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57.英霊の宴


これより最終章になります。



 




 ボクがキミと共に過ごしてきた日々は、そんなに長くはないのかもしれない。


 せいぜい──半年かそこらだろうか?



 だけど、ボクはその間ずっとキミを側で見てきた。

 誰よりも近くで、キミのことを見てきたんだ。






 ボクは知っている。

 本当はキミが優しくて、強くて、努力家で、頑固で、だけど弱くて……。


 気がつくと、いつもキミのことを目で追っていた。

 第一に考えるのは、いつもキミのことだった。




 ……だからだろうか。


 ボクがキミに恋に落ちるのは、実に簡単なことだったんだ。








 ボクがこの想いを自覚したのは、いつからだろうか。


 ボクの体は女の子。中身は、男の子。

 キミも──女の子。中身は……なんなんだろう。



 でも、そんなものは関係ないんだって、あるとき振り切った。


 キミはキミだ。

 ボクはキミが好きだ。


 ただその事実を受け入れればよかった。

 それは、気付くまではとても難しくて、だけど気付いてしまえばとても簡単なこと……。




 ──ラティ。


 ボクはキミのことが大好きだよ。




 だから、できればずっとキミと一緒にいたかった。

 キミと冒険を続けたかった。

 笑って、怒って、楽しく過ごしたかった。


 何があってもキミを失いたくなかった。





 なのに──。





 手からこぼれ落ちたものは、二度とその手に戻らない。


 それがどんなに大切なものだとしても……。





 それでもボクは……。




 ボクは──────。










 ◇◆◇◆








 紫水晶そのものになってしまったかのように、ラティリアーナは氷の棺に閉じ込められた。

 これは果たして生きていると呼べる代物なのか。だが誰もそのことを口にしない。口にすると真実に変わりそうで、怖くて口にできないのだ。

 周りでは、2組のパーティが悲しみが包み込まれている。その中でも比較的精神力が強い部類であるダスティとクラヴィスが、やり場のない思いを吐露する。


「なんたこったい……」

「こんな結末、誰も望んでないっちゅうの」


 泣き崩れるルクセマリアと美虎ミトラを支えるようにしながら、ダスティとクラヴィスが天を仰ぐ。もしこれが運命だとしたら、神はなんと酷い運命を与えるのか。


 二人の視線の先にいるのは──呆然と立ち尽くす《 紫水晶の薔薇アメジスト・ローズ 》の残りであるリリス、ティア、モードレッド、レオルの四人。


 いつのまにか四人の身体には、ラティリアーナを象徴するようなアイテムが取り付いていた。


 獅子王レオルには、紫色の水晶がついた首輪。

 モードレッドには、紫色の水晶がついたピアス。

 ティアには、紫水晶の指輪。

 そしてリリスには──紫水晶の腕輪が。


 なぜそれらのアイテムが、彼女たちの身体に着いたのかはわからない。

 だが全員が知っている。このアイテムは、ラティリアーナが彼女たちに遺したものなのだと。


「うぅ……ぐすっ……」

「リリス、いつまでも泣いていられないわ」


 涙と鼻水でグズグズになったリリスに向かってそう宣言したのは、それまで一緒に泣いていたティアだった。

 ラティリアーナが遺した指輪を撫でるその瞳に、もはや悲しみの色はない。浮かんでいるのは──確固たる決意。


「あたしたちは《 英霊の宴 》に行くわ。そして、お姉様を復活させるのよっ!」

「……ティア?」

「そうよ、その手があるじゃない! 大丈夫、きっとお姉様は回復なさるわ!」


 ティアの言葉に、消えかけていたリリスの瞳にも炎が灯る。そうだ──その手があるじゃないか。


「そうだね、その手があったよ! ボクとしたことが完全に失念してた!」

「ええ! そうと決まれば、さっさと行きましょう! それまでの間、あなたがリーダー代行よ、リリス」

「……えっ? ボクでいいの?」

「ええ、だってあなたが一番の古株ですもの。それに──お姉様はあなたのことを信頼してたわ」


 ティアの言葉に、レオルとモードレッドも頷く。


「オレはそれでかまわん」

「私もマスターに従います」

「うん……ありがとうみんな。ぐすっ……ボクが暫定リーダーとしてがんばるよ」


 涙を拭ったリリスの目にチカチカと光るものが飛び込んできた。よく見てみるとそれは情報ボードで、なにやらメッセージが映し出されている。


 〈 System Message 〉おめでとう!あなたがたは運命の戦いに勝利しました。

 〈 System Message 〉これより英霊の宴に招待されます。

 〈 System Message 〉しかし、メンバーが足りていません。一人補充してください。


「……はぁ?メンバーの補充だって!? ふざけんなっ!」


 まるでラティリアーナのことを冒涜されたような気分になり、湧き上がる怒りを抑えきれずリリスは情報ボードを殴りつける。だが──拳はすり抜けるばかり。


「ラティの代わりなんているわけないだろっ! 返せ! ラティを返せよっ!!」


 だが情報ボードはなんの反応も示さず、ただ同じメッセージを表示するのみ。


 〈 System Message 〉メンバーが足りていません。一人補充してください。


「……どうやら四人だけではどうしても行かせないっていうことみたいね」

「ふむ、とにかく五人が絶対に必要ということか。……だとすれば、あと一人誰かを追加しなければいけないな」


 一同に訪れる沈黙。

 だが、彼女たちに解決策を提示してきたのは意外な人物だった。


「なぁ……よかったら、この僕をメンバーに加えて貰えないだろうか?」


 リリスたちにそう申し出てきたのは、他ならぬアーダベルトだった。

 だがこの申し出は、ティアの怒りに火を付けた。瞬時にティアの顔が激怒に染まり、アーダベルトの胸元に掴みかかる。


「貴様……どの口がほざく? お姉様を刺しておいて、よく言えたものだな? 今ここで殺してやろうか?」

「……僕のしたことはわかっている。許してくれとも言わない。もしラティリアーナの復活が叶わないのであれば、僕のことはどうしてもらってもいい。でも……僕にもラティリアーナのために尽力させてもらいたいんだ」


 アーダベルトは真剣な瞳でティアを見つめる。彼の瞳にも、リリスたちと同じ覚悟の色があった。


「彼女を蘇らせるためなら、僕はこの命を捧げてもかまわない。頼めるような立場じゃないのはわかってる。だけど、頼む……僕にも、ラティリアーナを助けるためのチャンスを与えてくれないか?」

「きさ……まっ!」


 ティアが血色に染まった鎌を召喚し、アーダベルトの首元を斬りつけようとする。だがその一撃をリリスが止めた。


「リリス!? 邪魔するなっ!」

「待ってティア、ボクに話をさせてもらえないかな?」

「でも、こいつは──……わかったわ」


 ラティリアーナの最期の言葉を思い出したのか、ティアはなんとか怒りを抑えて鎌を消し去る。そのまま放り出され、尻餅をつくアーダベルトにリリスが今度は馬乗りになった。

 ぐいっと襟元を掴み、見つめ合う二人の瞳──。


「なぁアーダベルト。キミとラティとの戦いで、いったい何があったのかボクに教えてくれないか?」

「なにがあったのか……?」

「うん。幾ら何でもラティが簡単にキミにやられるとは思えないんだ。だから教えてほしい」

「あぁ、そういう意味か。わかった、話すよ……」


 アーダベルトは語った。ラティリアーナとの戦いの全てを。


 彼自身、最後の決着の仕方は納得していなかった。あの攻撃は、本来であればラティリアーナに躱されていたはずなのだ。

 だが、あのときラティリアーナは避けなかった。いや、むしろ身動きが取れなかったように見えた。

 そして──己の後方に向けられた、ラティリアーナの憎悪の視線……。


 ラティリアーナは最後の瞬間、一体なにを見ていたのか。

 納得できない思いを抱えたまま、アーダベルトもまた苦しみの中にいた。


「そうか……分かったよ」


 アーダベルトの話を聞き終えたリリスは、彼から体を引き離す。

 リリスはこの時点で他者からの何らかの干渉があったのだと確信していた。加えて、ラティリアーナが最期に囁くように呟いた言葉。


 ラティリアーナは、女神に気をつけろと言った。

 もしラティリアーナの邪魔をしたのが″女神″なのだとしたら、本当の敵は双子の女神ノエルとエクレアということになる。

 だが──邪魔をした理由が分からない。


 そういえば、ゲーム『ブレイブ・アンド・イノセンス』では究極の隠しボスとして双子の女神の存在がネットで噂されていた。ネタバレ否定派のリリスはそれ以上詳しく確認しなかったが、今はそのことを激しく後悔している。

 とはいえ、双子の女神はこのように邪魔する存在ではなかった。かすかな記憶から、むしろイベント的に挑む隠しボスだったはずだ。

 ──わからない。一体何が起こっているのか。


 とはいえ、分からないからといってここで立ち止まるわけにはいかなかった。

 ティアの言う通りラティリアーナを蘇らせるのであれば、先に進むしか選ぶ道はないのだ。


 そして、これから先にあるのは──恐らく『戦い』になるだろうこともリリスは理解していた。実際、ゲームでも英霊の宴はラスボスとのラストバトルの舞台であったのだから。


 その相手が双子の女神なのか、はたまた別の何かなのかは分からない。だから、今は一人でも強力な味方が必要だった。

 ラティリアーナのために全てを──命さえも賭けてくれる味方が。


「……わかったよ、アーダベルト。キミをこのパーティに編入しよう」

「リリスッ!?」

「この男はね、ボクたちの矢面に立ってもいいって言ってるんだ。本当にそれでいいなら連れて行ってやろうじゃないか」


 暗い瞳でそう告げるリリスの言葉に、さすがのティアも思わず反論を飲み込む。


「それにラティは最後に、この男を恨まないでって言ったんだ。その理由もさっきの話を聞いてわかった。たぶん……二人の戦闘を邪魔したやつがいる」

「なっ!?」「えっ!?」「ぬぅ!?」

「……今は確証がないから言えない。だけど英霊の宴に行けば、きっとわかると思う」


 言いながら、リリスはアーダベルトの胸元を掴んで引き寄せる。グッと顔を近づけ、強い光の篭った目で見つめる。


「とはいえ、キミがラティにとどめを刺した事実は変わらない。ボクだってキミと楽しく語り合うつもりなんてない。それでも──いいの?」

「……あぁ、わかっている。全てを受け入れた上で頼む。僕を──連れて行ってくれ」


 〈 System Message 〉アーダベルトの編入を承認しました。

 〈 System Message 〉それでは人数が揃ったので、これから英霊の宴に招待します!



 こうして──アーダベルトを加えた新生《 紫水晶の薔薇アメジスト・ローズ 》は結成された。


 彼らは、決して絆によって繋がれた仲間ではない。

 信頼も信用も存在していないかもしれない。


 だが、彼らの目的は同じだった。


 ──ラティリアーナを救いたい!



 ただ一つ、その願いを叶えるために。

 彼らは──《 英霊の宴 》へと向かうことになる。




 〈 System Message 〉それでは、出発いたします。

 〈 System Message 〉こちらのゲートをお通りください。



 情報ボードがメッセージを打ち出し、続けて白く荘厳な扉が出現する。どうやらこの扉の向こう側に、英霊の宴の舞台があるらしい。


「よし、じゃあ行こうか」


 ゆっくりと開いていく扉に向かって、リリスは迷わず歩いてゆく。

 最後に──氷の棺の中にいるラティリアーナに視線を向けた。



 ラティ、きっとキミのことを蘇らせてみせるからね?

 それまで……ちょっと寒いけど、そこで待っててね。








 ◆◇◆◇







 たどり着いた場所は、まるで荘厳な教会のような場所だった。七色のステンドグラスから光が差し込み、どこからともなくパイプオルガンの音が聞こえてくる。


「どうやら着いたみたいだな」


 ふいに声をかけられて振り返ると、そこに立っていたのは──《 愚者の鼓笛隊フールズ・オーケストラ 》のウタルダス・レスターシュミットおよびその一行であった。

 どうやら彼らが《 聖十字団クルセイド 》との決戦に勝ち残ったらしい。ラティリアーナのことに気を取られすぎて、リリスたちは決着のアナウンスを見過ごしていたようだ。


「そっか、キミたちが勝ち残ったんだね……」

「へぇー、マコっちゃんやるじゃない。あんたたちが主人公パーティに勝ち残って来るなんてね」

「委員長……じゃなくてアトリー」

「……ってあれ? なんでアーダベルトがそこにいるの? それにあの小うるさい悪役令嬢……ラティリアーナはどうしちゃったの?」


 アトリーの問いに、リリスは何も答えない。無言になって、下を向いてしまう。

 その尋常ではない様子に、アトリーは思わず息を飲む。


「その──言いにくいだろうが、何かあったのか?」

「そのことについてはこのオレから話そう。この者たちには語るにはあまりに辛い出来事ゆえにな」

「獅子王様にゃん……」


 まとわりついてくる聖獣の娘──野蒜ノビルの頭を撫でながら獅子王レオルが語ったのは、壮絶なまでの『運命の戦い』の様子と、悲劇的な結末。

 あまりに酷い現実を前に、さすがのウタルダスたちも言葉を失う。


「そうか──あの美しい方が……」

「それは……大変だったのね」


 《 愚者の鼓笛隊フールズ・オーケストラ 》の青年剣士キュリオと魔法使いシモーネが、絞り出すようにそう口にするのが精一杯だった。


「だからボクたちは、ラティを蘇らせるために全力を尽くす。そのために、ここに来たんだ」

「そうか……及ばずながら俺たちが力になれることがあれば協力するよ」

「ありがとう、ウタルダス。ところでキミたちはどうやってあの《 聖十字団クルセイド 》に勝ったんだい?」

「あぁ、それにはちょっとしたカラクリがあってね。実は──」



 ──りぃぃぃん……。 ──りぃぃぃん……。


 そのとき──ふいに例の鈴の音が聞こえてきた。





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