表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/95

26.仮面舞踏会

 

 今宵の″冒険者狩り″の相手は、なんとびっくりアーダベルトだった!

 どうやら相手も月明かりのおかげでこちらの正体に気づいたようだ。臨戦態勢を解き、少し困ったような表情を浮かべながら話しかけてくる。


「……やはりラティリアーナ様でしたか。このようなところで一体なにをしているのですか?」

「ふん。貴方には関係ありませんわ」

「冒険者たちの噂を聞いて特徴が貴女に良く似ていたので、もしやと思って巡回していたのですが……まさか本当に″冒険者狩り″がラティリアーナ様とは」

「……どこかのダンジョンに潜ってるはずのアーダベルト様が、なぜこのような辛気臭い場所に居ますの?」

「それはこっちの台詞ですよ! 王都の近くに死霊が湧くダンジョンが新たに出現したと聞いて、驚いて戻ってきてみたらこんなことになっているとは──出てきていいよ、美虎ミトラ

「あいがるよ!」


 合図に合わせて出てきたのは、物陰に隠れていた美虎ミトラだ。全然隠れているのに気づかなかったよ、まるでネコ科の動物みたいだ。


「気づいてたんだけど、二人だからまぁ良いかなーって」

「マスターに止められました」


 こちらも物陰からリリスたちがとぼとぼと出てくる。変装までバッチリ決めた俺たちを見て、アーダベルトがこめかみを押さえながら大きなため息をついた。


「貴女のことですから大人しくしているわけがないとは思ってましたが、なんでまた″冒険者狩り″などをしているんです?」

「……わたくしがなにをしようと自由ですわ」

「まぁまぁ二人とも、落ち着いて。こうなっちゃ仕方ないから白状するけど、一連の行動は怪盗マスカレイドを捕まえるためだよ」


 せっかく適当に答えて誤魔化そうとしてたのに、あっさりと白状するリリス。こいつ、拷問とかで最初に口を割るタイプだな。


「怪盗を誘き出すために、わざと派手なことをやってメッセージを残してるんだ」

「やっぱりそうだったんですね……そうじゃないかと思ってたんですよ」


 アーダベルトは整った顔を歪めてこちらを責めるような目を向けてくる。まったく、美虎ミトラはニヤニヤしてるだけだってのに、なんてこいつはこんなに突っかかってくるのかな?


「ラティリアーナ様、このような危ないことは止める気はありませんか?」

「貴方に指図される謂れはありませんわ」

「僕が……貴女の婚約者で、貴女の身を案じているとしても?」

「余計なお世話ですわ」


 あ、そうだ。いいこと思いついたぞ。


「アーダベルト様、貴方にお願いがありますわ」

「僕に、貴女がお願い、ですか? 婚約者からのお願いですので、聞ける限りはお聞きするようにしますが……」

「貴方のパーティメンバーに、わたくしが紹介する人物を引き取って欲しいんですの」


 元を辿れば″怪盗マスカレイド″はこいつのパーティメンバーになる予定のやつだ。捕まえた後どうしようかと思ってたんだけど、こいつに引き取ってもらえばいいんじゃなかろうか。


「貴女の紹介する人を、うちのメンバーにですか?」

「アーダベルトさん、ダンジョン攻略するに際して色々と行き詰まってない?」

「う、それは確かに……僕もミトラも戦闘タイプだから、ダンジョン探索は手詰まり状態だったんだ」

「だったらきっとピッタリの人材だと思うよ」


 なんやかんやでリリスもフォローしてくれている。アーダベルトと怪盗マスカレイド、厄介者同士で上手くつるんで何処かに行ってくれれば俺としてはハッピーなんだけどな。

 あー、そういや王女様も未来のパーティメンバーだっけか。こっちもついでに伝えておこうか。


「あと、貴方のパーティメンバーになりたいという高貴な人がいたら、そちらも拒まずに受け入れてもらえるかしら?」

「高貴な人──そ、それはもしや貴女が……いや分かりました、貴女は素直ではありませんからね。その申し出、確かに受け入れましょう」


 誤解に関してはあえて修正しないでおく。

 良かった良かった。これでマスカレイドの後処理という大きな問題もクリアしたも同然だ。


「アーダベルトさん、ここで会えたのも何かの縁だ。ボクからもちょっとお願いがあるんだけど──」

「巫女様が僕に? なんでしょうか」

「ラティリアーナ様、マイムは元気がるか?」

「あなたは相変わらずね、美虎ミトラ舞夢マイムは変わらずに過ごしているわ。気になるなら勝手に確認すれば良いですのに」

「ははっ、勝手に会いに行っていいがるか! さすがラティリアーナ様は優しいがる!」


 その後、リリスがアーダベルトに色々と相談したり、美虎ミトラから舞夢マイムのことを聞かれたりして夜は更けていった。

 もともと″冒険者狩り″はこの日を最後って決めてたんだけど、こうなってしまっては再開する気にならない。なにせアーダベルトがあーだこーだと煩いからね。


 とはいえ、″怪盗マスカレイド″との決戦の時は迫っていた。


 いよいよ勝負は3日後──ついに″仮面舞踏会″が開催される。






 ◇◆◇◆




 ──仮面舞踏会。

 日常に飽きた貴族たちが、己の正体を隠して気ままに出会いを求める舞踏会の呼称だ。

 とはいえ、だいたいは相手が誰だか察しがつくので、ちょっとしたスリルを味わう程度の、普段の舞踏会にスパイスを効かせる程度のものが大半であった。


 しかし、今回開催される仮面舞踏会は違っていた。

 まず開催者が不明。招待状も差出人不明。服装も自由。しかし捏造不可能なアレス国王の印が施されており、極めて公的なものであることに間違いない。

 この極めて不自然な招待状が幅広い範囲の貴族たちに配られたことで、一時期貴族界隈は騒然となった。一部では主催者はマンダリン侯爵家ではないかとの噂が流れたものの、確かめるすべはなく、様々な憶測だけが広がっていく異常事態となっていった。



 こうして、全てが謎に包まれた前代未聞の″仮面舞踏会″の開催当日を迎ることとなる。

 噂が噂を呼び、スリルを求める貴族たちの参加は予想以上に多くなった結果、蓋を開けてみると300人ほどが集まる大盛況となっていた。


 思い思いの格好に身を包み、異常な雰囲気に酔いしれる尊き身分の貴族たち。

 ──その中に、1組の男女の姿があった。


「これが……ラティリアーナ主催の仮面舞踏会」

「ほほぅ、なかなかに豪華ですなぁ」


 猫耳に猫鼻、猫ヒゲまでつけて仮装のような顔つきになったルクセマリアが、ムチムチはち切れんばかりのスーツに身を包んで目元をマスクで隠したダスティに語りかける。二人はちゃっかりと父王から招待状をくすねて、仮面舞踏会に参加していたのだ。

 だが、通常よりもはっちゃけた格好の目立つ異質な状況に、初めて仮面舞踏会に参加したルクセマリアは完全に呑まれていた。


「誰が誰だかさっぱり分からないわね……」

「ははっ。あちらがジャッジ伯爵でそちらがバーナード公爵夫人ですね。皆様参加されているようで」

「……ダスティはよく分かるわね? あたしにはサッパリだわ」

「ははっ、これがオレの仕事っすからね」

「失礼します。宜しければ男性の参加者にこちらをお配りしてまーす」


 そう言ってダスティに小さな宝石のついたピンバッチを渡してきたのは、顔を半分隠した道化師ピエロの仮面をつけた──黒髪の美貌の少年だった。

 恐らくどこかの貴族の子息だろうか。抜群の記憶力を持つダスティでさえも、これほどの美貌を持つ子息は知らなかった。とはいえここは主催者不明の仮面舞踏会、さして気に留めることなくピンバッチを受け取る。


「ありがとう、少年」

「どういたしまして」


 少年はぺこりと丁寧に頭を下げると、そのまま別の男性の元へと声をかけにいった。ダスティは胸にピンバッチをつけながら、ルクセマリアに話しかける。


「さて、肝心のラティリアーナ様が見当たらないようですが、何処にいらっしゃるんですかねぇ?」

「ラティリアーナのことですもの、尻尾を巻いて逃げるとは思えないわ。きっと絶妙なタイミングで──」


 そのとき、入り口付近が一気にざわめき立つ。

 何事かと視線を向けると、そこには──会場の視線を一身に浴びる、美しい美女の姿があった。


 紫色のドレスに身を包んだその女性は、素晴らしいスタイルの持ち主だった。

 ウェーブがかって波間の様に輝く紫色の髪。蝶々仮面バタフライマスクから覗く、大きく美しい紫水晶アメジストのような瞳。もぎたての果実の様に瑞々しい唇に、細っそりと尖った顎。四肢は白く美しく伸び、美女の長身の魅力を余すことなく伝えていた。


「──ラティリアーナ」

「へっ? あれが……ですかい?」


 仮面舞踏会で人の区別が付かないルクセマリアであったが、さすがに彼女が誰であるかすぐにわかった。痩せてとてつもないスタイルになっているが、あの姿は──先日見た″変身後″のラティリアーナに間違いない。


「ええ、そうよ。あれはラティリアーナの変身した姿よ」

「マ、マジですかい。もはや仮面や仮装の域を超えてますな。ってかラティリアーナ様はこの一ヶ月であんなに痩せたんですかね?」

「そんなわけないでしょ! あれは──魔法よ」

「魔法であんなに姿が変わるんですかい! オレはこれから一体何を信じていいんすかねぇ……」


 意味不明なことにボヤくダスティを無視して、ルクセマリアは遠巻きにラティリアーナに近づいていく。

 会場にいる貴族たちは、どうやら彼女がラティリアーナだと気付いていないようだった。それはそうだろう、彼らの知るラティリアーナは″オーク令嬢″なのだ。よもやこのような美女に変身するなど、夢にも思うまい。


蝶々仮面バタフライの君よ、宜しければ私めと踊っていただけませんか?」

「オホホ、わたくしの今宵のダンスのお相手は決まってましてよ」

「で、では俺と……!」

「わたくしと踊りたければ、まずは身なりを整えることですわね」


 次から次へと来る誘いを全て断り、ラティリアーナは気がつくと仮面舞踏会の中心になっていた。全てが、彼女を中心に動いている。ルクセマリアはそう感じていた。


「いやー、あれがマジでオーク令嬢っすか。真実を知ったら全員ぶっ倒れますぜ?」

「……そうね」


 知らずに奥歯を噛み締めているルクセマリア。だが何故か心の中に清々しい気持ちも湧いてきていた。そう、ラティリアーナはこうあるべきなのだ。輝いてしかるべき人物。なぜなら彼女はあたしの……。


「おや、どうやら何処かに行くようですぜ?」


 お付きの白髪の美女に連れられて、ラティリアーナは会場から姿を消す。ルクセマリアたちは慌てて後を追うことにした。

 何のために追いかけているのかわからない。だがルクセマリアは自分の気持ちを抑えることができなくなっていた。


「知りたい。全部知りたい。あたしの知らないラティリアーナを全部……」


 そんな想いに突き動かされ、辿り着いたのは──会場の中庭であった。



 蝶々仮面バタフライマスクの貴婦人──ラティリアーナは、ただ一人で悠然と中庭の中央に佇む。月明かりを浴びてうっすら紫色に輝く彼女は、まるで夜を支配する精霊の女王のように感じられた。


「──さぁ、出てきなさい。あなたのために、舞台は整えましてよ?」


 ラティリアーナが歌うように言葉を紡ぎ出す。

 まるで自分に声をかけられたように感じて、ルクセマリアは思わず立ち上がりそうになるものの、その腕をダスティが優しく抑えた。


「ここが、真の″仮面舞踏会″の会場。邪魔者は入りませんわ。さぁ──いつまでわたくしを待たせるのです?」

『ふふふ……こんなにも熱烈な招待を受けたのは生まれて初めてですよ、″紫水晶アメジストの乙女″』


 どこからか声が聞こえてきたかと思うと、いつのまにか──塀の上に黒いマント姿の男が姿を現す。

 見間違いようがない、怪盗マスカレイドその人であった。


「うわぁ、オーク令嬢がマジで怪盗マスカレイドを誘い出しちまいましたよ」

「……」


 素直に驚きを口にするダスティに対して、ルクセマリアはただラティリアーナを見つめていた。その瞳はまるで──恋する乙女のよう。

 事実、ルクセマリアはラティリアーナに完全に見惚れていた。堂々とした立ち居振る舞い、態度、美しさ。

 これこそが、真のラティリアーナであるとルクセマリアは確信する。気がつくと、完全に目を離せなくなっていた。


『では乙女よ、約束通り《 銀嶺の雫 》をいただきましょうか。こちらとしては出来るだけ穏便に事を済ましたいんですがなぁ』

「ダンスも踊らずに求愛なんて、いくらなんでも無作法過ぎますわ。せいぜい──わたくしを喜ばせてくださいますこと?」


 紫色の光がラティリアーナの手元で弾け、左手に大きな赤い本が、右手に鈍色に輝く剣が出現する。

 対する怪盗マスカレイドは、両手を前に出すと、ポンっと弾けるようにして8本の百合の花が指の間に出現する。


 二人の視線と視線が交錯し、火花が散る。

 ついに──″怪盗 対 冒険者狩り″の決戦の火蓋が切って落とされた。




『──散れブルーム──【百合繚乱クレイジー・リリー】』


 怪盗マスカレイドが投じた百合の花が鋭く飛び、ラティリアーナの周りに円を描くように突き刺さった。一斉に炸裂し、黒い煙を噴出させる。


「あれは──状態異常を発生させる煙!」

「ふむ、怪盗マスカレイドの得意技ですな」


 眠りや麻痺など様々な効果を発生させる煙が、一瞬のうちにラティリアーナの周りを包み込んでいく。

 あれでは逃げる事は不可能だ。ルクセマリアがそう思ったとき──。


 紫色の霧が、ラティリアーナの身体から一気に噴き出した。


 あらゆる魔法効果を無効化する禁断魔法【 パープル・ヘイズ 】の紫の霧が、怪盗マスカレイドの状態異常の煙を全て打ち消してゆく。

 まるで何事もなかったかのように煙の中から出てくるラティリアーナに、さすがのマスカレイドも驚いたようだ。


『なっ!? 私の魔法具マギア百合繚乱クレイジー・リリー】が効かないだと!?』

「ずいぶんと下品なアプローチですわね。こんなものじゃ淑女は靡きませんことよ?」

『……なるほど、どうやら一筋縄ではいかないようですな』


 スラリと腰の剣を抜く怪盗マスカレイド。彼が持つ剣は、この世界では珍しいことに刃の形が曲線を描いていた。曲刀と呼ばれる剣を構え、今度は肉弾戦を挑んでくるつもりのようだ。


「うふふふっ、やはりそうでなくては。手と手を取り合う距離でなければ、ダンスは踊れませんものね?」

『そのお言葉、きっと後悔なさいますぞっ!』


 鋭い金属音を皮切りに、怪盗マスカレイドとラティリアーナの斬り合いが始まる。

 ラティリアーナは片手に本を持ったまま、細身の剣で鋭い剣戟をあらゆる角度から繰り出す。一方、怪盗マスカレイドは、曲刀を見事に捌いてラティリアーナの剣を全て受け流していた。


「すごい……ラティリアーナってば、いつの間にあんなに凄い剣術を身につけたのかしら」


 二人の戦いを固唾を飲んで見守っていたルクセマリアが、ラティリアーナの繰り出す剣術に思わず唸る。だが横に控えるダスティは違う感覚を抱いたようだ。


「いやいや王女様、マスカレイドのやつのほうが一枚上手のようですぜ? なにせラティリアーナ様の攻撃を全て余裕を持って受け流してますからな」

「あの不埒者は、かなりの腕前なの?」

「ええ、オレとガチでやりあっても良い勝負かもしれません。まぁ負けるつもりはありやしませんがね」


 やがて余裕が出てきたマスカレイドが、口元に笑みを浮かべながらラティリアーナを挑発し始める。


『ふはははっ。紫水晶アメジストの乙女はなかなかどうして良い剣の腕前をお持ちのようで! しかしこの私にはちょっと及ばないようですな!』

「そうかしら? なら少しだけ──本気を見せて差し上げますわ」

『なっ! 戯言は通じませんぞ!』


 ラティリアーナは不敵に微笑むと、素早く片手で本のページに触れた。続けて放たれる剣戟。

 ──ギィィン! という鈍い音と共に、怪盗マスカレイドが剣ごと一気に吹き飛ばされた。


『ぬわっ!?』


 予想外に強烈な一撃を受け、明らかに驚きを隠せないでいる怪盗マスカレイド。

 対するラティリアーナは、余裕綽々といった表情で蝶々仮面バタフライマスクに手を掛ける。マスクの下から現れたのは──まるで勝利の女神を彷彿とさせる勝ち誇った笑み。


「無様なものね、怪盗マスカレイドとやら。あなたはその程度ですの? もうすこしわたくしを──楽しませてくださらないかしら?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ