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3.黙れこのブタ野郎!

 舞夢マイムが売られてしまう。

 突如知らされた事実に頭が混乱する。

 なんでだ? マンダリン侯爵家はそんなに金に困ってるのか? いやいや、そんなわけないだろう。俺への依頼料に破格値を出してきたくらいだし。


 だけどマイムの様子を見ていると、そういうことではないようだ。まるで悟ったかのような、諦めたかのような穏やかな表情。もしかして理由があるのか?


「マイムがお嬢様を危険な目に遭わせたから、その責任を取りますワン」


 危険な目に遭わせた責任? あれはどう見てもラティリアーナ嬢が強引に進めたからだろう! あの奇妙な赤い本を持ってきて変な悪霊を呼び出して──って、そういえばあの本はどこいったんだ?

 ……いやいや、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。舞夢マイムが濡れ衣で売られてしまうことのほうが問題だ。


「一級侍女たるマイムには、お嬢様を守る義務がありますワン。その義務が果たせなかったものは、ランク落ちしたうえで売られるのがルールですワン」

「うむ、それが貴族の通例ノブレス・ロゥじゃ。わしらが貴族である以上、絶対に守らねばならないルールじゃからのう」


 貴族のルール、だと?なんだそれ? そんなのダメだ!

 だいたいどこに売られてしまうんだ? まさか遊郭とか……。


「大丈夫でございます。マイムはお嬢様の婚約者であるアーダベルト様のところに参りますワン」


 こ、婚約者!? この娘ってば婚約者なんていたのっ!?

 ま、まぁ貴族令嬢の結婚なんて政略的なものがほとんどだから、15歳で婚約者がいても別段おかしくはないだろうけどさ。でも″オーク令嬢″の婚約者かぁ、なんか相手に同情するなぁ。俺だったら1日どころか半日で結婚生活が破綻する自信があるわ。


 …………って、いやいや、そうじゃない!

 舞夢マイムは一目見て分かるほどの美少女だ。整った顔立ちに愛らしい表情。愛玩用の獣人としての需要はかなり高いだろう。ツヤツヤした毛並みもいいし、彼女、血統書付きじゃないか?

  そんな彼女を買うという、婚約者のアーダベルト。″オーク令嬢″たるラティリアーナ嬢と婚約してるくらいだから、きっとロクなやつじゃないだろう。

 そんな奴のところに舞夢マイムをやったらどんなことになるのか。

 ──あぁ、想像しただけであかんわ。


 なんとか助けてあげられないかなぁ?

 ちょっと相談してみるか。


「わたくし、そんなの受け入れられませんわ」

「ん? ラティリア、いまなんと言っ……」

「手放すなんて嫌ですわ。舞夢マイムはわたくしのもの。誰にも渡しませんわ」


 はいはい、そうなりますよねー。ラティリアーナ節で相談なんてありえないよねぇ。しかもまさかの舞夢マイムをモノ扱い! どんだけ傲慢やねんこの子!

 実際、マンダリン侯爵と舞夢マイムも驚きの表情で──って、え? 舞夢マイムが泣き出した?


「お嬢様、マイムのことをそんなにも想ってくださるなんて……マイム、感動ですワン」

「よもやラティリアがこんなにもハッキリと自分の意思を主張するとはな。わしも驚いたぞ」


 マンダリン侯爵までもハンカチを取り出して目頭を拭っている。感動するようなセリフとは思えないのに、どうしてこうなった?


「じゃが、貴族間で一度決まったことはそう簡単には覆せんぞ? それは侯爵家の娘であるおまえも十分承知していることだろう。どう落とし前をつけるというのじゃ?」

「煩い、黙れこのブタ野郎!」

「ぶひー!」


 今作戦考えてるから少し待ってって言おうとしたら、このありさまだ。酷いこと言ってごめんよパパン。

 とはいえ作戦なんてあるわけがない。であれば直接相手に説得するのみだ。


「わたくしが、自ら話しますわ」

「ラティリアが行くのか?」

「ええ、さっそく明日にでも行きますわ」


 相手もラティリアーナ嬢の婚約者ってんだから、多少は譲ってくれるんじゃないかな?



 ◇



 あー極楽だ……。

 湯船に浸かりながら、思わず大きなため息が漏れる。


 食事が終わったあと、お風呂に入れてもらったんだけど、これがまた大きなお風呂なのよ!

 冒険者の頃なんて、せいぜい体を拭くのが精一杯。魔獣狩ってるときなんて一週間着の身着のままなんてザラだったからな。


 本来であれば女の子の身体になったことを最大限実感するために、じっくりと全身観察でもしたいところなんだけど……貴族は『沐浴着』なるものを着て風呂に入るので、残念ながら裸は見れませーん。そもそも″オーク令嬢″の裸を見たいかって話もあるんだけどさ。うーん……。


「お嬢様、お湯加減はいかがですかワン?」

「悪くないわ」


 いい湯加減だと答えたつもりが、この返事よ。ラティリアーナ節に慣れてきた自分が怖いわ……って、あれ? いま舞夢マイムの声が聞こえたような──。


「よろしければ、お背中をお流ししますワン」


 うわぁぁぁ、居たよ舞夢マイム

 しかもビキニみたいな水着、じゃなかった沐浴着を着て控えてるし!


 しっとりと湿った沐浴着は舞夢マイムの身体に張り付き、いやが応なく身体のラインを際立たせる。いやん、舞夢マイムってば結構スタイル良いのね。

 お風呂の湿度で上気した肌はうっすらと赤みを帯び、淫靡な印象を与える。なんだろう、自分ラティリアーナの身体ではなんとも思わなかったのに、美少女マイムの沐浴着にはドギマギしてしまう。


 口を開いたらまた何を言うか分からなかったので、無言で頷いてマイムに背中を流して貰うことにする。うーん、美少女に背中を流して貰うのって、なんか興奮するな。


「お嬢様、先程はありがとうございましたワン」


 不意に声をかけられてドキッとするが、別に心を読まれたわけではないようなのですぐに心を落ち着ける。いかんいかん、この体でやましいことを考えるのは控えないとな。


「……なんの礼ですの?」

「またまた、おとぼけになって。マイムはわかっていますワン」


 ごめん、マジでわかんないんだけど。


「一級侍女が転売されるということは、すなわち降級を意味しますワン。降級した一級侍女の末路は悲惨の一言。周りからはバカにされて、最終的には娼館に堕ちるものもいると聞きますワン」


 うわー、やっぱり酷い目に遭うことが確定してたんじゃん。よかったー、止めといて。


「本来であればお嬢様をケガさせるという大きなミスをしたマイムに弁解の余地はありません。むしろ罪を犯した侍女にお咎めなしというほうが、貴族の沽券にかかわりますワン」

「……」

「でも、そんなマイムをお嬢様は守ると言ってくださいました。マイムは、マイムは本当に嬉しかったですワン」


 ……舞夢マイムちゃん、本当にいい子だよなぁ。

 たぶんラティリアーナ嬢にいつも酷いことを言われていただろうに、こんなにも健気に感謝してくるなんて。


 しかし、ミスしたらすぐ売っぱらうとか、貴族の沽券ってやつもロクなもんじゃないな。その隙をついて舞夢マイムちゃんを買い取ろうとする婚約者──アーダベルトとかってやつも大概だけど。


 さて、そんなゲス野郎が本当に俺の説得に応じるんだろうか。

 それ以前に、ラティリアーナ節を炸裂させないようにしながら説得できるビジョンが見えないんだけどね……トホホ。



 ◇



 紫色の軽くてツヤツヤな生地の夜着に着替えたところで、ようやく一人になることができた。いやー、常に周りに人が控えてる生活ってのも結構疲れるのよ。

 ただ、これでようやく色々と思ってたことが試せる。


 改めて姿見に映る自分の姿を見る。紫色の髪に紫色の瞳。ふとましい巨体。間違いなく″オーク令嬢″ラティリアーナだ。

 この状況を受け入れたとき、最初に気になったのが『かつての肉体で手に入れたスキルはどうなったのか』ということだ。


 俺の冒険者時代の二つ名は″断魔″。

 その名の由来でもあり生命線でもあったのが、固有スキル《 魔道眼まどうがん 》だ。

 果たして俺はまだ《 魔道眼まどうがん 》を使うことが出来るのか……。


 ──来いっ! 《 魔道眼まどうがん 》!


 強く意識すると、懐かしいと思える感覚が目元に集中してくる。試しに壁に備え付けられた魔力灯に視線を向けると、淡い黄色の魔力波オーラが放たれているのが見える。やった! どうやら《 魔道眼まどうがん 》は継承されたみたいだ!

 ただ、なにか以前と感覚が違う。違いは──そうだ、景色がモノトーンにならないことだ。


 《 魔道眼まどうがん 》を発動したとき、必ず白黒単色の世界へと視界が変化していた。その代わりに魔力が色を伴って可視化される。

 だけど今は景色が色を伴ったままだ。これってどういうことなんだ?


 生じた疑問は、別の事実を前にしてすぐに吹き飛んでしまう。そのとき俺の目は、自分の全身から滲み出る紫色の波動に釘付けになっていた。


 え?

 もしかしてこの紫色のは……魔力波オーラ


 俺の二つ名″断魔″の由来のもう一つが、俺が魔力を断たれた存在──無魔力だということがある。

 そう、俺は魔力を持ってなかった。だから冒険者としてもシルバーランク以上に大成することができなかった。

 俺は諦めていた。受け入れていた。だってどうすることもできない問題だったから。

 ──生まれ変わり・・・・・・でもしなければ・・・・・・・


 だけど俺は、気がつくとラティリアーナ嬢の身体になっていた。ある意味生まれ変わったようなものだ。


 ……ってことは、まさか。

 まさか……俺はっ!


 て、手に入れたというのか?


 どんなに望んでも決して手に入れることができなかったものを。



 ──魔力をっ・・・・



 喉がカラカラに乾いて、思わず生唾を飲み込もうとするけど、なにも飲み込めない。

 お風呂から上がったばかりだというのに、ジワリと汗がにじむ。


 だけど、仕方ないだろう?

 だって、ずっと願って望んで、だけど無理で……諦めていたものが、ふいに手元に転がり込んできたんだから。


 魔力!

 あぁ魔力!

 俺は──欲しくてたまらなかった魔力を、手に入れたっていうのかよっ!!!


 だけど、すぐに冷静になる。おそらく異常事態が連発しすぎて心に耐性が出来たんだろう。

 これは本当に魔力なのか? そもそもどうやって使えばいいんだ? 無魔力の俺が魔力の使い方なんて知るわけがない。

 わからないので、とりあえずそれっぽいことをやってみる。


「……魔力よ、発動せよ」


 両手を前に突き出してみて、鏡に向かってそう呟いてみる。なぜか今回に限り、思った通りの言葉が出てきた。

 だけど、何も起こらない。鏡の前で恥ずかしいポーズで恥ずかしい言葉を呟いただけだった。なにやってんだ、俺は。


 そのとき、ふと自分の左腕に、大きな赤い宝石がついたブレスレットが嵌っていることに気づいた。

 そういえばお風呂に入ってる時もずっと身につけたままだったし、そのことに舞夢マイムもなんの指摘もしてこなかった。

 なんだろうこれは、肌身離さず身につけるくらい大切なものなのかな?


 ブレスレットに手を触れたのは、無意識だった。

 だけど、起こった現象は劇的だった。


 突如、ブレスレットが赤い光を放ちだした。同時に、まるでリボンのような赤い紐が複数飛び出してくる。


 なんだこれっ!?

 思わず目を瞑ると、左手にずしりと重みを感じる。手のひらに吸い付くように張り付いたそれ・・を、気がつくと俺は強く握りしめていた。


 やがて、光が収まった。

 恐る恐る目を開け、左手に持っていたものを確認する。


「う、うそ……でしょう?」


 思わず声が出てしまうのも仕方なかった。

 なにせ、俺の左手にしっかりと握られていたのは、大きくて赤い表紙の本だったのだから。


 ──赤い本。

 俺は確かにそいつに見覚えがあった。


 それは、間違いなく、あのときオーク令嬢が手に持っていたものと同じ″赤い本″だった。


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