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61.【 先鋒戦 】『姉』と『妹』

「モードレッドっ!!」


 爆炎の中から現れたランスロット。その右手には──完全破壊されてしまったモードレッドの頭部が握られていた。


「あぁ……モードレッド、なんで……」


 リリスは悔いていた。

 明らかにランスロットとモードレッドは旧知の間柄。しかもモードレッドの様子から、決死の覚悟を秘めていたことは明らかだった。

 なのに──リリスはモードレッドを止めることが出来なかった。その結果、他に変えがたい存在を失うことになってしまったのだ。

 悔やんでも悔やみきれない。絶望的な気持ちが、リリスの心の中を占めてゆく。


「よくやったぞ、ランスロット! それでこそ僕の最高傑作だ!」

「心穏やかにあらざるときを過ごさせたこと……お詫びいたします、異世界王様」


 一方のランスロットは、爆発で吹き飛んだ頭半分すら、ゆっくりと復元してゆく。

 よもやモードレッドの決死の自爆でも、相手にダメージを残すことすら叶わなかったのか。リリスが涙を流しながらランスロットが手に持つモードレッドの頭部を見つめる。

 モードレッドの頭部は、もはや原型が分からないくらいに破壊されていた。それでも、わずかに残る白髪からモードレッドであると分かる。

 その──地上に残されたモードレッドの最後の欠片を、ランスロットが無造作に投げ捨てた。


「なっ!?」

「廃棄品は排除しました、異世界王」

「よくやった、ランスロット。さすがは僕の最高傑作だよ」

「き、きさまらぁぁあぁっ!!」


 完全に理性が吹き飛んだリリスが、ブチ切れてシドーレンに襲いかかろうとする。だが──そのリリスの首元に巨大な鎌が突きつけられる。【 死神ピエロ 】ラッキーラ・シャンバルだ。


「出番はマダですヨ、お嬢サン」

「ラッキーラ……くっ!」


 ゴウッ!!

 だがすぐにラッキーラが飛び退く。彼が一瞬前までいた場所に、獅子王レオルの拳が轟音と共に通り抜けた。


「シャシャシャ! アブなかったですネ! さすがは獅子王、油断も隙もありませんヨ」

「……ふんっ、道化師が!」


 ラッキーラが立ち退いたその隙に、リリスが落ちていたモードレッドの頭を恐る恐る抱え上げる。その顔についた煤を手で払いのけると、号泣しながらぎゅっと抱きしめた。


「あぁ……ごめん、ごめんよモードレッド。ボクのせいで……」

「アマテラス、そのようなゴミに何の用があるのです?」

「……おい貴様、いまなんて言った?」


 リリスが舞台の上にいるランスロットを睨み付ける。だがランスロットは全く理解できないようで、煙を発しながら修復しつつある顔の半分を手で押さえながら答える。


「たとえかつてモードレッドだったものだとしても、今やそれはただのゴミです。モードレッドは私が完全に破壊しましたから」

「モードレッドはゴミなんかじゃない! モードレッドは……モードレッドは、ボクの大切な友達なんだよっ!

 うぅぅ……モードレッド……あぁぁぁあ!」


 泣き崩れるリリスに、ランスロットは興味を失ったかのように背を向ける。

 さぁ、自身の分身ともいえるモードレッドの処分は終わった。このまま勝利宣言を受けて、異世界王様の元に戻るとしよう。




 だが──。

 次の瞬間、ランスロットは背後に強烈な気配を感じた。



 驚くべき状況に、素早く振り返って戦闘態勢を取る。しかし気配を発していたのは──未だ燃え盛り黒い煙を発し続ける舞台の中心部分であった。


「なんだ……? あの中心部にはもはやモードレッドの残骸しかないはずなのに……」


 同様にリリスも気配に気づいた。

 只ならぬ──だけど懐かしいささえ感じる気配に、涙を拭って舞台の上に視線を向ける。


 そしてリリスは見た。ぶわりと、黒煙が大きく揺らぐ様子を。

 炎と黒煙の中、ハッキリと彼女の目に映し出されたのは──白き輝き。


「まさか……」


 リリスは、絶望のあまり幻を見ているのかと思った。

 だって信じられるわけがない。モードレッドの残骸は、この胸の中にあるのだから。


 なのに、いま炎の中に見えたものは──。



「──幻ではありませんよ、リリス様・・・・

「えっ!?」


 聞こえてきたのは、いつもそばにあった声。聞き間違いようのない、優しい声。

 たったいま、永遠に失われたと思っていた。だがこの声は──。


「私は──還ってきました」

「モードレッド!!」


 炎の中から現れたのは──真っ白な鎧に身を包んだモードレッドであった。焔を身に纏う彼女の凛々しい様子を見て、まるで戦乙女ヴァルキリーのようだとリリスは思う。


 しかも彼女の顔には、笑みが浮かんでいた。

 これまでリリスが一度も見たことがないような、感情に溢れた魅力的な笑顔を。






 ◇




「理解──不能です……」


 ランスロットは信じられなかった。

 全てはシステムが支配すると考えているランスロットにとっては、絶対にあり得ないはずだった。


「なぜ……。あなたは……私が完全に破壊したはずなのに」


 ランスロットは再生能力を持つ。だがこれは自身のHPを削って時間をかけて再生させるものであり、今回のようにコアまで含めて完全破壊したケースでは決して再生しないはずであった。

 しかし今目の前に立っているのは、間違いなくモードレッドである。いや、炎を纏い白き衣を着た彼女は、これまでと全く違って見えるのだが──。


「あなたは──何者ですか?」

「私は──かつてモードレッドだったものです、お姉様。

 ですが私はラティリアーナ様の力を得て生まれ変わりました。今の私は──魔導人間のモルドです」

「魔導人間……ですって? もしかしてあなたは──」

「ええ、私は人としての魂を手に入れました」


 ランスロットは愕然とする。

 彼女のマスターであるシドーレンでさえ与えられなかった″人″としての魂を、モードレッド──いやモルドは得たと言うのか。

 欠陥品であるはずの、廃棄物モードレッドが……。


「ありえない。信じられない。あらかたなにかの魔法具マギアでも使って復活したのでしょう」

「……哀れですね、お姉様。いえ──ランスロット」

「っ!?」

「でもあなたのお相手は少し後です。その前に──リリス様!」

「ふぇっ!?」


 急にモルドに声をかけられ、狼狽えるリリス。


「大切なことをお伝えします。──愛しています」

「ふわぁぁっ!?」

「ふふっ、やっと言えました。では……行ってまいります」


 突如「愛してる」と言われ戸惑うリリスに、僅かに頬を赤らめながら微笑むモルドは、もはや人間にしか見えない。リリスがこれまでずっと熱望しながら得られなかった、豊かな表情がそこにあった。






 ◇






 リリスとの対話を終えたモルドが、改めてランスロットと対峙する。


「お待たせしました、ランスロット。こちらはもう、準備完了です」

「……モードレッド、いえモルド。あなたが人としての魂を得たなどということは到底信じられません。しかしあなたがこうして完全破壊されていない以上、私の仕事も終わっていません。

 あなたがどんな存在であろうと──あらためて破壊しましょう」


 ジャギンっという鈍い音とともに、ランスロットの右腕が聖剣エクスカリバーへと変化する。

 対するモルドも右手に魔法剣アロンダイト、左手にダイヤモンドドリルを構える。


「そんな低ランク武器で私を傷つけられると思っているの? さっきは手加減しましたが……今回は一気に決着をつけましょう。これ以上、異世界王様をお待たせするわけにはいきませんからねッ!」


 言い終えるが早いか、ランスロットが超速で斬りつける。だが──先ほどはモードレッドを両断した一閃は、今回は空振りに終わる。


「なっ!?」

「こちらですよ、お姉様ランスロット


 いつのまにか背後に移動していたモルド。だがランスロットは感情を表に出すことなく連撃を繰り出す。

 しかし──。


「……私の攻撃を、全て躱した?」


 ランスロットの攻撃を、モルドは全て躱した。しかも完全に見切った上で、素早く回避したのだ。


「なぜ……あなたが私の攻撃を躱せるの?」

「理由は簡単です。いまの私は【 神速 】と【 超動体視力 】のギフトを獲得していますから」

「ギフト……? 機械人形であり、魂を持たない存在であるあなたが、なぜ魂に直接与えられる天の恩恵ギフトを持ってるの?」

「先ほども言いましたよね。私は魔導人間として新たに生まれ変わりました。その際、ギフトを獲得したのですよ」

「そんな与太話……到底受け入れられません。ですが、たとえあなたのいうことが真実だったとしても、私とあなたの間にある圧倒的な戦力差はどうにもなりませんよ?」

「……ふふふ」


 だが、ランスロットの言葉にモルドは不敵な笑みを浮かべる。


「何が可笑しいのです?」

「先ほども申し上げましたが、私は生まれ変わりました。その結果──もはや以前までの私と別物であると、どうして受け入れないのです?」

「……そこまで言うのならば、あなたの力を確認してみましょう。──【 簡易調査メカニカルサーチ 】」


 ランスロットの両目が赤く輝き、彼女の隠し能力【 簡易調査メカニカルサーチ 】が発動する。これまでは自分以下の相手としか戦ってこなかったため無用の長物となっていたが、相手の戦闘力を調べることが出来るランスロットの能力だ。

 その結果は──。


「魔導人間モルド──レベル68。HP18436、MP6832。……なるほど、確かにあなたは別人となったようですね。HPは以前の三倍近く、MPに至ってはもはや別次元。しかも──よもや魂を持つものにしか与えられない″レベル″までも持っていたとは……」

「これで分かってもらえましたか?」

「……ええ。ですが、ただそれだけのこと。いくら魂を持ったとしても、未だにあなたの戦闘力は私に遠く及びません。それでもあなたは、私に勝てると思っているの?」

「ええ、思っています」

「その減らず口、私に勝ってから言ってもらいましょう!」


 ランスロットが再び超速で襲いかかってきた。

 対峙するモルドも、今度は応戦の構えを見せる。右手の魔法剣アロンダイトを前に出し、左手のダイヤモンドドリルを後ろに構える。


「発動!【 邪道二刀流 】── 《 ドリル乱舞 》!」


 ぎゅぃぃぃん! ダイヤモンドドリルが魔力を帯びて回転しだした。右手に持つアロンダイトが、同時に青白い光を放ち始める。


 ランスロットの最初の一撃が、モルドの右手の剣であっさりと弾かれた。素早く何度も斬りかかるが、その全てが簡単にいなされてしまうのだ。

 しかもランスロットが体勢を僅かに崩したスキに、左手のドリルが轟音とともに突っ込んでくる。かろうじて躱したところで、今度は右手の剣が──四方八方から襲いかかってきた。


「な、なぜだ……」


 ランスロットは、気がつくと防戦一方になっていた。モルドの【 邪道二刀流 】の前に、完全に押し負けていたのだ。


「なぜ私の方が強いはずなのに、このような状況になっている!?」

「分かりませんか? ランスロット」

「……」

「答えは簡単です。私があなたを完全に・・・上回っている・・・・・・からですよ」

「あなたが、私を上回っている? なにを根拠にそのようなことを──」

「ランスロットには、私が身に纏うものが見えないのですか?」


 言われて、ランスロットは目を凝らす。モルドの全身から仄かに溢れ出ているのは──白く輝く魔力の光。


「まさか……【 身体強化ブースト 】ですか!?」

「ええ。しかも──魔力操作を極めたものが使う身体強化は、己が持つ戦闘能力を倍まで引き上げます」

「倍──ですって?」


 モルドのHPは18436、その倍はおよそ──37000。対するランスロットのHPは46700。だが──。


お姉様ランスロットは先ほどの【 自己修復リジェネレート 】でおよそ10000のHPを消耗しています。

 その結果、私たちの戦闘力は現時点で逆転しているのです」

「なんですって……」

「しかも私は、転生することで新たな称号スキル【 剣聖 】を手に入れました」

「あ、新たなスキルが……【 剣聖 】……」

「その結果、私は他の追従を許さない剣の腕を手に入れました。しかもギフトで【 神速 】と【 超動体視力 】を持っています。今のあなたでは私に──決して勝てません」


 ドンッ!

 モルドが右手の剣と左手の構える。


 堂々たる彼女の姿を見て、数字こそが全てと考えていたランスロットは悟ってしまった。今の自分──いや、たとえ完全体であったとしても、モルドには決して勝てないと。


「……ありえない」


 だがその事実は、理論派であるランスロットには受け入れる事が出来なかった。


「私は──世界最強のモンスター」

「ええ、そうですねランスロット。あなたは世界最強のモンスターです。でも世界最強の・・・・・生物では・・・・ありません・・・・・

「理解不能……です。そんなことが……」

「今なら負けを認めてください。せめてあなたがシドーレンから解放されるよう、私が交渉してみましょう」

「なっ──!」


 ランスロットの目に、緋炎が燈る。

 彼女にとっては、シドーレンが全てだった。存在意義も含めて、全てだった。

 シドーレンを捨てるなど、ランスロットには絶対に考えられないし受け入れられないことであった。


「ふふふ……私はあなたのことを笑えませんね。なぜなら、今の私は先ほどまでのあなたと同じことをしようとしているのですから」

「……お姉様ランスロット

「たとえあなたに敵わなかろうが、私は異世界王様のための人形! どんな手を使おうと──あなたを排除します!」


 ごおぉおっ!

 ランスロットの全身から、黒い炎が吹き上がる。ついに彼女は、全ての戦力を全力で解放し始めたのだ。


「あのお方のために滅びよ、我が妹よ!

 ──破壊光線【 分解波動ディスインテグレート 】!

 ──円卓の騎士(ナイツオブラウンド)【 闇夜に降りし流星 】」


 ランスロットは口から放たれたあらゆる物質を分解する光線に加え、最大の剣術奥義でモルドに襲いかかる。だが──モルドは目を閉じていたまま、微動だにしない。

 よもや、彼女は避けないのか?


 ──いや、そうではなかった。

 モルドは目を開けると、小さく言葉を発する。

 それは──永遠の別れを告げることになる、姉への餞の言葉。


「……さようなら、お姉様ランスロット

 ──新説ネオガイド円卓の騎士(ナイツオブラウンド)──【 天に捧げし双竜の煌き 】」





 ──すれ違う、白と黒の幻影。

 ──音は聞こえない。



 齎されたのは、たった一つの結末。






「み……見事です、モルド」


 破壊光線と剣閃を掻い潜り突き出されたドリルはランスロットの心臓部──コアを貫き、モルドの放った剣聖の一閃は、ランスロットを──縦に真っ二つに切り裂いていた。


 だが、あまりの剣撃に剣の方が耐えきれず、魔法剣アロンダイトが音を立てて砕け散る。

 モルドは柄のみとなった剣を投げ捨てると、もはや消滅を始めていたランスロットへと歩み寄ってゆく。


「……私は征きます、お姉様ランスロット

「……妹よ──こ、これを……」


 ランスロットは最後の力を振り絞って、右手の剣──聖剣エクスカリバーを引き抜くと、モルドに手渡す。


「これを──私に?」

「妹の晴れの門出に──幸あれ……」



 最期に──。

 ランスロットはぎこちなく口元を歪めた表情をモルドに向ける。


 ランスロットは知らない。その表情が、かつてモードレッドがリリスに言われて作るようになった″笑顔″であったことを。



 そして──地上最強のモンスター【生体ゴーレム】ランスロットは、己の最強の武器を妹に託すと、黒き光の粒子となって消滅していった。





──決着。



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