29.冒険者登録!
ここから第6章となります!
しくしく……しくしく……。
暗く広い部屋の中、静かに女性らしきものの泣き声だけが聞こえてくる。
泣いているのは、白銀色の美しい髪を持つ少女。床に座り込み、膝を抱えるようにして、顔を隠して泣いている。
しくしくと泣き続ける少女に、ゆっくりと近寄る影があった。
影は、まるで数百年もの時を過ごしたかのようにボロボロの黒いローブを羽織った人物だった。ゆっくりと少女に向かって右手を伸ばすと、ローブがはだけて右腕が露わになる。
その右腕は──なんと白骨であった。
明らかに人間ではないローブの人物は、だが少女の頭に触れる寸前で手を止める。行き場の無くなった白骨の手は、そのまま自らの頭を覆ったフードに添えられる。
──はらり。
フードが退けられて現れたのは、やはり白骨となった頭蓋骨だった。本来は目があるべきところが赤黒く輝き、邪悪な明かりを灯している。
だが少女は、彼の存在に気付いていないのか……そのまま泣き続けている。
不気味な頭蓋骨の口が、少女に向けてゆっくりと開かれる。
……だが、一切の感情が感じられない髑髏から言葉が発されることはなかった。
生者ではないものたちの王──《 不死の王 》と呼ばれる存在である彼のものは、泣いている少女から踵を返すと、すぐ近くにある王座へと座る。
ガチャリ、と骨と骨がぶつかる音だけが、広い部屋の中に静かに響き渡る。
ここは、《 不死の王 》が鎮座する死者の王座。そこに唯一の生者として存在している白銀色の髪の少女。
ここはどこなのか。この少女は何者なのか。そして、二人はどんな関係なのか。
全てを知るものは、今はまだ──何処にもいない。
◆◇
さぁ、やって来ましたダンジョン探索!
昨日の夜はドキドキしてなかなか寝付けなかったよ。まるでお祭り前夜の子供みたいな心境だよね。
今回 俺が冒険者として初めてダンジョンに挑むにあたり、パパ侯爵はものすごく反対してたんだけど、最終的には折れてくれた。その理由が──ルクセマリア王女だってんだから、なんとも複雑な気分である。
「アレス王から聞いたんじゃが……ルクセマリア王女とどちらが先にダンジョンクリアするか勝負するらしいな?」
「……ええ、そうらしいですわね」
「あいわかった! であればマンダリン侯爵家の令嬢として全力で勝ってくるが良い! ルクセマリア王女には絶対負けるでないぞ! リリス殿、モードレッド殿、たしかに頼んだからな!」
なんでもパパ侯爵とアレス王は、冒険者だった頃になにかと競争共闘を繰り返してたらしい。「お互い血は争えないぴょん」とかで、なんだかんだで王家公認で許可を貰った形だ。
ってかさー、自分の王女様をそんなにあっさりと冒険者にする許可を出すなよ! と声を大にして言いたい。
「そんなこと言ってたら、王子様お姫様が参加するゲームなんて全部成立しないよ?」
いやリリスよ、ここはゲームの世界じゃないからね?
「お嬢様、ほんとうにお美しくなられましたワン……」
朝起きて出かける準備を整えていると、手伝ってくれていた舞夢が感慨深げに全身を眺めてくる。
俺がラティリアーナの身体になって約三ヶ月、この肉体は大きく変化を遂げていた。
ぶよぶよの脂身の塊だった肉体はうっすらと筋肉の筋が浮き出るようになり、かなり引き締まった印象に見える。これだと″ちょいぽっちゃり″くらいの印象かな? 何も知らない人が見ても、これがオーク令嬢だとは思わないだろう。
かなり痩せたおかげで、【 変身 】の持続時間もかなり伸びた。戦闘を無視したなら10時間は持つんじゃないだろうか?
最近では痩せた姿でいる方が長いくらいで、どっちが本当の姿だか分かりゃしない。毎回脱衣タイムになることも無くなったのも大きな進歩だ。
併せて、健康的で栄養バランスの取れた食事を摂っていたから、髪や肌の艶がハンパなく良くなっていた。髪の毛なんて太陽の光を当てたら″天使の輪″が出来るくらいだ。
「マイムは以前のお嬢様も好きでしたが……今のお嬢様は誰もが振り返るくらい魅力的ですワン」
「……ふん。当然ですわ」
照れ隠しの暴言を返しながら、俺は冒険者らしい服装に身を包んでいく。
今回用意したのは、冒険者が好む大きめのマントに、肩や胸などの急所だけを守る簡易保護パーツをつけた女の子用の服だ。
下はもちろんスカートだ。だって可愛らしいんだもん! ただパンチラ防止でスパッツは履いている。見せパンなんてしないんだからねっ! ……我ながらちとキモいな。
長い髪の毛を舞夢に編み編みしてもらい、腰に″断魔の剣″を差して──いっちょ完成だ。これなら誰も自分がマンダリン侯爵令嬢だと分からないだろう。
「ラティは準備できた? それじゃあ出発しようか!」
「私も準備万端です、マスター」
こちらも着替えてきたリリスとモードレッド。ちなみにリリスは冒険者らしくない可愛らしいワンピース姿。こいつ、自分の魅せ方が分かってやがる……。一方モードレッドは普段通りメイド服だ。
いやいや、こいつらやる気あるの?
「ボクは体力無いから軽装備の方がいいんだよ。そもそも道具類は全て″空間魔法″で格納してるしさ」
「私は全身を武器化させるときに支障が出ますので」
……なるほど、ちゃんと理由はあったのね。
さて、準備が出来たところでいよいよ出発だ。
目指すは──ヴァーミリアの街から出てすぐのところにある墓地に出現したという《 キューティー・アンデッド・ダンジョン》。
「くれぐれも気をつけてくださいワン! 無事のお帰りをお待ちしてますワン!」
悲しそうに手を振る舞夢に見送られ、俺たちは意気揚々とダンジョンへと出発したんだ。
◇
「ダメです」
「えーっ!?」
俺たちの冒険は、スタート直後につまずいてしまう。なんとダンジョンの入り口を守っていた警備兵に門前払いを食らってしまったのだ。
交渉役の──というか、うちのメンバーで唯一のまともに他人と会話ができるリリスが、必死に警備兵に食い下がる。
「なんでダメなの? アレス王のお墨付きもあるよ、証拠はないけど」
「そ、それでは意味がないのでは……っと、そうじゃない! 仮に王が許可していたとしても、君のような未成年のお子様や御付きの侍女のようなピクニック気分な人たちを、危険なダンジョンに入れるわけにはいかないんだよ!」
「カッチーン! こう見えても成人してるんですけど!」
「なんと! 合法ロリ!」
最後の方の会話は無視するとして、どうやら俺たちを『観光気分でダンジョンに来たアホ』と思われているようだ。そりゃそうだよな、ワンピースでダンジョンに潜るやつなんて見たことないし。
「じゃあさ、どうしたらボクたちを冒険者だって認めてもらえるの?」
「それは……もちろん冒険者ギルドから許可を貰って来たら、ですかね」
あ、そういえば俺たち冒険者登録してなかったわ。
「ねぇラティ、あいつ聞き分けがないよ? モードレッドにバラさせる?」
「3秒あれば対応可能です、マスター」
おいおい君たち、なに物騒なこと言ってるのかな?
こいつらを放っとくと危険だから、リリスの首根っこを捕まえて冒険者ギルドに向かうことにした。
「ね、ねぇちょっと!? ラティってば苦し……ぐえー、死ぬー!」
◇
リリスを引きずるようにしてたどり着いたのは、ヴァーミリアの街の一角にある″冒険者ギルド″。ここでは冒険者の登録や適性検査、仕事の受注や斡旋、はたまたパーティメンバーの募集や悩み相談まで、幅広く冒険者に関連する業務を行っている。
今回の目的は、俺たちの冒険者登録だ。
ラティリアーナはまだ未登録ではあるんだけど、リリスたちですら冒険者登録をしてないのは驚きだった。
「前にボクたちがクリアしたダンジョンでは、あんな警備兵なんて居なかったんだけどなぁ」
「……リリス、あなたもしかして″未発見のダンジョン″をクリアしましたの?」
「未発見? んー、そう言われたら確かにそうかもね。他に冒険者の姿なんて見なかったもんなぁ」
……未発見のダンジョンに一人で潜って、モードレッドの力を借りたとはいえ一発でクリアするとか、こいつもしかしてとんでもない変態なんじゃないのか?
とはいえ、今回はちゃんと国と冒険者ギルドによって管理された正規のダンジョンだ。ちゃんと手続きを取らないと入れないんだから、やるべきことはちゃっちゃと済ましてしまおう。
カランカラン、とドアベルの音を鳴らしながら中に入ると、ギルド内にいた人たちの目線が一気に集まってくる。俺は目立たないようにマントにフードを深く被ってたけど、どうみても子供にしか見ないワンピース姿のリリスやメイド服姿のモードレッドはすさまじく浮いていた。
「……おいおいお嬢ちゃん方、入り口を間違えてないかい? 仕事の依頼ならあっち側の扉だぜ?」
頬に大きな傷跡がある強面の男が、ニヤニヤしながら話しかけてくる。
「おいおいスタージュン、おめーの汚ねぇツラ見たらお嬢さん方ビビって逃げちまうぜ?」
「っるせーなタコ助! 俺はお嬢ちゃん方に親切に教えてやってるだけだよ!」
目の前で行われるやりとりを見ていて、俺はなんとも言えない気持ちを味わっていた。
冒険者ギルド──ずいぶん久しぶりだな。なんていうか、懐かしさすら感じてしまう。
手前にあるのは、冒険者向けの依頼が貼り付けられた掲示板と、仕事の受付だ。気に入った仕事があれば、紙を剥ぎ取って受付に渡すと仕事の依頼完了となる。
イマイチ良い仕事が無ければ、奥にある食堂兼居酒屋で酒を飲んで暇を潰す。そう──ちょうど今絡んできてる酔っ払いたちみたいに。
「っておいおいあんた! 俺の話を聞いて……って、えっ?」
頬に傷跡の男──スタージュンが俺の肩に手を置いたとき、指が掠めてフードが外れる。晒された素顔を見て、なぜかスタージュンの表情が凍りついた。
「あ、あんたまさか……いや、よくみたらスタイルが違うよな。それに″冒険者狩り″はあれ以降消えちまったしなぁ……」
うわー、こいつもしかして″冒険者狩り″のときの被害者だったりする? あのときはちょっと調子に乗って狩り過ぎたからなぁ……。とりあえずバレる前に誤魔化しておくか。
「宜しければ、わたくしたちに冒険者になる方法を教えてくださいませんこと?」
「あ? ああ……あっちに行けば受付があるから、そこで相談するんだな」
「わかりましたわ」
「あれれ? なんで素直に教えてくれるの? そもそもここで襲いかかってくるのが定番パターンじゃ……って痛たたっ!」
意味不明なことを口走ろうとするリリスの頭をひっぱたいて、教えてもらった《 初回登録受付 》と書かれた看板が下がった場所に向かう。
受付では、眼鏡をかけたとんがり耳の女性が、カリカリと書類に何かを書き続けていた。おお珍しい、この子ハーフエルフじゃないか。
「すいませーん、冒険者登録したいんですけど?」
「ふぇ? あ、初回登録ですね! はいはいわかりました。私は受付のピナといいま……って子供っ!?」
「ぶぅぅぅっ! こう見えて成人してるんですけど!」
「えっ? せ、成人? ぜったい嘘ですよね!?」
ったく、リリスに話をさせると手続きが先に話が進みやしない。仕方ないので、ラティリアーナ節になるけど俺が前に出ることにする。
「……いいから早く手続きを教えるんですわ」
「は、はひいっ!?」
このピナとかいう受付の子、エルフの血が混じってるにしてはドン臭い子な。だいたいエルフといえばキビキビしてるイメージなんだけど。
「冒険者登録は、皆様の″血″で登録させていただきます。この人工魔法具【 ブレイブ・データベース 】に登録されたデータは、全冒険者ギルドと共有されます。たとえ死んでも髪の毛一本あればデータベースと照会して特定できますので、のたれ死んでも安心ですね♪ 過去には魔獣のフンから特定されたことだってあるんですよ?」
いやいや、そんなエグいこと嬉しそうに語られてもドン引きなんですが……。
「この″測定オーブ″がなんらかの色を発したら、最低限冒険者に必要な能力値をクリアしていると見なされて、登録完了となりまーす。ではさっそく登録させていただきますね?」
血の登録とは、指先を針でちょっと刺して出てきた血を、手持ちの機械に入れるだけで完了する。これだけで個人登録できるんだから、データベースは偉大だと思う。
「では、一人ずつ名前を登録させてもらいますね。まずは貴女は──」
「ラティですわ」
「ラティさんですね。うわぁ……魔力値が相当高いですね! 測定オーブがすごい反応してます! もしかして魔法使いさんですか? 」
「……そうですわね」
面倒なので適当に答えておく。どうせこんな登録なんて適当なんだからどうでも良いだろう。
「貴女のような素質のある方は冒険者ギルドとしても大歓迎です! ぜひ立派な冒険者になってくださいね! では次は──」
「モードレッドです」
「モードレッドさんは……えーっと、よくわからないですが、人族じゃないみたいですね。とりあえずデミヒューマンで登録しときますね」
おいおい、なんか適当だな。そんなんでいいのか冒険者ギルドよ?
「おお、モードレッドさんは戦闘能力値が極めて高い反応を示してます! あなたは戦士……メイド?」
「私はマスターのサポートをするのが役目です」
「あ、じゃあ戦士ってことにしときますね!」
うん、やっぱりこのピナってやつが適当すぎるだけだな。
しかしこの測定器ってやつは曖昧な感じにしか能力値は分からないみたいだ。おかげで面倒ごとに巻き込まれることは避けられてるけど。
「最後は……お嬢ちゃんですね?」
「リリスだよ! リリス・アマテラス!」
「はいはい、わかってまちゅよー。ちょっとチクっとするけど我慢してくだちゃいねー?」
「……こいつ、夢の中で無い乳揉みしだいてやる」
「あん? バラすぞこのガキ!」
いろいろあったけど、結果的にはリリスも問題なく基準をクリアしたらしい。
普通、化け物じみたリリスの魔力とか感知したら大変なことになると思うだろう? だけど俺たちは魔力や戦闘能力が低く出るようにあえて細工をしてたから、特に問題は起こらなかった。これもリリス直伝の魔力コントロールのなせる技!
「はい、これで登録完了しましたよー。みなさん、晴れてFランク冒険者からのスタートです! あ、カードは絶対無くさないでくださいねー。再発行手数料取りますからね?」
ブロンズ色の冒険者カードを手渡されて、ようやく冒険者登録が完了した。改めて冒険者になれたことじんわりと胸が熱くなる。あぁ、俺はこんなにも冒険者が好きだったんだな。
……さて、感傷に浸るのはこのくらいにして、ピナに《 キューティー・アンデッド・ダンジョン 》への入場許可について相談してみるとするかね。
「え? 《 キューティー・アンデッド・ダンジョン 》にチャレンジするんですか? だったら″パーティ登録″が必須ですよ?」
へ?
パーティ登録ってなんだ?
「ご存知ないんですか? 冒険者ギルドでは身元保証や保険、裏切り防止などの目的のために″パーティ登録″を推奨しているのです。そして今回のようなダンジョンアタックにはこのパーティ登録を必須にしています」
なるほど、そんな制度があったんだ。以前の俺はソロでばっかり活動してたから全然知らなかったよ。
「登録自体はすぐに出来ますが、パーティ名とリーダーを決めてもらえますか?」
「パーティ名……」
やばい、そんなの急に言われても出てくるわけがない。救いを求めるようにリリスに視線を向けると、無い胸を張ってピナに答えた。
「じゃあ、リーダーはラティで。パーティ名は──そうだなぁ、《 紫水晶の薔薇 》なんて良いんじゃない?」
おいおい! 何勝手に人をリーダーにしてるんだよ!
胸ぐらを掴みながらリリスを締め上げると「だってリーダーなんてめんどくさいんだもーん」などとほざきやがる。
腹が立ったからさらに締め上げてると「ウソウソ! ほら、ボクだと毎回子供に見られて面倒でしょ!」などと言い訳を始めて手を止める。
……確かにこいつがリーダーだと子供扱いされて手間だし、モードレッドは主体性が無いから難しいもんな。モードレッドも「マスターの提案が一番現実的で効率的です」と言ってるし……。
「ではラティさんがリーダーでよろしいですね。パーティ名は《 紫水晶の薔薇 》……女性だけのパーティなんて珍しいですよ!」
「あっ……」
「へ? なにか問題でも?」
「……いえ、なんでもありませんわ」
結局、パーティ名とかいろいろとうやむやのまま、人生初のパーティは結成されることになった。
この瞬間、のちに伝説となる冒険者パーティ《 紫水晶の薔薇 》が、産声を上げたんだ。
……なーんちって! 俺ってばやっぱり舞い上がってんのかな? やっぱりなんだかんだで初めてのパーティ結成だしね!




