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【 断章 】″不死の王″の最期

 

 ラティリアーナたちを送り出したあと、たった一人となってしまったダンジョン最奥の地で、″不死の王″アスモデウスは大きく息を吐いた。


『はぁー、行ってもうたなぁ……』


 いくら率先して送り出したとはいえ、アスモデウスも元は普通の人間だ。強がっていても一人はやはり寂しい。なにせこのダンジョンに、彼以外に生きた存在はいないのだから。

 思い出されるのは、テイレシアと過ごしてきた15年の日々。それは彼にとって何よりも充実した日々だった。


『人に好かれることがなかったわいにとって、夢のような時間やったなぁ……』


 ”不死の王”の赤黒く輝く瞳が、わずかに揺れる。


 だが、アスモデウスが感傷に浸っていたのはほんの僅かな時間だった。元来お調子者で前向きな性格だった彼は、すぐ気を取り直すと一人っきりとなった部屋で大きなピンク色の椅子に座る。


『ま、きっとマコっちゃんならどうにかしてくれるやろ。わいはわいで、なんとかダンジョンマスターの権利を外す方法でも探してみるとするかいな』


  ──そのときだった。


 じりりりりりりりりりっ!


 静寂を打ち砕くように激しい警報音が鳴り響く。これはダンジョン内で異常事態が発生した場合にシステムが自動的に鳴らす″アラート″だ。

 異常事態とは、すなわち──ダンジョンの破壊。


『ウソやろ? システムで管理されたダンジョンを破壊することなんて出来るはずがないのに……』

「シッシッシ……そういった先入観はノンノン。ユーは世の中、出来ないことはナッシングと思わないのかい?」


 《 その存在 》は、一切の気配なくいきなり背後から声をかけてきた。驚いたアスモデウスが慌てて座席から飛び上がる。

 魔王級の能力を持ち、高度な察知能力を持つアスモデウス。その彼に気付かれずに室内に侵入し、なおかつ背後を取るなど到底ありえないことだった。

 だが現実に《 その存在 》はやってみせた。アスモデウスは全身に魔力を張り巡らせながら相手の姿を素早く確認する。


 ──それ・・は、ピエロのような恰好をした男だった。手には大きな鎌を持ち、ニヤニヤと笑みを浮かべている。

 明らかな不審人物。だがアスモデウスはこの男に見覚えがあった。正確には、前世の記憶の中に彼に関する情報があったのだ。


 《 死の道化師 》ラッキーラ・シャンバル。


 例のゲーム『ブレイブ・アンド・イノセンス』におけるイベントボスの一人である。


 ウタルダスを主人公に選んだ場合に出現するイベントボスがこのラッキーラだ。ゲームでは、彼に打ち勝つことでウタルダスが《 英霊の宴 》に呼ばれるようになる。

 それまでラッキーラはウタルダスの味方をしたり邪魔したりと不可思議な行動をとるが、最終的にはウタルダスに執着して命を狙って襲い掛かってくるのだ。ある意味で、ラティリアーナと同類であるといえる。


 このキャラの恐ろしいところは【 即死 】攻撃を放ってくるところだ。たとえレベルが高かろうが問答無用に一撃で削る《 死神の鎌 》を持つ。しかもこの攻撃は”不死”の能力を無視して発動する。ゲーム中でも裏ボス、ラスボスに次いでやっかいな相手だ。

 真偽のほどは確かでないが、一時期ウタルダスのパーティメンバーに入ることから、味方にできるルートがあるのではないかと一部ネットで噂になっていた。ただ、本来であればラッキーラはウタルダスに執着していたキャラのはずだったのだが……。


『……ラッキーラがなぜこんな場所に……』

「ホワーイ? なぜ”不死の王”がミーのことを知っているのかな? デモとっても光栄DEATHネー!」


 けらけらと笑いながら大鎌を手に近寄ってくるラッキーラ。これは戦闘になるのか。覚悟を決めたアスモデウスが右手を掲げた──そのとき。


「こらこらラッキーラ。あまり先走るんじゃないよ。彼はやっと・・・見つけた・・・・貴重な魔族の正規メンバー・・・・・・なんだからね」

「……オーマイガッ。ミーはなにもしてないよ、それって冤罪ネ!」


 穏やかな声が響き渡り、途端にラッキーラが手に持っていた大鎌を降ろす。


 新たに現れた登場人物は、黒髪の美女を引き連れた一人の少年だった。

 顔には……半分だけ仮面をつけている。だが黒い髪と黒く輝く瞳、それに整った顔立ちはまるで貴族の子息のように高貴な印象を与える。そして彼が連れている美女──髪の色は違うが、あれは誰かに似ていないだろうか。


 だがアスモデウスが一番驚いたのは、そんなことよりもこの少年が発した言葉のほうだった。

 彼はアスモデウスのことを『正規メンバー』と呼んだ。これは、ゲームにおいてアスモデウスがパーティメンバーになることを知っているものしか口にしない発言だ。つまりこの美少年も──彼やリリスと同様に『転生者』である、ということになる。

 加えて不気味なのは、アスモデウスがこの少年と美女の存在を知らない・・・・ことだ。それは、この二人がゲームの主要登場人物でない・・・・・・・・・ことを意味していた。


 なんなんや、この少年ガキは。存在がイレギュラー過ぎる。こいつとはどう接するのがベストなんやろか……。

 僅かな逡巡のあと、アスモデウスは決断する。


『……我は”不死の王”アスモデウス。我が砦へ何用だ。もし偶然紛れ込んでしまったのであれば、すぐに立ち去るがよい。さすれば命までは取らないでおこう』


 結局彼は、機転を利かして”不死の王モード”で対応することにした。この相手に、自分も転生者であるとバレないほうが良いと、直感的に感じたからだ。


 はたして黒髪の少年は、アスモデウスの隠し事に気づいた様子もなく、蔑んだ目を湛えたまま語りかけてくる。


「大丈夫だよ、アスモデウス。僕たちは敵じゃないから。ただお前に、僕たちの仲間になってほしいんだ」

『断る。命が惜しくばさっさと立ち去るがよい』


 少年の呼びかけに、アスモデウスは首を縦に振らなかった。この少年にとてつもなく不気味なものを感じたからだ。そして同様の感覚を、前世において一度感じたことがあることをふいに思い出す。もしかしてこの少年の中身は──。


「だよねー、しょうがないなぁ」


 そう口にしながら、まったく残念そうなそぶりも見せず少年は笑っている。どうやら最初から交渉などする気がなかったようだ。


「ラッキーラ、ランスロット。アスモデウスの動きを止めて」

「シッシッシ、ミーにお任せを」

「承知しました。マスター」


 ランスロットと呼ばれた黒髪美女の発言を聞いて、アスモデウスは気づく。そうだ、この美女はモードレッドに・・・・・・・よく似ている・・・・・・のだ!

 そういえばランスロットやモードレッドという名は『アーサー王伝説』の円卓の騎士たちと同じだ。己の記憶が正しければ、モードレッドという騎士はたしか──。


 だが彼にゆっくりと考えている暇はなかった。大鎌を構えたラッキーラと、右手を剣に変えたランスロットが襲い掛かってきたからだ。


 アスモデウスは右手に嵌めた指輪を触る。この指輪は”神代魔法具ディバイン・デバイス”の『魔王の指輪』。これを装備していると魔法攻撃を80%カットし、かつ魔法攻撃を200%に強化するという優れものだ。さらに今のアスモデウスにとって極めつけの強化ポイントもあった。それは、ダンジョンマスターとして召喚するモンスターのレベルを飛躍的に上げる、というものだった。


『──死霊魔法──【 トリック・オア・トリート 】』


 ~knock Knock Trick or Treat Who are you ?

 ~I'm ドラゴンゾンビ! I'm 死神騎士!


 召喚に応じて出現したのは、ゲームではラストダンジョンに出現するモンスターである”ドラゴンゾンビ”と、4本の腕にそれぞれ剣を持ったスケルトン”死神騎士”だ。しかも彼らは、アスモデウスが個別に強化を行った、秘密兵器と呼べる特別なモンスターたちだった。もちろん、先ほどラティリアーナたちの腕試しに召還したアンデッドとはけた違いに強い。モンスターレベルは実に89と91に達していた。


 だが、本気とも言えるアスモデウスの召喚モンスターを前にしても、ラッキーラとランスロットは動じた様子がない。


「シッシッシ。────昇天なさいゴートゥーヘヴン!【 死神の鎌 】」

「──すべてを斬り避け──【 エクスカリバー 】」


 次の瞬間、ラッキーラの巨大な鎌がドラゴンゾンビの首を跳ね飛ばし、ランスロットの剣と化した右腕が死神騎士を細切れに切り裂いた。


『なっ!?』


 この2体のモンスターは、通常の攻撃ではとても一撃では倒せない相手である。それを瞬殺とは……強い、強すぎる。アスモデウスは強い衝撃を受ける。


 ふとランスロットの剣と化した右腕に視線を止めた際、アスモデウスは更なる驚愕の事実に気づいてしまう。あの剣は──ラストダンジョンの手前にある隠しダンジョンで手に入る最強ランクの武器、Aランク魔法具マギアの《 エクスカリバー 》ではないか! それが右腕に埋め込まれているということは、やはりこいつらは──。


 だが、アスモデウスが思考するよりも早く事態は悪化していた。ずんっという鈍い音が聞こえ、アスモデウスの右腕がラッキーラの大鎌に、左腕がランスロットのエクスカリバーによって斬り飛ばされる。

 両腕を失ってバランスを崩し、倒れこんだアスモデウスの頭蓋骨を、黒髪の美少年が無慈悲に踏みつけた。


「ふふっ。これで実力差がわかっただろう? 無駄な抵抗はやめるんだね」

『き……きさまはなにものだっ!』

「僕? 僕はね──”人形遣い”さ。そして君も僕の人形になるんだよ」

『なっ!?』


 アスモデウスは見た。”人形遣い”のどぶのように濁った眼を。同時に、この”人形遣い”の前世の正体についても確信する。


 ──間違いない。こいつは【 四道しどう れん 】だ! 

 いつもクラス全体を蔑んだ目で見まわしていて、常にクラスで孤立していたあの男。世界をすべて憎んでいるような、孤独な瞳。絶対に見間違いようがない。たとえ転生したって、他のすべてを見下すあの眼は何一つ変わっていないのだから。


 だが同時に戸惑いもあった。なぜならアスモデウスは、彼──【 四道しどう れん 】こそが大魔王を殺した人物だと思っていたからだ。あんな残酷なことができるのは、こいつしかいないと半ば確信的にそう考えていた。

 ところが目の前にいるのは、魔族の国では見かけたこともない少年。仲間が遺した言葉とはまるで合わない造形。それが意味することは、つまり──こいつのほかに、大魔王を殺した真犯人がいるということ。


 アスモデウスは混乱していた。自分たちをこの世界に転生させるきっかけを作った、教室を爆破した犯人は、【 四道しどう れん 】ではなかった。だけど、もし別にいるとするならば──。


 あかんな。今こいつに、わいの正体を知られるわけにはいかへん。わいがどうなろうと、隠し続けんといかんわ。


 そう決心したアスモデウスは、何も知らない程を装って黒髪の美少年に語り掛ける。


『……我になにをしようと無駄だ。我はこのダンジョンの管理者。外に出ることなど叶わない』

「ふふっ。そんなの僕にとってはどうでもいいことさ。なにせこの僕は──【 ゲームマスター 】だからね」


 ゲームマスターやって!?

 ゲームマスターとは、すなわち管理者権限を意味する。つまり彼は、この世界を自由にする権限を持っているのだ。


 アスモデウスは、管理者権限を手にするものは《 英霊の宴 》の勝者だと考えていた。だがもし、この男がゲームマスターの権利を持っているとしたら……。


 あかん! ″大魔王殺し”だけじゃなく、こんなやつまでのさばらせてたら、この世界が大変なことになってまう。そうなったら、自分が愛する人たちが──。

 だが両手を奪われ自由に動けないアスモデウスになすすべはない。”人形遣い”は邪悪な笑みを浮かべながら、ドクロの装飾された仮面を取り出す。


「さぁ、これを付ければ晴れて君も僕の”人形”だよ。大丈夫、悪いようにはしないからさ。力を抜いて……」


 マコっちゃん! こいつはやばい! わいのことなんか無視してええ! せやから──こいつからは逃げてくれ!

 ティア! 頼む……なんとか無事に生きて──。


「──管理者権限発動ゲームマスター・コマンド──【 傀儡人形 】」



 次の瞬間、アスモデウスの意識は暗黒の闇へと堕ちていった。





 ◆





「ゲームマスターは、こんなボーンなやつがお好みで?」


 ”人形遣い”の前に跪き、頭を下げる新たな仲間──アスモデウスを眺めながら、ラッキーラが嘯く。

 すでにアスモデウスの【 ダンジョンマスター 】の権限は””人形遣い”によって解除され、《 キューティー・アンデッド・ダンジョン 》は今や完全に消滅していた。


「まぁね。本当は別の子が良かったんだけど、空いてるパーティメンバーがだいぶ居なくなっちゃったから、背に腹は代えられなかったんだよ」


 もともと彼は”イシュタルの睡蓮花”ルクセマリア王女を狙っていた。しかし、余裕をかましてがさつな男──クラヴィスを怪盗に仕立てて遊んでいるうちにチャンスを逸してしまい、結果としてアーダベルトのパーティに参加してしまったのだ。


 一度パーティを結成されてしまうと、いくら転生者チート【 ゲームマスター 】の力を持っても切り離せない。また、所有する”神代魔法具ディバイン・デバイス”《 傀儡の指揮棒タクト 》で作った呪われた魔法具マギアでも簡単に操れなくなる。

 現に先日、ウタルダスのパーティからミレーヌを引き抜こうとして失敗し、ずいぶんと痛い目にあっていた。貴重な生体ゴーレムである『トリスタン』を失ったのは、彼にとって大きな痛手となっていた。

 とはいえ、その時の経緯でラッキーラを手に入れることができたので、彼は概ね満足している。彼にとって《 生体ゴーレム 》は、便利ではあるもののあくまで道具に過ぎなかった。


「まぁいいさ、とりあえずアスモデウスでも。見た目はあれだけど魔法使いスキルは相当高いしね。それに、こいつが持つ固有能力を用いれば、最後の5人目の予定者も見つけ易いだろうしさ」

「へー。ユーは誰を5人目の仲間にするつもりんだい?」


 ラッキーラの問いかけに、”人形遣い”は邪悪な笑みを浮かべながら答える。


「決まってるだろう。人間界のどこかにいるはずのラスボス──【 超魔 】″デュカリオン・ハーシス″さ。もっとも、今はまだ覚醒しないまま、どこかで冒険者でもやってるかもしれないけどね」


 ″人形遣い″としては満を持して伝えたラスボスの名前だったが、残念なことにラッキーラはピンときていないようだった。

 それも仕方ない事だろう。なにせゲーム開始時点で″デュカリオン・ハーシス″は──無魔力の・・・・シルバーランク(・・・・・・・)冒険者(・・・)だったのだから。


「へぇ、そいつは強いのかい?」

「強いよ。なにせ──真の力に覚醒してほんの一月足らずで世界を滅ぼすほどの存在になるんだからね。たぶん、ちゃんと育てたら裏ボスよりも強くなると思うんだ」


 だからこそ、見つけたい。

 見つけて、仲間に入れたい。

 綺麗どころを操れなかったのは残念だが、そんなものは彼が望めばいくらでも簡単に手に入る。むしろ、唯一無二のラスボスを手に入れることのほうが重要なのだ。


「前世において僕をバカにしたやつらを、全員見返してやる。僕は──この力で《 英霊の宴 》を勝ち抜いて、″この世界の神″となるんだ」


 ゆえに″人形遣い″は決断する。【 超魔 】デュカリオン・ハーシスを見つけることが、次の目的だと。


「さぁ、そうと決まればさっさと行くよ。この世界のどこかにいるはずの──覚醒前のラスボスを探しにね」

「はーいよ、ボス」

「承知しました、ゲームマスター」

『はい……我が主人よ』


 そして″人形遣い″たちは旅立つ。

 5人目のパーティメンバーとすべく、デュカリオン・ハーシスを探すために。



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