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17.英霊の宴



 美少女に変貌を遂げた俺の姿に、ウタルダスたちは完全に言葉を失っていた。


 ふふん、どうだ? ビビったか!

 あんたが見くびっていたデブの悪役令嬢は、こんなにも美しい少女に変身するんだぜ?


「う、美しい……」


 キュリオとかいう目つきの悪い男が、顔を赤らめながら俺に釘付けになっている。ふふっ、なかなか素直な男だな。感謝してこの姿を目に焼き付けるがいい! 俺は胸を張る。


 ふと胸元に違和感を感じて視線を向けると、抱きついていたリリスがしれっと俺の胸を触っていた。

 ……こいつ、今どんな状況なのか分かってるのか?

 イラっとしたのでとりあえずエルボーをかましておく。「いたっ!」知るか! こんなときくらい大人しくしとけよ!


「その姿は……もしかしてその魔法具マギアの力かい?」

「ええ、そうですわ。この姿を拝めたこと──光栄に思うことね」


 ウタルダスがちらりと後ろを振り返る。ウインクしたアトリーが片手の人差し指と親指を丸の形にして瞳に当てる。


「わーお! 間違いないね。最高ランクの魔法具マギア神代魔法具ディバインデバイス 】──しかも未知のやつだよ!」


 アトリーはリリスと似たような分析能力を持っているのか? さすがは最高ランク冒険者ってとこか。だったら話は早い。


「これでお判りでしょう? わたくしに──リリスをパーティにする権利があると」

「ふふふ……あはははっ!」


 突如ウタルダスが笑い出す。なんだこいつ、気持ち悪いな。


「いやぁすまない。まさかこんな予想外のものが飛び出してくるとは夢にも思わなかったよ」

「ふん、特別ですわ。感謝なさい」

「ええ、感謝させてもらうよ。こんなにも滾るのはダンジョンボスと対峙したとき以来だ。お礼に──俺の力の一端を、あなたにお見せするよ」


 ぶわっ! 一気にウタルダスの全身から何かが吹き出す。

 恐ろしいまでの圧迫感プレッシャー。だが魔力を可視化できる俺にはハッキリと見ることができる。

 魔導眼まどうがんによって映し出されたのは、ウタルダスの全身をまるで渦のように取り巻く極彩色の魔力。やばい、こいつはヤバイやつだ!

 ウタルダスが手を前に出すと、突如一枚のカードが出現した。何か荷物を背負った旅人の姿が描かれたカードだけど、なぜか強烈な存在感を感じる。


「……空間魔法? それに、そのカードは魔法具マギアですわね?」

「よくお分かりだね。これは俺の持つSランク魔法具マギアである【 神代魔法具ディバインデバイス 】──《 愚者の行進フールズ・パレード 》。こいつはあらゆるランクの魔法具マギアを5つ、同時に操ることが可能になる万能型バーサトルタイプなんだ。俺はこいつで、ダンジョン攻略魔法具マギアを現時点で″3つ″使いこなしている」


 ……おい、ちょっと待てよ。

 ダンジョン攻略魔法具マギアって言ったら、ダンジョンをクリアした報酬で得られるという超高ランクの魔法具マギアだろう? 俺が持つ《 紅き魔導書スカーレット・グリモア 》や、マンダリン侯爵が持つ巨大斧《 蟻蛾豚ギガトン 》なんかと同じだ。

 それを3つも、こいつは持っているってのか? ぶるっと、全身に鳥肌が立つ。


「今回は、そのうちの一つをあなたに敬意を表して披露しよう。──招集コール──《 時の支配者クロノ・ダイヴァー 》」


 魔力のうねりが、ウタルダスの左腕に集中する。次の瞬間、その場所に機械仕掛けの時計のようなものが出現した。あれがもしや──ダンジョン攻略魔法具マギアの一つかっ!?


「── 発現リベレイト ── 【 静寂の間クロノ・ホワイエ 】。ターゲット指定『ラティリアーナ』『アマリリス』」


 ウタルダスの魔法言語プロトコルに呼応して能力が発動した瞬間。

 ──俺とリリスを除く全員の″とき″が停止した。




 ◇



 ここにいる俺とリリスを除く全員が、完全に動作を停止していた。空を飛ぶ鳥や空に浮かぶ雲でさえ例外はない。問答無用とはまさにこのことだ。

 全ての時が止まった空間で、ウタルダスが口を開く。


「こいつはAランク──レジェンドレア級魔法具マギアの《 時の支配者クロノ・ダイヴァー 》だ。ご覧の通り指定した相手以外の時を止めることができる。密談やタイマンにピッタリの能力だと思わないかい?」


 特に誇るでもなく、淡々と口にするウタルダスに俺は恐怖を覚えた。

 頂点に立つ冒険者とは、ここまで超人的な能力を持っていると言うのか。次元が違うなんてもんじゃない、到底辿り着けそうにない高みを見せつけられて、それでも心が折れなかったのは、横にリリスがいたから。

 全てが止まった空間で、震えてしがみつくリリスの肩を抱きながら、俺はウタルダスを睨みつけた。


「どういうことですの? ここでわたくしと争う気ですか?」


 口ではそう強がっているものの、本当は分かっていた。

 勝てない。勝てるわけがない。

 こんな、時を止めるような能力を持つ相手にどうやって対抗すればいいのか。身体がガタガタと震える。


 そもそも相手はSランク冒険者、今のラティリアーナでは相手になるわけがないのは明白だった。なのに能力を見せつけたのは、こちらの心を折るため?


 それでも──俺は引かない。

 いや、俺の中のラティリアーナが「引くな!」と叫んでいる。だから、決して怖気付かずに、堂々と胸を張る。


「……窮しても誇りは失わず──か。たいしたものだ」


 ウタルダスがふっと微笑みかける。


 ──次の瞬間、停まっていた″とき″が一気に動き出した。凍りついたかのように停止していた、空を飛ぶ鳥たちや雲までが急に動きを取り戻す。

 あれっ? これってもしかして能力を解除された?


「なぜ能力を解除なさいましたの? わたくしを打ち負かすのではなくて?」

「はははっ、そんなことしないよ。俺はただあなたが素敵なお姿・・・・・を見せてくれたお礼に、ほんの僅かだけどこちらの力をお見せしただけさ」

「っ!?」


 そう言われて、自分が肌着一枚しか着てないことを思い出して、急に恥ずかしくなる。慌てて胸元を隠す。いや、何やってんだ俺は!


 ぱさっ。

 そのとき、俺にマントを掛けてくれた人物がいた。


「ラティリアーナ嬢、そのお姿は目に毒です」

「ふん……汚らわしい冒険者の中にも、多少の礼儀をわきまえた者はいるようね」


 目線を逸らしたまま紳士的な対応をしてくれたのは、例のもう一人のイケメン男子キュリオ。こいつ、いつのまに側に来たんだ?


「お嬢様!」


 時間停止が解けた舞夢マイムが、キュリオを押しのけて落ちていたぶかぶかのドレスを掛けてくれる。

 おお、さすがは気がきく! 危険を顧みずに来てくれたお礼に優しく頭を撫でると、舞夢マイムは嬉しそうに目を細める。

 その際、着せられたマントを放り投げると、キュリオが少しだけ悲しそうな顔をした。ごめんな、悪気はないんだけど、あんたのマントちょっと臭うんだ。


 凹んでいるキュリオからウタルダスに視線を戻すと、彼は苦笑いを浮かべながら両手を挙げる。


「ラティリアーナ様、あなたの言い分は分かったよ。確かに俺たち冒険者は冒険者なりの矜持──という名のルールに縛られている。Sランクである俺が率先して破るわけにはいかない」

「そ、それじゃあ……」

「ああ。今回は・・・諦めさせてもらうよ」


 ウタルダスの言葉に、リリスが喜びを一気に爆発させようとする。だがウタルダスがすぐに釘をさす。


「ただし!」

「えっ? まだあるの!?」

「リリス、口を慎みなさい」

「うっ……よもやラティリアーナに正論を吐かれるとは」

「えーっと、話を続けて良いかな?」


 あーすまんすまん、続けていいよ。ウタルダスくん、無視して勝手に漫才を始めてごめんな。


「じゃあ続けさせてもらうね。おそらく一年後に《 英霊の宴 》が開催される」

「なっ!?」

「そのときまでに君たちが宴に選抜されるほどに成長していたならば、俺は本当にアマリリスのことを諦めよう」


 英霊の宴? なんだそれは、聞いたことがないぞ?

 だけど横にいるリリスは驚きの声を上げたあと顔面蒼白になって黙り込んでしまう。なあリリス、《 英霊の宴 》ってのはそんなにヤバイものなのか?


「や、ヤバいなんてもんじゃないよ! 《 英霊の宴 》は──ラスボス戦前の最後の大イベントなんだよ! 最高ランクの魔法具マギアを持つ英雄だけが神々に選ばれて、互いの武を競い合う、最強冒険者決定戦みたいなもんなんだ! まさかそれが一年後に迫ってるなんて……」


 最強冒険者決定戦だって? それに選ばれるってことは、もしかして──。


「そう、ボクたちは一年以内に最強レベルの冒険者にならなきゃならないってことだよ! さもないと……」


 リリスはちらりとウタルダスの方を伺う。


「もしそのとき、君たちが神々に選ばれていなければ、そのときは──」

「そ、そのときは?」

「あらゆる力を使って、君を奪いにくるよ」

「がびーん!」


 リリスが、一気に泡を吹いて倒れた。素早い動きでモードレッドが抱えなければ、そのまま地面に強く頭を打っていただろう。


「じゃあ一年後に会えるのを楽しみにしているよ。悪役令嬢──ラティリアーナ様」


 最後に朗らかに別れの言葉を告げると、ウタルダスは他のメンバーを引き連れて、マンダリン侯爵邸から出て行った。


「ラティリアーナ嬢、それではまたお会いできる日を楽しみにしています」

「ばいばーい!」

「アマリリスちゃん、またねぇ」


 いいから早く帰れよお前らっ!



 ◇



「っぷはぁ! 恐ろしい相手だったがる。睨まれただけで身動きできなかったがるよ」

「人間離れした戦闘力を、全員が所持していました。争いが回避されたのは幸運でした」


 【 愚者の鼓笛隊フールズ・オーケストラ 】一行が立ち去ってプレッシャーから解放されたとたん、美虎ミトラとモードレッドが息を吐く。

 俺は【 変身メタモルフォーゼ 】を解除して元の姿に戻ると、泡を吹いて寝ているリリスに蹴りをいれた。


「あうっ!?」

「リリス、いいかげん目を覚ましなさい」

「お嬢様、なかなか酷いですワン……」


 意識を取り戻したリリスは、もうこの場にウタルダスたちがいないことに気づいてあからさまに安堵していた。だがすぐに何かを思い出して真っ青になる。


「ラティリアーナ!」

「なんですの? 煩いですわね」

「お願い、強くなって! そしてボクの貞操をあの男から守っておくれ!」


 リリスの貞操? そんなのどうでも良いんだけど。


「そんなぁ……ボクの貞操なんてどうでもいいってあからさまな態度を取らないでよ! お願い助けて! 一緒に最強の冒険者になろうよ!」


 ピクッ。

 最強の、冒険者?

 魅力的な響きに、俺は思わず反応してしまう。


「うん! このボクが、前世のあらゆる知識と、この身に宿った全ての転生チート能力を駆使して、キミを最高の冒険者にしてみせるよ! だからお願い──見捨てないでぇぇぇぇ……ぐえっ!」


 泣きついてこようとするリリスの顔が涙と鼻水であまりに汚かったせいか、ラティリアーナの身体が勝手に動いてケリを入れる。グッジョブ、ラティリアーナ!

 踏み潰されたカエルみたいな声を出して吹っ飛んでいくリリスを見ながら、俺は──この身で最強の冒険者ってのを目指すのも悪くないかな? などと思い始めていた。


舞夢マイム

「はいですワン、お嬢様!」

「……明日から、忙しくなりますわよ」


 俺の言葉に、舞夢マイムはなぜか妙に嬉しそうに目を細めたんだ。




 ◆◇◆◇




 ブロロロ……。

 軽快なエンジン音を響かせながら走る魔道自動車。中に乗るのは四人の冒険者。【 愚者の鼓笛隊フールズ・オーケストラ 】一行を乗せた自動車は、街道を猛スピードで走り抜けてゆく。


「なぁアトリー、本当にあれでよかったのか?」


 ハンドルを握りながら、横に座るアトリーに問いかけるウタルダスの表情は若干暗い。


「うんうん、あれで十分だよ! むしろよくやったって感じ?」

「俺、あんな感じの悪い役回りは嫌だったんだけどなぁ。どう見たって俺のほうが悪役じゃないか?」

「いいじゃーん。おかげで″悪役令嬢″もシナリオと違ってきてるってことが分かったわけだしさ」


 嬉しそうにケラケラと笑うアトリーが、運転席のウタルダスの頭を撫でる。ウタルダスは少し困った表情で目尻を下げた。


「あんなことしてたら絶対アマリリスに嫌われちまうよ。本当にパーティメンバーに入ってくれなかったらどうするのさ?」

「そのときはそのときじゃない? すでにあたしの知ってるシナリオからは大きく逸脱しているんだもん。いまさら大差はないんじゃないかなぁ?」

「そんな、適当な……」

「でも、結果として″悪役令嬢″は″悪役令嬢″ではなくなった。順調に『活動』は実を結んでる。きっと大丈夫だよ」


 アトリーは窓を開けると、外の景色を眺める。


「なんか日本の田舎を思い出す風景だなぁ〜」

「ニホン──アトリーの前世の国の名前だっけ?」

「うん。そうだよ」


 肩口まである髪を風に踊らせながら、アトリーは誰にも──横に座るウタルダスにさえも聞こえないように小さな声で呟く。


「ウタくん、本当のことを知ったらあたしのことを恨むかなぁ……」


 囁くようなその声は、誰の耳にも届かない。


「だけど、たとえ結果として恨まれたとしても、あたしはウタくんのことを絶対に守ってみせる。定められた未来なんて、あたしが──きっと変えてみせる」


 鼻歌を歌いながら運転をするウタルダスを横目に見て、アトリーは優しく微笑む。その瞳に浮かぶのは、決意。


「そのためにもこのゲーム、誰よりもあたしが最初にクリアしてみせるよ。あたしが、あたしこそが──このゲーム【 ブレイヴ・アンド・イノセンス】の″ゲームマスター″になるんだ」




 〜〜 第3章 完 〜〜



これにて第3章終了&最初の大きなエピソードにあたる第1部完結になります(≧∀≦)


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