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14.物語の主人公

 リリスは異世界からの転生者、なのだという。

 その言葉の意味を、俺にはすぐに理解することができなかった。


「異世界からの転生者……リリス、異世界ってのは別の国って意味かい?」

「違うよ。異なる世界ってこと。つまりボクはこの世界とは全く違う世界からやってきたんだ」

「やってきたって、どうやって?」

「さぁ? それはボクにもわからない。あっちの世界で事故で死んだら、こっちの世界の赤ちゃんとして生まれてたんだ。死んだ時はボクまだ高校生だったんだよ? 酷くない?」


 うーん。なんとなくこいつが生まれ変わりだということは理解できた。ただそれ以外がイマイチよく分からない。コウコウセイ? たぶんその異世界とやらの言葉なんだろうか。


「ちなみにボク、前世では男だったんだよ」


 ……おいっ!


「あんたが知ってるっていう他の事例は、リリス自身のことだったのかっ!!」

「ピンポーン、せいかーい!」


 なるほど、そういう訳か。だからこいつは、男の俺の魂がラティリアーナの中に入った──などという荒唐無稽な話をアッサリ信じてくれたんだな。


「あーあ、どうせならスタイル抜群の美少女に生まれ変わりたかったのになぁ。よりによって″合法ロリ″だもんなぁ。あ、でもラティリアーナみたいなキモデブはもっと嫌だけどさ」

「キモデブ……」


 テメェ、言うに事欠いてキモデブとは! 痩せたら可愛いんだぞ、うちの子ラティリアーナは!


「分かってるって! 冗談なんだからそんなに怒らないでよ。でも痩せたときにもうちょっと胸があったら最高なんだけどねぇ」

「変態か!」

「なるほど、マスターのような人物のことをヘンタイというのですね。メモリー致しました」

「そこっ! メモリーしないっ!」


 とりあえずこいつが巨乳フェチだってことは理解した。

 ……なんか出会った頃の神秘的なイメージが台無しだな。


「リリスが異世界からの転生者で俺と同じ元男だってことは分かったよ。それで、なんで未来を知ってるのかってことをそろそろ教えてくれないかな? その──なんたかタブレットってのの力なのか?」

「《 千里眼情報板ラブリィ・タブレット 》ね。でもこれの力じゃないんだ。関係しているのは前世の記憶のほう」


 前世の記憶? なんで前世の記憶が未来のことに関係してくるんだ? 時間軸がおかしいだろうに。


「ここから先の話は、もしかしたらとても信じられないかもしれない。それでも聞いてくれる?」

「……まだこれ以上とんでもない話が出てくるのか?」

「うん、とびっきりのがね。実は──この世界は、ボクが前いた世界にあった、とあるゲームの世界とまったく同じなんだ」



 ◇



「…………はい?」


 はいきたー。

 とびっきり意味不明なのがきましたよー。

 なにそれ? ゲームってそもそもなによ?


「分かりやすくいうと、あっちの世界にあった作り話の物語と同じなんだ」

「同じって、なにが?」

「すべてが、だよ。国名や都市名、さらには人物名なんかまで……ありとあらゆるものがね」


 ぞくり。

 得体の知れない気持ち悪さが心に拡がっていく。

 なんだそれ、そんなことってありえるのか?


「そ、その、ゲームとやらは、俺たちの未来を予言しているっての?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただボクやキミといった主要人物はほぼ全て完璧に存在しているんだ」

「……リリスの知る未来は、どうなるの?」

「もうすぐしたら、大きく世界が動き出す。世界を滅ぼそうとする強大な敵が現れるんだ」

「そ、それで?」

「″主人公″たちの手で、世界は救われるよ」


 あぁ、なるほど。そこで主人公──イケメン貴族のアーダベルトが出てくるわけか。


「つまりアーダベルトが、リリスが知る物語とやらの主人公で、いずれ世界を救ってくれるわけ?」

「正確に言うと″主人公の一人″だね。他にも主人公は選択できて、それぞれごとのシナリオがあるんだ」

「ちなみに、世界の敵ってのはどこのどいつなんだ?」

「それが──思い出せないんだ」


 ずるっ、思わずずっこける。


「なんだよそれ!」

「もちろんある程度は覚えてるし、ふとしたキッカケで思い出すこともある。だけどどうしても全部思い出せないんだ。肝心なゲームの題名とかも……転生したときに忘れたにしては、思い出すタイミングが都合良すぎるのも気になるし」

「もしかして、記憶に制限でもかかってるのとか?」

「うん、そうかもしれない。でもそう考えるとちょっと怖いよね」


 記憶の制限があるとしたら、制限をかけてるやつがいるってことだ。もしそうであるなら、これは意外と深刻な話なのかもしれない。リリスも少し気持ち悪そうにしている。


「まぁ分からないことは考えても仕方ないから、今はあまり深く考えてないんだけどね」

「そうか……そしたら別のことを聞いていい? 俺がアーダベルトの敵役だってのはわかったんだけど、リリスはゲームの中でどんな役回りになってるんだ?」

「ボクはね、主人公側のパーティメンバーの一人なんだ」

「パーティメンバー? それって、アーダベルトの?」

「ううん、違うよ」


 リリスは心底嫌そうな顔をしたまま、渋々といった感じて教えてくれた。


「ボクはね、別シナリオの主人公──ウタルダス・レスターシュミットのパーティメンバーなんだ」



 ◇◇



 翌朝。

 思ったよりも寝つきが良くて、舞夢マイムに起こされたときには完全に熟睡していた。あれだけの話を聞かされたから、もうちょっと寝付けなくなると思ったんだけど……若くて健康な身体って素敵だね。


 結局、昨日はリリスが別シナリオとやらの主要人物だという話を聞いたところで解散することにした。すでに夜も遅かったし、なによりすぐに別れるわけでもない。時間はたっぷりとあるんだから、これからゆっくり話を聞けば良いんだしね。

 ちなみに、リリスの言ったウタなんとかって人物の名前に心当たりはなかった。もっとも彼女の説明によると「物語が始まるのはこれから」なのだそうで、まだまだ頭角を現してないだけかもしれないけど。


「ふぁぁ……」


 あと、普通に喋れるようになる魔法具マギア──リバースグラスはリリスに返したから、また不便な生活に元どおりだ。

「このメガネはボクの商売道具だから返してね。欲しければ自分でダンジョンで見つけておいで」

 というのは、返却したときのリリスのありがたいお言葉。でもこういった魔法具マギアがあるって分かっただけでもずいぶんな進歩だと思う。


 気分転換に庭を散歩してると、キン、カンと金属のぶつかり合う音が聞こえる。

 なんだろうと思って顔を出してみると、庭では美虎ミトラとアーダベルトがなぜか剣と槍を交えて模擬戦闘を行っていた。


美虎ミトラさん、さすがはシルバーランクの冒険者ですね! 素晴らしい太刀筋だ!」

「アーダベルト様こそ、なかなかの槍さばきがる。冒険者になってもひとかどの人物になれるがるよ」

「あはは、美虎ミトラさんにそう言われると悪い気はしないね」


 ねぇねぇ、なんでいつのまにやら二人は意気投合しちゃってるわけ? しかもめっちゃ楽しそうだし。いいなー、俺も剣を振り回したいよー。


 改めて華麗に槍を振り回すアーダベルトを見る。たしかに「世界を救うことになる主人公」と言われるだけあって、見事な槍術だ。この調子だと、この前の決闘でガチで美虎ミトラとやり合ってても良い勝負だったかもしれない。つくづく一発勝負が決まって良かったと思う。


 そうだ。せっかくこれだけの腕の持ち主が模擬戦をしてるんだ。″魔導眼″で魔力の流れを観察してみることにしよう。

 気合いとともに目力を入れると、極彩色の魔力が視界に映し出される。そこには、俺が今まで全く知らなかった世界が広がっていた。


 二人の魔力コントロールは、実に見事なものだった。

 アーダベルトは、全身に魔力を纏うスタイルのようだ。たぶん身体強化と防御魔法を併用してるんだろう。バランスよく魔力を配置して、スキを少なくしているのが見受けられる。

 一方、美虎ミトラは攻撃に全振りしてるタイプだ。身体強化を特に腕中心に施していて、一撃必殺の攻撃を仕掛けていく。

 なるほど、勉強になる。魔力ってのはこうやって使っていくものなんだ。


「あ、ラティリアーナ様! おはようがる。リリス様に治療してもらって、軽くなら剣を振り回せるようになったがるよ!」

「ラティリアーナ様、今日もお邪魔しております」


 二人が俺に気づいて挨拶してくる。なんとなく覗き見がバレたみたいでちょっと気まずい。うーん、なんて返そうか……。


「アーダベルト様、あなたは全体的に優等生過ぎますわ。だから女性の皆様が誤解するのです。もう少し攻守時に強化ポイントを変えた方がメリハリが出て良いと思いますの」

「えっ?」

美虎ミトラは自分のスタイルを作ってるみたいですが、近接戦のときに小指じゃなくて人差し指と親指に力を入れて剣を振ってみるといいですわ。その方が効果的にあなたの大剣にバカ力を伝えられると思いますの」

「がる?」


 うわー、思ってたことを嫌味たっぷりに口にしちゃったよ。だいたい脳筋タイプのやつらって、他人からとやかく言われることを嫌がるんだよ。だからあんまり余計なアドバイスはしないようにしてたんだけど……。


「た、たしかに。ラティリアーナ様のおっしゃる通り、僕はただ漫然と身体強化をしていました。……そうですね、少し考えてみます」

「小指に力を入れすぎがるか! 確かに心当たりがあるがる! やってみるがる! おおっ!? 本当に近距離の剣戟スピードが上がったがるよ!」


 あれ? 意外と二人とも素直だな。

 美虎ミトラに至っては、なんだか嬉しそうに一人で剣を振り回しまくってるし。


「ラティリアーナ様はすごい観察眼ですね。驚きましたよ」

「……こんなの当たり前ですわ」

「そういえば美虎ミトラさんからお聞きしたのですが、ラティリアーナ様は毎日トレーニングされているそうですね。良ければ今日は僕がお相手いたしましょうか?」


 ──えーっと、どうしてこうなった?



 ◇◇



 キンッ、カンッ。

 ふとましい身体から繰り出される剣戟は鈍く、あっさりとアーダベルトの槍に弾かれてしまう。


「どうしました? この前のように本気を出されてもいいんですよ?」

「はぁ……はぁ……」


 輝くような笑顔で言われても、肩で息をしている俺は応える気がない。あの秘奥義は一回限りだし、そもそも今日は例の肌着も着てないから、痩せたらすっぽんぽんになるから使えないんだけどさ。


 なんとなく成り行きでアーダベルトとトレーニングをすることになってしまったんだけど、意外と普通に相手してくれている。別に負けて舞夢マイムを取り返されて根に持ってるって感じでもなさそうだ。


「ラティリアーナ様のおっしゃるとおり、たしかに魔力量を調整すると、攻守に強弱がつけやすいですね。これなら色々と幅が広がりそうです」

「……凡人は凡人らしく、せいぜい努力することね。わたくしは高みの見物をさせていただきますわ」

「そうおっしゃらずに、もう少しトレーニングしましょうよ?」


 もうそろそろ解放してくれと言ったつもりが、笑顔であっさり拒絶される。くそー、こんなとき美虎ミトラは何やってんだ?


「うはーっ! 近距離が早いっ! 連続攻撃が出来るがるぅぅ!」


 ……あかん。狂ったように剣振り回してるし。これだから戦闘狂の冒険者は。


 それにしても、と目の前に立つイケメンを改めて見る。

 昨日の夜のリリスの話によると、こいつは「いずれ世界を救う主人公の一人」なのだという。たしかに外見だけでも十分主人公の資格があるだろう。

 だけど分からないのは、なぜにこうもラティリアーナの相手をしてくるのか、だ。そもそもラティリアーナとは敵対するんじゃなかったのか? こんなに仲良くしてどうするんだか。


「しかし、あなたは本当に以前と変わられましたね。宝石と服にしかご興味があられないようでしたのに」

「……わたくしがなにに興味を持とうとわたくしの自由ですわ」

舞夢マイムについても、僕が引き取ったほうが──などと考えたりしていましたが、それはどうやら余計な気遣いだったようですしね」

舞夢マイムはわたくしのものですもの。それ以上でもそれ以下でもありませんわ」


 リリスの話によると、すでに彼女の知る未来からはかなり改変されているらしい。

 たとえば今話に出た舞夢マイムなんかは、アーダベルトの元で彼をサポートするNPCのアシスタント役(難しい言葉の意味は分からないが、ようは彼の専属侍女)となる予定だったのだそうだ。

 だから、今だに俺の侍女をしていることにずいぶんと驚いていた。そんなの知らんがな。

 舞夢マイムですらそんな状況なのだから、いかにリリスとて、これから先のことはどうなるか分からないらしい。だからアーダベルトも俺の関係もどうなっていくのかは分からないんだけど……一緒にトレーニングしてていいのかねぇ?


 カキンッ。


「ぶひぃぃぃ」


 息を整えてなんとか放った突きは、これまたあっさりとアーダベルトに弾かれた。もはやこの肉体は限界を迎え、力尽きて膝をついてしまう。

 お願い、もう解放してぇ……。


「お嬢様、お客様ですワン」


 両手をついて肩で息をしていたところ、救いの声をかけてきた女神様は舞夢マイムだった。この際来客でもなんでもいい、このイケメンヤローから解放してください。


「ぶひー、ぶひー、それで、来客とは誰なのかしら?」

「はい、それが……」


 なにやら言い澱む舞夢マイム。なんとなく嫌な予感がする。


「どうしたの? 言いなさい」

「はい、来客は──冒険者一行なのですワン。しかもSランク、プラチナクラスですワン」

「はぁっ!?」


 横で聞いていたアーダベルトが驚きの声を上げるが、俺も同じくらい驚いていた。なにせ俺の記憶が正しければ、Sランク冒険者なんて世界に数組も居なかったはずだ。それが、なぜにラティリアーナを訪ねてくる?


「それで、その者たちの名前は?」

「リーダーの男性は──ウタルダス・レスターシュミットと名乗られておられますワン」



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