12.運命
コトリ。
ティーカップが置かれる音だけが部屋の中に響く。
目の前にはメガネを外した″千眼の巫女″リリス。ピンク色の派手な髪色に、赤の大きなリボンはまるで幼女だ。
だけど彼女から感じられる気配は、老練な冒険者と同等、いやそれ以上か。
俺は今、リリスとサシで部屋の中で対峙していた。
突然の夜間の訪問にとりあえず部屋に招き入れ、舞夢にお茶を用意させたあと、こうして二人っきりで話すことになったのだ。
しかし、気になるのは──俺に「キミはいったい誰なんだい?」と尋ねてきたこと。リリスはいったいなにを知ってるんだろうか。とりあえず慎重に切り出してみる。
「夜遅くに失礼ですわね。あなたには礼儀というものが無くて?」
「急にいろいろゴメンね。でもこっちも色々聞きたいことがあってさ」
「……このわたくしに、何を聞きたいというの?」
「回りくどいのは苦手だから端的に聞くね。キミ、本当に本物の″悪役令嬢″ラティリアーナなの?」
ラティリアーナ節に怖気付く様子もなく、いきなりど直球な質問をしてくるリリス。しかもこの聞き方は質問というよりも──確認に近い。もしかしたらリリスは【 神代魔法具 】の力でなんらかの事実に気づいているのかもしれないな。
しかし、この質問にはどう答えればいいんだろうか。本物という意味では間違いなくこの身体はラティリアーナだけど、中身を問われると別人だ。とはいえ、そんな複雑な説明をラティリアーナ節で答えられるとは思えない。
仕方なしに押し黙っていると、痺れを切らしたリリスの方が先に口を開く。
「実は、こんなことを聞くのにはちゃんと理由があるんだ。しかも二つもね」
「ふぅん?」
「まず第一に、さっきキミのことを解析したときに、ボクの《 千里眼情報板 》が『魂に不確定要素あり』って解析したんだ。こんな解析結果は初めてで、正直戸惑ってる。だから直接会って確認しようと思ったんだ」
「……へぇ」
「それともう一つの理由が──ボクの知る″悪役令嬢″ラティリアーナが使えるようになる予定の能力は、″魔力無効化″と″衝撃波″の二つのはずだった。断じて痩せる能力なんかじゃなかったんだけどなぁ」
なんだろう、この断定的な言い方は。さっきと同じだ。
こいつは、たぶん何かを知っている。それもこの言い方だとたぶん──未来に関する確信的なことを、だ。
リリスが持ってるのは【 神代魔法具 】っていうくらい激レアな魔法具だから、もしかして未来を見ることが出来たりするんだろうか? ″千眼の巫女″って呼ばれてるくらいだし、それくらい出来そうだよな。
色々聞いてみたい気はするんだけど、問題は……ラティリアーナ節がある限りちゃんと説明できる気がしないって点にある。はてさて、どうしようか。
「もしかして警戒してる? 現時点でボクはキミの敵じゃないよ。だから昼間はマンダリン侯爵の前で言わなかったわけだし」
確かに、昼間その話をされてたらちょっとややこしいことになっていたと思う。その点では黙っててくれて助かったとは思うんだけど──それにしてもこいつ、昼間とキャラが変わりすぎじゃね?
「あーもしかして話し方が気になる? リバースグラスを着けたままだと話しにくくてさ。実はこっちのほうが素なんだ」
リバースグラスってなんだ?
「そっか、その説明からしないとだね。リバースグラスってのはこのメガネ型の魔法具だよ。下品な口調を上品に変えることができるんだ」
おお! なんて便利な魔法具なんだ! 面白そう、使ってみたいなぁ。
「使ってみる?」
「……何を愚かな。わたくしにそのような無粋なものを使わせようとするなんて」
「あー、もしかして魔法具の干渉で壊れること気にしてる? それなら大丈夫だよ。このメガネはFランクだから」
すまんがどうしてFランクなら大丈夫なのか、意味がわからない。
「あれ? もしかしてこれも知らないの? Sランク魔法具──【 神代魔法具 】が拒絶するのはDランク以上の魔法具のみだよ。だからFランクのリバースグラスを使っても壊れたりしないんだ」
そ、そんな裏ルールがあったのか! そういえばこの前ぶっ壊した″身体強化″の魔法石はDランクだったっけ? だからこの前壊れたんだな。
じゃあせっかくだし、試しに使ってみるかな。さっそくメガネを借りて掛けてみる。
「……んー、なにも変わらないなぁ」
「そうかい?」
「うん、別に違和感はないかな。これなら大丈夫そうだ」
「でも口調が変わってるよ?」
「…………えっ? ──って、えええーーーっ!?」
なんで? どうして普通に思ったことを話せてる!? 一体全体どうなってんのこれ?
そういえばリリスはさっきこのメガネの効果を「下品な口調を上品に変える」と言っていた。もしかして俺の場合は元々似たような効果が与えられてて、相殺されて自由に喋れるようになったとか?
「……もしかして、それがキミの本当の言葉なの?」
「うぇっ!? あ、う、うん」
「なるほど、どうりで《 千里眼情報板 》で解析したとき妙な結果が出たわけだ。……ねぇ、良かったら──キミのこと、詳しく話してくれないかな?」
どうする? こいつに本当のことを話すのか?
でもこいつは信用できるのか? 本当に──話してもいいのか?
様々なことが頭の中を巡る。
だけど俺はもう心を決めていた。
どちらにしろこのままだといつかバレるだけだ。だったら──こいつに賭けてみてもいいんじゃないか?
「え、ええ……わかったわ」
どうせ黙ってたってなにも変わらない。リリスが信用できるかはわからないけど、一か八か、全部話してみよう。
◇◇
「はああ? 中身だけが別人の中に入ったぁ??」
「は、はぁ……」
「それで、変な口調でしゃべるようになった、と」
「う、うん……」
結局俺はリリスに自分の身に起こったことを全部話していた。多分俺はずっと誰かに話したかったんだと思う。一通り話し終えたあと、黙り込んでしまったリリスの反応が知りたくて、俺は恐る恐る尋ねた。
「こんな話は、信じられる?」
「到底信じられない」
「ですよねー」
「……と言いたいところだけど、実は信じてる」
「えっ?」
「理由はいくつかあるんだけど、一番の理由は──ボクが似た事例を知ってるってことかな」
な、なんですとっ!? 似た事例を知ってるだって!?
魂が他人に乗り移る、なんてことはもしかしてよくあることなのか? ということは、もしかしてこいつは解決策も知ってたりする?
「そ、その事例について詳しく教えてくれ!」
「待って待って、そのまえにいくつか質問していいかな? ラティリアーナ──便宜上そう呼ばさせてもらうけど、キミは本当に″魔力無効化″と″衝撃波″の能力は使えないの?」
「そういやさっきも聞いてきたけど、そんなもの使えないよ」
「ホントに?」
ホントも何も、痩せる魔法しか使えませんが何か?
「じゃあ、アーダベルトとの仲は破綻してる?」
「その点はよく分からないけど、そういや今朝はお見舞いに来てたなぁ」
「お見舞い!? ……おかしい。本来の″悪役令嬢″から、やっぱり狂ってきてる」
「狂ってる?」
「あ、ごめん。それはこっちの話だったわ」
なんだろう、こいつはさっきからずっと不思議な反応をしている。たとえば俺のことを″オーク令嬢″じゃなく″悪役令嬢″と言ったり、能力のことを聞いてきたり。
やっぱりこいつは、俺の知らない何かを知っている。
「なぁ、俺は全部話したんだ。今度はそっちが全部を話す番じゃないか? あんたは、未来の何を知ってる?」
「あはは、キミはなかなかカンが良いね」
ニヤリと笑うリリスは、とても10歳程度の少女には見えない。
「いいよ、教えてあげる。ボクの知ってることをね。だけどその前に一つ確認させてほしい」
「確認?」
「うん。キミは──『運命』って信じてる?」
運命?
その単語を聞いた時、最初に思いついた言葉が『クソ喰らえ』だった。だから思った通り口にする。
「運命……そんなものクソ喰らえだな」
俺はこれまでの人生、運命という名のものほど呪ってきたものはない。なにせ俺は無魔力で生まれてきたのだ。これを運命というのなら、そんなもの『クソ喰らえ』以外ないだろう。
「じゃあもし理不尽な運命が待ち構えてるとしたら、キミはそれに全力で逆らうのかな?」
「あたりまえだろ! 運命なんてそんなら意味のわからないものに振り回されるなんて、まっぴらごめんだ!」
「それが、もしかしたら世界を変えてしまうことだとしても?」
「関係ないね。そもそも世界はそんな単純なもんじゃないと思ってる。人は強い。たとえ与えられた運命だろうが、精一杯抗って生きていくもんだ」
俺がそう。無魔力という運命に抗って、シルバーランクという前人未到の域まで到達したんだから。
「そっか……」
「なぜそんなことを聞く? リリスは俺の未来を、運命を知ってるっていうのか?」
「うん、知ってるよ」
「んなっ!?」
こんなにもあっさりと認めららとは思わなかった。逆にこっちが動揺してしまう。
「自分の未来を知りたい?」
「あ、あぁ」
「心構えというか、覚悟は出来てる?」
「……こんな身体になっちまったんだ。今更覚悟もクソもないよ」
クスッとリリスが笑った。少しだけ、険しい表情が和らいだ気がする。
「じゃあ教えてあげる。ボクの知ってる未来ではね、キミは──正確にはラティリアーナ・ファルブラヴ・マンダリンは、主人公の一人である″麒麟児″アーダベルト・バルファス・エレクトラスの『敵』なんだ」
◇◆◇◆
大陸中央部に位置するイシュタル王国。その王都ヴァーミリアには、世界中からたくさんの人々が訪れていた。
行商人、卸業者、輸送業者、旅人、観光客──そして冒険者。
今日もまた、1組の冒険者一行が華の都ヴァーミリアへとやってきていた。ただ、彼らは明らかに他の冒険者たちと違っていた。魔道自動車に乗ってきたのは、4人の冒険者。
まずそもそもの話として、冒険者が魔道自動車に乗っていること事態が異例である。だが彼らが異例なのは、その圧倒的な存在感にあった。
つい今も、通りすがる魔道自動車を見て気づいた人がいた。
「ねぇ! 見て見てあの自動車! もしかしてあれって……」
「あぁ、間違いない! あれは間違いなく──《 愚者の鼓笛隊 》一行だよ!」
「えっ!? それってつい先日【 氷天の洞穴 】をクリアしたっていう、あの有名な!?」
「そうだよ! 世界で3組しかいない″S級″冒険者チームのひとつ、《 愚者の鼓笛隊 》だよ!」
「っかー! 気持ちいいなぁ! やっぱ魔道自動車買ったのは大正解だなっ!」
嬉しそうに声を上げるのは、運転席でハンドルを握る整った顔立ちの黒髪の青年。少し垂れ下がった優しげな瞳は更に細くなり、まるで目を閉じているよう。
「ちょっとウタくん! 危ないんだから、ちゃんと前見て運転してよねっ! ねぇねぇ、キュリオくんも言ってあげて!」
「ア、アトリーの言う通りだ。子供じゃないんだから大人しくしろ」
「うふふ、アトリーちゃん。童貞のキュリオくんをあんまり刺激しちゃダメよ?」
「だ、誰が童貞だっ! 俺は責任ある交際しかしないだけだっ!」
「あら。認めちゃったのね。くすくすっ」
「っ!! クソッ」
どうやら魔道自動車を運転している黒髪の青年がウタルダス、助手席に座っているボーイッシュな印象の美少女がアトリーというらしい。
そして後部座席に座っているのが、気難しそうな印象の青年キュリオと、20代に見える魔法使いのような格好をした大きな胸の女性シモーネ。
″愚者の王″──ウタルダス・レスターシュミット。
そして彼の率いるSランク冒険者チーム《 愚者の鼓笛隊 》が、華の都ヴァーミリアに初めて来訪した瞬間であった。
「アトリー、本当にここにその子はいるのかしら?」
「大丈夫だよシモーネ。この魔法具《 静かなる追跡者 》が、間違いなく彼女はその街にいると指し示してるから」
女性陣二人がガラスのような魔法具を一緒に見ながら仲良く会話する一方、男性陣の方は一枚の写真を眺めている。キュリオの手にある写真には、ピンク色の髪に赤い大きなリボンを着けた少女が映し出されていた。
「なぁウタルダス、なんでまたこんなガキを追いかけてるんだ?」
「彼女はね、よく知ってるんだよ。そりゃもう、たくさんのことをね」
「たしか″千眼の巫女″とか呼ばれてるんだっけ? でもそれくらいの占い師なら他にいくらでも……」
「んもぅ、キュリオってば分かってないよね! ウタくんが必要って言ったら必要なんだよ!」
助手席のアトリーに急にしがみつかれ、少し困った表情を浮かべながらも頷くウタルダス。
「まぁ彼女には俺しか会ってないから、キュリオの疑問も分かるよ。でも百聞は一見にしかず、さ」
再び前方に視線を戻すと、ハンドルを握りながらウタルダスは独り言のようにつぶやく。
「この前は逃しちゃったけど、今回はそうはいかないよ。なにせそれが──『運命』だからね」
──その声は、誰の耳にも届かない。




