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59.【 先鋒戦 】機械人形の心

『それではこれから先鋒戦を開始いたしますわ』

『ランスロット、モードレッド、それぞれ舞台に上がりますの』


 双子の女神が堂々と宣言すると、モードレッドの身体が光に包まれる。次の瞬間、彼女の体は六角形の舞台の上に移動していた。どうやら選ばれた者だけが壇上に上がれる仕組みであるらしい。


「モードレッド!」

「問題ありません、マスター」


 リリスの呼びかけに応えながら、モードレッドは正面を向く。舞台の上には、既にランスロットが待ち構えていた。

 よく似た二人の美女が、真正面から向かい合う。


 片方は、漆黒の髪に青を基調としたメイド服姿のランスロット。

 もう片方は、白の髪にBランク魔法具マギアの──やはりメイド服に身を包んだモードレッド。

 二人の表情に感情は一切見当たらない。しかし二人が発する何かが、互いの強い関係性を感じさせる。

 ──先に口を開いたのは、ランスロットであった。


「……久しぶりですね、モードレッド」

「はい、お久しぶりですお姉様・・・

「よもや廃棄処分・・・・されたあなたとこうして相見えることになるとは思いませんでした。あなたは──あの廃棄ダンジョンで永遠の眠りについたはずだったんですけどね」

「偶然マスターに拾われて、この場にいます。これも──なにかの運命かと」

「……運命?」


 モードレッドの言葉に、ランスロットが小首を傾げる。


「そのようなあいまいで非理論的なものは存在しません。この世界にあるのは根拠のある明確な論理のみ。運命などという不確かなものを口にしている時点で──あなたは欠陥品なのですよ、モードレッド」

「そうかもしれません。ですが──私は私なりの意味を持って、あなたの前に対峙させてもらいます、お姉様」


 視線を交わす、ランスロットとモードレッド。黒と白。決して交わることのない色を宿す二人には、もはや雌雄を決することのみにしか道は──ない。


『先鋒戦から大将戦まで5試合を行い、勝ち越したチームを勝者といたしますわ』

『勝敗は、対戦相手の死亡、戦闘不能状態、もしくはギブアップ宣言により決しますの』


 双子の女神に寄って告げられた勝敗の決し方。だがリリス、モードレッド、ティア、レオル、そしてアーダベルトの目が語る。彼女たちにギブアップはありえない。

 決着を付けるのは──生死のみ。


『では──お待たせしましたわ』

『先鋒戦──開始しますの』


 そしてついに、最初の決戦の火蓋が切って落とされる。





 ◆





 しかし──開始の合図があったにもかかわらず、モードレッドとランスロットは動かなかった。どちらも相手の目を見つめたまま、微動だにしない。


「……どうしたんですか、モードレッド。せっかく先制攻撃のチャンスを与えたというのに」

「私はお姉様のことをよく知っています。ランスロットお姉様は、基本性能アクティブスキルに【 カウンター 】を持っています。みすみす攻撃しても反撃を受けるだけです」

「そう……欠陥品とはいえ、なかなか賢いのですね。攻撃してきたらせめてもの慈悲で一瞬で破壊してあげる予定だったのですが……。それで、あなたはそのままじっとしているつもりなのですか?」

「いいえ、攻撃しなければいずれ敗れることは承知しています」

「……あなたは本当はわかっているのですよね? 私とあなたの間にある決定的な差を」


 ランスロットの問いかけに、モードレッドは無機質に頷く。


「私たちは、かつて低脳な魔法具師によって双子の女神を模して作られた人形に過ぎなかった。そんな私たちに命を与えてくれたのがどなたなのか──あなたは覚えていて?」

「……はい。──ゲームマスターです」

「ええ、そう。ゲームマスター、いいえ異世界王様は、ただの人形だった私たちに転生チートの一つ【 魔法具創造クリエイトマギア 】によって仮初の命を与えてくれた。その結果、私たちは──モンスターである″生体ゴーレム″になった」


 ランスロットの語る通り、モードレッドはかつてシドーレンが固有能力ユニークスキルで創り出した存在だった。とある市井の闇市で売られていた二体の人形を気に入って購入し、モンスターとしての命を与えたのだ。その結果誕生したのが、″生体ゴーレム″であるランスロットとモードレッドである。

 だが、運命はこの二人に決定的な差を生むことになる。


「あなたは異世界王様に捨てられ、私は側に残った。その理由を、あなたはよく理解していますね?」

「はい。それは……戦闘能力の違いです」


 シドーレンの持つ固有能力ユニークスキル魔法具創造クリエイトマギア 】は、新たな魔法具マギアを作ることができるという稀有な力を持っていたものの、出来上がりに関しては運の要素が多大に影響した。ゆえに全く同じものに能力を使っても、毎回違う結果が得られるのだ。

 例えば──かつてクラヴィスに与えられた呪いの魔法具マギア『操作の仮面』は、現在アスモデウスやデュカリオン・ハーシスがつけている″一級品″に比べて質がかなり劣る失敗作であった。

 同様に、モンスターとして錬成したランスロットとモードレッドにも決定的な性能の差が出た。その差は──。


「ええ、そのとおりよ。モードレッド、あなたのHPは6500。MPは300になります。ですが私は──HP46700、MP620。つまり、単純な戦闘力であなたの7倍以上ということになるのです」

「……」

「私を上回る数値を持つモンスターはこの世界にいません。つまりこの私は、この世界で最強のモンスターなのです」


 世界最強のモンスター、″生体ゴーレム″ランスロット。それが、この黒髪の美女の正体であった。


「そしてあなたは──数値上では私にはるかに及ばない失敗作だった。だから異世界王様は私を選び、あなたを破棄したのです」


 今から二年ほど前、モードレッドは適当なダンジョンに破棄された。その際、記憶メモリーの大部分を消去リセットされ、固く閉ざされた部屋に封じ込まれた。

 そのままモードレッドは長い時をダンジョンで過ごすはずであった。ひょんな偶然から、リリスが彼女を封じた隠し部屋に辿りつくことがなければ。


「……それでも私はここにいます、お姉様」

「そうね、限りなくゼロに近い可能性だったけど、あなたはここに立っている。そのことは褒めましょう。でも──ここまでです。なぜなら、あなたは私に決して勝てないから」

「……」

「あなたもわかっているはずです。一度モンスターとして生まれた私たち生体ゴーレムに、成長という要素はありません。ゆえに、生まれ持った戦闘力の差が埋まることは永遠にない。つまりあなたが私に勝てる見込みは全く無いのですよ?」

「……知っています。それでも私は──あなたと戦います。お姉様」

「……そう。今回は破棄では済みませんよ。では──せめてこの私の手で、あなたを破壊しましょう」


 ジャギンッ! 鈍い音とともに、ランスロットの右手が剣の形に姿を変える。剣から滲み出るのは、虹色に輝くオーラ。

 彼女の右手に装着されたのは、ゲーム『ブレイブ・アンド・イノセンス』における最強の剣、ランクS武器魔法具マギアウエポンの【 聖剣エクスカリバー 】。

 対するモードレッドの右腕にも剣が仕込まれている。実はこの剣もランクB武器魔法具マギアウエポン【 魔法剣アロンダイト 】であるが、どうしても最強の剣の前には一段も二段も格落ち感が否めない。

 事実、ランスロットが放った剣戟を受け、モードレッドはあっさりと吹き飛ばされてしまう。


「モードレッド!」


 リリスの悲痛な声を受け、モードレッドは飛ばされながらも姿勢を正し着地する。今度は左手にランクC武器魔法具マギアウエポン【 ダイヤモンドドリル 】を出現させ向き直るモードレッドに、ランスロットは少し溜息を吐きながら問いかける。


「……抵抗をするだけ時間の無駄です。なのにモードレッド、あなたはなぜ負けるとわかってるのに抵抗するのです?」

「答えは簡単です。私は──仲間を守りたいのです」

「仲間? 自身のマスターを守りたいのではなくて?」

「マスターだけではありません。私はティアも、レオルも、アーダベルトも、そして今は眠りについているサブマスターもお守りしたいと思っています」

「それは一体──どんな設定なの?」


 基本的にモンスターには設定以外の感情は存在していない。たとえば怒りという感情はシステム的に存在していたが、基本性能10%アップといった戦闘に絡んだものであった。

 だから本来″守りたい″という気持ちは、モンスターに存在しえないはずの思い・・であった。ゆえにランスロットはモードレッドの答えに首をひねる。


「私たちは基本的にガーディアンとして異世界王様に創造された存在。仲間を守るなどという設定は無かったはずですよ」

「もしそうだとするならば……それは私の意思、なのではないでしょうか」

「意思? ただ定められた設定プログラムに従って動くことしかできないあなたに、意思があるというの?」

「ええ、私はマスターやサブマスターたちとずっと旅をしてきて、たくさんの出来事や経験をしてきました。その中で……サブマスターは私のことを仲間だと言いました」

「仲間? モンスターを仲間ですって?」

「ええ。マスターやサブマスターは、私のことを人間として扱ってくれました。モンスターではなく、一人の人間として」


 語りながらもモードレッドは思い出す。

 リリスやラティリアーナと過ごした日々を。その中で得られた、何物にも変えがたい素晴らしい経験を。

 それは、機械人形と言われた彼女の心の中に確かにある、何よりも大事な──かけがえのないもの。


「だから私は、私を人として扱ってくれた皆さんを守りたい。それは──私の意思です」

「……ふぅん、あなたはこの私でさえ得られなかった″心″を得たとでもいいたいの? それで私の上位に立ったつもり?」

「……そんなことは関係ありません。ですが……私は決してあなたに仲間を傷つけさせはしません」


 ぎゅぃぃぃん。ドリルが高音を立てて回転し始める。


「そう、抵抗するというのね。……ならばわかったわ。それではあなたがもし心を持ったというならば、私も心を持っているといえるでしょう。──今のあなたを不愉快だと感じる心をね!」


 再び襲いかかってくるランスロット。今度は先ほどとは比べものにならない剣速で斬撃を繰り出してくる。


「はっ!」


 だがモードレッドも負けてはいない。右手の剣と左手のドリルを使ってなんとか斬撃を交わしていく。

 しかしランスロットの戦闘力はモードレッドをはるかに上回る。やがて繰り出される重い重い一撃が、モードレッドの右手を弾き飛ばす。


「これで終わりね、さよなら妹よ」


 ずんっ!

 ランスロットの剣が、モードレッドの腹を貫く。


 ──だが、それで終わりでは無かった。

 腹を貫いた剣を右腕でがっちりと掴むモードレッド。


「なっ……!?」

「──【 ドリル・クラッシャー 】」


 そのまま身動きできないランスロットに、回転するドリルが打ち込まれる。


 ──ぐしゃっ。


 鈍い音と、青い液体が、辺り一面に飛び散った。





 ◇




「ランスロット!」

「モードレッド!」


 戦況を見守っていたシドーレンとリリスが、同時に声を上げる。だが前者は喜びを交えた声で、後者は悲鳴に近い声であった。

 なぜなら──。


「……悪くない手でしたね、モードレッド。ですが、相手が悪かった」

「……ぐぅぅ」


 弾き飛ばされた、モードレッドの左腕。

 なんと彼女が放ったドリル・クラッシャーは、ランスロットに素手で受け止められ、そのまま腕ごと引き千切られたのだ。


「たかたがCランク程度の武器では、私に傷一つ付けれません」


 ランスロットが苦しむモードレッドの胸に足をかけ、腹に刺さったままの右腕と剣を引き抜く。勢い余ってモードレッドはそのまま後ろに倒れこんだ。


「さぁ、片腕がなくなりましたよ? これで私にどうやって勝つというのですか?」

「……いきます」


 口から僅かに炎を吐き、傷口を焼いて左腕から流れ落ちる青い体液を止血すると、モードレッドは無表情のまま再びランスロットに襲いかかった。ランスロットは適当に攻撃をはじき返しながら、モードレッドに問いかける。


「わからない……なぜ勝てないと分かっていながら、また私に挑んでくる?」

「私は──これまでの冒険で一つ学んだことがあります」

「ほう、それは?」

「それは……大切な仲間を、この身を犠牲にしても守るということです」

「……なんですって?」


 モードレッドの言葉に、ランスロットは思わず動きを止める。その隙にも、モードレッドは何度も斬りかかる。


「先の戦いで、ミトラやルクセマリアたちは、自分たちを犠牲にしてまで仲間のために道を作りました。今度は──私が同じことをする番なのです」

「モードレッド、あなたはまさか……」

「お姉様、あなたに勝てないことなど最初から分かっていました。あなたはこの世界でも頂点に立つ戦闘力の持ち主、たとえ獅子王レオルでさえ負けてしまうかもしれない。そんなお姉様を──他のものが相手するわけにはいかないのです」

「最初から……負ける気で?」

「ただ負けるわけにはいきません。せめてマスターの……いいえ、ただの機械人形でしか無かったこの私を、仲間だと呼んでくれた皆様のために、あなたに一矢報います」


 ──【 ドラゴン・フレイム 】!


 モードレッドの口から、紅蓮の炎が吐き出される。強烈な熱波に、ランスロットが思わず回避行動を取る。

 だがその隙をモードレッドは見逃さなかった。渾身の力を右腕の剣に集中させる。


「──円卓の騎士ナイツオブラウンド【 絢爛たる輝きの一閃 】」


 放たれたのは、モードレッドが持つ最高の一撃。燃え盛る火を切り裂き、爆炎の中心にいるランスロットへと肉薄する。


 だが──。



「……なかなか頑張ったわね、モードレッド。でもこれで終わりよ。

 ──円卓の騎士(ナイツオブラウンド)【 闇夜に降りし流星 】」





 ──ズグムッ。



 モードレッドの剣が、ランスロットの頬をかすめ青い体液を飛び散らせる。

 しかしランスロットの剣は──モードレッドの身体を、横に真っ二つに切り裂いていた。


「モードレッド、私に傷つけるとはよくやったわ。だけだこれで終わり。あなたはこのまま永遠に──眠りにつきなさい」





 ◇




 腰のあたりから真っ二つに切り裂かれた、モードレッドの身体。本来であれば、これで完全に終わりのはずであった。

 だが──


「──うぁぁああああああぁぁあぁぁあっ!!」

「なにっ!?」


 ランスロットが聞いたのは、モードレッドの魂の雄叫び。地の底から湧き上がるような声に、ランスロットは思わず動揺する。

 なぜ──感情を持たない機械人形のはずのモードレッドが、どうして叫んでいる!?


 驚きのあまり硬直したいるランスロットのメイド服を、上下に切り離されたモードレッドの上半身が、鬼気迫った表情を浮かべ叫びながら右手を伸ばして掴む。


「モードレッド、あなたいったい何を──」

「ランスロット、あなたに……私の仲間はぜったいに傷つけさせません。たとえ、私の存在全てを賭けても──」



 爆炎の中。モードレッドは僅かに視線をリリスに向ける。

 リリスは間違いなく、その瞳に宿る『心』を見た。モードレッドの口が、小さく動く。


 ──さようなら。



「モードレッド!!!」

「──アンロックコマンド……【 自爆 】」



 次の瞬間。



 モードレッドの身体が、大爆発を起こした。






モードレッド、自爆──。


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