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44.奪う者、守る者。

 

 ついに、悪魔の正体が判明した。

黒死蝶こくしちょう病』の原因は、寄生虫によるものだった。


 リリスがガラスの小瓶の中身を見せてくれるが、血が多くて正直俺にはよく見えなかった。


「……すごく小さい何かがいますね」

「ティアには見えますの?」

「はい、細い──線虫のようなものが見えます。吸血鬼は血に対して敏感ですからずっと違和感は感じてたんですけど……まさかこんなのが原因だったなんて」


 人の目にはほとんど見ることができない小さな虫。これがガルムヘイムを数百年に渡って苦しめ、壊滅の危機に陥れた元凶だとはとても信じられなかった。


「オレたちは……こんなものに苦しめられていたというのか。オレの妻や子は、こんなやつらに殺されたというのか? この怒りをオレは一体どこにぶつければいい?」


 激しい憎悪の炎を燃やしながら、獅子王レオルが小瓶を睨みつける。


「それは違いますわ、獅子王レオル。まだこの戦いは終わっていませんもの。この──下等な虫を殲滅してこそ、全てが終わる時ですわ」

「……そうだな、ラティリアーナ」


 初めて、獅子王がラティリアーナの名を呼ぶ。きっとこいつも、根は俺たちと同じ思いなのだ。生まれも育ちも違う、目的も手段も違う。だけと俺たちは同じ目標のために力を合わせることだってできるはずだ。


「──ドイルさんの犠牲のおかげで、ついに″悪魔の正体″を突き止めた。ボクはこれから寄生虫の解析と感染ルートの特定に全力を挙げるよ」

「リリス、あなたにはルートの推測はつきまして?」

「実は……わからない。ボクの持つ前世の知識だと、寄生虫には成長過程に・・・・・応じた宿主・・・・・が必要なんだ」

「それは──つまり、この寄生虫の幼体を体内に宿した生物が別に存在している、ということか?」


 獅子王レオルの問いかけに、リリスは頷く。


「そうだよ。寄生虫はその宿主──『中間宿主』の体内である程度成長する。そして『最終宿主』に行きついたときにようやく成体となって卵を産むんだ」

「それでは、オレたち獣人が『最終宿主』であり、他に『中間宿主』がいると?」

「うん。だからその『中間宿主』を見つけて排除や駆除をして感染ルートを断つことこそが、『黒死蝶こくしちょう病』を本当に撲滅するための手段になる……はずなんだ。だけど──」


 そこでリリスは頭を抱える。


「ボクはね、どうしても何かを見落として・・・・・いる気がするんだ。たぶんボクは前世の知識で色々と知っている。だけど──『黒死蝶こくしちょう病』の克服に役立ちそうな一番大事な知識がすっぽりと落ちてる気がしてならないんだ」

「それは……」

「記憶を回復させるヒント──たとえば前世のクラスメイトの誰かに会えれば、記憶が解放されて思い出すかもしれないんだけど……」



 ──どぉぉぉぉ──おおおぉぉぉ──ぉん。


 遠くから大きな破壊音が聞こえてきたのは、そのときだった。


「な、何今の音!?」

「リリスはここに残って調査を続けなさい、モードレッドはリリスのことを頼みますわ。ティア、行きますわよ!」

「はい、お姉様!」

「承知しました、サブマスター」

「オレも行こう」

「あっ、ラティ待って!」


 気がつくと俺はティアと獅子王レオルと一緒に″聖光園″を飛び出していたんだ。




 ◆◆




「ヒャッハーーー!!」


 《 竜殺者戦士隊(ドラゴンスレイヤーズ) 》 の【 五龍 】バッカス・ジュスターは、歓声を上げながらガルムヘイムの街にある家屋を破壊しまくっていた。彼に従う五人ほどの隊員たちと共に、期限まで待ちきれずについに破壊行為を始めてしまったのだ。


「おっかしーな、なんでケモノビトたちが居ないんだ? せっかく狩りしてやろうと思ってたのに、もう全滅してやがんのか?」

「バッカスさん、さすがにヤバくないっすかね? 隊長に黙って出てきて……」

「あん? おめぇ何ビビってんだ? そもそもグレイブニル隊長は『三日後のガルムヘイム浄化』は指事しやがったけど、別にその前に狩り・・することは禁じちゃいないぜ?」

「そ、そんなむちゃくちゃな……」

「あんま固いこと言うなよ。ほら、お前も楽しまないと損だぜ? なにせ──合法的に・・・・生きた人間を・・・・・・狩れる(・・・)絶好の機会なんだからな!」


 バッカスの眼に浮かぶのは、暗く淀んだ光。

 喜びに歪む【 五龍 】の様子に、隊員はゾクリと寒気を催した。やはり……彼に関するあの噂は本当だったのだ。バッカスは、人の命を狩ることをこよなく愛している。

 隊員は心の中で確信しながら、自分が彼の次の獲物にならないよう消極的に参加する。それは、紛れも無く保身から出たものあった。だが──。


「バッカヤロウ! そんな甘い腰つきでどうする?」

「へ? いやぁ俺はバッカスさんほどお強くはないので……」

「なに謙遜してんだよ、ちゃんとやれよ。ほら、魔力を竜剣に込めてから建物を切れや」

「こ、こうですかい?」

「おーおー、やればできるじゃねぇか!」


 バッカスに褒められて、隊員は歪んだ笑みを浮かべる。バッカスに対する恐怖と倫理観の間で揺れ、最終的に恐怖が優った結果、とうとう心が壊れ始めたのだ。


「ほら、やってみたら案外楽しいもんだろ?」

「へ、へぇ……何かが解放された気がしますね」

「だろー? お前見込みあるじゃねぇか! そしたらよ、今度は笑ってみな?」

「わら、う? あははは……こうですかい?」

「ちーがーう! 違うよ!どうせ笑うなら心から笑えよ、ヒャハハってな!」

「ヒャハ……ヒャハハ……」

「ヒャハハハッ! さぁ、そのまま壊しちまえ!」

「えっ?」

「……早くやれよ、テンション下がるようなことすんな」

「はっ、はひっ! ひゃーっはっはっは!」


 隊員は壊れた笑みを浮かべながら、隊員たちに配布される竜が象られた剣──竜剣を振りかぶると、目の前の建物に斬りかかる。


 ──ボグンッ!!


 鈍い音と共に、隊員が吹き飛んでいったのはその時だった。ゲラゲラ笑いながら隊員の様子を見ていたバッカスが、度肝を抜かれて宙を舞う隊員を呆然と目で追う。

 ドグシャッ。そのまま地面に激突した隊員が、全身を痙攣させたあと動きを止める。その顔面は──拳の形に陥没していた。


「なっ!?」


 ──ゴウッ!!


 続けて襲いかかってきた凄まじい拳圧に、バッカスは脇目も振らず全力で回避する。地面を転がりながら確認すると、視界に飛び込んで来たのは──全身から恐るべき覇気を放ちながら拳を突き出す、ひとりの″獣″の姿だった。


「ほぅ、オレの拳を躱すか。貴様、ここで一体何をしている? 答え次第では問答無用で殺すぞ」

「お、お前は──獅子王レオル! なぜこんな田舎の村にっ!?」


 慌てて立ち上がりながら、バッカスはまさかの獅子王レオルの登場に驚きの声を上げる。だがすぐに何かを思い出してニヤリと笑った。


「そういやあんた、相当強いらしいな? 隊長とタイマンして互角だったって聞いてるぜ? 俺は《 竜殺者戦士隊(ドラゴンスレイヤーズ) 》 の【 五龍 】バッカス。あんたには前から一度お手合わせ願いたいと思ってたんだけど、まさかこんな場所でその夢が叶うとはなぁ」

「……グレイブニルのところのガキか。雑魚には用はない、失せろ」

「おいおいおいおい、俺のこと知りもせず雑魚扱いは無いんじゃない? せっかくの機会なんだ、手合わせしてみて俺の腕を確かめてみてくれよ。もっとも──つい殺しちまうかもしれねぇけどな」

「貴様のお遊びの相手をするほどオレは暇じゃないんだ。さっきの雑魚みたく飛ばされたくなければ今すぐ消えろ」


 二人の間に、一気に緊張が高まる。

 バッカスが腰に差していた剣の柄に手を触れる。強者と戦える喜びから、口元が自然と歪む。

 何かきっかけさえあれば、二人は瞬時に激突しただろう。だが──結果として衝突は発生しなかった。


「ちょっと待った!!」


 二人を引き止めたのは、若い男性の声だった。邪魔をするのは何者かと、二対の瞳が若者を射抜く。

 だが、強者二人の鋭い視線を浴びても若者は一切動じる様子はない。それもそうだろう、彼もまた──わずか半年ほどでSランク冒険者にまで駆け上った実績を持つ、生ける伝説的な存在であったのだから。


「あぁん? 誰だおめぇ?」

「──ウタルダス・レスターシュミットか」


 獅子王レオルに名を呼ばれ、若者──ウタルダスは片手を上げて応える。

 そう、やってきたのは《 愚者の鼓笛隊フールズ・オーケストラ 》のリーダーであるウタルダス・レスターシュミットであったのだ。

 しかも彼だけではなく、彼のパーティメンバーも遠くから遅れて駆けつけてくる姿が見える。


「ほぉー、あんだが噂の【 愚者の王 】ウタルダス・レスターシュミットかい。いやぁたまんないねぇ、極上の強者が大集合じゃねえか! なぁウタルダスさんよ、せっかくだからあんたも俺の相手してくれねぇか?」

「……獅子王、勝手に野蒜ノビルを置いていくなよ。あの子ずっと泣いてたぞ?」

「もはやあやつは貴様のパーティメンバーだ。オレは感知せん」

「ははっ、そんなんだから野蒜ノビルが怒るんだよ。もうちょっとあの子の気持ちを慮ってあげなよ?」

「ふん。貴様に指図される筋合いはない」

「そう言わずに、あとで野蒜ノビルとちゃんと話し合えよ」

「おいおいおいおい、ちょっと俺のこと無視すんなよ!」


 自分を完全に無視して話を進める二人に、バッカスが思わず抗議の声を上げる。だがそれでも、注目がバッカスに戻ることはなかった。

 何故ならば──新たに別の乱入者が出現したからだ。


 現れたのは、場違いなまでに華麗な雰囲気を醸し出す紫色アメジストの髪を持つ美しき令嬢だった。側には黒いドレスを着た白銀色シルバーブロンドの髪をなびかせる美少女を従えている。

 アメジストの令嬢は、吊り上がった瞳をさらに鋭くして獅子王レオルを睨みつけると、薔薇のように可憐な唇をゆっくりと開いた。


「獅子王レオル、レディを置いて勝手に突き進むとは失礼ではなくて?」

「……ラティリアーナ、貴様は野の獣に礼儀を問うのか?」

「それもそうですわね、では獣の躾は今後の課題と致しましょう」

「躾の際にはお手伝いします、お姉様!」

「きみは──もしかしてマンダリン侯爵令嬢のラティリアーナかっ!? どうしてこんな場所に……」

「あーら、どなたかと思いましたらウタルダス様ではございませんか。ご機嫌麗しゅう」

「おいおいおいおい! だからお前ら俺のこと完全無視して勝手に話を進めてんじゃねーよ……なっ!?」


 絶叫しかけたバッカスだが、自分の喉元に何か違和感を感じて動きを止める。視界の隅に、白銀色シルバーブロンドの輝きを見た。


 違和感の正体は、いつのまにかすぐ側に立ったティアの、刃のように鋭く伸びた爪であった。気がつくとバッカスは、ティアによって喉元に刃物を突きつけられた状態になっていたのだ。


「お前──煩い。お姉様のお話の邪魔はするな」

「なっ……て、てめぇ……」

「ティア、おやめなさい」

「わかりました、お姉様」


 ティアは爪を引っ込めると、すぐにラティリアーナの隣に舞い戻る。Sランク冒険者チーム《 竜殺者戦士隊(ドラゴンスレイヤーズ) 》 で【 五龍 】の地位にある自分が反応すらできなかったことに、バッカスは軽い衝撃を受けていた。

 とはいえ、今は目の前に極上の獲物がいるのだ。バッカスはすぐに気を取り直すと、改めて獅子王レオルに剣を突き出す。


「……ちっ、まあいい。そんなことより俺とりあおうぜ、獅子王レオルさんよぉ!」

「そこまで死にたいか小僧。ならば容赦はせんぞ?」


 ところは今度はラティリアーナが二人の間に割って入る。その瞳は、強い意志がまるで炎のように煌めきを放っていた。


「おやめなさい、獅子王レオル。わたくしたちに無駄な時間などありませんわ。それとも──あなたにとってはアレと戦うことが何よりも大事なんですの?」


 言われた方の獅子王は、肉食獣さながらに牙を剥き出しにしたものの、それもわずかの間で……すぐに全身から力を抜いた。それまで全身を覆っていた覇気が一気に霧散する。


「……たしかに貴様の言う通りだな、ラティリアーナ」

「レディに貴様呼ばわりはありえませんわ、獅子王レオル」

「ふん、獣に礼儀を問うなと言っておるだろうが」


 いかにもか弱に見える美しき貴族令嬢が、問答無用の力の権化と言われたSランク冒険者″獅子王″を止めた。これまで二度も獅子王に打ちのめされた経験があるウタルダスには到底信じられない光景だった。今まで見たこともない彼の様子に驚きを隠せずにいる。


「ラティリアーナ、君はいったいどうやって獅子王レオルを従わせて……」

「従わせてなどいませんわ。ただ──志を共にしているだけですわよ」


 獅子王は、彼女の言葉に肯定こそしないものの否定はしなかった。それだけで十分だった。彼がラティリアーナを受け入れている証拠に違いないのだから。

 獅子王と志を共にする。それがどれだけ驚くべき事実なのかを、果たしてこの令嬢は知っているのだろうかとウタルダスは考える。

 一匹狼でどんな権力を持ってしても制御不能。ただ純粋な強さだけでSランクまで到達した最強の獣人である獅子王レオルが、ただの貴族令嬢に過ぎないラティリアーナのことを認めているのだ。

 かつては″オーク令嬢″と悪名高かったラティリアーナが、わずか数ヶ月でこうも変貌を遂げた。この子は一体──。


 驚きを隠せないままウタルダスはラティリアーナに視線を向けると、彼女は今度はバッカスに向かって語りかけていた。


「そちらの──臭そうな鎧を着た男の方、お話はわかりまして? 諍いはこれでもう終わりですわ」

「バッカスだよ! く、臭そう? クンクン、別にそんなに臭くないぜ?」

「臭いですわ。ですからさっさとここから立ち去って、お風呂にでも入ってくださいます?」

「おいおいお嬢ちゃん! せっかく盛り上がってきたのにそりゃねぇだろっ!?」

「あなた、お子様ですわね。少しは大人になられたらどうですの? 今時の子供でももう少し言うことを聞きますわよ?」

「なっ!? なんだとぉ!?」

「──そのお嬢さんの言う通りだぞ、バッカス」


 ふいに聞き慣れた──荘厳な声に名を呼ばれ、バッカスが弾かれたように後ろを振り返る。


「た、隊長……」

「お前は俺の指示を無視して、こんなところで何をやってるんだ?」


 彼に声をかけてきたのは、《 竜殺者戦士隊(ドラゴンスレイヤーズ) 》 の隊長であるグレイブニル・サンダースであった。その背後には、他の隊員たちも続いていた。




 ◆◆




「はい、これで治療は完了ニャン。でも念のため今日一日は大人しくしてるニャン」

「す、すまねぇ……猫獣人のお嬢ちゃん」

「ノビルにゃん。治療のことは別に気にすることはないニャン。獅子王様の後始末はいつもウチのお仕事だったニャン」

「は、はぁ……」


 今やウタルダスたち《 愚者の鼓笛隊フールズ・オーケストラ 》の一員となった野蒜ノビルが、獅子王に殴られた隊員の治療を終える頃──。

 バッカスは、隊長であるグレイブニルに説教されていた。


「俺はキャンプの準備をしろと指示したはずなんだがな。お前はここで何をやっている?」

「いや、なんというか……暇だったんで先に仕事を終わらそうかと。そしたら獅子王がいたんで、つい……」

「指定の時刻は三日後の正午だ。決め事を勝手に破るな。しかもSランク強制依頼中の他のSランクチームとの戦闘行為はご法度だ。仕掛けた方は他のSランク全員からの制裁が下されることになっている」

「なっ!? そんなルール知りませんよ!」

「だったら覚えとけ。そして二度と抜け駆けはするな。もしお前から仕掛けてたら、俺は本気でお前を潰さなきゃいけなくなるからな」

「ええー、そんなー……」


 バッカスがグレイブニルに怒られているすぐ近くでは、ウタルダス・レスターシュミットが獅子王レオルとラティリアーナに語りかけていた。


「獅子王レオル、あんたはなんで野蒜ノビルを置いてガルムヘイムへ? それにどうしてラティリアーナもここに……」

「……ふん」

「この愚かな獣は、自分の手で生まれ故郷のこの街に引導を渡したうえで、そのまま心中つもりでここに来たんですわ」

「なっ!?」

「おい貴様、なにベラベラと勝手に──」

「ですから令嬢に貴様呼ばわりはいけませんわ。あとウタルダス様、ご安心ください。この獣が考えるような事態にはなりませんので」

「えっ? それはどうして──」

「なぜならわたくしたちは、ガルムヘイムを苦しめる『黒死蝶こくしちょう病』を撲滅するためにこの地に来たのですから。そしてその努力はようやく、実を結ぼうとしていますの」

「な、なんだって……!?」


 隊員の治療を終えた野蒜ノビルが、いつのまにやら獅子王レオルの近くにやってきて、泣きながらポカポカと殴りつける。そんな彼女を優しく撫でる獅子王。

 再会を果たした二人の横で、ラティリアーナはウタルダスに告げる。


「ウタルダス・レスターシュミット。あなたのパーティのお力をお借りしたいですわ」

「……そ、そりゃ貸せるものは貸すけど、一体どんな──」

「詳しく話している暇はありませんが、わたくしたちは前世の記憶を持つ方を探しています。ですので、あなたのパーティにいるその方・・・のお力を──知恵を拝借したいのですわ」

「な、なんで君がそのことを──」

「うるせーーーっ!!」


 突如鋭い怒鳴り声が聞こえ、二人の会話を遮る。それまで大人しくグレイブニルに怒られていたバッカスが上げた叫び声だった。


「俺はなぁ、大人しくしているのが我慢できなかったんだよ! どうせこの村はあと三日で滅びるんだろ! だったら先に俺が皆殺しにしたってなんの問題も無いじゃねえかっ!」


 ビキッ。

 バッカスの暴言に、再び獅子王レオルの全身から凄まじい覇気が一気に溢れ出す。


「小僧──言葉に気をつけろと言ったはずだ。オレはSランクなどというものには興味がないし、下らないルールに縛られる気もない。殺すと言ったら問答無用で殺すぞ?」

「うるせぇこのケダモノヤローがっ! だったらお前が先に死んどけやっ! ……そうだ、そうしようや! 獅子王レオルよ、もう俺は我慢できねぇんだよ! だからやっちまおうぜ?」


 バッカスの瞳に浮かぶ暗い光。

 彼は明らかに獅子王を挑発していた。挑発して先に手を出させることで、自己の正当性を保ちながら獅子王との戦闘に持ち込もうとしていたのだ。

 ゆえに彼は──獅子王レオルが一番キレるであろう言葉を投げ放つ。


「なぁ獅子王や。ここいらにいるはずの半病人の薄汚いケモノビトもろとも──この俺がまとめて″浄化″してやろうか?」



 パアァン!

 響き渡る、小さな破裂音。


 その場にいた一同は見た。

 ラティリアーナが、バッカスの頬を平手で打つ姿を。


 いきなり頬を叩かれて呆然とするバッカス。ラティリアーナは紫色の美しき魔力を全身から放ちながら、堂々と言い放った。


「お黙りなさい愚か者。それ以上の暴言はこのわたくしが許しませんわ」

「なっ……きさっ!?」

「あなた、本当にお子様ですのね? でも、どうしても喧嘩がしたいというのでしたら──」



 ラティリアーナはどこから取り出したのか、バラの刺繍が施されたハンカチを取り出すと、小さく折りたたんでバッカスに投げつける。胸に当たって地面に落ちる様子を唖然としながら見つめるバッカスに、ラティリアーナは指を突きつけ堂々と宣言した。


「──その喧嘩、わたくしが買いましてよ?」



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