20.魔創
ある程度魔力のコントロールが出来るようになった頃に、一度魔力が尽きて【 変身 】が解ける。
驚いたことに、この時点でなんと15分も経過していた。能力の持続時間が、リリスのトレーニングで五倍に伸びていたのだ。
この結果にはさすがの俺もリリスの有用性を認めざるを得ない。こいつ、大した奴だ。もちろん直接口にして言うことはないけどさ。
「リリス。この調子で、魔法が使えるようになりませんの?」
「今日は無理だね。魔法は普通、魔石を手に入れることで使えるようになるんだ。残念ながら今は手持ちの魔石が無いから、魔法を試すことが出来ないよ。また今度ね」
調子に乗ってリリスに″魔力注入″をされてる合間に聞いてみたものの、どうやらそう簡単には魔法が使えるようにはならないらしい。
俺はふと気になってモードレッドに問いかける。
「モードレッド、あなたは魔法を使えますの?」
「はい、サブマスター。私は”身体強化”を使うことができます」
「せっかくだし見せてあげたら?」
そういえば以前、アーダベルトと美虎が模擬戦をしているときに二人が”身体強化”を使っているのを魔導眼で見たことがある。良い機会だし、モードレッドの”身体強化”と魔導眼で見比べてみようかな。
「時間が惜しいわ、すぐに見せることね」
「それじゃあモードレッドお願い」
「承知しました。── 【 身体強化 】 ──」
ぶぅぅん。という鈍い音と共に、俺の視界にはモードレッドの全身を魔力の渦が取り巻いていく様子が映し出される。この感じ、この前アーダベルトや美虎が使っていたのと同じだ。
やがて体中に薄い魔力の膜が張り巡らされ、全身を包み込んだ瞬間、”身体強化”が発動した。なるほど、こうやって魔法は発動しているのか。
──これなら、できるかもしれないな。
そのとき俺が、ついさっき身につけたばかりの”魔力操作”を利用してモードレッドの真似をしてみようと思ったのは、ほんの気まぐれだった。
たまたま彼女が″身体強化″に使っていた魔力の色が白色と黒色だったのも、俺の気まぐれを後押しした。なぜなら、さっきの魔力コントロールのトレーニングで発していた俺の魔力の色が紫、黒、白の三色だったからだ。
モードレッドは、白色の魔力と黒色の魔力を混ぜて灰色の魔力を練り出し、全身を均等に包むように覆っていた。
俺はリリスの魔力チャージで回復した魔力の中から、黒と白をチョイスして指先で丁寧に混ぜる。──よし、出来たぞ。
続けて出来上がった灰色の魔力を、全身にくまなく散らしていく……あっ、魔力が弾けた。これは失敗だな。
んー、ちょっと魔力が足りなかったかな。次はもう少し魔力を足して混ぜてみよう。
「ラティ、何してるの?」
「……煩いですわ。お黙りなさい」
気がつくと俺は魔力操作に熱中していた。
思えば、今まで何かを作り上げるということをやってきたことは無かったかもしれない。だけど今は楽しい。未知の力を使うことが、こんなに楽しいとは思わなかった。
「マスター。サブマスターが理解不能な状態になっています」
「なにこれ……ボクたちはもしかして今、ものすごい場面に立ち会ってるのかな?」
「ものすごい場面、ですか。とても抽象的な言葉です」
「うん。だけど……このまま行くともしかしたら──」
──そのとき、ふいに身体が軽くなったような気がした。
── ピンコーン ──
〈 覚醒 ── NEW GIFT! ──【 魔創 】 〉
〈 ラティリアーナは、魔法 ──″身体強化″を創出しました。自動的に《 紅き魔導書 》に記述されます〉
いきなり頭の中に変な声が飛び込んできたのは、灰色の魔力を全身に薄衣を纏ってるくらいにコントロールすることが出来るようになったころだ。確かこれは──システムの声だっけ?
「なんだか──身体が妙ですわ」
「ホント? ちょっと調べてみるね。……って、ウソ? なんで″身体強化″がかかってるの?!」
はぁ? 何言ってんだこいつは。魔法を一つも覚えていない俺が″身体強化″なんて使える訳無いのに。
訝しみながらリリスが持つ情報板を覗き込んでみると、そこには意味不明な言語が表示されていた。だけど、なぜかすぐに文字が読めるようになる。
そこには、こう表示されていた。
──
【 ラティリアーナ・ファルブラヴ・マンダリン 】
15歳、女性、165cm、77kg、人間族
レベル:1
HP:53/68
MP:366/8926
状態:身体強化
魔力伝道率:33%
ギフト:魔眼(魔力可視化)、魔創 (New!)
魔法具:《 紅き魔導書 》
パッシブスキル:●◇%▲
称号:『悪役令嬢』、『オーク令嬢』、『肥満(大)』、『令嬢の嗜み』、『断魔の力(小)』、『魂に不確定要素あり』、『運命に抗うもの』(New!)、『短時間の天使』(New!)、『魔創者』(New!)
──
ほ、ホントだ……状態のところに身体強化って出てるよ。
「なんで魔石も使ってないのに、ラティは魔法を使えるようになってるわけ?!」
そんなのこっちが知りたいわ!
それに、なんだか前に見たときよりも情報が増えてる気がするんだけど?
「これは……どういうことですの?」
「ちょっと待って、なんだろうこの称号は? ボクが調べてみるね」
続けてリリスが情報板を素早くタッチすると、今度は別の情報が目の前に表示される。どうやら俺の『称号』の説明文のようだ。
──
『運命に抗うもの』
目の前に迫る過酷な運命に抗おうとするものたちの称号。危機に陥りやすくなる代わりに、革命的な力を手に入れる可能性が高まる。
『短時間の天使』
短時間だけ姿を見せる、奇跡の天使。
『魔創者』
ラティリアーナが運命に抗うことで手に入れた唯一無二の奇跡的な力である【 魔創 】。この力により彼女は自力で魔法を編み出すことができるようになる。
──
「なんだこれ……短時間の天使とか、ぷぷぷっ。でもこの『魔創』ってのは初めて見たよ。名称や説明文から察するに、このギフトは──」
「一人でブツブツ言ってないで説明なさい、リリス」
「ボクだってよく分からないよ。だけど、どうやらラティは……自力で魔法を作れるようになったみたい」
自力で魔法を作れるようになった? なにそれ、魔法って料理みたいに自分で作れるの?
そもそも魔法って、魔石でゲットするものじゃなかったっけ?
「そうだよ。スキルと違って魔法は、本来魔石によって手に入れるものだ。魔導師型の魔法具を持ってる人が、相性が合う魔石を使ったら身に付けることが出来るものだよ。あとは魔石の使い捨てで使えたりもするけど……自力で覚えた人なんて聞いたことがない」
「そうでしょうね。なにせわたくしは唯一無二の存在なのですから」
「はいはい、わかってるって。それで、魔法が作れたのってもしかして例の魔眼の力? 確か魔力の流れが見えるって言ってたよね?」
「ええ、その通りですわ。わたくしは魔力の流れを見て、模倣することができますの」
「なるほど──もしかしたらラティは、一度魔眼で見た魔法を再現することが出来るのかもね。それってさ、すごいことだよ!」
どうやら俺は魔導眼の力とリリス仕込みの魔力コントロールを駆使して、自力で魔法を作ることができるようになったらしい。いまいちピンとこないけど、こいつが驚いてるってことは、よっぽどすごいことなんだろう。
「ふふっ、当然ですわ。わたくしはラティリアーナ、地上に咲く天の恵みですわよ?」
「はいはいそうだねー。じゃあさ、どんな魔法が再現できるのか、さっそく試してみようよ!」
リリスには一度気になると徹底的に調べたくなるといった性質があるようだ。現に今も眼を爛々と輝かせて情報板を操作している。
しばらくすると目の前に、なにか大量の情報がリストになって表示された。
「……なんですの、これは?」
「ボクが覚えている魔法一覧だよ! さぁ、この魔法を全部【 魔創 】できるか、早速チャレンジしてみよう!」
そう宣言するリリスの目が、俺には狂信科学者のように見えたんだ。
◇
一度見た魔法を、見よう見まねで再現できる力。
もしこれが真実なら、俺はとんでもない力を手に入れることになる。
──ところが、これがまったく上手くいかなかった。
いくつかリリスに魔法を見せてもらったんだけど、どれも再現することが出来なかったのだ。
そうこうしているうちにまた魔力が尽きて、それでもリリスの化け物じみた量の魔力を″魔力補充″で少し分けてもらったりしながら続けてたんだけど、残念なことに″魔力補充″は効率が悪くて消費魔力の1%くらいしか回復できないことからさほど長くは持たず──。
やがて完全に魔欠状態になった俺は、地面に膝をついたまま荒い息を吐くことになった。
「ぶひー……、ぶひー……」
「うーん、世の中そんなに上手くいかないか。『索敵』も『危機察知』も『簡易治癒』も再現出来なかったね」
「だって……ぶひー、い、色が違いますわ」
「色? それってどういうこと?」
俺は息を整えながらリリスに説明する。
リリスが主に使える魔力の色は白を基軸に青と黄色だ。ゆえに彼女が使える魔法も全てがそれらの色の魔力を使用したものになる。
ほんの僅か黒色の魔力を持ってるけど、彼女が使える魔法は青、黄色、白を混ぜたものばかりだ。
ところが俺が使える魔力の色は圧倒的に紫が強く、あとは黒と──申し訳程度に白があるだけだ。
このように、俺とリリスが使用可能な魔力の色が異なっていることから、どう頑張ってもリリスの魔法を再現できなかったってわけだ。
「なるほど、そういう理由だったんだ……これは研究して見る価値はありそうだね」
これらの事情をラティリアーナ節でなんとか説明すると、リリスはひとしきり感心したあと、難しい顔をして考え込む。
「だけどそんなシステムの裏設定、ボクは知らないよ? ねぇモードレッドは今のラティの話したようなことは知ってた?」
「いえ、知りません。そもそも魔法を発動するのに意識したことがありませんので」
「だよねー。あぁでもモードレッドはそもそも敵キャラの基本能力が初期セットされてるから違うか。生まれながらに使えるかわりに、成長することもないんだよねぇ」
「そう──なのでしょうね」
リリスが″敵キャラ″という言葉を口にした時、ちょっとだけモードレッドの反応が鈍かったのは俺の気のせいだろうか。だけどリリスはモードレッドの異変に気付くことなく話を続ける。
「どちらにせよ、今日はラティの魔力が尽きたからこれ以上の魔法トレーニングは無理だね。ボクはこれからラティが言った情報についての分析を開始するから、あとはモードレッドが身体を鍛えてあげてくれる?」
「はい、承知しましたマスター」
ふぃー、どうやらリリスの過酷な魔力トレーニングからは解放されるみたいだ。何度も魔欠状態になるのって、地味にキツかったんだよねぇ。
次のトレーナーはモードレッドだけど、彼女ならそんなに無茶はしなさそうだし、ちょっと安心かな。
「ではサブマスター、これから肉体的な訓練を計画に基づいて実行します」
け、計画に基づいた肉体的な訓練? なんか嫌な予感がするんだけど……。
「まず最初に侯爵邸内を30周してください。そのあと私と模擬戦をしましょう」
「さ、30!?」
おいおい! この広い侯爵邸を30周とか、どんだけハードなんだよ! しかもそのあとに模擬戦? 全身凶器さんと模擬戦!? こちとら魔力も尽きた只の″オーク令嬢″なんですけど? そんなにやったら、吐いちゃうよ?
「マスターのデータによると、人族には超回復というものがあるそうです。ですのでHPが尽きる寸前までトレーニングを行い、危険な状態になったらマスターに治癒していただきます。ご安心ください、命は落とさないように調整いたしますので」
「ぶっ、ぶひーっ!?」
どうやら俺は認識が甘かったらしい。リリスのことを鬼だと思ったけど、よもやモードレッドまで鬼だったとは。
やばい、このままだと半殺しにされてしまう。
なんとか回避できないものか……って、モードレッドさん? お願いだから無表情で右手を剣に変えてシャキーンってするのやめて貰えないかな?
えっ? すぐに走らなきゃ剣でお尻を突くだって?
そんなの嘘だよね? でも目がマジでとっても怖いんですけど……。
って、ぎゃぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ!




