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2.最初の難題

「おぉ、ラティリア! 目覚めてくれてわしは嬉しいぞい!」


 目の前で泣き叫ぶ、ラティリアーナ嬢によく似た体格のヒゲデブを無視して、俺は目の前に出されたご馳走を一心不乱に食いまくる。いやー美味いぞこれ。こんなに美味い料理は初めて食ったわ。


「おまえが目を覚まさないと聞いたときは、心底肝を冷やしたぞい! しかもまた倒れて……」


 いや、2回目のほうは単に腹が減って倒れただけなんだけどさ。

 それにしてもこのステーキは最高だな! やっぱり肉はちゃんと調理されたほうが美味いぜ。適当に火にくべて焼いただけのものとは大違いだ。


「でももうそれだけ元気に食べてくれればもう安心じゃな。さぁ、たんと食べるがいい」


 まぁ言われなくてもたんと頂いてますけどね。

 ……むむっ、この見るからに甘そうなものは何だっ!? 俺、甘いもの苦手なんだけどなぁ。


舞夢マイム、これは何?」

「それは、お嬢様が大好きな″ふんわりパンケーキ″ですワン。前に出さなかったときにはお怒りになられたので、お出ししましたワン」

「……今度から甘いものは出すのを控えなさい。むぐむぐ」


 ぐわっ、無意識のうちに手が動いてパンケーキを口に入れちまったぞ! どうなってんだこの手は……って甘っ! きつー! でもウマー!

 あれ? もしかして味覚が変わった? まぁ身体が変わってるわけだから当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ。



 ◇



 石化した自分と再会した直後、あまりの空腹で失神した俺は、気がつくと再びベッドに寝かされていた。

 どうやってこの巨体を運んだんだろうかという疑問はさておき、目覚めてすぐに側にいた舞夢マイムちゃんにご飯をお願いした。なにせ腹減りすぎてまともに頭が回んなかったから。


 そうして目の前に運ばれた食事を一心不乱に食ううちに、徐々に自分の身に起きたことを冷静に考えられるようになってきた。

 この時点で俺はすでに「自分の魂がラティリアーナ嬢の身体に入り込んでしまった」という事実を完全に受け入れていた。だって、どんなに足掻いたところで事実なんだから仕方ないしね。

 それに、身体も石になっただけで死んだとは限らない。もしかしたら元に戻る方法があるかも知れない。だから当面はこの体で頑張ろうと決めたんだ。

 なぁに、少し舞台ステージが変わっただけさ。であれば、まず今ここでベストを尽くすのみ。俺の今の戦場は、ダンジョンや魔物の森なんかじゃなく、ここ・・なのだから。

 ベストな状態に持って行き、勝てるように整える。それが俺に出来る最初のアプローチ。だからまずは空腹を満たすとしよう、うん。


 目の前には、いつの間にか現れたヒゲデブオヤジ。さっきから勝手にいろいろ話しかけてきてるんだけど──あぁ、もしかしてこの人、ラティリアーナ嬢の父親であるマンダリン侯爵だろうか。


 マンダリン侯爵の名は、流れの冒険者だった俺でもよく知っている。領民には重税を課し、悪辣な手法で富や名声をかき集め、戦場に出ては敵兵を情け容赦なくぶった斬る。領民たちはそんな彼を恐れ敬い、ついた呼び名は″オーガ侯爵″。オークの父親がオーガとはこれいかに。


 改めて目の前に座るマンダリン侯爵の顔を見る。

 ラティリアーナの父親だけあって、目元がよく似ている。一番似てるのはデブデブの体型。ほんとこいつらどんだけ太ってんねん。人鬼オーガというよりもオークの親玉、さしずめオークキングってところか……って、違うがな!


「お父様」

「ん? なんだいラティリア」


 試しに声をかけてみると、やっぱりマンダリン侯爵に間違いなさそうだ。

 じぶんを見る瞳にはとても優しげ。ぶっちゃけ″オーガ侯爵″と呼ばれるほど恐ろしい人物には思えない。やっぱり娘相手には多少優しいのかな?

 だったら、せっかくだし少しコミュニケーションを取ってみるか。えーっと、ご機嫌いかがですか?


「あいかわらず不摂生ですわね。もう少し痩せられてはいかがですの?」


 うぉーーい! ちょっとーー!!

 なにいきなり暴言かましてくれてんねん!

 やばい。いくら父親とはいえ、相手は″オーガ侯爵″。怒らせたらどんな目に遭うか──。


「ははっ、あいかわらずラティリアは手厳しいのぅ」


 ってあれ? 許してくれた?

 マンダリン侯爵は少し困った表情を浮かべながらも変わらず優しい瞳を向けてくる。あれだ、子豚を見守る親豚の瞳だ。そんなん見たことないけどさ。

 今回は相手が父親だからラッキーだったけど、この暴言癖はマジで曲者だ。まるでいつ爆発するかわからない爆弾を抱え込んでるみたいだよ。とほほ……。


 とはいえ、父親ですら″あいかわらず″って言ってるくらいだから、この子ラティリアーナはいつもこんな調子だったんだろう。油断してるとどんな発言が飛び出すか分からないから、口を開くのが怖くて仕方がない。

 この暴言癖、いったいどうすれば…………いや、待てよ。失言・暴言が多いってことは──。

 そうか、その手があったか。


「どうしたラティリア? 急に口数が少なくなったようじゃが」

「……なんでもないわ」

「もしかして、まだ具合が悪いのか?」

「……そんなことありませんわ」


 やっぱり、思った通りだ。どうやら短い単語で話せば、暴言や失言はかなり抑えられるらしい。

 いやぁ俺ってば天才! これならなんとかコミュニケーション取れそうだぜ!


 よーし、じゃあまずは手始めにマンダリン侯爵に「自分はラティリアーナじゃない」ってことを伝え──。


「しかし、おまえが無事でよかったぞ。蔵の爆発に巻き込まれたと聞いたときは肝が冷えたわい」

「……」

「石となった英雄殿には申し訳ないが、もしおまえになにかあったら、関係者全員処刑してやるところだったぞ! わっはっは!」

「…………」


 い、言えねぇ……。

 目の前の娘の中身がただのおっさんだなんて言えねぇー!!

 あんたの大事な娘の魂がどっか行っちゃったなんて言えねぇよぉー!!

 そんなこと言ったら確実に処刑されちゃうよ!

 実際、さっきまでの優しい瞳は何処へやら、パパってば完全に人鬼オーガの目になっちゃってるし!


 うーん、参ったな。どうしようか。

 なんとかしてマンダリン侯爵の助力は得たい。なにせ今の俺はただの無力な″オーク令嬢″。

 だけど、中身が別人だとバレてしまったらどんな目に遭うか……。


 誤魔化そうにも、中身は別人。たとえ口調は似てたとしても、いつボロが出てもおかしくない。疑われたら最後、下手すると命まで取られかねない。おまけに暴言癖まであるせいで、言いたいことも言えない。マジで詰んでる。

 こんなのいったいどうすりゃいいってんだよ!


「それにしても、英雄様のお姿にショックを受けて気絶するとは、なんて心優しい娘なんだラティリアは」

「……」


 ──英雄様、心優しい娘。

 閃いたっ! それだっ! その方向で行くしかないっ!


 ちなみに俺の閃いたシナリオはこうだ。

 冒険者に命を助けられた自分は、心を入れ替え、石となった彼を救うための方法を探すことにした──というもの。

 これなら多少態度が変だったとしても誤魔化しようがあるし、なにより石化した冒険者(=おれ)を元に戻す方法を探す理由付けにもなる。むふふっ、我ながら完璧なシナリオじゃないか!


「お父様、大事なお話がありますの」

「ん、なんじゃ? なんでも言うといい、可愛いラティリア」


 娘に呼びかけられ嬉しそうに微笑むマンダリン侯爵。さぁ、なるべく短い単語で誤魔化すぞ!

 えーっと、わたしは心を入れ替えました、と。


「今回の件で、わたくしは生まれ変わりました」


 ……あれ? なんか違うぞ?

 もしかして、ウソは口にできないって事なのか? だとしたら、こいつはなかなか厄介だぞ。


「生まれ、変わった? 心を入れ替えたということか?」


 だけど、マンダリン侯爵は幸いにも都合よく解釈してくれた。ラッキー。

 とりあえずウンウンと頷いたものの、この調子だとうかつにウソもつけない。

 でも──だったらウソをつかなきゃいいんだよな? ならば、これはどうだ?


「わたくしは、(空腹が満たされて)助かりました」

「ふむ?」

「わたくしは、(一宿一飯の)恩を返さなければなりません」

「恩を返す? 英雄殿にか? 確かに彼は命を賭してお前を守ってはくれたが……」


 うん、やっぱりウソじゃなきゃ大丈夫みたいだ。この調子で続けてみよう。


「わたくしの心は、あの方(=ラティリアーナ嬢)と共にあります」

「あの方──つまり英雄殿に感謝しておるのだな?」

「わたくしは、ラティリアーナあのかたをなんとかしたいと思ってますわ」

「おまえは……そこまであの冒険者のことを」


 噛み合ってない。なのに通じている。

 上手くいってるのに、なんだろうこの気持ち悪さ……。なんかクセになってしまいそう。


「だが英雄殿は完全に石になってしまっておるぞ? どうやって恩を返すというのじゃ?」

「だとしても、わたくしは──あの方のために何かしたいのです」

「ラティリア……おまえという子は、なんといじらしい」


 感動したのか、マンダリン侯爵がホロリと涙を流す。さぁ、ここが勝負だ!


「ですのでお父様、お願いがありますの」

「ふむ?」

「これから生まれ変わって歩み出そうとするわたくしを、色々と助けていただけませんこと?」


 できたっ! 思いの外ちゃんとお願いできたぞ!

 だけどマンダリン侯爵は、俺のお願いを聞いても無言で押し黙ったまま。あれれ、なんか失敗した?


「……あぁ、すまんすまん。おまえのあまりの成長ぶりに、感動して言葉を失っておったわい」

「そうですか」

「だが、あいわかったぞラティリア。このわし、第13代マンダリン侯爵デルファイ・ヤンカー・マンダリンは、マンダリン家の名に誓っておまえの力になろうぞ!」

「ありがとうございますわ、お父様」


 おお、やった! 協力の約束が取れたぞ!

 心の中でガッツポーズをしていると、ふいにマンダリン侯爵に思いっきり抱きしめられる。うげぇ、肉と肉に挟まれて窒息する……。


「ラティリア、おまえもいつの間にか立派になっていたのだな! ちょっぴりワガママでまだまだ子供だと思っていたのに、いつの間にか成長しおって!」

「お、お父様、く、くるし……」

「むむ? おお、すまんか。じゃがおまえの心残りもよく分かったぞ」

「ありが……ゲホゴホッ! オエッ」

「幸いにも今、この屋敷に《 千眼の巫女 》を呼んでおる。あと10日ほどで王都に来てくれるはずじゃ。ほんとうは目覚めないラティリアのために呼んであったんじゃが、彼女ならばきっと何かヒントを見つけてくれるじゃろう」


 千眼の巫女とやらがどんな人かは知らないけど、二つ名から推測するにおそらく相当な人物なんだろう。よしよし、なかなか幸先の良いスタートじゃないか。


「そのあかつきには、英雄殿を手厚く葬ろうではないか」


 ……ん?

 手厚く、葬る?


「よもや英雄殿が心残りなく天に召されるように手を打てとは、そして彼のためにも成長したいと宣言するとは、本当に立派になってくれたのぅ」


 ……えーっと、まだ私、死んでませんけどー?

 でもまぁいいか。完璧を望むと失敗するって言うし、今回はまぁ父親の協力を得られただけでも良しとしよう。

 しかし、まさか自分を手厚く弔うために活動する羽目になろうとは夢にも思わなかったよ……とほほ。


「お嬢様も立派になられて……舞夢マイムはとっても嬉しいですワン」


 おやおや、マイムまで感化されて泣いている。本当のことがバレたら、マイムにもきっと嫌われるだろうなぁ。


「これで舞夢マイムも心置きなく旅立てますワン」


 ──ん?

 旅立てる? それってどういう意味だ?


「最後に、お嬢様の勇姿が見れて幸せでございましたワン」


 ──最後?

 最後ってなんでだよ?

 どういう意味なんだよ!


舞夢マイムがお嬢様のお側にいるられるのは、今日までなんですワン。マイムは……別の場所に売られるんですワン」

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