38.乱入!
4カ国連合から、国軍およびSランク冒険者に″ガルムヘイム浄化令″が令達された。
それは、現在のこの世界における最高最大の軍事力が一堂に集結し、ガルムヘイムを焼き尽くす判断を下したということを意味していた。
「あぅぅぅぅ……」
その話を聞いた瞬間、舞夢が泣きながらその場に崩れ落ちた。すかさずティアとモードレッドが支えてあげているものの、とてもではないが立ち上がれそうもない。それほどに彼女は強いショックを受けていた。
「そこまで……するのか」
普段はおちゃらけたリリスでさえ、そう呟きながら顔面蒼白となっている。
だけど俺は違った。
耐え難い怒りが心の奥を渦巻いていた。
「そんなこと……許せませんわ!」
気がつくと俺は、そう口走りながら私室を飛び出そうとする。慌てて俺の腕を掴んでくるパパ侯爵。
「ま、待つんじゃラティリア!」
「煩いですわ!」
ガンッ! 反射的にパパ侯爵の腹を思いっきり殴りつけた。鳩尾に入って悶絶しているパパ侯爵を横目に、そのままマンダリン侯爵家を飛び出していく。ゴメンねパパ!
「待って! ラティ!」
「ティアもついていきます!」
「私も援護します」
後ろを振り返ると、リリスたちも後をついてきていた。かまわず俺は、無我夢中で王宮に向かって駆け抜けていった。
◇◆
冒険者ギルドでの《 キューティー・アンデッド・ダンジョン 》についての聞き込みがようやく終わり、ようやく一息をついていたアーダベルトたち一行のもとに、急遽イシュタル国王の使いがやってきて王宮への呼び出しを告げた。
「どういうことかしら?」
「もしかして……ダンジョン攻略の褒賞でSランク昇格じゃね?」
「そいつぁすげえですぜ! 史上最速でのSランク認定になるんじゃないですか?」
クラヴィスやダスティが思わず喜びを露わにする。なにせSランク認定は必ず王家からなされることから、このタイミングでの呼び出しはSランク冒険者への昇格以外考えられなかったのだ。
「そうか……ついに僕たちもSランク冒険者になれるんだね」
「ははっ! アーダベルトと組んで良かったがるよ。一人だったら万年Bランクだったがるよ」
ただ、あまりに急な呼び出しにアーダベルトは少し危惧していたのだが、普段は慎重派の美虎でさえ喜んでいたので、それ以上深く考えることは無かった。
はたして、実際に彼らが王宮に登城し、イシュタル国王アレス四世から言い渡されたのは──。
「アーダベルト率いる《 自由への旅団 》を、余はSランク冒険者チームとして認定するぴょん」
というものだった。
言い渡された瞬間、歓喜の表情に包まれるアーダベルトたち。彼らが結成からわずが数ヶ月で、冒険者の頂点であるSランクに到達した瞬間だった。
これは過去最速だったウタルダス・レスターシュミット率いる《 愚者の鼓笛隊 》に匹敵する速さである。まさに偉業、生ける伝説の誕生の瞬間。
だが──直後にイシュタル王から伝えられた言葉に、一同は凍りつくこととなる。
「続けて汝らに命ずるぴょん。これはSランク冒険者への4カ国連合による強制依頼ぴょん」
「強制依頼……ですって?」
ルクセマリアが思わず反応するのも無理はない。なにせSランク冒険者強制依頼など、過去の歴史を見ても数えるほどしかなかったからだ。
なにせ、Sランク強制依頼を発動するには、利害関係がまったく合致しない4カ国の王が同意する必要がある。通常いがみ合うことが多い大国同士が、利害関係を無視して意見が一致することなど稀有な例だ。
実際、このような事例は直近でも、邪竜による世界的被害が発生した数年前まで遡る。
四大大国が、一致団結して打開しなければならないほどの事態が、このタイミングで起きたというのか。ルクセマリアは無意識のうちに戦慄する。
「お父様……いえ、イシュタル国王。それはいったいどのような依頼なのです」
「うむ。お主たちが対応すべき依頼はな──これから一週間後に行われる、とあるミッションに参加することぴょん」
「そ、そのミッションとは?」
「──獣人たちの住まいし都″ガルムヘイム″の街に赴き、そこにある全てを浄化すること、すなわち炎で焼き尽くすことぴょん」
「っ!?」
父親の口から発された言葉に、ルクセマリアは絶句する。彼女もガルムヘイムの存在は知っていた。だが焼き尽くすとは──。
「まさか……陛下、もしや『黒死蝶病』がまた発生したがるか!?」
美虎の祈るような問いかけに、イシュタル国王は苦渋の表情を浮かべて頷く。その様子を見て、美虎が絶望的な表情を浮かべながらその場に崩れ落ちた。慌てて彼女を支えながら、ルクセマリアが国王に詰め寄る。
「焼き尽くす、とは具体的に何をでしょうか」
「全てぴょん」
「全て、とは全ての建物、ということでしょうか」
「……そこに住まうものたちも含まれるぴょん」
「うっ!? それは……住人たちを皆殺しにしろ、ということなんですか?」
「──そうだぴょん」
あまりに酷い依頼内容に、ルクセマリアは絶句する。
四大大国の王たちは、Sランク冒険者に街を丸々一つ焼き尽くせと命じているのだ。
「そんなの……到底受け入れられないわ! それに、ガルムヘイムは美虎の故郷なのよ!」
「そんなことは知ってるぴょん。だが『黒死蝶病』が再び発生した場合にガルムヘイムの街を焼き尽くすことは、既に10年前から決まっていたことぴょん」
「そんな……そんなことって! じゃあ強制依頼を断ることはできないの?」
「それをした場合、汝らはSランク冒険者の資格を剥奪されるぴょん。その上で、二度と昇格することは無くなるぴょん」
Sランクの資格の剥奪。それだけはルクセマリアたちは受け入れることはできなかった。
なぜなら彼女たちは《 英霊の宴 》を目指していた。そこに至るための最低限の資格が″Sランク冒険者″である以上、資格を剥奪されるわけにはいかなかったのだ。
「ただし、この依頼を言い渡されてるのは汝らだけではないぴょん。既に他のSランク冒険者にも令達されてるぴょん」
「なっ!?」
驚きの声を上げるアーダベルト。
「エルエーレ神聖帝国からは《 聖十字団 》が、ドラグランド王国からは《 竜殺者戦士隊 》が、そして八都市連合連邦からは《 愚者の鼓笛隊 》が指名されているぴょん。そして我が国からは汝らが指名されたぴょん」
「そ、それだけの英雄たちが……こんな非人道的な依頼を受けるというの?」
「既に汝ら以外は全チーム受託したぴょん。中には現地に向けて出発しているSランクチームもいるぴょん。だから汝らも準備が整い次第旅立つぴょん。王都ヴァーミリアからガルムヘイムまでは、魔道自動車を使っても4〜5日はかかるぴょん」
「うぅぅ……」
涙を流しながら泣き崩れる美虎。ルクセマリアはこんなにも弱々しい表情で泣く彼女を初めて見た。いつもは雄雄しく強い美虎が、こんなにも弱っている。それもそうだろう、なにせ故郷を焼き尽くせと言われたのだから。
だけど、ルクセマリアには何も出来ない。それはリーダーであるアーダベルトも同様だった。苦渋の表情を浮かべ、受託すべきかどうか悩んでいる様子が手に取るように分かる。
だれか教えて。
あたしたちはどうすればいいの?
どうするのが正しいことをなの?
わからない。あたしには選択できない。
だれか──助けて。
そのとき──
「お待ちなさい!」
凛と響く美しい声と共に、謁見の間の扉が開かれた。
◆
陰鬱とした謁見の間に、まるで紫の花が咲いたかのように華やかな雰囲気が拡がってゆく。
ルクセマリアは知っていた。自分は人から″イシュタルの睡蓮花″などと呼ばれているが、本当に華がある人物は己では無いと。
真に華のある人物とは──彼女のような存在だと。
「ラティリアーナ!」
ルクセマリアは思わず叫んでいた。
それはまるで、救いを求める赤子のように酷くか弱く、頼りない声だった。
だけどラティリアーナは彼女の声を聞き流すことは無かった。世界中を敵に回そうと決して動じることのない不敵な笑みを浮かべ、ルクセマリアを一瞥すると、国王に向き直って口を開いた。
「イシュタル国王、その命令は少しお待ちになってくださらないかしら?」
だがイシュタル国王も負けてはいない。これまで見たことないような威厳を持ってラティリアーナに対峙する。
「ラティリアーナ、その願いは受け入れる事叶わないぴょん。これは4カ国同盟による決定事項ぴょん。1週間後には四つのSランク冒険者チームと4カ国の軍が、ガルムヘイムを焼き尽くすぴょん」
「では──逆に言うと、一週間は時間があるという事かしら?」
「まぁ……そうであるぴょん。だがお主は、そもそも己が接見の間に乱入してきた不埒者だという認識は持ってるぴょん? 貴族令嬢にあるまじき行いだぴょん」
「分かっていますわ、陛下。ですが──理不尽な話を聞き流すことが貴族の嗜みだというのであれば、わたくしはそんなもの、この場で捨て去ってやりますわ」
「ラティリアーナ様!」
アーダベルトが、ラティリアーナの言葉に雷に打たれたかのように激しく震えた。ぶるぶると手を握り締めながら、ラティリアーナを見つめる瞳は──。
「ラティリアーナよ。不敬罪は死刑だぴょん? 分かってるぴょん?」
「ならば陛下。このわたくしに──死刑を賜り下さいませ!」
「なっ!?」
「死刑に代わり、死刑と同等の刑罰をこのわたくしに──疫病がはびこりしガルムヘイムへ、わたくしを追いやってくださいませ!」
「ラティ!」「お姉様!」「お嬢様!」
遅れて接見の間に飛び込んできたリリスたちに向き直るラティリアーナ。
「リリス、あなたの能力を使えばガルムヘイムを苦しめる『黒死蝶病』を調べることはできまして?」
「……分からない。だけど原因が分かればどんな病かは分析できるかもしれない」
「分析できれば、治療法もわかりまして?」
「可能性としては……だけどそんなの一週間でやるなんて無茶だよ!」
「でも──可能性はゼロではないのですわね?」
言質を取った、とばかりにラティリアーナが不敵に微笑む。リリスの方が鼻白むのを、ルクセマリアは見た。
「陛下、最後に一つ確認したきことがございます。もし──1週間後の作戦開始までに、病の原因が分かり、根絶できていたらどうなりますか?」
「それは……作戦が中止になる可能性があるぴょん」
「では答えが出ましたわ。わたくしたちはこれからガルムヘイムへ向かいます。『黒死蝶病』などという、わたくしの友を苦しめる病を追い払ってまいりますわ」
「ラティリアーナ様!」「お嬢様!」
ラティリアーナの発言に、美虎と舞夢が彼女の名を呼びながら大粒の涙を零した。ラティリアーナはこれまで見たことのないような可憐な笑顔を浮かべると、優しく二人の涙を拭う。
──そこには、かつて″オーク令嬢″と呼ばれたものの姿はもはや微塵も見られなかった。
強い意志をその瞳に宿した、誇り高く美しき貴族令嬢の姿がそこにはあったのだ。
「ラティリアーナ! 君はなんてことを……原因不明で不治の風土病が蔓延る場所だというのに!」
「これはわたくしたちの問題ですわ」
「だったら! 僕たちも命令を無視して──」
「それはお断りしますわ。アーダベルト様はSランク冒険者としての義務を果たしてくださいませ。ガルムヘイムは、わたくしたちのチームでなんとかしますわ」
アーダベルトが必死の表情で詰め寄るも、ラティリアーナは軽くあしらってしまう。だがルクセマリアはすぐに気づいた。ラティリアーナはアーダベルトたちを巻き込みたくないからこそ、こうも冷たくあしらっているのだと。
「そもそも──今回の件はわたくしたちのチームだけで十分ですわ」
ラティリアーナは、天の神々さえも見下すような光を瞳に宿したまま、盟友であるリリスの方を向き直る。
「リリス。あなた、わたくしに──付いてきてくれますわよね?」
「……まったく、しょうがないなぁ。ま、ラティをリーダーにした時点で色々諦めてはいたけどね。分かったよ、ボクなりに死力を尽くさせてもらうよ」
「お姉様、ティアもいきます!」
「私も同行します」
「お嬢様が行かれるなら、マイムも行きますワン!」
ラティリアーナを中心に出来上がる大きな輪を、ルクセマリアは心から羨ましく思いながら見つめていた。願わくば、自分もこの輪の中に入りたかったのに。
自分たちはSランク冒険者にまで到達した。なのに、なぜ自分は彼女に置いて行かれた気分になっているのだろう。
「あい分かった!」
パンっと、イシュタル国王アレス四世が膝を打った。
「ラティリアーナおよびお主のパーティ《 紫水晶の薔薇 》に、ガルムヘイム探索の許可を与えるぴょん! ただしこれは──不敬罪による罰であるぴょん。一週間後にはガルムヘイムに攻撃を仕掛けるゆえ、それまでの期間の刑とするぴょん!」
ざわり、王の命に謁見の間がざわめく。
「──刑罰、謹んでお受けいたしますわ」
「さらに、少しでも刑期を長くするために、王国最高の魔道自動車を貸し与えるぴょん。だから──すぐにでも旅立つぴょん」
「陛下の温情、感謝いたしますわ。……それではわたくしどもはさっそく刑を受けてまいりますわ」
すっと、来た時とはまるで対照的にラティリアーナは音もなく立ち上がると、他のメンバーを引き連れて謁見の間を立ち去っていった。
美虎が、涙を流しながらラティリアーナに最後まで頭を下げていたのが、ルクセマリアにはとても印象的だった。
「……さぁ、僕たちもすぐに行こう!」
王に頭を下げると、アーダベルトがすぐに立ち上がる。まだラティリアーナ登場の余韻から抜け出せない中、ルクセマリアが問いかける。
「行くって、どこへ?」
「決まってるさ、ガルムヘイムへだよ」
既に決意が固まった表情で、アーダベルトは彼のパーティメンバーに告げた。
「ラティリアーナに目を覚まされたよ。今はまだ分からないけど、きっとSランク冒険者であるからこそできることだってあるはずだ。だから……僕たちも行こう」
「ああ、そうだな。きっと猫獣人の可愛い子ちゃんがニャーニャー泣いてるよ。すぐに助けなきゃな」クラヴィスがニヤリと笑う。
「まー、Sランクの資格を捨てるのなんていつでもできやすからね。俺も行きますぜ!」ダスティが筋肉を盛り上げながら気合いを入れる。
「あたしも──行くわ! この場に留まることなんてできない!」美虎を抱きしめながら、ルクセマリアも頷く。
「皆……ありがとがる。あたしも精一杯やれることをやってみるがる!」美虎が涙を拭きながら立ち上がる。
そんなメンバーを見て、アーダベルトが最高の笑顔を浮かべた。そうだ。今は自分たちは悩んでる暇などないのだ。そんな時間があれば、一刻も早く現地に赴き、実際の状況をこの目で確認して、己がやるべきことを決めるべきなのだ。
アーダベルトの気分は晴れやかだった。もはや迷いはない。少なくとも、迷うべきは今ではない。
「行こう、ガルムヘイムへ!」
「おう!」
信頼すべき仲間たちが、彼の声に応える。
いまやSランク冒険者チームとなったアーダベルト率いる《 自由への旅団 》は、こうして──新たに気持ちを一つにして、危険な病が蔓延る地へと旅立つ決心をしたのだった。




