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27.人質……そして決着

 それまで余裕であしらっていたはずなのに、たったの一撃で簡単に吹き飛ばされた怪盗マスカレイド。そんな彼を見下すように、傲慢な笑みを浮かべるラティリアーナ。


「無様なものね、怪盗マスカレイドとやら。あなた、その程度ですの? もうすこしわたくしを──楽しませてくださらないかしら?」


 彼女の方から放たれた挑発は、怪盗マスカレイドのプライドをいたく傷つけた。それまでの余裕の笑みを凍りつかせると、とてつもなく邪悪な目つきでラティリアーナを睨みつける。


『……もう手加減はなしです。紫水晶アメジストの乙女よ、傷つけても恨むでないぞ!』


 刃を上に向ける独特な形で剣を構えるマスカレイド。そこから縦横無尽に突き出された剣戟は、しかしラティリアーナにあっさりと弾かれていた。

 時には躱し、時には撃ち返し、また受け流す。一連の動作を、ラティリアーナは片手に本を持ったまま行なっていた。

 まるで先ほどまでと真逆の状況に、傍観していたルクセマリアだけでなくダスティも驚きを隠せずにいる。


「……ありゃとんでもない剣技ですな。さっきまでと立場が完全に逆転してますぜ。柔と剛、力と技を兼ね備え──しかもそれがコロコロと切り替わってるようにオレには見えますよ」

「ラティリアーナ……」


 ルクセマリアには、ラティリアーナがとても遠くに行ってしまったように感じていた。

 おかしい。本来であれば《 月下氷人の杖キス・アンド・デス 》を手に入れた時点で自分の方が遥か高みに立ったはずだった。なのになぜ──。


 ギィィィィン!

 鈍い音が響き渡り、怪盗マスカレイドの剣が弾き飛ばされた。驚愕の表情を浮かべるマスカレイドの喉元に、ラティリアーナが剣を突き立てる。


「……この程度とは失望しましたわ。でもまぁ多少は楽しませていただきましたわよ」

『うっ……ぐっ……』


 悔しげに歯軋りをするマスカレイド。だが一瞬、彼の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。


『まさかここまでとは……感服しましたぞ、紫水晶アメジストの乙女。だがこうなっては仕方ありませんな、私も奥の手を使わせていただきましょう』


 何かしてくる! ルクセマリアが感じたとき、怪盗マスカレイドがパチンと指を鳴らした。


 ──しかし、何も起こらない。


 なんだ、ただの虚仮威しなのだろうか。

 そう思って少し安堵したルクセマリアの腕を、隣に居たダスティが急に掴んでくる。しかも、これまでと違って手加減しで、だ。


「痛たたっ。ダスティ、何をするのです?」

「……」


 ダスティは答えない。代わりにさらに掴む力を強めていく。

 さすがにおかしい。ルクセマリアは慌てて振りほどこうとするが、怪力の持ち主であるダスティの手は簡単には解けない。


「ダスティ! やめなさいっ!」

「……」

「っ!? まさか、あなた……」


 ルクセマリアは見た。まるで生気の感じられないダスティの目を。

 そして理解する。ダスティが──自分の意思以外で動いていることを。


「あなた、まさか操られ──きゃっ!?」


 無言のダスティが、返事の代わりに太い腕でルクセマリアの首を押さえ込んだ。抵抗すらできずに、ルクセマリアは完全に捕縛されてしまう。

 ルクセマリアを抱え込むようにして立ち上がるダスティ。その様子を見て、怪盗マスカレイドが口元を歪ませる。


『クハハッ! どうやら私の傀儡人形が機能したみたいですね。紫水晶アメジストの乙女よ、どうします? 王女様はこうして私の手に落ちましたぞ!』

「……貴方には失望しましたわ」

『ご希望に添えなくて申し訳ありませんなぁ。……ではとりあえず、お手持ちの剣を放置して頂きましょうか』

「ダメよラティリアーナ! あたしのことは──むぐぐっ!?」


 すぐに口元を押さえられ、ルクセマリアはそれ以上喋れなくなってしまう。

 なんということだろうか、よもや自分が人質になってしまうとは。あまりの悔しさに、涙が溢れてくる。

 ラティリアーナの邪魔するくらいなら、死んだ方がマシだ。ルクセマリアは手に持っていた《 月下氷人の杖キス・アンド・デス 》を強く握りしめる。


 ──自爆攻撃。

 ルクセマリアの奥の手だ。自らが凍りついてしまうことを厭わずに《 月下氷人の杖キス・アンド・デス 》の力を解放すれば、このピンチは逃れられるだろう。だが──。


『おおっと王女様、やんちゃはそのくらいにして頂きましょうか』

「あぐっ!?」


 杖を持つ腕をダスティが万力のような力で掴みかかった。ぎりぎりと音を立てて骨がきしみ、耐えきれなくなったルクセマリアはついに杖を落としてしまう。

 完全に丸腰になってしまった彼女に、もはや逆らう術はなかった。


「余計なことはしないでおとなしくしてくださるかしら? ルクセマリア王女」

「んーっ!」

『フフフ、紫水晶アメジストの乙女はご理解が早くて助かりますなぁ。さぁ、武器を捨てて貰いましょうか』

「……ふん。興ざめね」


 面白くなさそうにそう呟くと、ラティリアーナは手に持っていた剣を放り投げた。


『フハハハッ! 素直でよろしい!』

「んんーっ!!」


 どうして!? なんでラティリアーナは武器を捨てるのっ!?

 乾いた音を立て、すぐ近くまで転がって来たラティリアーナの剣を目で追いながら、ルクセマリアは混乱していた。

 あたしのことなんて、あなたは歯牙にもかけて無かったんじゃないの? あたしがどうなろうと、関係ないんじゃ無かったの? なのにどうして──。


 ルクセマリアは涙を流した。

 己の弱さが悔しくて。役に立つどころか足を引っ張る己の愚かさに。そして──自分を守るために武器を捨てたラティリアーナに対して。

 ルクセマリアは涙が溢れる瞳でラティリアーナを見つめる。きっと足手まといの自分のことなど、蔑んだ目で見ているに違いない。だがルクセマリアの予想は外れていた。


 ラティリアーナは、笑っていた。

 不敵に、決して諦めるでもなく。


 一方、怪盗マスカレイドもラティリアーナの様子に気づいていた。だが相手は丸腰。ただの強がりだと判断し、飛ばされた剣を拾い上げてラティリアーナに近づいていく。


『さぁ。チェックメイトですよ、紫水晶アメジストの乙女』

「……」

『なのに、貴女はなぜ笑っているのです? 完全に追い込まれているのは貴女なのですよ?』


 マスカレイドが剣先で、ラティリアーナの首から下がっていた《 銀嶺の雫 》を引っかけて持ち上げる。だがそれでも、ラティリアーナは表情一つ変えない。


「本当に愚かですわね、怪盗マスカレイド」

『……なんですと?』

「やることも下衆なら、行動も下衆。とんだ期待はずれでしたわ」

『下衆で結構。さぁ、《 銀嶺の雫 》を渡して貰いましょうか?』

「貴方に渡すのは──これですわ」


 何か来る!

 怪盗マスカレイドはラティリアーナから距離を取り、全力で警戒する。だが──何も来ない。

 ラティリアーナがニヤリと口元を釣り上げる。その様子を見た瞬間、マスカレイドは自分が彼女の策の中に陥ったことを悟った。


「──飛びなさいっ! ″断魔の剣″!」


 なんと動いたのはラティリアーナではなく──彼女が放置した魔剣だった!

 まるで意思を持ったかのように宙を舞い、剣先が向かうは──ルクセマリアを拘束していたダスティの顔面!


「んんっ!?」

「っ!?」


 そこはさすがに騎士隊長まで務めるダスティ、操られているとはいえ反射的に手を出して飛んできた剣を叩く。

 だが──その行動がもたらした結果は決定的であった。

 それまで体を拘束していた腕が外れたことで、ルクセマリアが僅かに自由を取り戻したのだ。そのスキに、全力を込めてダスティから逃れようとする。


「今ですわっ!」

「うおぉぉぉぉぉおっ!」


 ラティリアーナの声に合わせて、突如何も無い空間から何者かが出現する。手に槍を持った金髪の美青年──アーダベルトだ。

 あまりにも急に出現したので、さすがのダスティも躱すことができない。


 ズドンッ。

 鈍い音が鳴り響き、ダスティの巨体が揺れる。

 そのまま──鳩尾辺りを槍で撃ち抜かれたダスティが、地面に崩れ落ちた。


「きゃあ!」

「大丈夫ですか? ルクセマリア王女」

「あ、あなたは──アーダベルト!? どうしてここに!?」


 アーダベルトに支えるように抱きかかえられながら、ルクセマリアは戸惑いを隠せずにいる。なぜ彼がここにいるのか。そしてどこから現れたのか──。


「ラティリアーナ様から助っ人を頼まれてたんですよ。リリス殿の隠匿魔法で隠れ潜んでいて、隙を伺ってたんです」

「隠匿魔法……そのような魔法が」

「それよりも──あちらのほうが気がかりです」


 アーダベルトに促されて視線を向けると、そこでは──呼び寄せた剣を手に持ち余裕の笑みを浮かべるラティリアーナと、悔しそうに歯ぎしりをする怪盗マスカレイドが正面から対峙していた。


「さぁ、どちらがお仕舞いかしらね? 怪盗マスカレイドとやら」

『ぐぬぬ……おのれ紫水晶アメジストの乙女……っ!』


 ついに、二人の戦いは最終局面を迎える。




 ◆◆




 あ、あぶなかったぁ!

 一か八かの賭けが上手くいって、俺は心の底からホッと胸をなで下ろしていた。



 怪盗マスカレイドをうまく中庭に誘き寄せることに成功したまでは良かったけど、まさか王女がこの場に来てるとは……。

 事前の作戦では、アーダベルトたち四人がリリスの隠匿魔法【 ミラージュ・サイト 】を使って周囲に隠れ潜むことになっていた。だから予想外の出来事があっても、ある程度対処できるように準備は整えていたけど……まさか主人公の仲間だと思って安心してたダスティが裏切るとは、夢にも思わなかったよ!


 改めて魔眼でダスティを見ると、胸のあたりに付けているピンバッチからドス黒い魔力が滲み出ているのが分かった。

 なるほど、あの呪われた魔法具マギアを身につけてるせいで操られちまってるんだな。なんでそんな変なもんを装備してんだよ!これだから脳筋は──って、なんかリリス節が移っちゃったよ。


 さて、理由が分かったところでどう対処したもんかと考える。とりあえず笑ってごまかしていると、不意に頭の中にリリスの声が聞こえてきた。近距離ならパーティ内のメンバーへの一方的な連絡が可能になる念話魔法だ。


『王女様のことはこっちでなんとかする。だから、ちょっとだけダスティの気を逸らしてもらえないかな!』


 はぁ? こちとらマスカレイドの相手で手一杯なんですけど!

 だがそこで怪盗マスカレイドの言葉から、ある作戦が思いつく。

 ──そうだ、″断魔の剣″を飛ばせば良くね?


 俺はわざと剣をダスティの方に放り投げて、隙を作る。油断したマスカレイドがこちらに寄ってきて──よし、今だっ!

 これまで密かに宴会芸として夜に練習していた″断魔の剣″の裏技《 天翔 》。魔力を込めたら空を飛ぶことができるこの剣を、遠隔操作してダスティのやつに叩きつけてやった!


 そしたら──なんと何もない空間からアーダベルトが出てきて、一撃でダスティを気絶させてルクセマリア王女を救い出すことに成功する。いよっ!さすがは主人公!

 その間に俺は魔力を込めて剣を引き戻すと、怪盗マスカレイドに突きつける。奴の驚いた顔! くくく……決まったぜ!


「リリス! ダスティの胸にあるピンバッチを破壊しなさい!」

「はいよ、モードレッド!」

「承知しました」


 アーダベルトと同様に風景の中から突然現れたリリスとモードレッド。この様子だと、この場にいない美虎ミトラはまだどこかに隠れ潜んでるんだろうな。

 リリスが気絶したダスティを蹴飛ばして仰向けにすると、モードレッドが左手をドリルに変化させる。


「──【 ドリル・クラッシャー 】」


 ギュイィィィイン! 耳障りな音が鳴り響き、ドリルがピンバッチを粉々に破壊する。さすがは破壊担当、仕事はキッチリこなしてくれる。おまけでダスティの上着がビリビリに裂けて上半身裸になってしまったけど──誰得よ?

 でもダスティからドス黒い魔力が消え去ったのが確認できたので、取り敢えず安堵する。


「どうやらもう大丈夫みたいですわ」

「オッケー! あとはそっちをちゃっちゃと片付けてね」


 おいおい、人ごとだと思ってずいぶんと気軽に言ってくれるもんだ。

 とはいえ確かに俺も、もうこいつの相手をするのに飽き飽きていた。いいかげんケリをつけるとしよう。

 俺は大きく息を吐くと、間抜け面で立ち尽くす怪盗マスカレイドに剣を突きつける。


「さぁ、もう舞踏会はお終いですわ。ラストダンスの準備はよろしくて?」

『ぐ、ぬぬぬっ……この怪盗マスカレイドがっ……こんな小娘にっ!』


 これまでの紳士面はどこへやら。正気を失ったマスカレイドに、もはや変態怪盗としての面影はない。黒く濁った怨みがましい目でこちらを睨みつけてくる。だけど俺はそんなもので怯んだりはしない。


「上には上がいるのですわ──観念なさい」

『ぐぅぅ…………ぐぅおおおぉぉおおっ!』


 奇声を発する怪盗マスカレイドのマスクから、真っ黒な魔力が吹き出した。前に突き出された手の先から10本の百合が飛んでくる。


 もしかしたらこいつも操られてるのか? 一瞬そんな疑念が脳裏に浮かぶ。

 だけど今はそんなことを考えている場合じゃない。俺は気を取り直すと、魔本《 紅き魔導書スカーレット・グリモア 》のページを指でなぞる。


 ──爆裂魔法── 【ヴァイオ・ボム】


 ふつうの人の目には見えない紫色の爆弾を手に取り、飛んで来た百合に投げつける。そのうち一本が爆弾に刺さり、一気に炸裂した。

 発生した衝撃波によって、10本の百合が全て吹き飛ばされる。衝撃で体勢を崩す怪盗マスカレイド。俺は一気に近寄ると、素早く《 紅き魔導書スカーレット・グリモア 》のページを捲る。


 開いたのは、とっておきの魔法セットを綴じ込んだページ。俺は素早く文字を指で弾く。

 このページには、【 身体強化 】を1秒の間に三つ連続で発動するように設定してあった。これから発動する技の難しいところは、魔法の発動タイミングに完璧に合わせて身体を動かさなきゃいけないって所にあった。

 まず最初のコンマ3秒で両足に身体強化を集中させて爆発的な加速度を得る。ビキビキッと悲鳴をあげる全身の筋肉を無視してコンマ3秒で右手に身体強化をかけると、限界ギリギリまで伸びる右手を鞭のようにしならせる。

 そして──極限まで蓄積されたエネルギーを、ラストのコンマ4秒で一気に爆発させる。こうして放たれる神速の突きは、もはや普通の人間の目に止まる次元を超えていた。


 ──断魔流剣術・新奥義 ──《 三蓮華さんれんげ 》。

 現時点で俺が放てる最大の一撃の名だ。


 少しでもタイミングがずれると発動しない難しい技なんだけど、今回は綺麗に繋げることができた。

 最後に見たのは、怪盗マスカレイドの驚愕する顔。

 目にも留まらぬ速さで放たれた剣戟は、さすがのマスカレイドでも反応すらできないまま──寸分たがわず怪盗マスカレイドの仮面マスクを撃ち抜いた。


「さようなら、怪盗マスカレイド。あなた、わたくしのダンスの相手にはちょっと物足りなくてよ?」


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[一言] 脳筋マッチョの上半身が…あらわに…ゴクリ
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