62.【 次鋒戦 】死者の王と吸血鬼
「なんでだよ! 納得できないよっ!」
「まぁまぁ、落ち着いて下さいリリス様」
モルドに抑えられながらも、リリスがぷんぷんと怒っている。つい先ほどまで号泣しながらモルドにしがみついたときとは、まるで別人への変わりようだ。
彼女が激怒している理由は、双子の女神によって理不尽な結果を突きつけられたからであった。
なんと、先鋒戦の結果が『モードレッドの敗北』と判定されてしまったのだ。
『そこにいるのはモルドであって、モードレッドではありませんわ』
『モードレッドは【 消滅 】しましたので、ランスロットの勝ちは変わりませんの』
「だってモルドはランスロットに勝ったんだよ!? なのにそんな……」
それでも食い下がるリリスを、今度はティアとレオルが止める。
「大丈夫、ティアたちが勝てばいいんだから」
「俺たちが負けるわけがない。信じるのだ」
「でも……」
「リリス、それよりもモードレッド……いやモルドが無事に帰ってきたことを喜ぶべきではないかな?」
アーダベルトにそう言われて、リリスはハッとする。
──そうだ、今はとにかくモルドがこうして″人″になって帰ってきたことを喜ぼう。
すぐ隣で微笑むモルドを見ながら、リリスは気持ちをそう切り替えるのであった。
「と、ところでモードレッド……」
「今の私はモルドです、リリス様」
「あぁごめんモルド。それで、その……さっきさ、ボクに言ったじゃない? その……あ、あ、あ」
「愛してる、ですか? 親愛なる方にお伝えする言葉ですよね?」
「ふぁっ!? 親愛なる……方?」
「はい。ですので私はリリス様もラティリアーナ様も、ティアもレオルも愛しています。──なにか間違っていますか?」
「い、いや、間違ってないよ! (なーんだ、気にして損した……)」
「そうですか。ではリリス様はなんでそんなに顔が赤いんです? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だよっ! だからモルド、そんなに顔を近づけないで……っ!」
◇
一方、試合には勝って戦いには負けた《 カオス・サーカス 》のリーダーであるシドーレンは苛立ちを隠せずにいた。
「……ありえない。いくら勝ったとはいえ、最後にケチをつけるなんて。……まぁ所詮あいつもただのおもちゃだったってだけか」
「ヒッヒッヒ。異世界王、どうせならもう一つのオモチャも使ってみてはドウかナ?」
「うん?」
ラッキーラの言葉に、シドーレンは自分の後ろに視線を向ける。彼が見たのは──仮面をつけた骸骨の男。
「……そうだね。じゃあ次はお前に出てもらおうか! 」
「──ショウチ、シマシタ……異世界王」
まるで地の底から響くような声のあと、骸骨の男は片ひざをつく。
「ノエル! エクレア! 僕たちのチームの次鋒は──【 死者の王 】アスモデウスだ!」
シドーレンの言葉を受けて顔を上げたのは、ティアだった。その表情からは彼女──いや彼の決意がはっきりと伝わる。
「ティア……」
「パパの相手はティアが務めます。他の誰にも譲りません」
ティアが見つめるのは、骸骨の仮面をつけられた、かつての育ての親。ティアは知っていた。その仮面の下にある、同じような髑髏でありながら温かみのある優しい人の姿を。
その笑顔を奪った相手を、ティアは絶対に許さない。
『どうやら次鋒戦の対戦相手が決まったようですわ』
『次鋒戦は──【 死者の王 】アスモデウス 対 【 真祖 】テイレシアですの』
双子の女神の号令を受け、二人が舞台の上へ瞬間移動する。
見つめ合う──義父と義娘。かたや瞳に決意の炎を灯し、一方は暗闇よりも暗く沈んだ光が眼窩に虚に漂う。
『では──お待たせしましたわ』
『次鋒戦──開始しますの』
こうして──アスモデウス 対 ティアの次鋒戦が開始された。
戦闘開始の合図が始まった途端、すぐに動き出したのはアスモデウスだった。
『──死霊魔法──【 トリック・オア・トリート 】』
~knock Knock Trick or Treat Who are you ?
~I'm ゾンビースト! I'm ボーンクライムドラゴン!
湧き上がってきたのは、二体のアンデッドモンスター。巨体を持つカブトムシに似たモンスター『ヘルビースト』のゾンビと、完全に骨と化した凶悪なクライムドラゴンのスケルトンだ。
だがティアは慌てることもなく吸血鬼魔法の準備を始める。この程度のモンスターは、ティアにとってたいしたことない相手なのだ。
「──吸血魔法──【 赤き鮮血の杭 】」
ティアの放った赤い巨大杭がモンスターたちを襲い、その巨体を地に縫い付ける。
「──吸血鬼魔法──【 常闇の銀刃 】」
続けて放たれた広範囲攻撃魔法が、容赦なくアンデッドモンスターたちの身体を削り取ってゆく。
だが──ティアには分かっていた。
アスモデウスのこの召喚はあくまで″時間稼ぎ″。おそらくは本命のモンスターを召喚するための時間を、雑魚を囮に使うことで作り出したのだ。
ティアの予感は当たっていた。
事実、アスモデウスはこれまで見たこともないような複雑な模様の魔法陣を創り出し、彼にとって究極の存在の召喚を始めたのだ。
『──外法・外道召喚──【 魔族の王たちの宴 】』
~knock Knock Trick or Treat Who are you ?
~I'm バエル! I'm 魔戦士バエル!
~knock Knock Trick or Treat Who are you ?
~I'm フォラス! I'm 魔族神官長フォラス!
~knock Knock Trick or Treat Who are you ?
~I'm ダンタリオン! I'm 魔王ダンタリオン!
そして召喚されたのは──三体のアンデッドモンスター。
戦士風の巨躯のゾンビ男、バエル。
黒い法衣に身を包んだ神官風のミイラ女性、フォラス。
そして──小さな人形、ダンタリオン。
「う、ウソだ……こんなところにいたなんて……」
召喚されたアンデッドモンスターたちの名を聞いて、リリスが思わず唸り声を上げる。
「リリス様、知っているんですか?」
「知ってるもなにも、あいつらは──本来であればテイレシアのパーティメンバーになるはずだった、第三の主人公の仲間たちだよ。もっとも……全員アンデットになっちゃってるけどさ」
◇
アスモデウスが召喚したのは、『ブレイブ・アンド・イノセンス』でテイレシアとパーティを組むことになるはずだった三体の魔物のアンデットだった。アスモデウスと併せて、メンバー全員が舞台の上に集結したことになる。
「ふははっ! せっかく【 死霊術師 】のアスモデウスが手に入ったからね。なんでか死んじゃってたパーティメンバーをわざわざ探し出して召喚の手続きをしたんだ。すごいだろう!」
シドーレンが心から楽しそうにリリスに胸を張る。だがリリスは忌々しげに舌打ちしただけだった。
「ふん、偉そうに……別にキミは何もしてないじゃないか。それに──どうして裏ボスでもありティアの父親でもある【 大魔王 】ゴアティエを手に入れなかったんだよ!」
「あー、大魔王ね。探したけど見つからなかったんだ」
「見つからなかった?」
それはおかしい、とリリスは思う。以前カッツン──アスモデウスから聞いた話では、大魔王ゴアティエを含めて全員が死んだと言っていた。であれば、当然ゴアティエも召喚できるはずなのだが……。
とはいえ、大魔王抜きでも相手がとんでもない強敵であることは間違いない。
「なるほど……パパと同じくらい強い相手なんだね。これは大変だ。だけど──お姉様を助けるためにも、ここでティアが負けるわけにはいかないんだ!」
ティアはふわりと宙に浮く。まるで重さを持たないかのような身軽さで漂い、眼下に迫る強敵たちを見下ろす。
「ぐるるぁぁっ! ──戦斗術【 旋風魔斧 】」
「キリキリキリ……。──暗黒祝詞【 ダーク・ハンマー 】」
「空飛ぶハエは落とす。──魔王法【 デッドエンド・カレント 】」
三体のアンデッドたちが、それぞれの持つ技で空を舞うティアを迎撃しようとする。だがティアはニヤリと笑うと手に持つ杖を握り締める。側から見ていたモルドは、それが【 黒ティア 】の笑顔であることに気づく。
「ふふっ……その程度、ティアの敵じゃないね! 誰だか知らないけど、さっさとあの世へお帰りっ!
──吸血鬼魔法──【 ブラッディ・クロス】!」
アンデッドたちの攻撃を空中浮揚でひらりと躱したところで、ティアの吸血鬼魔法が発動する。
出現したのは──銀色に輝く巨大な十字架。
三つの十字架はゆっくりと回転を始めると、やがて超高速回転へと変化を遂げる。
凄まじい威力を持つ兵器と化した十字架は、そのまま──三体のアンデッドたちに襲いかかる。
──ズンッ!
鈍い音とともに、アンデッドモンスターたちは十字架によって真っ二つに切り裂かれた。
「今だっ! パパ、助けるからねっ!」
その隙に急降下したティアは、アスモデウスの顔に嵌められたマスクに手を伸ばす。だが──。
バチバチバチッ!
発生したのは──黒い稲妻。
「あうっ!」
マスクに手を振れていたティアは稲妻を喰らい思わず悲鳴をあげる。
しかし、最もダメージを受けたものは別にいた。
「アガがががガァァォァァァァォォぁぁ!」
全身に黒い稲妻を浴び、苦悶の声を上げているのは──他でもない、アスモデウスであった。
◇
「ふははっ! もしかしてアスモデウスの洗脳を解こうとしてた? 残念だったね、それは無理だよ」
舞台の上で起こった変化に、高笑いを上げたのはシドーレンだった。
「四道! キミはカッツ……アスモデウスに何をしたんだ!」
「その名で呼ぶなと言っただろう! ……まぁいい、教えてあげよう。僕が彼に与えたのは、最高ランクの魔法具″操作の仮面″。こいつはね、アスモデウスの生命線におよそ100の魔力線を紐つけて操っている。だからね、簡単には引き離せないよ? もし無理に引き離そうとすると──さっきみたいな黒い稲妻が直接アスモデウスの魂を傷つけて死ぬからね?」
「ええっ!?」
「いやぁ惜しかったね、もう少し強引に引っ張ってたらアスモデウスは死んでいたのにさ! あははっ!」
全身から黒い稲妻をほとばしらせ、苦痛の声を上げるアスモデウス。やがて稲妻は収まり、崩れ落ちるように膝をついた。
「パパッ!」
慌ててかけよるティア。だがアスモデウスは膝をついたまま動くことが出来ない。
その様子を眺めていたシドーレンが、邪悪な笑みを浮かべる。
「そういえばこの世界のテイレシアは、アスモデウスに育てられたんだったか。
……そうだ、良いこと思いついたぞ。
よし、テイレシア。君にひとつチャンスを与えるとしよう。そのまま──アスモデウスを殺していいよ」
シドーレンから提示されたのは、驚くべき条件。
だがそれは──邪悪な取引でもあった。
「はぁっ!? 四道、キミはいったいなにを……」
「その名で呼ぶなと何度言えばわかるっ!」
「……分かったよ。シドーレン、なぜそんなことを……」
「なーに、大した理由はないよ。さっきランスロット戦で、僕たちは予想外の勝ちを拾ってしまった。だから今回はその勝ちを君たちにお返ししようと思ったんだよ。
大丈夫、無条件でアスモデウスを倒す権利を与えるよ。さぁ──アスモデウス、君の首をテイレシアに捧げるんだ」
シドーレンの言葉に従い、アスモデウスは頭を下げたまま、無抵抗に首を差し出す。ティアの前に──完全に無防備なアスモデウスの首筋が提示された。
「そんな……」
この首を断てば、ティアは勝つ。
分かっていても、ティアは動くことができなかった。
ラティリアーナを救うためには、この戦いに勝つしかない。そんなことは分かっている。
ティアはアスモデウスの洗脳を解こうと思っていた。だが仮面を取ろうとするとアスモデウスは死んでしまう。首を断てば、やはりアスモデウスは死ぬ。
アスモデウスとラティリアーナの両方を救いたいティアにとっては、取れる手が無かったのだ。
「あっはっは! テイレシア、どうしたんだい? せっかくのチャンスなのに、みすみす見過ごすのかい?」
「……シドーレン、キミってやつは……」
「ふん、お前の意見なんて求めてないよ鳳! さぁテイレシア、何もしないのかい? だったら……こちらから動かせてもらうよ」
首を差し出すアスモデウスに気を取られていたティアは気付かなかった。背後に、三体の影が迫り来ていることを。
「ティア! 後ろっ!」
「っ!?」
慌てて飛びのこうとしたものの、時すでに遅し。
先程両断したはずの三体のアンデッドモンスターが復活し、ティアの体にしがみついて来たのだ。
ゾンビ戦士バエルがティアを背後から羽交い締めにし、ミイラ女のフォラスが右足を、人形ダンタリオンが左足にしがみつく。
「くっ! この……放、せっ!」
「ぐるるる」
「キリキリキリ……」
「放せと言われて離す愚か者は皆無」
完全に身動きが取れなくなったティアの前に、アスモデウスが立った。先程までとは打って変わって、全身から邪悪な魔力を発出させ、その両手に強大な魔力を蓄積させてゆく。
「あははっ、それじゃあさようならテイレシア! なんで女の子の格好をしてるかは知らないけど……アスモデウス、やってしまえ!」
「ティア……」
「パパ!?」
術を放つ寸前、アスモデウスが小さくティアの名を呼んだ。アスモデウスの暗く黒い光が灯る眼窩から、ホロリと何かが零れ落ちる。それは──涙?
「オマエハ……ワタシノムスメナドデハナイ……」
「っ!?」
──外法・外道魔法【 黒き禁断の奈落 】──
アスモデウスの両手の上に、小さな黒いリンゴのようなものが出現する。だがそれは、果実などという甘いものでは無かった。
アモデウスが無造作に暗黒のリンゴを放り投げると、放物線を描き、三体のアンデッドに絡みつかれたティアの体に触れる。
次の瞬間──暗黒のリンゴは爆発的なまでに巨大化し、どこまでも暗く続く暗黒空間の入り口へと変化した。続けて、猛烈な勢いで周りのものを吸収し始める。
「うわあぁぁぁあっ!?」
身動きの取れないティアに、もはや抵抗する術はなかった。ティアの身体はなすすべもなく、他のアンデッドもろとも暗黒空間へ吸い込まれていった。
アスモデウスを除く舞台上の全てを吸い込んだ暗黒空間は、その役目を終え、まるで何事もなかったかのように消え去る。
後に残ったのは、術を放ったアスモデウスだけ。
ティアの身体は──舞台上から消滅していた。




