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42.獅子王

 陰鬱な気持ちのまま舞夢マイムと聖光園に戻ってくると、中から激しく言い争う声が聞こえてきた。あの声は──もしかしてリリスと江来座エライザさん!?


「どうしてだよ、なんでダメなんだよ!?」

「それだけは受け入れられないみゃあ! 獣人族の尊厳に関わるみゃあ!」


 慌てて部屋の中に突入すると、怖い顔をしたリリスと今にも泣きそうな江来座エライザさんが睨み合っていた。どうゆうこと? 温厚そうに見える2人がこんなに争うなんて……。


「あれれ、どうしたんですか?」

「マスター、いかがなさいました?」


 同じタイミングで帰ってきたティアとモードレッドが思わずといった感じで声をかける。するとリリスが憮然とした表情のまま答えた。


「……火葬してたんだよ」

「火葬?」

「うん。ここの獣人たちは、亡くなった人たちをすぐに火葬してたんだよ」

「ガルムヘイムでは、亡くなった人の魂を天に送るために火葬にしますみゃあ。それが私たちの風習みゃあ。それをリリスさんは──」


 言い淀む江来座さんの様子に、ふいにリリスが考えていたことに気付く。まさか、リリスは……。


「リリス、あなた″解剖″するつもりでしたの?」

「……そうだよ」


 リリスの言葉に、俺の全身は一瞬で鳥肌立つ。こいつはそこまでして──そこまでの覚悟を決めてこの病に挑んでいたのか。


「今回の『黒死蝶こくしちょう病』の原因について、いくつか推論がある。それを確認しようにも、亡くなった方にいくら【 全文検索フルサーチ 】の能力を使ったところで『黒死蝶病による死者』としか出ないんだ。それもそうだろうね、なにせボクのこの能力は見えてる部分・・・・・・にしか作用しない・・・・・んだから。そしてその範囲では、この病の原因を突き止めることはできない。だけど──」


 ぎゅっと、リリスが拳を握りしめる。


「直接見て【 全文検索フルサーチ 】をかければ、なにか分かるかもしれない。だけどそうするためには──亡くなった方の体の中を直接この目で見るしかないんだ。本当にキツいんだけどね」

「亡くなった方を解剖するなんて、獣人に対する冒涜以外のなにものでもないみゃあ!」

「それは何度も聞いたから分かってるよ! それにボクだって本当はそんなことしたくない! 血を見るのだってイヤなんだ! だけど……そうしないとこの悪魔の病の正体が分からないんだよ!」

「そ、それは……」

「今日だけで5人死んだ! 新たに4人担ぎ込まれてきた! このままだとキミたちは全滅しちゃうんだよ!? それでもいいのっ!?」

「た、たとえそうだとしても……亡くなった人たちは火葬されることで天に召されると信じて旅立ったみゃあ! そんな思いで死んでいった人たちの体を……私たちが勝手に切り刻むことなんてできないみゃあ!」

「この、バカっ! 死んだ人と生きてる人のどっちが大事なのさ!」

「どっちも大事みゃあ!」


 2人が喧嘩した理由。いや、これは喧嘩なんていう言葉では言い表せないくらい真剣で、だけど深刻な意見の相違だった。どちらも正しいがゆえに、正解などない。どちらか一方が正しいなんて、誰も言えないんだから。


 完全な膠着状態。

 この状況を打破したのは、新たな登場人物の存在だった。


「だったら……わしの体を使うワオン」

「えっ?」


 急に背後から声をかけられて振り返る。入り口に立っていたのは──舞夢の叔父さんである度以来ドイルさんだった。妙に顔色が悪い。しかも肌に浮かんでいる黒点は、まさか……。


「お、叔父様!?」

「ドイルさん、今のはどういう意味みゃあ?」

「文字通りの意味だワオン。なにせワシも──どうやら『黒死蝶こくしちょう病』に感染してしまったらしいワオン」


 なんと──いうことだろうか。

 まさか、舞夢の叔父さんまで感染してしまうなんて。


「ウソ……ですワン! 叔父様が……感染なんて」

「本当だワオン。ここ数日体調が悪かったのだが……どうやらワシにも天のお迎えがきたワオン」


 苦しそうに息をしながら度以来さんが腕を捲ると、そこには黒い斑点がたくさん発生していた。しかもよく見ると、お腹もだいぶ膨らんでいる。これまで何人も見てきた黒死蝶病の末期症状だった。


「エライザや、ワシはあとどれくらい持つのかワオン?」

「……これまでの例ですと、もってあと1日だみゃあ」

「ワシが良いと言えば、解剖は許可されるかワオン?」

「ドイルさんが良いのでしたら……でも、ガルムヘイムのしきたりに反しますみゃあ。天に召されることができないかもしれませんみゃあ」

「ふん。このまま何もなさずに死んでしまった方が、十年前に死んでしまった妹に合わす顔がないワオン。なにせ、あやつの娘がわざわざ素晴らしい方々をお連れして、ワシらを救いに戻ってきてくれたんだからワオン……」

「叔父様……」


 度以来さんが優しい眼差しで舞夢に微笑む。たぶん10年前に亡くなってしまったという妹──舞夢の母親の面影を見ているんだろう。


「″千眼の巫女″リリス様、どうかこのワシの体を使ってくだされ。そしてラティリアーナ様……マイムのことを頼みましたワオン」

「……ありがとう。あなたの貢献は、決して忘れない」


 リリスが涙を流しながら度以来さんに頷き返す。

 そして俺は──。


「……ええ、わかったわ。あとはお任せなさい。わたくしたちがきっと、この国を救ってみせますわ」


 泣きじゃくる舞夢を抱きしめながら、度以来さんにそう誓ったんだ。





 ◇◇





 一夜が明けて、今日はまた別の場所を確認しにいくことになっていた。

 ガルムヘイムに残された時間は、あと三日。結局ほとんど眠ることが出来なかった。リリスが徹夜で病気について調べていたので、俺たちも江来座さんを手伝いながら眠れない夜を過ごしたんだ。


 この夜、新たに3人が亡くなった。黒い蝶が羽ばたく様子は、まるで悪魔が俺たちのことを嘲笑っているかのようだった。

 度以来さんはまだ生きていたけど、意識が朦朧としていた。たぶん、今日を越すことはできないだろう。すごく……すごく無念だ。


 調査に当たり、リリスが新たにガルムヘイムで水や生物、野菜なんかにも触れることを徹底的に禁じた。

 もともと飲み食いは禁止されていて、空間魔法で保存していた飲食物のみを取るよう厳格に運用していたのを、さらに厳しくした感じだ。おそらくリリスには″悪魔の病″の正体についてある程度の目星がついているのだろう。だけど言わないのは……確証がないから?


 非常に重苦しい雰囲気の中、今日も調査に出かける。メンバーは昨日と違ってティアとモードレッドの3人だ。舞夢は度以来さんの看病で残っている。

 はたして今日は何かヒントを見つけることが出来るのだろうか。陰鬱な気持ちで″聖光園″を出て、しばらく町の中心部を歩く。


 ──道の中央で仁王立ちしている人物を見つけたのは、そのときだった。

 長旅用のマントにフードを被っていることから顔貌は分からないけど、遠目にもずば抜けて高い身長と強靭そうな骨格が見て取れた。体形的にはおそらく男性だろう。


「あれは……誰でしょうか? 住人ですかね?」

「ティア様、あの人物の服装から旅人のように見えます。しかも体格的にかなり鍛えられているようです。おそらく──冒険者である可能性が高いと推測されます」


 モードレッドの分析に同感だ。あの人物はおそらく冒険者だろう、とはいえ、もはや死にゆく町となったガルムヘイムに冒険者がいること自体が驚きなのだが。


 近寄ってみて話しかけてみるか。悩んでいるうちにどうやら先方もこちらに気づいたようで、向こうの方から近寄って来る様子が見えた。


「お姉様……あの男になんだか不穏な気配を感じます」

「はい、どうやら相手は臨戦態勢を整えているようです。こちらも迎撃しますか?」


 だが返事を返すよりも早く、旅人風の男は素早い動きで目の前までやって来ていた。まるで隙がない。フードの奥から鋭い眼光だけがのぞき見える。背中に背負うのは、巨大な大刀。美虎ミトラが持っていたものよりふた回りは大きい。まるで巨大な鉄板だ。


「貴様ら……何者だ?」


 冒険者から発されたのは、重く圧迫感のある男性の声。おそらく壮年であろうか、渋く低い声にはかなり敵対的な色を含んでいる。

 だけど、こんなときにもブレずに発動するのがラティリアーナ節だ。


「それはこっちのセリフですわ。わたくしはラティリアーナ・ファルブラヴ・マンダリン。冒険者チーム《 紫水晶の薔薇アメジスト・ローズ 》のリーダーですわ。こちらにいるのはメンバーのティアとモードレッド。それで──あなたのほうこそ、なにものですの?」

「オレか? オレは……″獅子王″。この国の出身者で、しがないソロの冒険者だ」


 ″獅子王″と名乗った男がフードを外すと、現れたのは──黄色と白の毛に覆われた獅子の顔。舞夢や美虎みたいな耳だけ獣のタイプと違って、こいつは獅子そのものの顔だったのだ。あまりの強面にティアが思わず「ひっ!」と悲鳴を上げる。


「それで、貴様らはなぜこの地にいる? ここは我らが獣人の国。人族や──魔族なんぞが来ていい場所ではない」

「ふんっ、あなたに言われる筋合いはありませんわ。わたくしたちは『 黒死蝶こくしちょう病 』からガルムヘイムを救うために此処に在るのですから」

「あの病からこの国を救う……だと?」


 獅子王の瞳に一瞬で炎が宿る。これは──怒りなのか?


「貴様らなんぞに何ができるっ! オレたちはな、数百年もこの地でずっとあの病に踊らされて来たんだぞ? それを救うなど……貴様らは神にでもなったつもりかっ!?」


 ビリビリビリッ! 空気を切り裂くような怒声と足腰を打ち砕くかのような覇気を受け、思わず全身が震える。これは──恐怖? 驚いたことに、全身の肉体が目の前の生物に恐怖を覚えているのだ。

 な、なんなんだこいつは……。


「あの男……すごく強い」

「恐るべき戦闘力の持ち主です。恐らくあの──ウタルダス・レスターシュミットより強いでしょう」


 モードレッドの言葉に戦慄する。あの──Sランク冒険者のウタルダスより強いだって? かつて俺を圧倒したウタルダスよりも強いとなると、この男は……。


 そういえば聞いたことがある。

 たった1人でSランクに到達した、最強の獣人の噂を。


 その男は、冒険者たちから″獣王″と呼ばれていた。獅子の頭を持つ大柄の男性獣人であり、強い相手を見つけては戦いを挑む修羅のような男であると。


 まさか、目の前のこいつは──。


「ふん。″獣王″ともあろうものが、可憐な乙女に脅しをかけるなんて、いつから野生のケダモノに落ちぶれまして?」

「ほう……オレの覇気を受けてもそんな減らず口が叩けるのか。たいした胆力だな、ラティリアーナとやら。だがその名で呼ぶのはやめてもらおうか。今のオレはただの……″獅子王″なのだからな」


 獅子王がそう口にしたとたん、それまで圧迫されていた覇気が急に収まり、ティアとモードレッドからガクッと力が抜ける。

 俺もかなり覇気の影響を受けていたんだけど、そこは天下のラティリアーナ節。まるで意に介した様子も見せずに、いつものように高飛車な口調で獅子王に問いかける。


「それで、獅子王と名乗るあなたはここに何しに来たのです?」

「オレか? オレはなぁ……」


 獅子王の瞳に暗い光が宿る。


「この国の全てをオレの手で終わらせるために、わざわざ舞い戻ってきたのだよ。死の病が蔓延したこの国を、な」





 ◆◆





 ドラグランド王国。

 別名──竜王国とも呼ばれるこの国は、極めて厳しい山々がそびえ立つドラグーン山脈地帯に存在する国家であった。高度が高いためか、土地は痩せ冬は寒く、人々は厳しい生活を余儀なくされていた。

 だが、この地方には人々を最も苦しめている恐るべき存在があった。それが──ドラゴンである。


 龍または竜呼ばれるドラゴンは、なぜかここドラグーン山脈地帯に数多く存在していた。トカゲに近い小さなものから、数十年や数百年生きた個体までおり、時折ドラグランド王国近くに出現しては、人々の生活に大きな爪痕を残していた。


 だが、人々も黙ってドラゴンたちの出現を受け入れているわけではなかった。人々も、龍に対する対抗手段を取ったのである。


 ドラグランド王国は厳しい環境であることから、屈強な体躯を持った住人たちが多かった。その中から選りすぐられた存在が部隊を編成し、里に出没した龍の討伐をし始めたのである。

 これが──ドラグランド王国の誇る超戦士集団、《 竜殺者戦士隊ドラゴンスレイヤーズ 》が誕生した経緯である。


 ゆえに、およそ50名ほどからなる《 竜殺者戦士隊ドラゴンスレイヤーズ 》の隊員たちは全員が屈強な戦士であった。彼らの序列は純粋に武力だけで決められ、最も強いものが隊長としてこの戦士隊を指揮していた。

 そして──戦士達の上位5名が『 五竜将 』と呼ばれ、Sランク冒険者として登録されていたのである。


 そして今──《 竜殺者戦士隊ドラゴンスレイヤーズ 》の『 五竜将 』は、他に20名ほどの隊員を連れて獣人の国ガルムヘイム近くまでやってきていた。Sランク強制依頼を受けてだけでなく、隊員を連れ実質″ドラグランド王国軍″としてこの地にやってきていたのだ。



 ドラグランド最強の戦士であり、隊長である『一龍』グレイブニル・サンダースは、ガルムヘイムの街が見下ろせる場所に陣を構えていた。かつて巨龍との戦闘で潰された右眼を指で掻きながら、部下達に言葉少なに指示を送る。


「この付近ですら『黒死蝶こくしちょう病』に感染する危険性はある。全隊員、この地の水や食料には手をつけるな。加えて極力野生生物や地面との直接接触も避けるようにキャンプを張れ」

「はっ!」「へい」「あいよ」


 グレイブニルの指示に従い、隊員達がテキパキと陣を構える。言葉は荒いが、彼らの動きは組織として鍛えられた印象を与える。


 だがその輪から抜け出して木の枝で寝転ぶ若い男の姿があった。彼がサボってることに気づいた他の隊員が声をかける。


「『五龍』のダンナ! サボってるのバレたら隊長にどやされますぜ!」

「そうですよ、手伝ってくださいよぉバッカスさん!」

「うるっせぇなぁ……」


 バッカスと呼ばれた男は木から飛び降りると、音もなく着地する。

 彼は《 竜殺者戦士隊ドラゴンスレイヤーズ 》においてナンバー5である『五龍』の地位にあった。若くしてトップランク入りを果たしたバッカスは高い戦闘能力を持ち、次期隊長に最も近いのではないかと噂されていた。だが彼には1つ大きな問題もあった。極めて残忍で、情け容赦が無かったのだ。

 加えてもう一つ、彼にはある噂があった。それは──。


「俺はよぉ、キャンプを張るなんてめんどくさいことは大っ嫌いなんだよ」

「いやバッカスさん、そうは言いますが隊長が……」

「隊長隊長うっせーな! んなことよりよ、さっさとあの村を殲滅すりゃいいんじゃねえか?」

「それは……流石にまずいんじゃないでしょうか? 国からの指示にあった指定の日まではあと三日ありますからね」

「んなの無視だ無視! お前らだってこんなとこでキャンプしてるよりさっさと帰りたいだろ?」

「そ、それはそうですが……」

「だったらよ、俺にいい考えがある」


 バッカスは、まるで竜のようだと例えられるどう猛な笑みを口元に浮かべる。


「俺たちで、獣臭い獣人どもを先に皆殺しにしちまうってのはどうだ?」


 バッカスはニヤリと笑いながら、腰に差していた剣に手をかけた。そのまま『 五竜将 』にだけ与えられるAランク魔法具マギアの一つ、【 竜牙剣 】を抜く。


「バッカスさん、それはさすがにまずいんじゃ……」

「どうせ何日待とうが状況なんて変わりゃしないんだ。だったら先に俺たちが殺っちまっても問題なんて無いだろう?」


 側に控えていた隊員は、バッカスの発言に背筋が凍る思いを抱く。隊員は彼にまつわる一つの恐るべき噂を思い出していた。

『【 五龍 】バッカスは、実は『人殺し』が大好きらしい』

 という噂を。


「どうせこの田舎の村の獣どもは全員死ぬ運命なんだ。だったらこの俺が──病に変わって一足先に皆殺しにしてやるさ」


 いかにも仕方なさそうにそう口にするバッカスの目は、心底楽しそうに笑っていた。


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