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22.王女のパーティー

ここから第5章に入ります。




 

 煌びやかなシャンデリアが、蝋燭の炎を受けて眩く煌めき輝く。その下では綺麗に着飾った紳士淑女が、オーケストラの演奏に合わせて踊る。


「ふわぁぁ、まるで別世界だね」


 横に立つリリスの呟きに、俺は黙って頷く。舞夢マイムが全力で着飾らせたリリスは、まるで高価な陶器人形のよう。間違って迷い込んだお嬢ちゃんのように見えなくもないが。ぷぷぷっ。


「そんなことはありません。ここは同じ世界です、千眼の巫女様」


 お付きの侍女のような格好をしたモードレッドが、バカ真面目にリリスのつぶやきに答える。ぶっちゃけ彼女はその辺りにいるどの令嬢よりも美人だ。



 ここは、イシュタル王国の王都ヴァーミリアにある王宮ヴァンデミリアン。″華王宮″の別名でも知られるこの場所で行われている王家主催の舞踏会に、なぜか俺とリリス、モードレッドの3人は出席していた。

 とはいえ、せっかくの晴れ舞台だ。俺とリリスは舞夢マイムに手伝ってもらって精一杯おめかししている。慣れない化粧にドレス。んー、悪くない。こんな格好もたまにはアリかも?


 さて、何で俺たちは舞踏会などという場違いな場所にいるのか。

 こうなってしまった経緯を説明するには、少し時間を遡る必要がある。



 ◇



「ラティリア、お前は最近冒険者の真似事ばかりしておるな?」


 夕食の最中に、パパ侯爵ことマンダリン侯爵が前触れもなくそんなことを尋ねてきた。


「……わたくしはわたくしのやりたいようにやっているだけですわ」

「まぁ確かに、最近は少し細っそりとしてきて肌ツヤも良いようじゃが……」


 お、パパ侯爵ってば気づいてくれた? 実はここ一ヶ月で10キロ近く落ちたんだよね。オマケにリリスの簡易治癒を受けてたら、なんだか肌も綺麗になって来てるし。それもこれもリリスとモードレッドというマッドサイエンティストと鬼教官によるレッスンの賜物、といえるのかな?


「ただ、最近侯爵令嬢としての嗜みが疎かになってはいないか? 以前興味を示していた舞踏会やお茶会にはまったく参加しなくなったではないか」


 確かにその手のものには一切参加していない。

 なにせパーティなんかに参加したら絶対にボロが出るに決まってる。だから舞踏会?お茶会? なにそれ美味しいの? ってな感じで招待状を片っ端から無視してたんだ。


「……わたくしの興味が変わったのですわ」

「まぁ確かにお前はワシの娘じゃからな。パーティよりもダンジョンに興味を持ってもおかしくはないか、ワハハっ!」

「おーっほっほっほ!」

「じゃが! このままではいかん。お前を立派な淑女に育てると約束した、天国にいるルミナに申し訳が立たんしな。そこで──ラティリアよ、お前は王女様が主催する舞踏会に参加するのじゃ」


 はぁ? 俺の社交界デビューが、いきなり王女様主催の舞踏会ですと!? そんなの無理に決まってるじゃないですか!

 

「嫌ですわ、気が向きません」

「そう言うな。今回は王女様から直々のお誘いじゃ。しかもワシ自身も国王陛下から直々に頼まれておる。その際、″千眼の巫女″様も連れて来てほしいとの仰せじゃ」


 はい? なんでまたここでリリスの名前が出てくるわけ?


「なにせ巫女様は″神代魔法具ディバイン・デバイス″の使い手じゃからな。王家としてもいざというときのために繋がりを持っておきたいんじゃろう」


 ……なるほど、″神代魔法具ディバイン・デバイス″なんかを持ってると、王家からも目を付けられたりするわけか。こりゃ《 紅き魔導書スカーレット・グリモア 》のことがバレたりしたら面倒くさそうだな。


「あぁ、もちろんお前が″神代魔法具ディバイン・デバイス″に選ばれたことは陛下に自慢しといたぞ! ガハハっ!」


 こっ、このクソ侯爵め! なに勝手に面倒くさいことやってんだよ! そんなこと国王陛下に言っちゃったら、こっちまで目を付けられるに決まってるじゃないか!

 ……あ、だから二人まとめて舞踏会にお呼ばれしたのか。


「というわけで、ラティリア。巫女様と一緒に舞踏会に参加するんじゃぞ?」

「……分かりましたわ」

「おお! さすがは我が愛しの娘! 抱きしめて……ぐえっ!」


 腹立ち紛れに腕だけ″身体強化″して腹パンしてやったんだけど、さすがはオーガ侯爵。お腹を抑えてうずくまるだけだった。


「おぅふっ、ラ、ラティリア。なかなか強烈なパンチを打つようになったのぅ。これならきっと世界を取れるぞ」

「取りませんわ」


 そんなことより、誰か俺にダンスの仕方を教えてください。




 ◇




 そうして迎えたイシュタル王女主催の舞踏会は、思ってたより遥かに豪華絢爛なものだった。

 キラキラに輝く会場に来ているのは、最高級に着飾ったイシュタル王国の貴族の令息令嬢たち。その数100人を軽く超えている。


 とはいえ、俺たちが積極的に誰かとコミュニケーションを取ることはない。誰も知らないし、なにより他の参加者たちが露骨に俺たちのことを避けているのだ。


「ラティって、こんなに他の貴族から嫌われてたんだね。さすが″オーク令嬢″」

「……ふん。どうでもいいですわ」


 実際、声をかけられないのは楽で良いんだけど、一体ラティリアーナがどんなことをして嫌われてしまったのかは気になる。もし恨みとか買ってたら面倒くさいし……。


「皆さま、本日はようこそお越しくださいました。イシュタル王国第一王女のルクセマリア・サキュラ・パプテスマ・イシュタールです」


 いつのまにか登場してスピーチしていたのは、ルクセマリア王女だ。透き通る泉のような水色の髪に、ほっそりとした手足。凛とした態度に強い意志を感じる瞳。

 いやー、やっぱり本物のお姫様は可憐で可愛いよね! 変身後のラティリアーナも相当だけど、王女様だって決して負けてないルックスだ。さすが『イシュタルの睡蓮花』などと呼ばれるだけあるね。


「……あ、思い出した」

「なにを思い出したんですの?」

「ゲームの世界でのアーダベルトのパーティメンバーになるお姫様は、あそこにいるルクセマリア王女だよ」


 マジか。あのイケメン野郎の仲間になるのってルクセマリア王女だったのかよ! あんなにも可憐な王女様を……くそっ。あのイケメン、ダンジョンでオークにでも掘られればいいのに。


「どんどん思い出してきた。ルクセマリア王女は優秀な魔導師で、若くして王家伝来の″神代魔法具ディバイン・デバイス″に選ばれてるんだよ」

「……ふーん」

「確かその名は── 《 月下氷人の杖キス・アンド・デス 》。キスをすることで絶対零度の氷の攻撃を放つ杖型の″神代魔法具ディバイン・デバイス″だったと思う」


 なんだそれ、キスしようとしただけで氷漬けじゃないか! 悪い虫を凍結保存とは恐るべし、″神代魔法具ディバイン・デバイス″という名の貞操ガード。


 改めてルクセマリア王女を観察してみると、他の貴族令息令嬢に囲まれて和かに応対している。いかにもお姫様って感じで、見てるだけで目の保養になる。いいなー、俺もあんな子と仲良くなりたいなー。

 あまりにもガン見してたせいか、ふと王女と目が合った。気のせいかと思ってると、またしても目が合う。しかもあれは──睨んでないか?


 3度目に目が合った時に確信した。

 まるで親の仇でも見るような憎しみのこもった瞳。間違いない、ラティリアーナはルクセマリア王女にものすごく嫌われているみたいだ。

 なんてこったい。一国の王女様に嫌われるとか、この子ってば一体なにをやらかしたのさ。


「……王女様がこっちに向かってくるね。しかも、なんか怒ってない?」

「はい、私もそう感じます」

「あぁラティ、どんどん思い出してきたよ。ルクセマリア王女はベルト……アーダベルトにベタ惚れって設定だったんだ。王女様がアーダベルトを追ってお城を抜け出すイベントがあって、そのあとパーティに参加することになるんだよ」


 なるほど。どうやら王女様は可憐な見た目に似合わずなかなか情熱的なお方らしい。

 そうすると……もしかして王女様の不興を買っている理由は、ラティリアーナがアーダベルトと婚約してるせいだったりする? マジかよ……あんな興味のカケラもないイケメンのせいで、王女の嫉妬を受けるとか、不本意にも程がある!

 俺が心の中でアーダベルトを魔本で殴り飛ばしている間に、取り巻きらしい若者たちを引き連れたルクセマリア王女が、怒気を発しながら歩み寄ってきた。

 スタスタとやってきて目の前に立つと、こちらの顔を見て──戸惑いの表情を浮かべる。


「あ、あれ? あなたラティリアーナ? ずいぶん……痩せたのね」

「ルクセマリア王女、ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう……そ、それにしてもお久しぶりね。舞踏会大好きな貴女がひと月以上もパーティに参加しないなんて、ずいぶん心配したのよ?」


 物凄く嫌味っぽい言い方で声をかけてくるルクセマリア王女。だけど──なんだろう、ずっと″オーク令嬢″の暴言に悩まされてるせいだろうか、この程度の嫌味はなんとも思わない。

 いや、むしろ可愛らしい。普段は王女様として振舞ってる女の子が、精一杯背伸びしてつっけんどんな態度を取ってる姿が、子猫が牙を剥いてるようにしか感じられない。


「あら。ルクセマリア王女がわたくしのことを心配してくださるなんて、どういう風の吹き回しなのかしら?」

「むむっ。べ、別に心配なんてしてないんだからねっ! あっ……っと、今のはなしで!」


 言い放ちながら、自分の発言の矛盾に気づいて赤面するルクセマリア王女。あぁ、なんだこれ。可愛いぞこの子、胸がキュンとくるわ。


 なんとなくラティリアーナとは犬猿の仲っぽいのは分かったけど、出来れば仲良くなりたいなー。ラティリアーナ節がある限り無理っぽいけど。


「そ、それはそうとラティリアーナ、そちらにいらっしゃるのが巷で噂の千眼の巫女様かしら?」

「いいえ、違います。私は巫女様のお付きのものです。巫女様はあなたの目の前にいらっしゃいます」

「はえっ!? そ、そうなの? こ、こっちの子が千眼の巫女様?」

「……はい。初めまして、ルクセマリア王女様。千眼の巫女リリスです」


 目に見えて凹んでいるリリスを見て、あからさまに狼狽するルクセマリア王女。気にしているあたり、間違いなく良い子なんだろう。

 なんだか王女様のことがどんどん好きになってきたぞ。あ、異性的な意味じゃないからね? 気に入ったって意味でね。


「た、大変ご無礼いたしました。初めまして″千眼の巫女″様、イシュタル王国の第一王女のルクセマリアです。ようこそイシュタル王国へ。私共は″神代魔法具ディバイン・デバイス″の持ち主である貴女様を心から歓迎いたします」

「ふん、あなたってひとは相変わらず物事の道理がわかってませんのね。リリスをただの″神代魔法具もの″の持ち主としか見てないんですもの」

「なっ!? ち、ちがうわ! 私はお父様からの言付けで、巫女様にご無礼がないようにご挨拶をさせていただいたまでよ!」

「へー、そうなんですの」

「リ、リリス様! このようなものは無視して、よろしければのちほどイシュタル王宮にお越しいただけませんか? ぜひ父王にお会いいただければと」


 なるほど。ルクセマリア王女が苦手なラティリアーナを舞踏会にわざわざ呼んだ理由は、″神代魔法具ディバイン・デバイス″の持ち主であるリリスを呼ぶ口実作りのためだったのか。どうやら王家は、リリスを王宮で抱え込む算段らしい。


 だけど国王陛下よ。

 リリスを抱き込むための使者として、ルクセマリア王女はちょっと素直な子すぎないかい? まぁそこが可愛らしいんだけどさ。

 仕方ない、親心から色々と教えてあげるとしよう。


「ルクセマリア王女、だからそれが分かってないと言ってるんですわ。綺麗事ばかりで、何も周りを見ていない。そもそもリリスはわたくしのパーティメンバーですのよ? ご存知でして?」

「パーティ、メンバーですって?」


 おや、どうやら知らなかったらしい。


「な、なぜリリス様が貴女のような人のパーティメンバーに……」

「当然ですわ。わたくしにそれだけの魅力があるということです」

「あ、あなたに魅力ですって!? 人に迷惑をかけてばかりのあなたが?」

「あら、わたくしがいつあなた方にご迷惑をかけまして?」


 俺が生暖かい目で周りの取り巻きたちを見回すと、みんなサッと目を逸らす。どうやら皆ラティリアーナが恐ろしいようだ。

 たぶん以前のラティリアーナが虐めたりしたんだろうなぁ。ごめんよ、坊ちゃんお嬢さん方。でも口から出た言葉は──。


「どうやらどなたも、わたくしから迷惑は被ってないようですわよ?」

「そ、それだけじゃないわ!アーダベルトだって、少なからずあなたに迷惑を……」

「アーダベルト様なら、いまごろ冒険者になってダンジョンに挑んでますわ」

「えっ?」


 ざわっ。一気に周りが騒がしくなる。どうやら皆アーダベルトが冒険者になったことを知らなかったらしい。


「そ、そんなのウソよっ! じゃあラティリアーナは、アーダベルトが冒険者になることを許したっていうの?」

「許すも何も、わたくしには関係ないことですわ」


 ざわざわっ! 周りの反応が一気に驚きに変わる。あれれ? そんな変なこと言ったかな?


「うそ? あ、あんなにもアーダベルトに拘っていたラティリアーナが……」


 いやいや王女様、そんなに驚くような話かね? ちょっとだけ嬉しそうなのは、ベタベタだったアーダベルトとラティリアーナに距離が出来たと感じたからだろうか。ほんと分かりやすい子だなぁ。

 だけど、すぐに表情を引き締めてリリスに向き直る。


「ううん、今はその話はどうでもいいわ。いえ、どうでも良くはないけど──リリス様、ラティリアーナの側にいるとあなたの評判まで地に落ちてしまいます。よろしければ私とともに王宮の方に参りませんか? 最上級のおもてなしをさせていただきます」


 リリスはどう答えたものか困っているようで、「ねぇねぇどうしたらいいの?」って視線でこちらをチラ見している。

 行きたきゃ行けば? と、こちらも視線で返すと、リリスは怯えた目で首を振る。どうやら王宮入りはイヤらしい。

 なんか王家に対してトラウマでもあるのか? それとも王女様が貧乳だからか? ──あ、わかった。ルクセマリア王女とセットでアーダベルトのハーレムメンバーになってしまうのが嫌なんだな。

 そういう理由なら仕方ない。どうせ王女様には嫌われてるみたいだし、ここはフォローしてやるか。


「ルクセマリア王女。いくら王家の姫とはいえ、勝手にパーティメンバーのものを引き抜かれては困りますわ」

「ひ、引き抜きなどではないわ! リリス様のように″神代魔法具ディバイン・デバイス″をお持ちの方は、王家がお迎えするほうが相応しいと申し上げているのです!」

「少なくとも、今のルクセマリア王女よりもわたくしの方がリリスには相応しいですわ。もしどうしてもお誘いしたいのであれば……もう少しご自身を磨く努力でもなさることね」

「な、なんですって……? 私に魅力が無いとでも言いたいの? 《 月下氷人の杖キス・アンド・デス 》に選ばれた私を……っ! 不摂生で太っちょな貴女がっ!?」


 あかん、ラティリアーナ節でちゃんと伝わるわけがなかったわ。これじゃ火に油を注ぐどころか、大炎上の大延焼じゃないか。

 カンカンに怒りを露わにするルクセマリア王女は、透明な頬が赤く染まって実に美しい──なんて言ってる場合じゃないや。

 さすがにここまで拗れちゃうと、ちょっとどう対処していいかわからない。まいったな……と途方に暮れかけていた、そのとき。


 不意に──会場の全ての灯りが消えた。同時に、煙幕スモークがもうもうと会場全体を包み込む。


「きゃー!?」「なんだなんだ!?」「何が起こってるの?!」


 一気に大混乱に陥る参加者たち。ところがすぐにパタパタと倒れ始める。


「な、何が起こってるの!?」

『ふはははははっ!』


 ルクセマリア王女の驚きの声を遮るように、妙な高笑いが暗闇の会場に響き渡った。

 続けて、強い光を浴びて、一人の人物が暗闇の中から浮かび上がる。


『怪盗マスカレイド──参上!』



 ──なんか変なのが来たんだけどっ!?


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