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33.再会



 モードレッドがこれまで見たことないような厳戒態勢を取っている。これまでダンジョンのモンスターを一顧だにしなかった彼女が、だ。


 対峙する相手は、後ろに白銀色シルバーブロンドの髪を持つ美少女をかばうように立つ、骸骨の存在。

 おそらくこいつが本物のダンジョンボスなのだろう。さっき俺が一撃で葬ったやつと存在感が圧倒的に違う。


「魔王級……どれくらいの強さですの?」

「一国を滅ぼすレベルです。通常であればSランクの冒険者がチームで対応する事案です。申し訳ありませんが、私では対処しきれないかもしれません」


 ……マジかよ?

 そんなヤバいやつが、王都のすぐ側に陣取っていたかと思うと身の毛がよだつ。それ以前に、俺たちはこの場から生きて帰れるのだろうか。

 とはいえ、さっき見た例の綺麗な女の子が魔王の後ろにいる。あれは捕まっているんだろうか? どこから来たのかは知らないけど、さすがに放置してはおけない。


「相手が誰だろうと関係ありませんわ。リリス、戦闘態勢に入りますわよ。あの子を救い出すのです!」

「……」


 だけどリリスからはすぐに返事が返ってこない。

 さっきから気になってたんだけど、いつもは小うるさいリリスが妙に大人しい。こいつが静かなのはちょっと気持ち悪いんだが──と思ってたら、なにやら思い詰めた表情で口を開く。


「ラティ、ちょっと待って。あいつは──」

『……汝らはこの場所に偶然紛れ込んだ冒険者か? ならば悪いことは言わない、すぐに立ち去れ。さすれば命までは奪わない』


 地の底から聞こえてくるような声に、思わず身震いする。骸骨野郎がこちらに語りかけてきたのだ。

 しかも、どうやら相手はこちらが手を出さなければ見逃してくれるつもりらしい。これはとてつもないラッキーだ。


 だけど、ここで立ち去ったらあの美少女はどうなる? あの子を見捨てて逃げて、俺は本当に満足なのか?

 そしてラティリアーナの口から飛び出た言葉は──。


「──ふん、ただの骨が何の戯言を。寝言は寝ていいなさい、永遠の眠りの中でね」


 結局俺は立ち去ることより立ち向かうことを選んでいた。だってここで逃げたら、全てが台無しになるような気がしたから。対峙する骸骨の目が、赤黒い輝きを増す。


『……人間よ。汝は命が惜しくないのか? 我がどんな存在なのか分かっているのか?』

「いいから黙ってその子をこちらにお返しなさい。生者は生者と共にあるべきですわ!」


 ピクリ、と白銀色シルバーブロンドの美少女の身体が揺れる。だけどすぐに彼女の身体を隠すように、骸骨野郎が前に立ち塞がる。


『この子をか? それは罷りならん。この子は汝らには手に余る』


 断固とした拒否。どうやら骸骨野郎も彼女を手放す気は無いらしい。

 やはり戦うしか無いのか。″魔王級″と云われる存在に、どこまで一矢報いることができるのだろうか。


 じりっ。首筋が焼けるように熱くなる。こんな感覚はSランク冒険者のウタルダス・レスターシュミットと対峙した時以来だ。俺は骸骨の赤黒い目に睨まれ、身動きが取れずにいた。

 ダメだ、あと一歩前に出たら殺られる・・・・。おそらくモードレッドも同じ感覚を抱いているのか、武器を構えたまま動きを止めていた。


 ──完全な、膠着状態。


 そんな張り詰めた空気を打ち破ったのは、ここまで沈黙を守っていたリリスだった。


「お前……もしかしてカッツンじゃないか?」


 タブレットを片手に持ったまま、無防備に前に歩み出るリリス。いけない、相手のゾーン内に入っちまった! だけどなぜか骸骨のほうも攻撃を仕掛けることなく動きを止めている。

 ──見つめ合う、ロリ幼女と骸骨。


『……汝、何者だ?』

「なーにが『何者だ?』だよ! 役割演技ロールプレイもいい加減にしなよ! ボクが分からないの? ボクだよ!」

『──その口調、もしかして……マコっちゃんか?』

「そうだよ! マコトだよっ!」

『ほんまでっか!? ほんまにマコっちゃんかいな!』


 ……あれれ? なんか様子が変だぞ?

 この会話の内容からすると──もしかしてこの二人、前世の・・・知り合いなのか?



「うわーー、マジで? マジでカッツンもこの世界に転生してたの!?」

『マコっちゃんこそ、まさかの幼女転生やないかぁ! いやぁー驚いたわぁ!』


 骸骨と手を手を取り合う幼女。

 そのまま二人は──ガッチリと抱き合った。感極まったのか、ボロボロと大粒の涙まで流している。


 感動の再会……なのかもしれないけど、あまりにシュールな光景に俺は完全に絶句していた。

 だってさー、ロリと骸骨が号泣しながら抱擁してるんだよ? ……ないわー、絵面的に完全に終わってるわー。



 ──ただ、一つだけはっきりしたことはある。

 どうやらこの″魔王級″と云われる骸骨の怪物は、俺たちの敵ではないようだ。





 ◇◇





 執事のような黒服を着たピンクスケルトンたちが用意したテーブル席に着座すると、骸骨野郎は『わいは”不死の真王”アスモデウスいいまんねん』と名乗った。照れながら自己紹介する骸骨……俺は夢でも見ているのだろうか?


「カッツンとボクはね、前世で友達──いわゆるオタク仲間でさ。よくつるんではゲーム談義に花を咲かせたものだよ。いやーまさかこっちの世界でもカッツンと会えるとは夢にも思わなかったなぁ」

『それはこっちのセリフやわぁ! でもさ、たしかにマコっちゃんは巨乳好きやったが、まさかホンマに女の子になっとるとは思わへんかったよ!』

「でも見てよこの胸! ロリだよロリ!」

『まだええやんか! わいなんか骨やで骨!』

「……あなたたち、勝手に盛り上がるのはかまわないのだけど、少しはわたくしたちに説明してもらえるかしら?」


 話が前に進まないので二人にとりあえず釘をさす。


「あーごめんごめん、紹介がまだだったね。こっちがラティリアーナ・ファルブラヴ・マンダリン。そしてこっちが生体ゴレームのモードレッド」

『うひゃあ、″悪役令嬢″やないか! イベントボスを仲間にするなんて、さすが″裏技バグ探し″のマコっちゃん。やるやないかぁ!』


 どうやらこの骸骨も、例のゲーム『ブレイヴ・アンド・イノセンス』のことを知っているらしい。彼らの前世では誰もが知るほど有名なものだったんだろうか。


「それはそうと、カッツンの後ろに隠れている美少女は、まさか──」

『あー、やっぱマコっちゃんは気づいたかいな? ほれ、自己紹介しぃや』


 骸骨野郎に促され、彼の後ろにコソコソと隠れていた例の少女が姿を現わす。だけどすぐにサッと隠れてしまった。


『いやぁー、えろうすまへんなぁ。この子人見知りやさかい、なかなかうまくいきまへんのや。ほれ、ティアはん』

「あの……その……ティアです」

『どや? 可愛いやろぉ。この子、こう見えて″吸血鬼ヴァンパイア″なんや』


 ……マジか。消え入りそうな声でアスモデウスの後ろに隠れたまま自己紹介する、引っ込み思案で大人しいこの白銀色シルバーブロンドの髪の美少女が、まさかヴァンパイアだったなんて……。

 吸血鬼ヴァンパイアといえば、美しい容姿に高い魔力を持ち、なにより──吸血した相手を隷属させ操ることが出来るという、魔族の中でも最高位の伝説的な存在だ。

 なるほど、骸骨なんかと一緒にこんなダンジョンにいるわけだ。彼女は人族ではなかったのか。


「……カッツン、お前はアホかっ!」


 パコンという音とともにリリスが骸骨の頭を思いっきり殴ると、そのまま頭蓋骨だけが転がっていった。その場にいた全員がギョッとしたものの、美少女ティアちゃんだけがすぐに頭を拾いに行き、元通りにはめ込む。


『なんやねんマコっちゃん、いきなり殴らんといてぇな!』

「こ、これが殴らずにいれるかいっ! だってお前……この子、三人目の主人公の”吸血鬼ヴァンパイア″テイレシアス・スカーレット″だろっ!」


 三人目の主人公!?

 こんな可愛らしい吸血鬼っ子が、リリスが前に言っていた『上級者用の主人公』ってやつなのか?

 鬼の形相のリリスの詰問に、アスモデウスが目を赤黒く輝かせながら神妙に頷く。


『──そうや。マコっちゃんの言う通り、この子は″テレイシアス・スカーレットや。いろいろあってわいが育てることになったんや』

「……いや、育てるのはいい。だけどさ、ひとつ言わせてもらいたい」


 くわっ! と、リリスの両眼が大きく見開かれる。


「……テイレシアスは──男の子・・・だろうがーーーっ!!」



 …………は?


 リリスさん、いまなんとおっしゃいました?


「ラティ、目が点になってるけど大丈夫? この子はね、男の子なんだよ」

「……なんですって。こんな可愛らしい子が男の子、ですって?」


 思わずティアちゃんの手を掴むと、勢いよく引き寄せる。「は、はわわ……」ティアちゃんが妙な声を上げるのを無視して匂いを嗅いでみる。くんくん、いい匂い。これが男の子だなんて信じられない!


「あの……すいません。やめて……もらえますか? は、恥ずかしいです……」

「この子、こんな場所に居たらダメになってしまいますわ。わたくしたちが地上に連れて帰りましょう」

「へ? ラティ?」


 思わず出てしまった発言。だけど後悔していない。

 この子が男だろうが女だろうがヴァンパイアだろうが関係ない。そう、俺はひとつの真理に気づいてしまったのだ。

 それはすなわち──『可愛いは、正義』。くわっ!



『それや、それこそがわいがあんさんらに頼みたいことなんや』


 意外なことに、俺の意見に同調してきたのは”不死の王”アスモデウスだった。


『わいはこの子を外に連れ出してくれる人が来るのを待つために、このダンジョンを創ったんや』



 ◇



 目の前には大きなテーブルと、コーヒーカップ。茶菓子まで用意されている。骸骨の男とテーブルを囲んで茶を飲むという極めてレアな経験であるのに、妙にリラックスした空気が流れている。

 ピンクスケルトン執事が全員分のお茶を配り終えたところで、アスモデウスがこれまでの自分の身に起こったことを話し始めた。


『わいが前世の記憶を取り戻したのは、今から15年前のことや──』


 ”不死の王”アスモデウスは、300年以上生きている【 魔王級 】のモンスターである。だがある日、ふいに”日本”で過ごしていた頃の記憶を思い出したのだという。

 それはさながら、魂だけがモンスターに乗り移ったかのようだったそうだ。


『異世界転生ものは好きで読んでたけど、まさか魔物側に転生するとは思わへんかったわぁ』

「いいじゃん別に。ボクなんかロリ幼女だよ?」

『骨よりマシやあらへんか? こんなんなってしもうたらエロスもクソもあらへんでー』


 とはいえ、実はアスモデウスは”上級者向け主人公”テイレシアス・スカーレットのパーティメンバーだった。当時の大魔王は吸血鬼ヴァンパイアで、まだ産まれたばかりのテレイシアの後見人としてアスモデウスが指名されることになる。


「ふぅん。カッツンってば偉かったんだね」

『前世のオタクからしたら大出世やろ? ……ところが、や。そのあとに大事件が起こったんや。忘れもしない14年前。ティアが1歳になろうとする直前のことやった』


 ゲーム『ブレイヴ・アンド・イノセンス』における”魔王”とは、隠しボス的な存在である。正規ルートでは攻略する必要がないダンジョンの最奥に存在し、もし倒すことができると強力な武具が手に入る。大魔王ともなるとラスボスすらも凌駕する力を持っており、ドロップする魔法具マギアが超高性能であることから、ゲームクリア後のお楽しみ要素ともなっていた。

 ゆえに大魔王の息子であるテレイシアのシナリオは、他の主人公でクリアしたあと──2週目以降にのみ選択可能になる隠し主人公だった。裏シナリオとして、父親である大魔王を倒して新たな大魔王に就任するというイベントすらあったのだという。


 ──ところが、その大魔王が殺された。


「……うそだろう? だって裏ボスだよ? ラスボスよりも強いんだよ?」

『ホンマや。あの隠し裏ボスの”大魔王”だけやない。テレイシアのシナリオで仲間になる予定だった他のメンバーも、そのときに殺されたんや』


 魔戦士バエル

 魔族神官長フォラス

 魔王ダンタリオン


 みんな殺された。

 ──何者かによって。


「何者かによって裏ボスが殺されたっての?」

『……そうや。相手が何者だったのかはわからない。だけどたぶん相手も──”転生者”や』

「は? うっそ……でしょう?」


 アスモデウスが説明するには、”転生者”と思しき何者かが魔族の国──魔界に出現した結果、大魔王たちは皆殺しにされ魔族の国は滅びたらしい。

 そのときアスモデウスは、テレイシアを連れてイシュタル王国などの観光旅行をしていたので、奇跡的に災禍を逃れることができたのだという。


「魔王が観光旅行って……ばかなの?」

『しゃーないやろ! わいかて普通の人間が恋しくなるときがあんねん!』

「……でも結果的に、それがラッキーだったわけだね」

『……そうや。だけど、わいとティアの二人っきりになってもうたんや』


 たった二人だけになってしまったアスモデウスは、テレイシアを守るために″転生者チート″を使う決断をする。

 それが──固有能力【 クリエイトダンジョン 】だった。


『わいはティアを守るためにこのダンジョンを創って《 ダンジョンマスター 》になった。そしてここで、別の転生者仲間が来てくれるのを待つことにしたんや。──ティアのことを守ってくれて、裏ボスさえも倒したあいつを打ち破る強さを持つやつをな』


 アスモデウスの造るダンジョンは移動することができた。ゆえに彼らは1〜2年ごとにダンジョンの場所を移して、色々な地を転々としていたらしい。そうして数ヶ月前にやってきたのが──ここ、イシュタル王国の王都ヴァーミリア近くの墓地だったというわけだ。




『いやーでもまさかマコっちゃんがくるとは思わなかったわぁ! 長いこと待っとった甲斐があったってなもんや……』

「いやいや! まだ肝心なこと聞いてないし!」

『あだだっ! マコっちゃん、頼むから肋骨抜かんといてー! リアルに痛いねん! これぞまさに骨抜きーってか!?』

「くだらないジョークはやめーや、このエセ関西人! そんなことよりなんでテレイシアが女の子になってんのさ!」


 キラーン。

 アスモデウスの両目が赤黒く妖しく輝く。


『それは──』

「それは?」

『それは──わいの趣味や』

「は?」

『だってさ、ゲームやってるときからテレイシアのこと女装させたら可愛いやろなーって思っとってん。せやからつい……』

「ついって……ついで主人公キャラを勝手に″男の娘″にすんなやアホーっ!!」


 リリスのアッパーカットが炸裂し、アスモデウスの頭蓋骨が宙に舞う。キレる幼女。『あかーーんっ!!』と叫びながら宙を舞う髑髏。


 シュールな光景を目にしながら、俺は気がつくとティアちゃんことテレイシアの頭を撫で撫でしていた。そしてティアは、なぜか俺になすがままにされて気持ちよさそうに目を閉じていたんだ。


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