30.キューティー・アンデッド・ダンジョン
「た、確かに……冒険者チーム《 紫水晶の薔薇 》として登録されているな。むぅぅ……ギルドの許可を取ってきたなら仕方がない。ここを通るがよかろう」
「けっ! 人を子供扱いしやがって、ざまーみろ!」
「ぐぬぬ……まぁ怪我をせぬよう気をつけるんだぞ!」
さきほどは足止めを食らったダンジョン警備兵も無事に突破し、俺たちはようやく《 キューティー・アンデッド・ダンジョン 》の入り口に立っていた。しっかし、うちのリリスよりもさっきの警備兵のほうがよっぽど対応が大人だよなぁ……。
「……ん? ラティなにか言った?」
「いいえ、なにも」
「そぉ? それじゃあさっさとダンジョンに潜ろっか!」
「その前に、準備や情報収集は必要ありませんこと?」
実は事ここに至るまで、俺たちは食料一つ買ってなければダンジョンの情報一つ収集していない。罠の一つが命取りとなるダンジョンに挑むにあたり、こんなことで大丈夫なんだろうか。
「心配ご無用! そこはチートキャラであるリリスちゃんがいるからご安心だからね!」
いやいや、お前の存在が一番心配なんだけど……。
──ところが、こいつの言うことは真実だった。
「じゃあいくよ。リリスちゃん、ダンジョン探索モード発動!」
──探査魔法・改──【 オートマッピング 】
──探査魔法・改──【 ダンジョンシーク 】
──探査魔法・改──【 モンスターサーチ 】
──探査魔法・改──【 ライブサーチ 】
──探査魔法・改──【 トラップサーチ 】
リリスが《 千里眼情報板 》を操作すると、複数の小さな光の球が出現する。まるでホタルが乱舞しているみたいだ。
「さ、行っておいで!」
リリスの号令に従い、光球が一気にダンジョンに突入していく。すると──リリスが持つ端末の画面に、一気にこのダンジョンの地図が表示されていくではないか!
「これは……どういうことですの?」
「ふふふっ、こいつがボクのダンジョン攻略の秘密兵器さ。さっきの光球にダンジョンを探らせてオートマッピングするんだよ。しかも既存魔法をカスタマイズして機能追加したから、罠や敵や他の冒険者の動きまで一目瞭然なんだ」
リリスの言う通り、端末にはあっという間にダンジョンの地図が描き出されてゆく。おまけに赤い点や青い点、黄色い点までが表示され始めた。もしかしてこれは──。
「赤いのがモンスターで、青いのが冒険者だよ。ちなみに黄色いのは罠だね。今でだいたいこのフロアの三分の一くらいが解析されたかな。この調子ならそう時間もかからずに第一層の解析が終わると思うよ」
……こいつはとんでもない。
反則としか言いようがないリリスの魔法に、俺は戦慄すら覚えた。たしかにこれだけの魔法があれば、たった二人でダンジョンを攻略したというのも頷ける。こんなの答えが分かってる問題を解いていくようなもんじゃないか。
「だから……情報収集は要らないと言ってましたのね」
「うん、そうだよ。ボクの《 千里眼情報板 》と探索魔法を組み合わせたら、未知のダンジョンなんて攻略本付きのゲームみたいなもんさ」
三人で入り口付近で待つこと小一時間。ぼーっとしたりだべったりモードレッドとトレーニングしたりする俺たちの横を、他の冒険者たちが不思議そうな顔をして通り過ぎていく。きっと彼らには俺たちのことが、ダンジョンに冷やかしに来た暇人のように見えたことだろう。
しばらくすると、端末には巨大なダンジョンの第一層のマップが見事に完成していた。
「お待たせー! 第一層の地図が出来上がったよ。じゃあ早速攻略に行こうか」
「はい、マスター」
まるでピクニックに向かうかのように気軽な感じで、いよいよダンジョンに突入する。端末片手にリリスが先導する形で、すぐ後ろにはモードレッド、そして最後尾は俺の順番だ。
リリスは端末を眺めながら、周りを気にすることなく意気揚々と突き進む。いくらマッピングができているとはいえ、こんな無用心にダンジョンを歩いて大丈夫なのだろうか? ダンジョンにはモンスターが沢山いるし、致命的なトラップも存在していると聞いてたんだけど……。
「ふふふっ、ご安心を! ボクのタブレットには、半径30メートル以内の敵や味方、おまけにトラップの情報が表示されるんだ。ほら、こんな感じでね」
リリスに促されて端末を覗くと、画面には自分の周りの風景がリアルに表示されていた。もちろん、通路の先で戦っているモンスターと冒険者の様子も手に取るように分かる。
す、すげぇ……これがあれば絶対に不意打ちされることもないし、むしろ毎回不意打ちをすることすら可能じゃないか。
「これと、さっきのマップを組み合わせたら、敵を完全に回避しながらダンジョンの奥まで進めるんだ」
「はい、いざ戦闘となった場合には私が対処します」
「どぉ、ラティ。ボクの凄さが分かった?」
……ぐうの音も出ないとはまさにこのことだった。
もの凄ーく悔しいけど、ダンジョン攻略に関するこいつの有用さは認めざるを得ない。なるほど、《 愚者の鼓笛隊 》のウタルダスがこいつを欲しがるわけだ。
「さて、ボクの凄さが分かったところで、今回のダンジョン探索の目的を明確にするよ? 目的は大きく三つ。パーティでの経験を積むこと、ダンジョンのアイテムを回収すること、そしてダンジョン制覇して名声を得ることだ!」
ドン! リリスが無い胸を張る。
「確かにボクの能力を駆使すれば、敵との戦闘を全部回避してゴール──最下層まで侵入することは簡単だ。だけどそれだとラティは戦闘経験を積めないし、なによりダンジョンに有るだろう貴重な魔法具も得られない。だからボクのタブレットの能力を駆使しながら、最短かつ最小限の労力で最大の効果を得ながらダンジョンを攻略するよ! そうしたら──《 英霊の宴 》に招待される可能性が高くなるからねっ!」
うん、リリスの言いたいことは分かる。
だけどいくらリリスの超能力があるとはいえ、発生してから数ヶ月も攻略されていないダンジョンだ。果たしてそう上手くいくのだろうか。
「何言ってるの? クリアするまで帰らないんだよ。食料やキャンプ道具はボクの″空間魔法″で数ヶ月は軽く生活できるくらいの量は揃えてあるからね!」
こいつ、いつのまにそんな準備を整えてたんだ?
「とはいえ、目標は一週間以内にクリアするよ? なにせ──あと一週間でゲームが始まるからね」
◇
リリスの前世にあったというゲーム。その名をリリスが思い出したのは、つい先日のことだ。
その名も──『ブレイヴ・アンド・イノセンス』
このゲームについてリリスの現在の記憶の範囲で把握できているのは、以下のような内容だ。
・主人公は複数いて選択できる。リリスが思い出しているのは初心者向け『アーダベルト』、中級者向け『ウタルダス』の二人。おそらく上級者用の主人公があると思うが、記憶にロックが掛かっていて思い出せない。
・主人公はパーティを組んで様々な冒険をする。パーティメンバーは五人で、基本的には前衛2、中衛1、後衛2となっている。
なお、ゲームの世界でのアーダベルトのチーム《 自由への旅団 》は
〈 前衛 〉アーダベルト、美虎
〈 中衛 〉クラヴィス
〈 後衛 〉ルクセマリア、もう一人は不明だけどおそらく後衛
同じくウタルダスのチーム《 愚者の鼓笛隊 》は、
〈 前衛 〉ダスティ、キュリオ
〈 中衛 〉ウタルダス
〈 後衛 〉シモーネ、アマリリス(=リリス)
となっていた。
・主人公が複数のダンジョンをクリアしたり、人々を困らせる大魔獣なんかを倒したりすると、『英霊ポイント』が溜まる。このポイントが一定数以上溜まるとビッグイベントが発生する。
・発生するビッグイベントは「宿命の敵との中ボス戦」であるらしい。ちなみにアーダベルトにとってのボスは”悪役令嬢”ラティリアーナだ。ウタルダスのボスについてはリリスの記憶が戻らず不明。
・ボスを撃破後、何者かの手によって《 英霊の宴 》に招待される。《 英霊の宴 》とはすなわち″選ばれたSランク冒険者との頂上決戦″である。ここでは選択しなかった他の主人公チームなどと、たったひとつの頂点を巡ってのチーム戦を行う。
・《 英霊の宴 》を勝ち抜くと、いよいよ世界を滅ぼそうとしているラスボスとの戦闘となる。
・ラスボスについての記憶はあいまいなものの、人間でありながら神に匹敵するほどの高い魔力と戦闘能力を持っていた男であったとリリスは記憶している。
──正直、《 英霊の宴 》が何なのか、何で頂上決戦をしなきゃならないのか、ラスボスとやらが何故世界を滅ぼそうとしているのか。肝心なところの記憶がリリスから完全に欠落しているからさっぱり分からない。
何かのきっかけで記憶を取り戻すことがあるから、そのうち判明するのかもしれないけど……理由が分からないのに結果だけ突きつけられるというのは実に気持ちが悪い。
とはいえ、話を先に進めるためには、まずはSランク冒険者になって《 英霊の宴 》に招待される必要があるらしいことはハッキリしていた。
俺自身はどうでもいいんだけど、リリスはどうしても《 英霊の宴 》に行きたいみたいだ。もちろん、ウタルダスのハーレムメンバーに入りたくないって理由もあるみたいだけど、最近はなんとなく違う理由があるんじゃないかって気もしてる。あいつは決して口を割らないけど。
まぁでも俺も別に強くなることは嫌じゃない……むしろどこまで行けるか挑戦したいと思ってるから、リリスに付き合うのは構わないと思っている。
元の身体に戻れるのか。そもそも戻りたいのか。ラティリアーナの魂はどこにいってしまったのか。彼女の魂が生きているとしたら……はたまた死んでいるとしたらどうするのか。
考えたらきりがないことはたくさんあるけど、今はリリスと一緒にSランク冒険者を目指してみようと思ってるんだ。
「じゃあ効率よくクリアするためにも、試しにモンスターと戦ってみよっか」
リリスは気軽にそう宣言するけど、実は俺にとってダンジョンのモンスターは未知の存在だったりする。
これまで俺が狩っていたのは、森や山に潜む″魔獣″だ。こいつらは魔力を持つ野生の獣の総称で、生きるために存在し、生態系の頂点に君臨していた。当然、肉も食えるし骨や皮は素材としても活用できる。
以前の俺は、あいつらと生死をかけた魂と魂のぶつかり合いをしてきた。戦って、勝って、狩って、やつらの血肉を糧として、俺はこれまで成長してきた。だから俺にとって″魔獣″は、敵でありながらある意味で尊敬すべき存在と言えた。
──だけど、ダンジョンに出現する″モンスター″は全く別だ。こいつらは倒しても死体は発生しない。代わりに倒すと『カード』を落として消え去るのだという。
カードは、ほとんどの場合″小額のお金″であることが多いと聞く。たまに装備品や、運が良ければ魔法具なんかを得ることが出来るらしい。
俺は、このモンスターってやつが果たして″生き物″と呼べる存在なのか、いまいち確信が持てないでいる。まれにモンスターは地上にも稀に出現するんだが、″魔獣″なんかとは明らかに思考や行動が異なっていた。
なんというか……あいつらは″生きるために生きてない″。
リリスなんかに言わせると「だってあいつら、システム上の敵なんだもん」などと軽く言う。俺にはその意味がよく分からない。
ただ、モードレッドも″モンスター″に属しているんだけど、彼女は生きていると思える。確かに無感情ではあるけど、あれも個性みたいなものだと思えるしね。もしモードレッドが死んだら、彼女もカードを残して消えるのだろうか。なんとなく怖くてそれ以上のことは考えられなかった。
おっと、話が逸れた。
そんなわけで、冒険者を襲うだけの存在であるモンスターとの戦闘が、俺はあまり好きではない。だからこれまで積極的には関わって来なかったんだけど、Sランク冒険者を目指すためにはそうも言ってられないらしい。
なにせ『レベルアップ』するためには、モンスターを倒す以外に手がないのだから。
「この先の角を曲がったところにモンスターが三体いるね。最初だからとりあえずモードレッドがやってみて?」
「わかりました、全力で排除します」
「さて、どんなモンスターが現れるのかなぁ?」
俺たちは慎重に曲がり角まで行くと、リリスが情報端末を取り出して操作して画面に何かを映し出す。
「この先の映像を映し出すよ──えっ?」
リリスが絶句する。
俺も映し出された映像を見て言葉を失った。
ここのダンジョンの名前は《 キューティー・アンデッド・ダンジョン 》。だから、おそらく出現するモンスターは″死者″系のモンスターだと推測していた。
ゆえに俺たちは……″キューティー″の意味の方を深く考えていなかった。だけどまさか、こんなことがあり得るなんて想像もしていなかった。
「こ、これは……なんなんですの?」
「し、信じられない……」
画面に映し出されていたのは、三体の骸骨──俗に言う″スケルトン″ってやつらだ。
だけどこいつらは普通のスケルトンじゃなかった。思わず絶句してしまうほどに、見た目が異常だったのだ。
「い、色がピンクの……スケルトン?」
「目の形が……ハート形ですわ」
そいつらは、全身──いや全骨がピンク色に染まり、骸骨の眼窩がハート形になった、可愛らしいスケルトンだったんだ。
◇
「モードレッド、やっておしまい」
「はい、マスター。──【 ドリル・クラッシャー 】」
ガリガリガリッ!
鈍い音が響き渡り、モードレッドのドリルと化した左手によって、ピンクの可愛らしいスケルトンはあっという間に粉々に粉砕されてゆく。
光の粒子となった後に″カード″と化したあたり、この妙に派手なスケルトンも普通のモンスターだったんだろう。
「マスター、排除完了しました」
「……うーん。データ上は、見た目が変なだけの普通のスケルトンなんだけど……モードレッド、こいつらに異常を感じなかった?」
「はい、マスター。問題ありません」
どうやら見た目が奇妙なだけで、中身は特に問題無かったみたいだ。それにしても、さっすがモードレッドさん。たとえ不気味なピンクスケルトンでも、無表情のままアッサリとドリルで粉砕だもんな。
「どれどれ、さっそくモンスターの落としたカードを確認してみよっかなぁ……って、なんじゃこれ!」
スケルトンが落としたカードを拾ったリリスが素っ頓狂な声を上げる。見せてもらうと──そこには『G ピンクリボン』と書かれたピンク色のリボンが描かれていた。他の二つも似たようなもので、『G ピンクカチューシャ』、『G ピンクゴムバンド』と書いてある。
「うーん、意味がわからない。たぶんGだからジャンクカードっぽいんだけど……一つ実体化してみよっか」
リリスが『ピンクリボン』のカードを握りしめると、ポンッと音を立ててピンク色のリボンが出現した。
「……リボンですわね」
「……リボンですね」
「分析してみたけど、魔力もろくにないジャンク級じゃんかっ!」
苛立たしげにリリスがリボンをぺいっと放り投げる。
「普通は、お金とかアイテムを落とすんだけどなぁ……まさかこんな可愛いらしいアイテムだけとは」
「マスター、試しに他のモンスターも狩ってみますか?」
「そ、そうだね。そうしてみよっか」
気を取り直して三人でさらに奥まで進んでいくと、次に出現したのは──。
「……ピンク色の包帯を巻いたマミーだって?」
「あちらには……ゴーストでしょうか。ピンク色の雲がふわふわと浮かんでいます」
なんというか、可愛らしいピンク色のモンスターばかり。もちろんモードレッドさんがドリドリして全て一瞬で粉砕してしまった。
他にもウマ型やイヌ型のピンクスケルトンや、ピンク色のドロドロしたスライムみたいなのまで──とにかく出てくるモンスターが全て『ピンク色で可愛らしい』のだ。
おまけに落とすアイテムカードがほとんど″Gランクのピンク小物″ばかり。稀にお金を落とすけど、極めて少額だった。
……なるほど、《キューティー・アンデッド・ダンジョン》って名前の意味がようやく分かったよ。
どうやらここは──可愛らしいアンデッドばっかりが出るダンジョンであるらしい。




