【 閑話 】ある平凡な高校の日常
最終章開始前の閑話となります。
少し過去のお話です。
キーンコーン、カーンコーン……。
チャイムの音が聞こえ、教室内が一気に騒めき立つ。どうやら授業が終わりを告げたようだ。
生徒たちは一斉に席を立ったり机に突っ伏したり周りの子たちと話をし始める。
その中に一人、眼鏡をかけた小柄な少年がいた。栗色の髪を少し長めに揃えた彼の名は──。
「なぁマコっちゃん! 昨日の深夜の『オークスレイヤー』見たかいな? えらいエグかったよなぁ」
「カッツンもあれ見たんだ! 面白かったよなぁ……やっぱあれくらいグロ入れてくれないとリアリティがないとボクも思うよ」
「リアリティ! 確かに一方的なハーレムばっか見せつけられても興ざめするもんなぁ」
「そうそう。やっぱりさ、死はリアルにあったりするんだよ」
背の高い細身の少年──カッツンこと佐伯 克也に声をかけられ、眼鏡の少年──マコっちゃんこと鳳 誠実は頷く。
「でもさ、仮に異世界転生してあんなんリアルで見せられたらキツないか? わいは無理やでぇ」
「あー、それはボクも無理かも。てかよく簡単にモンスター殺せたりするよね? その辺にリアリティがないというか……」
「あんたたち、またアニメの話をしてるの? もう授業始まるわよ?」
マコトとカツヤの二人に声をかけてきたのは、少し赤みを帯びた髪をおさげにした少女。クラス委員長の亜鳥 晴香だ。
「委員長はあいかわらずお硬いなぁ。せっかく可愛らしい容姿してんのになぁ」
「だよねー、もったいないよねぇ」
「なっ、あんたたち何言ってんのよ!」
「だいたい委員長だってゲームにはまってるじゃんね?」
「せやせや、プレイキャラの一人がカッコいい言うてたやんなぁ?」
「な、なによっ! あたしはただ純粋にゲームが好きなのよ! あんたたちと一緒にしないでくれるっ!?」
「ぷぷっ」「あははっ」
三人のやりとりを、すぐ近くで聞きながら笑いを漏らす生徒がいた。
ものすごく整った顔立ちのイケメン──佐々礼 優真と、少し化粧気の多いもののクラスでもダントツの美少女である御堂橋 順子のカップルだ。
「なんだよユーマ、笑ってないでこっちの味方についてくれよ!」
「せやせや、男子連合いきましょや!」
「ははっ、イヤだよ。ジュンコを敵に回したくないしな」
「ふんっ、浮気は許さないんだからねっ!」
少し髪を茶色に染めて化粧っ気のある顔立ちのジュンコと、イケメンなだけでなく人当たりも良いユーマははクラスでも公認の、美男美女のカップルだった。
特にユーマは皆の憧れの的だった。誰とでも仲良く接することから、他からオタクグループと見なされていたマコトやカツヤとも仲が良かった。
加えてユーマの優しさと分け隔て無さから、若干荒れ気味だったジュンコが更生するきっかけを作り、その後二人は付き合うことになったのだが……その彼の性格がジュンコの嫉妬心に火を付ける結果となってもいたのは皮肉な事実であった。
「そんなことよりマコっちゃん、【 ブレ・イノ 】どこまで行った?」
「ユーマ、なんだよそのブレイノって……」
「アホかマコっちゃん、【 ブレイブ・アンド・イノセンス 】の略称やろ!」
「いつからそんな呼びにくい略称が広まってたのさ……マックをマクドって呼んでるみたいじゃないか」
「あかーん! それって関西ディスっとるやろ!」
──ゲーム【 ブレイブ・アンド・イノセンス 】。
それは現在彼らの中で大流行しているRPGゲームのことだった。
プレイヤーは、三人の主人公(うち一人は一度クリア後に使用可)の中から一人を選び、世界を崩壊の危機から救う旅に出る。内容としては王道を行くRPGである。
特徴的なのは重厚なシナリオと個性的なキャラクターで、選んだ主人公ごとにストーリーが変わることから、周回プレイをするものも多かった。
過酷な運命に立ち向かう主人公たちの冒険は、多くのプレイヤーの心を惹きつけていた。事実、この場にいる全員がブレイノをプレイしていた。
「なぁなぁカッツン、なんかネットで5週目に獅子王が仲間になるって情報を仕入れたんだけど……」
「ぷぷっ、それガセやで!」
「んなっ!? カッツン、それマジかよっ!?」
「ああ、マジや。わいが検証したさかいな」
「検証したんかいっ!」
「せや。そんで今は8週目にテイレシアが女の子になるという噂を検証してるんや」
「……おいおい、それもガセじゃないのか?」
「そうかもしれへん。せやけどなユーマ、わいは可能性がある限り挑むんや」
「カッツン……なにがお前をそこまで駆り立てるんだ?」
「わいはな、──″可愛らしい顔立ちの男の子は、きっと美少女に化ける″って信じてるんや。それを証明したいんや」
「なっ、なんだと……?」
「……ま、ほんまはネットで拾った女体化テイレシアが可愛かったから見たいだけなんやけどな!」
「……お前、ほんとアホだな」
ユーマとカツヤがくだらない話で盛り上がってる横では、マコトとハルカも同じゲームの話題に花を咲かしている。
「委員長はもう全キャラクリアしたの?」
「マコっちゃん……あたし浮気はしない主義だから」
「あー、ずっとウタルダスのシナリオばっかりやってるんだっけ? 飽きないねぇ」
「でも唯一の不満は、ロリコンのアマリリスに靡くシナリオがあるってことよねぇ。どうしてウタルダスみたいな良い子がロリに走るのかしら?」
「……ニーズ?」
「ん? マコっちゃんなんか言った?」
「ううん、なーんも!」
そして今度は、話題から置いてけぼりにされていたジュンコが不貞腐れ始める。
「ふんだ。あたしだってブレイノやり始めたんだからねーっ!」
「へー、ジュンコはどこまで行ったんだ?」
「あたしはあの……デブ女との決戦のところかな?」
「あー、悪役令嬢ラティリアーナね。あいつイベントボスだけあって結構強いからな」
「そうなのよ、魔法が無効化されたうえに爆破攻撃で全体攻撃されるから回復が間に合わなくてさ……ユーマ、どうすればいいの?」
「あぁ、そこはルクセマリアを回復に専念させたうえでダスティの挑発スキルで攻撃を一点に集めるんだ。そうすればなんとか回復は間に合うよ」
「ふーん……そうなんだ。今日帰ったらやってみよっかな。あのブタ女ムカつくんだよねぇ」
「ブタ女……でもさ、そういうけどラティリアーナって痩せたら美人そうじゃない?」
「おやおや、マコっちゃんはデブ専やったんかいな?」
「ち、違うよ! なんとなくそう思っただけなんだってば!」
五人の楽しげなやりとり。
実に高校生らしい、自由気ままでとりとめもない会話。
だが彼らのすぐ近くで、五人の会話を横耳で聞きながら、心の中で舌打ちをする人物がいた。
彼の名は──四道 蓮。
レンは、侮蔑の篭った目で五人を眺めながら、ふっと一人冷笑を浮かべる。
「……ふん。レベルの低い会話してるな。僕なんかもう8週目さ。裏ボスも余裕だし、5週目以降じゃないと出現しない究極の隠しボス【 双子の女神ノエルとエクレア 】も倒して真のエンディングを見てる。なのに──」
チッ。今度は本当に舌打ちが漏れる。
「なぜ誰も僕にゲームのことを聞いてこない? やはり皆、愚かなのかな? 僕が一番詳しいっていうのにね。やっぱり愚か者は死んだほうがいいよね」
レンの心に渦巻くのは、暗い想い。
ただ周りを恨み見下す。そうしないと、彼の高いプライドは保てなかったから。
「皆が僕を無視する。皆が僕の凄さに気付かない。こんな世界……実に無意味だ」
レンは毒を吐き憎悪を撒き散らしながら、心の中で呟く。
だが……怒りに染まった彼の表情がふいに緩む。
「でも……もうすぐだ。もうすぐネットで調べて作った例の《 爆弾 》が完成する。そうしたらあいつらもろとも爆破して、僕は異世界に転生してやるんだ」
──異世界転生。
彼は、死ねばきっと異世界に転生できると信じていた。
根拠などなにもない。ただそうなると確信的な想いを抱いていたのだ。
「……僕みたいな選ばれたな人間であれば、きっと異世界転生できるはずだ。そうしたら……こいつらも一緒に転生させてやる。その上で、こいつらにはロクでもない人生を歩ませてやるとするかね。イヒヒッ」
──逆恨み。
レンの心の中に渦巻く感情を例えていうならそうであろうか。
そう、レンは全てを恨んでいた。自分以外の全てを。
「そうだ、どうせ転生するなら【 ブレイブ・アンド・イノセンス 】の世界ってのがいいな! そのほうがこいつらをコケにするには相応しい!」
──ドブのような腐った目。
その目で彼は夢を見る。ろくでもない夢を。
「そうだ、こいつはいいアイディアだぞ! そしたら……ガリノッポのカツヤはスケルトンがいいな。オタクのマコトは……チビで童顔だから幼女がいいかな? クヒャヒャ!
あと……委員長は偉そうだから男にしてやるのがいいな。どうせなら憧れのウタルダスの側で男として転生して……プククッ、いやー最高だね!
だけど一番許せないのは──あいつらだ! リア充カップルめっ!」
彼の恨みの篭った視線の先にいたのは──ユーマとジュンコのカップル。底なしの暗い炎を瞳に宿し、1組のカップを強く睨みつける。
「ジュンコ……以前僕のことを『キモッ!』って言ったよな? ビッチのくせに、上から目線で僕を見下してんじゃねーよ!
なにが『変な目であたしを見ないで!』だよ! テメーなんか趣味じゃないんだよ!
……お前なんかは女にすら転生させない。そうだな……やっぱ魔法具あたりがいいかな。ビッチらしく、色々なやつの手に渡って好き放題使われるってのも……いや、どうせならあいつが嫌ってる悪役令嬢ラティリアーナの魔法具なんてのもいいんじゃないかな? クヒヒッ」
だが、彼が逆恨みの気持ちを最も持っていたのは、他でもない……ユーマであった。
最高のルックス。優秀な頭脳。優しい性格。可愛い彼女。仲の良い友達。人気者のポジション……。
彼は許せなかったのだ。
本来であれば選ばれた自分が持っているべき全てを持ったこの男を。
「あぁ、そうだよ。一番気に入らないのはお前だよ、ユーマ。全てを持って生まれやがって……僕はお前みたいなやつが一番嫌いなんだ。
だからお前も生物にすらしてやらない。そうだな、お前も物がいいな……あぁ、どうせなら僕の手足として動いてもらおうか。世界を動かすための鍵として、君は永遠に僕にこき使われるんだ……。クヒヒッ、楽しいなぁ」
だか、彼の抱える暗い思いにクラスの誰も気付かない。
いや、彼の存在に誰も気にとめていなかった。
彼は知らなかった。自分から興味を示さない相手に、誰も興味を示さないことを。
自分から手を差し出さないものに、誰も手を差し伸べないと。
──それから一週間後。
この教室で、大きな爆発が起こる。
その爆発は、多くの人たちの運命を巻き込み、やがて大きく──とある世界を変える出来事へと変わってゆくことになる。
そして──舞台は異世界へ。




