16.宣戦布告
リリスの説明の意味を、俺はようやく理解する。
──もしかして、ウタルダスが転生者なのか?
「もしくはウタルダスのパーティメンバーの誰か、だね」
ウタルダスの近くに、リリスと同じ異世界からの転生者がいる。未来を知る人間が、リリス以外に存在している。
「……あぁ、それで思い出したよ」
ハッとしてリリスは顔を上げる。
「ずっとモヤモヤしてたんだけど、やっと理由がわかった。あのね、ウタルダスのパーティメンバーのうちの1人が、ゲームのパーティメンバーと違うんだよ」
パーティメンバーが違う? メンバーチェンジすることは冒険者ならさして珍しくもないことだ。それが、何かまずいのか?
「たぶん、だけど……歴史が色々と変わって来てるんだと思う。それが良いことなのか悪いことなのか、ボクにもわからないけど……」
「二人のコソコソ話はもう良いかな?」
二人で話し込んでるあいだに、ウタルダスがすぐ近くまでやってきていた。間近で見るとよくわかる。こいつは──とてつもなく強い。
「アマリリス、俺は君を《 愚者の鼓笛隊 》に迎えに来たんだ」
「お、お断りしますっ!」
俺とモードレッドにしがみつきながら、必至の形相で断るリリス。相手が世界の英雄たるSランク冒険者チームだろうと関係ない。わかる、わかるよ。ハーレム要員だなんて耐えられないよな?
だけどウタルダスのほうも簡単には諦めない。
「俺たちはもっと高みに登っていく。そのためにはアマリリス、君の力が必要なんだ」
「む、無理ですぅ!」
「頼む! 俺と一緒に……来てくれないか?」
「勘弁してください……」
イケメンから放たれる甘い言葉の数々も、リリスにはまったく響かない。まぁ男相手に響くわけがないんだけどさ。
一方のウタルダスも、リリスの拒絶の言葉にめげるようすもない。こいつ鋼のメンタルでも持ってるのか?
とはいえ、このまま押し問答してるのを放置しておくのも可哀想だ。そろそろ助け舟でも出すとしよう。
「ウタルダス様、ここはわたくしの屋敷の庭ですわよ? たとえプラチナランクの冒険者であろうとそれは関係ないわ。家主であるわたくしを差し置いて話を進めるなど、道義に反するのではなくて?」
「これは──ラティリアーナ様、大変失礼しました。俺は《 愚者の鼓笛隊 》のリーダーでウタルダス・レスターシュミットです」
「ラティリアーナ・ファルブラヴ・マンダリンよ。ふん。礼儀正しいフリをしたところで無駄ですわ。先程わたくしのことを悪役令嬢呼ばわりされたこと、聞こえてましてよ?」
「ははぁ、ラティリアーナ様は悪役令嬢などというお言葉をご存知でしたか」
しまった、と自らの発言のミスに気づく。こいつはこいつで逆にカマをかけてきてたのだ。こちらが〝悪役令嬢〝という単語を知っていたことがバレた以上、こちらに転生者がいることもバレたのだろう。さすがはSランク冒険者、油断も隙もない。
だけど──そんなものはどうでもいい。俺は、リリスを守ると決めたのだから。
「あら、この子が噂の″千眼の巫女″? すごく可愛らしいわねぇ!」
張り付いた空気を打ち破るように声をかけてきたのは、ユルフワな雰囲気を醸し出す大人な女性。たしか魔法使いのシモーネだったか。
「っ!?」
「??」
俺とリリスが彼女の姿を見て絶句してしまったのには理由がある。シモーネは、とてつもなく凶悪な武器を持っていたのだ。
その武器の名は──巨乳。しかもこれまで見たことないレベルの、圧倒的なやつだ。
「な、なんという巨大なおっぱい……」
「マスター、ヘンタイです」
リリスが思わず口にしてモードレッドが責めたとしても無理はない。それほどに暴力的なまでに巨大な胸を、シモーネは持っていたのだ。ボインボイン、そんな擬音が聞こえてきそうなほど熟れた二つの果実は、まるで溢れ落ちそう。
そんな凶器を抱えたシモーネが、予備動作もなくいきなりリリスに抱きついた!
「ぶげらっ!?」
「あなたがアマリリスちゃんね! 写真よりずぅーっと可愛いわぁ! まだ10歳くらいかしら? なんだか妹のこと思い出すわね」
巨大な胸に押しつぶされそうなリリスは苦しげな表情を浮かべ──いや、あれは喜んでる!?
「く、くるしい……でも幸せ……」
「あらまぁ、ごめんなさいね! ついつい興奮しちゃって、大丈夫?」
「ふへへ……。天国を見ました……」
あいつ、どさくさ紛れにシモーネのおっぱい揉んでやがる……。なんてうらやま──いやけしからんやつだ。
「マスター、喜んでますね」
「そうですわね」
もういい、こいつを見捨ててしまおうか。たぶん俺とモードレッドはこの瞬間、同じことを考えていたと思う。
巨乳好きとは思ってたが、あっさりシモーネに籠絡されつつあるリリスを見て、あいつを助ける必要があるのか本気で悩み始める。
「はいはい、ダメだよ〜シモーネ。ウタくんの邪魔しないでね?」
「あらぁ、アトリーったら邪魔なんてしてないわよ?」
「巫女様が目を白黒してるよ?」
「えー?」
ある意味で助け舟を出してくれたのは、もう一人の女性冒険者のアトリーだった。巨乳の海で溺れそうになっていたリリスを引っ張り出す。
名残惜しそうにシモーネの、主に胸元を見つめるリリス。ほんとこいつガチクズだな。
だが、そんなリリスの腕を掴んでぐいっと引き寄せた人物がいた。
「ウ、ウタルダス!」
「捕まえたよ、アマリリス」
いつのまにリリスの側まで来ていたのか。その動きは素早く、誰の目にも見えなかった。
危険を察知したモードレッドがリリスを助けようと駆け寄るも、目の前にキュリオが立ちふさがる。同様に、舞夢と美虎の前にはシモーネとアトリーが。
全ては一瞬の出来事だった。さっきまでの茶番がウソみたいな、連係の取れた動き。
これが超一流の冒険者チームの動きか。
しかも、彼らが睨んだだけで誰一人身動きができないでいる。恐らく全員が全員、相手との実力差を察して動けずにいるのだろう。
ただ唯一、俺の前に誰も立ってないのは、おそらくは侯爵令嬢だからか。もしくは戦力として見られていないのか。
──だとしても関係ない。ここは俺が口火を切る。
「あら、これはどういう了見かしら? まるで紳士的ではないですわね」
「すまない、ラティリアーナ様。どうしても少し彼女と話をさせて欲しいんだ」
侯爵令嬢からなんと言われようと、断固としたウタルダスの態度。なんでこいつはこんなにも強引なんだ? 僅かに違和感は感じたものの、今は深く考えている場合じゃない。
一応、この場を納めるための決定的なセリフは用意してるんだけど、これ言うとたぶんSランク冒険者チームと敵対することになるんだよなぁ。
まあでも仕方ない。リリスを助けるためだ、腹をくくるとしよう。たとえ巨乳好きのガチクズだとしても、あいつは間違いなく──俺の数少ない同士だから。
俺はゆっくりと歩み始めると、ウタルダスとリリスの正面に立つ。
「その手を、離しなさい」
「ラティリアーナ……」
「ラティリアーナ様。申し訳ないんだが、俺はアマリリスと話がしたいんだ」
そう答えるウタルダスの眼光は鋭い。野生動物なら逃げ出してしまいそうな殺気だ。
だけど冒険者時代に何度も死線をくぐった俺は狼狽えたりはしない。毅然とした態度を取るラティリアーナモードはこういうときに便利だ。
「リリスと勝手に話をするなど、このわたくしが許しませんわ」
「どうして? アマリリスとラティリアーナ様は無関係では?」
「無関係ではないわ。なぜなら──」
ぐいっ。ウタルダスの手を振りほどいて、強引にリリスを胸元に引き寄せる。思わず抱きしめるような形になったけど、ここは勢いが大事だ。リリスが「ふぎゅ!」と声を上げているが、御構い無しだ。
「なぜなら──わたくしとリリスは、パーティを組んでいるのですから」
◇
「は?」
「へ?」
「えぇ!?」
「あらまぁ!?」
完全に予想外のセリフだったのだろう。驚きの声を上げるウタルダス、キュリオ、アトリー、シモーネの四人。
彼らの反応を見た瞬間、俺はこの仕掛けが成功したことを確信した。
実は──貴族には貴族の通例があるのと同様に、冒険者には冒険者の暗黙のルールがある。それが、相手のパーティメンバーを勝手に引き抜かないというものだ。
冒険者たちはチームの構成が生死を左右する。簡単に引き抜きなど許してたら、あっちこっちで死人が出てしまう。だから俺たち冒険者は暗黙のルールを作ったわけだ。
それは、相手がいくらSランクだろうと関係ない。
「ラティリアーナ様とパーティ? アマリリス、それは本当かい?」
「え、ええ! そうですよ!」
「……本気?」
「もちろんです!」
ここで曲げたら貞操のピンチと思ってか、リリスも必死に抵抗する。お前、さっきのシモーネのときと反応が大違いだな?
「でもアマリリス、君は普通の存在じゃない。世界で僅かしか確認されていない最高ランクの魔法具【 神代魔法具 】の使い手なんだ。それが、いくら侯爵令嬢とはいえラティリアーナ様とパーティを組むなど……」
「バカにしないでくださいます?」
パンッ。と鋭い音が鳴り響く。
何の音かと思ったら、俺がウタルダスの手を弾いた音だった。ちょっと、勝手に動いてなにやってんの!?
「わたくしも、同様に選ばれた人間ですわよ?」
「……選ばれた人間? それは、どのような力に? 正義の力ですか? それとも──」
ウタルダスの瞳に、危険な光が宿る。
「魔の力、ですか?」
「痴れ者。わたくしはマンダリン侯爵家のラティリアーナ。魔など──近寄ることも許しませんことよ?」
こっちも負けてはいない。ラティリアーナ節が炸裂しまくってるけど、歯止めをかけることすらしない。
込み上がってくるのは、ウタルダスに対する怒りの感情。
──俺には分かる。
ラティリアーナは怒っている。
リリスを奪おうとしていることに怒っている。理不尽な言い草の数々に怒っている。なにより、ラティリアーナを侮辱にしていることに怒っている。
そしてその怒りは、俺自身も同様だ。
思えばウタルダスは、最初から異様に好戦的で無礼な態度だった。人のことを悪役令嬢と呼んだり、魔の力に魅入られているなど侮辱したり。
このような態度、いくらSランク冒険者だからといって到底許されるもんじゃない。なによりこいつは、ラティリアーナを見下してる。
俺はこの身体になって気づいたことがある。
たしかにラティリアーナはかつて横暴で横柄でわがままだった。だけどその芯にあるのは──気高いまでの『誇り』。もしくは『プライド』。これらが間違った形で現れていたんだと思うようになったんだ。
ある意味で不器用ともいえるラティリアーナ。そんな彼女を、何も知らないウタルダスが無遠慮に貶めようとしている。
そんなの、俺には到底受け入れられない。
ラティリアーナをバカにするやつは、この俺が……許さないっ!
気がつくと俺は、自分の中に残っているかもわからないラティリアーナに対して語りかけていた。
「俺の中のラティリアーナよ、今こそあんたの力を存分に解放するんだ! そして──目の前の″未来の主人公″とやらに、お前の魂の言葉をぶつけてやれっ!」
※※
そのとき──。
ふいに脳裏に浮かんできだのは、紫色のドレスに身を包んだ可憐な美少女。
彼女は、夜の魔力トレーニングをしているときに、わずか3分間だけ会うことが許された存在。
だけど浮かんだ表情は、俺が鏡に向かって浮かべていたものとはまるで別のもの。
気の強さを表すかのように、鋭く大きく輝く瞳。自信ありげに吊り上がった、赤い唇。ツンと上げられた、尖った顎。
「もしかして、あんたは本物の──」
鋭く問い詰めるような表情が、一瞬だけ緩む。
僅かに、俺に対して微笑みかけてくれたような気がした。
このとき俺は、ラティリアーナの身体に入って初めて──身も心も一つになったような気がしたんだ。
※※
── 開闢 ── 《 緋き魔道書 》
── 能力発動 ── 【 変身 】
無意識のうちに起動させた《 緋き魔道書 》。流れるような動作で、一気に 【 変身 】まで発動させる。
七色の光が俺の全身を包み込み、この身を絶世の美少女へと ── 変身 ── させてゆく。
ウタルダスの目が驚愕に見開かれているのを見た。
驚け! ひれ伏せ! これが″オーク令嬢″ラティリアーナの真の姿だ!
パサリッ。静かな音とともに着ていたドレスが脱げ落ちる。それが、俺の変身が完了した合図だ。
「き、君は……その姿は……」
ウタルダスが驚くのも無理はない。なにせ突然デブから美少女に変身してしまったのだから。
俺はめいいっぱい虚勢を張りながら、艶めかしく髪をかきあげる。
「特別にお見せして差し上げますわ。これが──わたくしの″真の姿″ですわよ」




