35.物語の開始
『──死霊魔法──【 トリック・オア・トリート 】』
~knock Knock Trick or Treat Who are you ?
~I'm ハイスケルトン! I'm ピンクハイスケルトン!
ゴゴゴ……。”不死の王”アスモデウスの召喚に応じて、何もない空間から数体のピンクスケルトンが出現する。モンスターレベルは30、これまでダンジョン内で出現していたやつよりも数倍ランク上の”ピンクハイスケルトン”と呼ばれるモンスターだ。
「あいつら単体でニセ”不死の王”よりも強いよ! やれる?」
「問題ありません、マスター」
「大丈夫ですわ!」
「ここはティアに任せてください!」
いつもはすごく大人しいティアが一歩前に進み出ると、両手を前に突き出す。
「──吸血魔法──【 赤き鮮血の杭 】」
ティアの詠唱に合わせて中空に何本ものの赤い杭が出現し、猛烈なスピードでピンクハイスケルトンたちに飛んでいく。その威力はすさまじく、ピンクスケルトンたちの骨を砕き、貫いて、床に縫い付ける。
「今です!」
「いきます──【 ドリル・クラッシャー 】」
「──剣技──【 紫陽花の舞 】」
続けて放たれた俺とモードレッドの一撃で、ピンクハイスケルトンの群れはあっというまに光の粒子へと化していった。
『……やるやないか、とても初めてとは思えないくらいチームワーク抜群やなあ』
アスモデウスに褒められるまでもなく、同じことを感じていた。
これまで俺たちは、見た目が全員女子というチームにはあるまじき”超肉弾系”近距離バトル得意チームだった。接近戦では圧倒的は破壊力を持つものの、少し距離が離れると有効な攻撃手段を持ちえないでいたのだ。
ところが、これらの課題もティアがメンバーに入ったことで解消されることになる。
ティアは可愛らしい見た目の通り”後衛系”の魔法使いだった。そして遠距離から相手を攻撃する強烈な攻撃魔法──”吸血魔法”という固有魔法をいくつも使うことができたのだ。
今回披露した【 赤き鮮血の杭 】のほかにもいろいろと強烈な無属性魔法が使えるらしい。
そして、これら吸血魔法を使用可能にしているのが、ティアが持つヴァンパイア限定の”神代魔法具”──その名も《 満月の杖 》だ。そう、なんとティアも”神代魔法具”持ちだったのだ。さすがは3人目の主人公、フリフリの可憐なゴシックロリータ服を着ていても、実力は折り紙付きである。
実際、パーティ申請後にリリスの情報板で確認させてもらったところ──。
──────
【 テイレシア・スカーレット 】
15歳、男の娘、160cm、43kg、魔族/吸血鬼(真祖)
レベル:68
HP:128
MP:5120
状態:正常
魔法具:《 満月の杖 》
称号:『吸血鬼』、『真祖』、『不死の王のむす……め?』、『男の娘』、『不死(小)』、『吸血』、『アンデッド召喚(小)』、『お姉様ラヴ』、『ヤンデレ』、『天然地雷』
──────
うん。強い。強いんだけど……いろいろと突っ込みどころも多い。
まず、声を大にして問いたい。性別のところ! 「男の娘」ってなんやねん! それって性別なんかい!
しかも称号のところまで疑問形になってるし!
あとレベルが異常に高い! 理由を聞いてみると、アスモデウスが”ハメ技”でレベルアップをしたらしい。
ちなみにハメ技とは──「ダンジョンマスター権限を活用して激弱アンデットを召喚しまくりティアに倒させる」というセコイものだった。不死の王のくせにやることがずいぶんとみみっちい。
そのほか、吸血鬼関係の称号についてはなんとなくわかる。ちなみに『不死』っていうのは吸血鬼の真祖が持つ固有能力で、HPがゼロになってもすぐには死なないらしい。すごいな、吸血鬼って。
あと残りの称号については……うーん。『お姉様ラヴ』についてはもうノーコメントでお願いします。ただ最後のふたつの称号は──ちょっとヤバすぎじゃないだろうか。そうだ見なかったことにしよう、うん……。
さて、ティアとの最低限の連携も確認もできたところで、いよいよ俺たちはダンジョンから出ることにする。ちょっぴり寂しいけど、いつまでもダンジョン最奥に居座るわけにはいかないからね。
『さぁ、これでわいも安心してティアを送り出せるわ。ほならまず最初に冒険者ギルドに寄って冒険者登録するんやぞ?』
「うん、わかってる」
『ラティリアーナはん。あとは……任せるさかい、よろしくたのんますわ』
「ええ、わたくしにお任せなさい。悪いようにはしませんわ」
最後に、”不死の王”アスモデウスはリリスとがっちりと握手を交わす。
『頼んだで、マコっちゃん』
「うん、必ずキミをここから救い出してみせるからね。……カッツンはこのあとどうするの?」
『わいか? わいはすぐに場所を変えて、しばらく大人しく閉じこもっとくわ。下手な勇者に討伐されても面倒やしなぁ』
ケタケタケタ、アスモデウスが骸骨を揺らして笑う。どうやらこいつはこいつでなんとかやっていきそうだなと安堵した。
──のちに、己のこの楽観的な観測を深く後悔することになるのだが、この時の俺はまだ何も知らない──
『……しかしマコっちゃん、例の日になったというのに結局なんもあらへんかったなぁ』
「……そうだね。システムの声でも聞こえるかと思ったんだけど、何もなかったね」
例の日? 今日は二人にとって記念日かなにかだったのだろうか。
「今日はね、本来であれば《 ブレイブ・アンド・イノセンス 》のゲーム開始日なんだよ」
『そうや。誰をプレイヤーとして選択しても、冒険は一律今日からスタートするんや』
──なるほど、今日はリリスたちの知る未来が開始される運命の日だったってわけか。
「でもまぁ、関係なかったんだけどね……」
『それだけ未来は変わりつつあるってことやろ! せやから今回は、わいが皆の門出を送り出したるで!』
アスモデウスは目を赤黒く光らせると、両手を前にかざして扉のようなものを出現させる。
『こいつはダンジョンマスター権限のひとつ【 転移門 】や。この扉をくぐれば、一気に出入り口付近まで飛ばされるんやで』
「すっごー、便利だね!」
『せやろ? かっかっか』
ひとしきり笑った後、アスモデウスが俺たちを送り出すために転移門の横に立つ。
『……さぁ、わいとはここでお別れや。あんたらはあんたらで、ベストを尽くしてがんばってや』
「うん、まかせといて!」リリスが親指を立てて突き出す。
「パパ、元気でね!」ティアが涙をぬぐう。
「マスターとともに歩みます」モードレッドが頷く。
そして俺は──。
「わたくしを誰だと思ってますの? あとはおまかせなさい」
俺たちの返事に満足したのか、アスモデウスはぐっと親指を突き出した。
俺たちは彼に見送られながら、転移門の中に飛び込んでいったんだ。
◇◇
ダンジョンを出た俺たちは、そのまま冒険者ギルドへと向かってゆっくりと歩き出す。ティアが声を殺して泣いていたので、そっと頭を抱き寄せた。
「泣くんじゃありませんわ。これは永遠の別れではありませんのよ?」
「はい……ぐすっ。わかって……ぐすっ……います」
そりゃあ急に育ての親とお別れになっちゃったら泣いちゃうよなぁ。よしよし、可哀想に。
「でも、今だけは良いですわよ。気の赴くままに泣きなさい」
「じゃあ……血を吸ってもいいですか?」
「それはダメよ」
「……ちぇっ」
ちょ、もしかしてウソ泣きだったの? 既にティアの涙は引っ込んでるし。むーん、マジかよ……恐るべしヴァンパイア。
「うわぁ、これが人の住む街なのですね……」
初めて生きた人族が大量にいる場所についたティアは、口をあんぐりと開けて周りをキョロキョロと見回していた。思いっきりお上りさん丸出しなんだけど、こればっかりは仕方ないだろう。
「せっかくですし、少し街を見て回りますこと?」
「はいっ! お姉様!」
しかし、元気よく返事したのは良いものの……ティアはすぐに人酔いをしてしまった。やはりずっとダンジョンの奥にいたこの子には、王都の大通りは刺激が強すぎたらしい。
日陰に入って少し休憩すると、ようやくティアも人心地ついたようだった。
「すいません、ご迷惑をおかけして……」
「いいのよ。気にすることはありませんわ」
「お姉様、優しいです……」
「はいはい、人前でイチャイチャはやめてくれるかなー?」
「五月蝿いですわリリス。それでは手早く要件を済ませることにしましょう」
王都散策はティアにはハードルが高すぎたということで、今日はとりあえず冒険者登録をだけを先に済ますことにした。ところが──冒険者ギルドに向かって歩いていると、なにやら街全体が騒ついている気配が漂っていることに気づく。後方からダンジョンを管理していた警備兵たちが大慌てで走り抜けていった。
「なんてこった! ダンジョンに入ってた全員が追い出されたぞ!」
「それだけじゃない、ダンジョン自体が消えちまったんだ!」
などと口走っていることから、おそらくアスモデウスがダンジョンを移転させたのだろう。おやおや、仕事の早いことで。
「パパは、行ってしまったのね……」
「大丈夫さ、生きていればきっとまた会えるよ」
「……リリスには話しかけていません」
「えっ? ボクは呼び捨てなの? ボクのこともお姉様って呼んでもいいよ?」
「ティアにとってお姉様はラティリアーナお姉様だけです!」
果たして、冒険者ギルドに到着してみると、中は大騒ぎになっていた。やはり《 キューティー・アンデッド・ダンジョン 》が消え去ったことで、原因と対策を協議してるみたいだ。
とはいえ横耳で聞いていると、つい先日アーダベルトたちパーティが″不死の王″(俺たちも倒したニセモノ)を倒していたらしく、そのせいでダンジョンが消滅したのではないかと噂していた。
……なんだろう、何か忘れている気がするけど。まいっか、忘れたってことは大したことじゃないんだろう。とりあえずティアの登録をするため、奥にある窓口に向かう。
「ピナー、いるかーい? 冒険者チーム《 紫水晶の薔薇 》ご一行がお戻りだよー?」
窓口で声をかけると、ハーフエルフの受付嬢ピナが息を切らせながらやってきた。
「あら、あなたたちもダンジョンを追い出されたの? もう急にダンジョンが消えちゃうから、ギルド内は大忙しだわ!」
「そっか、そりゃ大変だったね。ところでさっそくだけどこの子を冒険者登録してもらえないかな?」
「えっ? こんなときに参加登録──あらまぁ、可愛らしい子ね!」
どうやらピナもティアのことを一目見て気に入ったみたいだ。実は男だと知ったらどう思うんだろうか。そんな下卑た思いを喉の奥に呑み込む。
「あっ! ラティリアーナ! こんなところにいたのねっ!」
急に後ろから声をかけられて振り返ってみると、そこにいたのは──ルクセマリア王女と騎士隊長のダスティ、それにアーダベルトたちご一行だった。なんだこいつら、いつの間につるみだしたんだ?
「五月蝿いですわね。あなたも王女ならもう少し慎ましやかにすればいかが?」
「んなっ! もう、あなたってば相変わらずムカつくわねっ!」
「ははっ。ルクセマリアはダンジョンが消滅したと聞いてから、貴女の行方をすごく心配してたんですよ?」
アーダベルトの意訳によると、どうやら王女様は心配してくれていたらしい。だったら素直に言ってくれれば良いのに。扱いづらいなぁ。ルクセマリアは顔を真っ赤にしてアーダベルトをポカポカと神代魔法具で殴っている。
「オホン! そ、そんなことはどうでもいいわ! そんなことよりもあたしたちはアーダベルトと臨時パーティを組んで《キューティー・アンデッド・ダンジョン 》を制覇したのよ!」
「ふーん……」
「驚きすぎて声も出ない? しかもね、あたしたち連携もいい感じだったから、このまま正式にパーティを組もうって話をしてたのよ!」
うわー、前衛だけでアーダベルト、ダスティ、美虎がいるんか。しかも唯一の後衛が血気盛んなこの王女様ときたら、回復役なしのガッチガチのパワー系脳筋パーティじゃないか。
「どう? 羨ましいでしょう? なんだったら、ラティリアーナがもしどうしてもってお願いするなら、このあたしがあなたのパーティに入ってあげても──」
「……お姉様、カードができました」
いつもまにやらカード発行が終わったティアが、俺の右腕を掴んで後ろに隠れたまま小さな声でつぶやく。彼女? の姿を見て、ルクセマリアが目をまん丸と開けた。
「ラティリアーナ、貴女この子は……」
「うちの新しいパーティメンバーですわ」
「なっ!? このあたしを差し置いて新しいメンバー!? しかもこ、こんな可愛い子がっ!?」
なぜか妙に悔しがるルクセマリア。そもそも王女様はアーダベルトのパーティに入るんだろう? だったら関係ないと思うんだけどなぁ。
「そ、そうだわラティリアーナ。例の約束を覚えていて?」
約束? はて、なにか約束を交わしただろうか……。
「し、信じられない! まさか覚えてないの!? どちらが先にダンジョンをクリアするか勝負したでしょ!?」
……あー、そういえばそんな話があったような無かったような……すっかり忘れてたよ。
「むきーっ! その態度なんなのよ! 負けた方が勝った方の言いなりになるのよ! 忘れたとは言わせないわ!」
「ふーん、どうでもいいですわ。それで貴女は、このわたくしになにを要求なさいますの?」
「そうねぇ……」
キラリ、ルクセマリアの目が輝く。なんだ、この子は何を要求してくるつもりだ?
「じゃああたしの要求はね……ラティリアーナ、あなたはアーダベルトとの婚約を解消なさい!」
どーん! ものっすごいドヤ顔でルクセマリアがそう宣言する。激しく反応したのは彼女の仲間たちのほうだった。
「なっ!?」いきなり婚約解消を宣言されたアーダベルトが驚く。
「にっ!?」アーダベルトに婚約者がいることを知らなかったクラヴィスが目を剥く。
「ぬっ!?」またこのお姫様は何を……と、ダスティがこめかみに手を当てる。
一方で俺は、ルクセマリアの要求にずいぶんと拍子抜けしていた。なーんだ、そんなのでいいのかってね。
それどころか、この状況はもしかしたら渡りに船かもしれないとさえ思っていた。あの手この手を尽くして婚約したラティリアーナには申し訳ないんだけど、アーダベルトとの関係はもう限界だと思うんだよね。相手にも迷惑かけまくってるみたいだしさ。
だから──ここいらが潮時なのかもしれないな。リリスの話だと、ゲームの世界でもルクセマリアはアーダベルトを追いかけて城を飛び出したらしいし、そこまで彼のことを想ってるならもはや迷う要素は無いだろう。
「……分かりましたわ。それでよろしくてよ」
「はっ!?」
「ひっ!?」
「ふっ!?」
アーダベルトたちが三者三様に変な声を上げてるけど、俺は無視してティアの手を掴む。
「さぁ、用が済んだならもう立ち去りますわ。それでは、御機嫌よう」
「ちょ、ラティリアーナ! あなた本当にそれで──」
「リリス、モードレッド、ティア、いきますわよ」
「はーい」
「承知しました、サブマスター」
「はいっ、お姉様!」
呆然としたままのルクセマリアたちを放置して、俺たちは逃げるように冒険者ギルドを後にする。だって、何か言いたげなアーダベルトに捕まったら、面倒なことになりそうだったからさ。
すれ違いざまに美虎と視線が合ったので軽く手を振ると、彼女は少し困ったような表情を浮かべていた。すまないが、後は任せたぞ美虎よ。
決して後ろを振り返ることはせずに、俺たちはマンダリン侯爵家に向かう。もちろん、今後の作戦を定めるためだ。
道中、ティアが「婚約者をあっさりと捨てるお姉様素敵! でもお姉様の元婚約者だったあの男、いつかは始末する必要がありますね……」などと物騒なことを言っていたので、絶対にそんなことはしないように全力で釘をさす。この子、マジでヤンデレすぎだろ!
「ラティ、婚約解消したんだね……」
なぜかリリスが妙にショックを受けていたので理由を聞いてみると、こいつは″婚約解消までゲームのシナリオ通りに進んでいること″が気持ち悪いらしい。そんなのただの偶然だと思うんだけどな。
「なんかね、すごく嫌な予感がするんだよ。胸騒ぎというか……」
いつになく不安げなリリスは、まるで年相応の少女のように見えた。もしかして親友と再会したあとすぐに別れることになったのが、精神的に堪えたんだろうか。
だから俺は、気休めかもしれないけどこう答えたんだ。
「大丈夫ですわ。わたくしが──いえわたくしたちが、きっとどうにかしてみせますわ」
するとリリスは、ちょっとだけ元気を取り戻したのか──弱々しい笑顔を浮かべる。
「……そうだね、ボクたちが頑張らないとね。さ、そうと決まったらお屋敷に戻ろっか。きっと舞夢がシッポをフリフリして帰りを待ってるぞー」
さりげなく投下された爆弾。
俺は舞夢とティアが鉢合わせたときの反応を想像して、ちょっとだけウンザリしてしまったんだ。
──
その頃、マンダリン侯爵邸では。
舞夢がひとり、誰もいない部屋の中で一通の手紙に目を通していた。
だがその様子は尋常ではない。ガタガタと全身を震わせながら、食い入るように何度も何度も読み返している。
「……う、嘘だワン……信じられないワン……」
呻くように声を絞り出す。
瞳から溢れ落ちたのは、大粒の涙。
「……故郷で……また″あの病″が再発生しただなんて……」
はらり、と舞夢の手から手紙が落ちる。
そこには、短い文面でこう書かれていた。
『ガルムヘイムで【 黒死蝶病 】が再発生してしまった。もはや里は死んだ、お前たちは今ある地で生きよ』
~~ 第6章 おしまい ~~