54.分断
視界の一部が、血で真っ赤に染まる。
絶望的な光景を、バッカス・オニールは愕然としながら眺めていた。
「ば、ばかな……」
全身を切り裂かれ、血まみれになりながら、バッカスはそれでも己の目の前で繰り広げられる光景が信じられないでいた。
あの、ラティリアーナというクソ女に負けた時ですら感じなかった絶望が、いまそこにあった。
己が最強と信じる部隊『龍殺者戦士隊』。そのメンバーたちが、全員大怪我を負って倒れ伏していた。
しかも、最強の中の最強だと思っていた隊長であるグレイブニル・サンダースも、たったいま普通の戦士風の男に切り裂かれていたのだ。
もはや『龍殺者戦士隊』は、完全に壊滅状態に陥っていた。
なぜだ、なぜあの”獅子王”レオルとも遜色なく戦っていたグレイブニル隊長が、あんなどこの誰とも知れない戦士風の男に敗れるのか。
しかも他のメンバーも、ピエロ姿の男やメイド服の女、髑髏マントの正体不明の人物に敗北している。自身もつい先ほど、ピエロ男によってズタボロにされたばかりだ。
最強だったはずの自分たちがなぜ、血まみれで地にはいつくばっているのか……。
だが同時に、魔力感知能力に優れたバッカスは、相手が只者ではない存在であることに気付いていた。特に──グレイブニル隊長を倒した男は尋常ではなかった。
全身からあふれ出す膨大な魔力。もはやあの魔力量は人間ではない。おそらく神の領域にすら届くであろう。そんな化け物が、なぜこの世に存在している?
「この……化け物めっ!」
「ふふふっ。化け物、良い呼び名だね。実に僕たちに相応しい」
ガッ。少年が入れた蹴りで、バッカスは吹き飛んでいく。その先に待ち構えていたのは、右手を剣に変えたメイド服の女性──ランスロット。
苦痛とダメージの蓄積により身動きのできないバッカス。このままではなすすべもなく串刺しにされてしまう。
だが──ランスロットの剣がバッカスを貫く寸前に、声を上げたものが居た。
「ま、待て! 負けを認める! トドメは刺さないでくれっ!」
隊長であるグレイブニルの叫びを受けて、少年が満足げに右手を上げる。すると合図を受けたランスロットは剣と化した右腕を元の手の形に変化させると、飛んできたバッカスを──まるで飛んできたハエを打ち払うかのように無造作に撃ち落とした。
「ぐはっ!」
「バッカス!」
「ふふん。心配しなくてもいいよ、君たちの命までは奪う気はないからさ。負けを認めた相手に、僕はとっても寛容だからね」
少年は実に愉しそうに笑いかけながら、歯をくいしばるグレイブニルに宣言する。
「そのかわり、君たちは生きて僕たちの恐ろしさを広めるんだ! 最強・最高・最怖のチームである《 カオス・サーカス 》と、世界の支配者となる《 四道 蓮 》の名をね!」
「シドー……レン?」
「あははっ、その呼び方は良いね!今日から僕のことを【 異世界王シドーレン 】と呼ぶがいい! あははははっ!」
″ゲームマスター″改め、異世界王シドーレンとなった少年の笑い声を聞きながら、バッカスは薄れゆく意識の中で呟く。
「ラ、ラティリアーナ……気をつけろ……あいつらは……ヤバすぎる……ぜ」
◆◆
〈 System Message 〉【 運命の戦い 】の第三戦、《 龍殺者戦士隊 》 対 《 カオス・サーカス 》が決着しました!
〈 System Message 〉勝者は──《 カオス・サーカス 》です!
アーダベルトたちとの決戦の場に赴いた俺たちの目の前に、不意に出現した情報ボード。表示されたメッセージは俺たちに強い衝撃を与えた。
《 龍殺者戦士隊 》が……負けた? しかもまだ戦闘開始予定時刻からわずかの時間しか経ってないというのに?
確かに例の”ゲームマスター”たち《 カオス・サーカス 》は相当な相手だと思っていた。だけど《 龍殺者戦士隊 》だって同様だ。ガルムヘイムでの黒死蝶病事件の際に一緒に行動したけど、全員が規律正しく強い戦士たちで、簡単に倒せるような相手ではなかったはずだ。バッカスだって勝ちはしたけど、相当に強いやつだった。
それを、あっさりと倒して突破してきた。やはり《 カオス・サーカス 》は、並みの存在ではなさそうだ。
「……ラティ、他のことに気を取られている暇はないよ!」
リリスに諭され、俺は目の前にいる存在に意識を戻す。
そうだ、今は別のことを考えている暇なんてない。目の前の戦いに集中しなきゃ。
俺たちの対戦相手である《 自由への旅団 》のメンバーは、既に全員が臨戦態勢を整えていた。《 龍殺者戦士隊 》敗北の報にも動揺した気配はない。
それどころか、仲が良かったはずの美虎は鋭い眼光でこちらを睨み付け、ルクセマリア王女でさえスキのない表情を浮かべている。彼女らの視線の先にいるのは……もしかして俺?
「なんだかお姉様のことを睨み付けてますね。お姉様には絶対に手出しをさせません」
「わたくしのことはかまいませんわ。それよりも作戦通りに行きますわよ」
俺たちの作戦はシンプルだ。いや、シンプルにならざるを得なかったといあのが事実なのだが。
我がチーム《 紫水晶の薔薇 》には、大きな武器と欠点がある。
まず武器は、一人で圧倒的な戦闘力を持つ獅子王レオルの存在。個人でもチームに匹敵するほどの戦闘能力はまさに圧巻。彼をいかに活用するかが戦術のポイントとなってくる。
一方、欠点はリリスと俺の存在だ。
まずリリスには分析能力はあるが戦闘能力はない。彼女を守りながらの戦いとなるため、必然的に戦闘の駒が一枚少ない状況だ。相手が普通のパーティであれば治癒担当がいるため問題にはならないけど、今回の相手は特に前衛戦闘力に特化している。誰かがリリスのカバーをしなければならないだろう。
そして俺。チーム内でも特別な戦闘能力──リリスが【 ハイパーモード 】と名付けた能力を持っているけど、わずか一分間しか使用できないという制限がある。だからこの力は非常手段だし、使いどころを間違えるとそのあと戦闘不能になってしまう。【 ハイパーモード 】はメリットとデメリットの裏返しなのだ。
だから俺たちは、いざという時以外は【 ハイパーモード 】は使わないという取り決めをしていた。今回の決戦でも、俺は中衛役として全体のバランスを見ながら戦う役割を割り振られていた。
今回の戦闘の勝利条件は、情報ボードによって「パーティメンバーの全滅もしくはリーダーによるギブアップ宣言」と定義されていた。だからリリスが考えた基本的な戦術はこうだ。
まず、レオルとモードレッドがリリスのサポートを得ながらアーダベルト、美虎、ダスティの前衛トリオを相手する。
その間に俺が相手の中衛クラヴィスをけん制しながら、大魔術を発動しようとするであろうルクセマリア王女の邪魔をし、スキを見てティアが吸血鬼魔法を放って相手を削っていく。一発の魔法の威力はルクセマリア王女のほうが優勢だけど、ティアの吸血鬼魔法は連発が可能だから、順調にいけばこちらのほうが削り勝つだろう。
こうして各個撃破の形で相手の頭数を一つずつ落としていき、数的優位を作って最終的にはアーダベルトを陥落させるのが最善の手だと考えていた。
〈 System Message 〉では時間になりました。
〈 System Message 〉これより《 自由への旅団 》 対 《 紫水晶の薔薇 》の【 運命の戦い 】を開始いたします。
〈 System Message 〉なお、同時刻、《 愚者の鼓笛隊 》 対 《 聖十字団 》の戦いも開始します。
〈 System Message 〉──では用意。
〈 System Message 〉……【 開始 】!
──りぃぃぃん……。
耳障りな鈴の音が聞こえて、ついに俺たちの《 運命の戦い 》が開始された。
開始の合図とともに、計画通りレオルとモードレッドが飛び出す。
「おらよっと!」
だが先制攻撃は、盗賊のクラヴィスによってもたらされた。
彼の手から放たれたのは、一本のナイフ。ターゲットはリリスだ。
「うわぁ!」
「マスター、援護します」
すかさずモードレッドが間に入り、ナイフを叩き落とす。だがそのせいでモードレッドの初動が遅れる。
「獅子王レオル! 獣人の名誉に賭けて一騎打ちを所望するがる!! このあたしと戦うがるぅぅぅ!!」
そのスキに、先行していたレオルに向かって美虎が堂々と宣言した。その声にレオルは激しい反応を示した。
「それは──″獣人の宣誓″か。獣人の名誉をかけた決闘を宣言されては、オレとしては断るわけにはいかん。すまぬ皆、オレは美虎と一騎打ちをせねばならない」
「これは──ユニークスキル『タイマン』か! やられたっ!」
どうやら美虎が何かのスキルを使って、レオルとの一騎打ちに持ち込んだらしい。
正直、美虎が一騎打ちでレオルに勝てるとは思えない。だけどうちの最大戦力がいきなり奪われてしまったのは事実。これでは当初の作戦が実行できないじゃないか!
「──タンクスキル【 挑発 】! ターゲット〈 ティア 〉、〈 リリス 〉、〈 モードレット 〉!」
「──シーフスキル【 煙幕 】!」
混乱に乗じて矢継ぎ早に放たれたのは、ダスティとクラヴィスの固有スキル。目の前を煙が覆い、一気に視界が遮られる。アーダベルトたちの仕掛けの前に、俺たちは完全に後手に回っていた。
「なにかスキルを使われたよ! 全員警戒して!」
「モードレット、ティア! リリスを守るように陣営を組みなさい!」
すぐに煙に巻かれてしまったせいで、俺の指示通りに動いたかどうかはわからない。声に出すことで相手に悟られるリスクはあるけど、戦闘力を持たないリリスを守らないのは危険だ。黙って見過ごすよりはマシだと指示を出す。だけど──。
「なんですか、これは?! 思い通りに体が動きません!」
「マスター! システムエラーです。強制的にダスティを狙うよう紐付けられてます!」
「この状況はまさか……そうか! やつらの狙いはボクなんかじゃない! ターゲットは……ラティ、逃げて!」
次の瞬間、気配を感じて慌てて飛びのく。一瞬前まで立っていた場所に、煙を突き抜けてきた鋭い槍が襲い掛かってくる。この攻撃は──アーダベルトかっ!
煙のなかでは動きがわからないので、少し離れた場所にある煙幕の影響を受けてない場所に高速移動して距離を取る。すると、俺の後を追うように煙の中からゆっくりとアーダベルトが姿を現した。
「ルクセマリア! 分断成功だ! やってくれ!」
「分かったわ! ──氷結・最上級魔法【 氷の壁 】!」
彼らの仕掛けの最後を飾るのは、ルクセマリア王女の魔法だった。アーダベルトの声を受けたルクセマリア王女が魔法を発動させると、轟音とともに俺たちの周囲に氷の大きな壁がそそり立つ。
壁は、二階建ての建物くらいの高さで俺たちの周りを囲っていた。
この結果、戦況は「ラティリアーナ 対 アーダベルト」、「リリス、ティア、モードレット 対 ダスティ、クラヴィス、ルクセマリア」、「レオル 対 美虎」の三つに分断されることとなったんだ。
「完全にやられた……あいつらの目的はボクたちの分断だ!」
高くそびえたつ氷の壁の向こう側から、リリスの唸るような声が聞こえる。なるほど、これがアーダベルトたちの戦術だったのか。
「そうだよ。僕たちはこの戦況を作り上げるために、この一週間あらゆる戦術シミュレーションを行ってきた。その結果、最も勝つ確率が高い戦法を編み出したんだ」
「その結果がわたくしとの一騎打ちですの? アーダベルト様は、わたくしが相手なら勝てると思ってますの?」
「ううん、それは違うよ。勝てる勝てない、じゃない。この戦法でしか勝ちへの道筋が見えなかったんだ」
アーダベルトの気持ちはわかる。なにせこちらには一騎当千の獅子王レオルがいる。彼一人で下手したらチームを全滅させかねないほどの超戦闘力の持ち主だ。
彼をいかに無力化させるか。そのための手段として、美虎のスキルを使用した上での俺との一騎打ちを選んだのだ。
「でも、いくら美虎でもレオルは止めれませんわよ?」
「それはわかってる。だから……美虎が持ちこたえている間に、こちらで決着をつけさせてもらうよ」
今まで見たこともないような表情を浮かべるアーダベルト。きっとこいつは本気なんだろう。
だけど、俺だって簡単に負けるわけにはいかない。なーに、レオルより先にアーダベルトを倒せば良いだけた。
俺は″断魔の剣″を宙に投げると、飛翔させた上で腰の『紫陽花』を抜く。
ここから──俺たちとアーダベルト達との死闘が始まった。
◆
「ミトラよ。まさかお前がこのオレにタイマンを挑むとはな」
獅子王レオルは、全身の毛を逆立てながら美虎を威圧する。
ガルムヘイム出身者に対して、レオルは特別な感情を持っていた。特に前回の黒死蝶病の際に国を出た若き獣人たちを、見守るべき存在として常に温かく見守ってきた。
だが現在、そのうちの一人である美虎が自分の前に立ち塞がっている。しかし彼の心を占めていたのは、怒りではなく感嘆の気持ちであった。
「獅子王様。あたしたちにはこうするしかなかったがるよ。でも……勝負を受けていただいて光栄がる」
「獣人が己のすべてをかけた一騎打ちの申し出だからな。オレはお前を戦士と認めている。戦士からの申し出を、オレは断ることはできん」
「では遠慮なく……あたしの本気を見せるがる! ── 解禁 【 超獣化 】!!」
次の瞬間、美虎の身体に異変が起こる。全身を黄色と黒の毛が覆い、まるで生きた虎そのもののような姿に変身していく。
「ほほぅ。それは獣人の奥義、【 超獣化 】ではないか。まさかお前がそのような能力まで使えるようになっていたとはな」
「ぐるるるるるるる……」
「ミトラよ。認めよう! お前は素晴らしい戦士だ! 相手にとって不足はない! このレオル、獅子王の名に懸けてお前を──打ち倒す!」
WwwooooowwwW!!
Garuuu!! Guwaaaa!!
レオルの雄叫びに、美虎の唸り声が重なった。
◆
「くそっ! ボクはばかだっ! なんでこんな手に引っかかるんだ!」
分断作戦にまんまとはまったリリスが悔しそうに言葉を吐き捨てる。だがそんな彼女にすぐにモードレットが手を添える。
「マスター、今は後悔している場合ではありません。目の前に敵がいます」
「そうよ。さっさとこいつらを倒してお姉様をサポートしないと!」
「……そうだね。ごめん、取り乱して。さっさと目の前のヤツらを倒して、すぐにラティのサポートに行こう」
二人に諭され、すぐに冷静さを取り戻すリリス。
だが対峙する相手も黙ってはいない。
「へぇ……簡単に言ってくれるわね。あたしたちはそんな簡単な相手ではなくてよ?」
「俺たちゃ王女のわがままで鍛えられてるんでね。せいぜいあがかせてもらうさぁ」
「ま、どうせならちゃっかりと勝っちまうってのもありだけどな?」
ルクセマリアを筆頭に、ダスティとクラヴィスも一筋縄でいく相手ではない。
それでも、負けるわけにはいかないんだ。リリスは改めて決意を固める。
なぜなら──自分は、何があってもラティを守ると決めたのだから。




