確かに見た。
紫の光の先で微笑む、かつてのこの世のあらゆるものの中で最も愛した存在を。
「アキム……シャライラ……」
『お父さん。強くてかっこいい僕のお父さん。あの人を──そして世界をぜったいに救ってね!』
『あなた……わたしはアキムと……来世で待っているわ』
……あぁ。
俺は──。
俺は────ッ!!
───── 因果律操作【 真・変身】 ────
〈クリティカル・メッセージ〉
レオル・ワイルドラッシュに、システムの影響範囲を超える因果律の操作を確認。
『紫艶の魔道書』の意思により、運命の改変を行います。
……──成功。
因果から完全に離脱しました。
魂の解放に伴い、新たなギフトを獲得します。
──ギフト【 獅子心王 】獲得。
──ギフト【 不屈の魂 】獲得。
〈クリティカル・メッセージ〉
魂の解放により、新たに称号を獲得します。
──ユニークスキル【 地上最強 】獲得。
──ユニークスキル【 ワイルドラッシュ 】獲得。
──ユニークスキル【 完全神獣化 】獲得。
……以上、すべての改変は終了しました。
──レオル、覚醒。




