23.怪盗マスカレイド
『怪盗マスカレイド、参上!』
突如ダンスパーティーに出現した不審者は、男らしい凛とした声で名乗りを上げた。
黒いシルクハットに黒の燕尾服、裏地が赤い黒のマント。顔には──目元から鼻までを覆った赤いマスク。おまけに口には百合の花を咥えている。
うん、どこからどう見てもただの変態だ。
「……なにあれ? 何かの演出なのかな?」
「知りませんわ、あんな下郎」
「あいつは──いま貴族界を騒がせている仮面怪盗マスカレイドだわ! 犯行予告を出しては貴族が持つお宝を盗んでいく不埒ものなの!」
どうやら不審者の正体は、有名な泥棒さんであるらしい。でもわざわざ王女様主催のパーティーに乱入してくるなんて、よっぽど頭がおかしいか──もしくは自分の力に自信があるか、だな。
貴族のボンボンたちは、急に暗転したのと怪盗が出没したせいで大混乱に陥っていた。だけど次々とパタパタと倒れ込んでいる。
──どうやら一服盛られたか、もしくは大規模な魔法でやられたようだ。同様に会場の警備についていた警備兵たちも既に倒れている。
気がつくと周りで平気なのは、俺たち三人とルクセマリア王女だけになっていた。
「か、怪盗マスカレイド! 王家主催の舞踏会に乱入するとは、なんたる不埒もの! このイシュタル王国第一王女のルクセマリアが成敗してくれる!」
勇ましく名乗りを上げたルクセマリア王女。だけど僅かに声が震えている。おそらく恐怖を感じているんだろう。
なのに強気な態度を取る王女様に、俺は好意を覚えていた。なんて立派な子なんだろうか。
最近、中身がエロガキのリリスとか、感情が感じられないモードレッドばかり相手にしてたから、王女みたいな反応がすごく新鮮なんだよね。
『ふははははっ、これはこれはルクセマリア王女。イシュタルが誇る貧乳にお会いできて光栄でございますな。興奮覚めやらず股間がオーバーヒートしそうですぞ』
ポンっと股間に咲いた百合の花。ルクセマリア王女が顔を真っ赤にして顔を逸らす。
「なっ!? なんという下品な……」
『おっとこれは失礼、王女にはちと刺激が強すぎましたな。ふはははっ!』
うわー、百合を咲かせたまま腰振ってやがる。あいつ、マジもんのド変態で確定だな。「あ、あれはアカンやつだ……」同じ変態であるリリスですらドン引きしている。
『ですが、残念ながら今宵はあなた様の貧乳には用がありません。さぁて……お目当ての《 銀嶺の雫 》をお持ちのパンダナト男爵令嬢はいずこかな?』
怪盗マスカレイドの発言を受け、ルクセマリア王女が近くで倒れていた茶色い髪の令嬢をサッと抱き抱える。どうやら彼女がお目当ての″パンダナト男爵令嬢″のようだ。首から銀色に光る水晶のようなものが飾られたネックレスをかけている。あれが《 銀嶺の雫 》とやらなんだろう。
『……おやおや、そんなところにいましたか。まさかルクセマリア王女がお庇いになっているとは。貧乳同士、通じるものがあるのですかね?』
「お黙りなさい不埒ものっ! あなたから《予告状》が届いていることは、イレーネから相談を受けて知っていたわ。だから私の身近に置いていたのですが──まさか王家主催の舞踏会に乱入してくるとは!」
パンダナト男爵令嬢イレーネを庇うようにしながら、怪盗マスカレイドを睨みつける王女。だが肝心の武器──《 月下氷人の杖 》は手元に無いようだ。
武器もなく、大ピンチの王女様。
それでも健気にもお友達を守りながら怪盗を睨み付ける姿。あぁ、なんて凛々しく尊いんだろう! なぜか涎が口の中に込み上げてくる。
……おっとっと、落ち着け自分。口から垂れそうになる涎を手で拭いながら、俺は考える。
確かにラティリアーナはルクセマリア王女から嫌われてるのかもしれない。だけど、だからといってこのシチュエーションで見捨てるわけにはいかない。ここはひとつ、気合を入れて助けるとしますかね。
素早くリリスとモードレッドに目配せを送ると、すぐに左手に《 紅き魔導書 》を具現化させる。
── 支援魔法 ── 【 暗視 】
リリスが暗視の魔法を使ってくれたおかげで、周りの様子が手に取るように見えるようになってきた。隣のモードレッドも既に右手を剣に変化させている。さすがはダンジョン攻略者だけあって、二人とも緊急事態への対応が早い。
続けて目の前の空間に穴が空く。リリスの空間魔法だ。迷わず手を突っ込むと、中から愛剣《 断魔の剣 》を取り出す。こんなとき空間魔法は大便利だ。
── 支援魔法 ── 【 幻惑解除 】
── 支援魔法 ── 【 睡眠打破 】
立て続けに、リリスの支援魔法が飛びまくる。
「どうやらあの怪盗、″ 幻惑の霧″と″睡眠波″の魔法を使ってるみたいだよ。念のため対抗魔法をかけておくね」
「……悪くないわ」
「マスター、サブマスター。あの者から邪気を感じます」
「なんですって?」
モードレッドの発言を受けて、俺はすぐに魔導眼を発動させる。
異変にはすぐに気づいた。怪盗マスカレイドが顔につけたマスクから、なにやら黒緑色の毒々しい魔力が溢れ出していたのだ。
「あのマスク、呪われた魔法具ですわ」
「呪いかぁ、ボクの専門外なんだよねー」
冒険者には、いくつか暗黙のルールがあって、そのうちの一つに『呪われた魔法具は、発見次第破壊する』ってのがある。なにせ呪われた魔法具は危険だ。かつて歴史上、様々な悲劇を生んできている。
だから──元冒険者としては、黙って見過ごすわけにはいかない。
俺は《 紅き魔導書 》を片手に、王女様と男爵令嬢の前に立つ。すると、ルクセマリア王女が信じられないといった表情を浮かべた。
「ら、ラティリアーナ!? なぜわ、私の前に立つの? ここにいては危ないわ! 相手はあの怪盗マスカレイド、そして狙いは私とこの子……。だから早く私の側から離れなさい!」
恐怖に全身を震わせながら、健気にも嫌いなはずのラティリアーナを気遣うルクセマリア王女。こんな健気な子──放っておいたらバチが当たるってなもんだ。
それにしても、子鹿のように震えながら強気な態度を取る王女様……実にそそるなぁ。じゅるっ!
「ルクセマリア王女こそ下がっててくださます? あとはこのわたくしが、あの不埒者を成敗しますので」
「だ、ダメよそんなの! そもそもあなたに力なんて……」
「あーら、それってわたくしのこと見くびってなくて?」
確かに今の俺に実戦経験は無い。三人での連携もほとんど積めて無い。だけど、死ぬ思いでこの一ヶ月トレーニングを積んできた事実はしっかりとこの身に染み付いている。
リリスとモードレッドという心強い仲間を得て、ラティリアーナは変わった。その力、今こそ解放してやる!
── 能力発動──【 変身 】
紫色の光に包まれ、俺は″オーク″から″天使″へと進化してゆく。
ぶかぶかになったドレスを脱ぎ捨て、いざという時のために下に着ていた簡易ワンピース姿になると、左手に魔本、右手に魔剣を構えて怪盗マスカレイドに向き直る。
「怪盗マスカレイドと名乗る盗賊さん。おあいにくとルクセマリア王女はこのとおり無粋ですので、このわたくし──マンダリン侯爵令嬢ラティリアーナが、あなたのダンスのお相手をして差し上げますわ」
◇
突如痩せて美少女に変身した俺の姿を見て、ルクセマリア王女は酸欠の魚みたいに口をパクパクさせていた。
「ら、ラティリアーナ? あ、あなた、その姿は……?」
「あら王女様、あいにく″ 神代魔法具 ″に選ばれているのは、あなただけではなくてよ?」
「そ、それって……!?」
だけど今は王女様のお相手をしている暇はない。すぐに怪盗マスカレイドに向かって剣を突き出す。
「どうしましたの? かかってきませんこと? わたくし、今日の日のために一生懸命ダンスの練習をしてきましてよ?」
すぐ横ではリリスが《 千里眼情報板 》を具現化させ、怪盗の能力を調べ始める。こと戦闘において、相手の能力を知ることは、戦術の幅を広げるあえて重要な要素だ。
ところが──。
「う、うそっ!? あ、あいつは──まさかっ!?」
怪盗の正体を見破ろうと【 全文検索 】をしていたリリスが、急に驚きの声を上げる。どうした? 何があったというんだ?
「う、うーん……」「あいたた……」「あ、あれ? ここは?」
だけどリリスに確認するよりも先に、横になって倒れていた貴族たちや警備兵たちが次々と呻き声を上げ始めた。どうやらリリスの支援魔法が効果を発揮し始めたらしい。
もうすぐしたら全員が覚醒しそうだ。おまけにここは王宮。すぐに王宮騎士たちの支援も到着するだろう。
これで──怪盗は追い込まれたも同然だ。
『……フハハッ。フハハハハハッ!』
「どうしまして? わたくしと踊るのはお嫌ですの?」
『これはこれは、なかなかどうして……。貴女のような方がここにいるとは思わなかったよ、″紫水晶の乙女″』
──『紫水晶の乙女』
この日を境に俺が呼ばれることになる二つ名を、嬉しそうに口にする怪盗マスカレイド。
『あなたの美しいお姿に免じて、今日のところは素直に退散するとしましょう。しかし──我は怪盗マスカレイド。狙った獲物は必ず手に入れてみせましょう。それでは、再会の日を楽しみにしてますよ。美しきアメジストのような輝きを放つ乙女さん』
続けて、怪盗マスカレイドは股間に生えていた百合を引っこ抜くと、こちらに向かって放り投げる。うわっ、汚なっ!
思わず身をのけぞったところで、ボンッという炸裂音とともに百合の花が爆発した。同時に発生した黒煙が、一気に辺り一面を包み込む。魔力を一切感じないことから、どうやら本物の煙幕のようだ。
「であえであえっ! どこだー! 曲者はーっ!」
リリスが風魔法で煙を散らしていると、大声を張り上げる巨躯の騎士を先頭に、数十人の騎士たちが一気に会場になだれ込んできた。だが──そのときには既に、怪盗の姿は完全に消え去っていたんだ。
今回は残念なことに怪盗を捉えることはできなかった。だけど怪盗マスカレイドを撃退するとともに、狙われていたお宝《 銀嶺の雫 》とやらを守ることにも成功したんだ。
◇◇
翌日、俺たち三人は王宮に招待されていた。
理由はなんでも昨夜の″不審者″を撃退する手伝いをしたお礼を、国王陛下が自らしてくれるからだそうだ。
「さすがは千眼の巫女様! 巷を惑わす怪盗マスカレイドの魔法から、他の貴族たちを救い出したそうじゃな!」
パパ侯爵は、王様から褒められたと嬉しそうにはしゃいでいたが、たぶん王様は俺やリリスを王宮に呼ぶ口実にしただけだろう。ルクセマリア王女はお役目を果たせなかったわけだしね。
だけど俺たちは、王様や王女様の対応よりも大きな問題を抱えていた。それは──リリスが看破した″怪盗の正体″についてだった。
遡ること前日の夜。
舞踏会から帰宅する馬車の中で、リリスが言いにくそうに口を開いた。
「ねぇラティ。実は──怪盗の正体が分かっちゃったんだけど、それがちょっと問題なんだ」
「……誰ですの、あの変態の正体は?」
「怪盗の正体は、B級冒険者の──クラヴィス・マグワイア」
ほほぅ、あいつ冒険者だったのか。しかもかつての俺と同じシルバーランク。そんなやつが、王家の舞踏会を襲撃するなどという大それたことをやってのけたのか?
怪しげな格好といい、王女様への過激な態度といい、ただのド変態かと思いきや、王家主催の舞踏会に単身で乗り込む度胸に、警備兵もろとも会場の全員を眠りにつかす強力な魔法能力。まんまと逃げ果せた身軽さ。
B級がしでかすレベルを遥かに超えている。何者だ? そのクラヴィスとやらは。
「そんな名前、わたくし聞いたことありませんわね」
「ラティは知らないだろうね。でもボクはよく知ってるよ。クラヴィスは── 未来でアーダベルトのパーティメンバーに入る予定の人なんだ」
……うわ、王女様以外にもこんなところに主人公のパーティメンバーがいたのかよ。そういえば前にリリスが言ってたっけ、″盗賊″が仲間になるとかなんとか。
「情報を見た瞬間、思い出したんだ。女好きでセクハラ発言ばかりするお調子者のクラヴィス。ゲームではいつもルクセマリアにちょっかいをかけて怒られてた、アーダベルトのパーティのムードメーカーなんだよ」
「……ほほぅ」
「彼は、ボクと同じくサポート系の魔法が得意なんだけど、どちらかというと今日使ってたみたいな睡眠とか目くらましを駆使して戦闘するスタイルだね」
なるほど、まんま今日の変態ヤローの行動そのものだな。じゃあ同一人物だと見て間違いないだろう。
「ただ、ゲームの中でのクラヴィスは、盗賊と言っても冒険者の副業で義賊的な活動をしてただけで、怪盗なんて名乗ってなかったんだけどなぁ……」
「マスター、″呪われた魔法具″が原因なのでは?」
「あぁ、そうかもね! そのせいでクラヴィスがおかしくなっちゃったのかもしれない」
クラヴィスがどういうルートで呪われた魔法具を入手したのかは分からない。だけどこのままいくと、ろくでもない未来が待ち構えている。
なにせ王家の舞踏会に手を出したのだ。王家が黙っているとは思えない。
「このまま放置しておくと──いつかは捕まって処刑されてしまうかもしれませんわね」
「それは不味いなぁ。主人公のパーティメンバーを脱落させたらどんな不都合な未来が待ち構えてるか分からないし……」
そう言いながらも、こちらをチラチラと見るリリス。
……あーもう、わかってるよ! なんとかすりゃいいんだろ!
「ふんっ、あの変態がどうなろうとわたくしは関心がありませんわ。でも──あのルクセマリア王女の天敵を助けるのだと思うと、悪くはありませんわね」
「さっすがラティ! キミならそう言ってくれると思ってたよ! なら早速作戦を考えないとね、その点はボクに任せといて! 一石二鳥……いや三鳥くらいの手を考えるからさっ」
ウキウキしながら嬉しそうにそう言うリリス。
こいつの考える作戦ってのがろくでもないもののような気がするのは、俺の杞憂だといいんだけど……はてさて、どうなることやら。




