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9.お姫様抱っこ

 

「しょ、勝負あり! 勝者、ラティリアーナ様!!」


 審判役のジュンカルノ男爵がそう宣言した瞬間、俺の勝利が確定した。安堵のあまり、ホッと息を吐く。

 現実が受け入れられないのか、呆然と俺の顔を見つめるアーダベルト。いや、そんなにガン見されると照れるんだけど。


「わたくしの勝ちですわ、アーダベルト様」


 居心地悪いのでとりあえずそれだけ言い放つと、すぐに振り返って素早く前から立ち去る。ふっ、決まったぜ!

 いやー、それにしても一発勝負の奥の手が見事決まってよかったわぁ。ぶっちゃけ成功するかどうかは賭けみたいなもんだったしな。


 ちなみに今回の奥の手の中身はこうだ。

 まず適当な話を振ってアーダベルトの注意を逸らした上でいきなり【 変身メタモルフォーゼ 】を発動し、目くらましを食らわせる。

 閃光でアーダベルトの目が眩んだスキに、痩せた身体で脱衣キャストオフ! 相手の意識が脱ぎ捨てた衣服のほうに残っているうちに身軽になった身体で素早く接近し、最速のスピードを以ってアーダベルトに得意の突きをぶちかます。

 これが、俺の考えた一回限りの奥の手──名付けて『脱衣特攻キャスト・ダイヴ』だ! なーんちって。


「お嬢様ぁぁあっ、心配しましたワン!」


 俺が自己満足に浸っていると、感極まった舞夢マイムが泣きながら俺に抱きついてきた。おーよしよし、薄着でモフモフはなんかくすぐったいな。


「ラティリアーナ様、服がるっ!」


 続けて美虎ミトラも脱げた服を持ってきてくれる。こいつ、見た目は怖いくせにやることは繊細だよな。でもそろそろ能力が切れる頃だから助かったよ。

 いくら中身はおっさんとはいえ、乙女に目覚めた俺には肌着で居続けるのは地味に恥ずかしかったりするんだよねー。ぶかぶかだけどとりあえず着とくか。


「お嬢様! すごいですワン! 勝ちましたワン! でもなんで痩せてるんですかワン?」

「……それは秘密ですわ」

「ラティリアーナ様、ご無事で何よりがるが、そのお姿は──」

「そ、その件はまたあとで話しますわ」


 やばっ、そういやまだ二人にはちゃんと説明してなかったな。参ったなぁ、ラティリアーナ節でどう説明しようか。


「ラ、ラティリアーナ様! お待ちください! あ、あなたは……」


 絶妙のタイミングで、すっかり存在を忘れてたアーダベルトが声をかけてくる。こっちとしてはもはや用無しなんだけど、今回ばかりは好都合だ。二人の質問の回答を誤魔化すついでにこいつの相手をすることにする。


「アーダベルト様、わたくしは──」


 そのとき、ふいに″ぐわーん″と頭に鈍い痛みが走った。

 もう来たのかよ、毎度お馴染み魔力切れ・・・・の合図。感覚的にはまだ3分も経ってない気がするんだけど……もしかして激しい運動をしたからその分魔力の消耗が激しかったのかな?


 とりあえず能力を解除すると、ラティリアーナの身体が大きく揺れる。途端にこれまで痩せていた身体が肉厚になっていった。はい、これで元通り″オーク令嬢″の出来上がり、と。


 ……ずくんっ! なにこれっ!? 痛い!


「あががっ!?」


 元に戻った途端、全身を貫く激痛に思わず膝をつく。


「お、お嬢様っ!?」

「大丈夫がるか?」


 慌てて舞夢マイム美虎ミトラが俺を支えてくれたけど、なんだこの痛みは? まるで全身が筋肉痛になったみたいな──ってもしかしてこれ、マジで筋肉痛だったりする?


 そ、そういえば心当たりはあるぞ。

 これまで【 変身メタモルフォーゼ 】を使った時は、あくまで鏡の前の自分に見惚れて……ゴホン、身体の確認をしていただけなので、実際に運動までしたのは今回が初めてだ。

 もしかしたら、急に痩せて激しい運動をしたせいで、身体の方が耐えられなかったというのか?

 一か八かの一発勝負だったとはいえ、毎回全身筋肉痛になるってんだったら、この技は封印せざるを得ないぞ。ぐえー、痛いー。


 ふわり。そのときふいに俺の身体が誰かに持ち上げられた。

 あまりに突然のことにびっくりして、慌てて持ち上げてくれた人物の首に手を回してしまう。でもすぐに相手が誰なのか理解して、俺は絶句した。


「っ!?!?」


 なんとラティリアーナの巨体は、アーダベルトの腕によって抱き上げられていたのだ!


 ──しかも、お姫様抱っこ・・・・・・で!!


「アーダベルト様!? い、いったいなにを──」

「大丈夫ですか? ラティリアーナ様」


 いや、大丈夫もなにもあんたに持ち上げられてるんだけど! しかもなんだかキラキラした笑顔を浮かべてるし!

 うわー、恥ずかしいからその笑顔をこっちに向けるのやめてくれー! 舞夢マイム美虎ミトラ、助けてー!


「ア、アーダベルト様! お嬢様をどうなさるんですかワン!」

「心配しないで、運ぶだけだよ。どうやら一人で歩けないみたいだからね」

「で、でもお嬢様は……」

「大丈夫、変なことはしないから。それに華奢な君や、片腕をケガしてる彼女にはラティリアーナ様を運ぶことは出来ないでしょ? そもそも僕はラティリアーナ様の婚約者だよ? 何か問題あるかな?」

「は、はぁ……」


 なんだかんだでアーダベルトにあっさりと言いくるめられて、黙ってこの状況を受け入れてしまう舞夢マイム。おいおいあっさり引くなよ! 簡単に諦めんなよっ! 諦めたらそこで試合終了だぞっ!?

 それに美虎ミトラ! お前なにニヤニヤしてやがる! 笑ってないでちゃんと助けてくれよぉ!


「ラティリアーナ様。いくら僕が油断していたとはいえ、見事にしてやられました。いつの間にこんな剣術を身に付けていたのです?」

「そ、それは……言えませんわ」

「それに先程の変貌といい、舞夢マイムたちへの態度といい、貴女には本当に驚かされてばかりですよ」

「お、おだてても何も出ませんわよ?」


 ってかさぁ、なんでこの男は急に俺に対して紳士的な対応をしてくるわけ? もしかして勝負に負けた腹いせか?  あーそれなら分かるよ、辱めを与えて雪辱を晴らそうとしてるんだろ? くっそー、その手に乗ってたまるか!


「アーダベルト様! そ、それよりも、お、下ろしてくださいます? わ、わたくしはもう大丈夫ですので……」

「そんなこと言って、歩けないでしょう? ここは素直に僕に甘えてもらえませんか」

「でも、わたくしを抱えていてはお疲れになりますわ」

「大丈夫、″身体強化″を使ってるしね」


 おお、それならラティリアーナの巨体でも安心して抱えられ──って、違うがな!

 なぜだかアーダベルトの顔に浮かぶ、優しげな表情。これまでの仏頂面はどこ行ったんだってくらい愛想がいい。

 なんだよ、動けないか弱い女の子を好き放題にしてそんなに楽しいのかよっ! やめろー! やめてくれー!


 だーれーかー助けてー!



 こうして俺は、今回の騒動の最後に『男に抱き抱えられる』という屈辱的な経験を味わうことになったんだ。

 くそー、マジでお姫様抱っことか二度とゴメンだ!

 試合に勝って勝負に負けたって感じだよ、トホホ……。




 ◆◇◆◇



 大陸の中央に位置するイシュタル王国の王都ヴァーミリアは、数々の花が一年中咲き誇ることから、別名″花の都″とも呼ばれていた。

 あちこちで様々な花にまつわるお祭りや行事が行われ、数多くの商人や観光客たちが絶え間なく訪れる。まさに世界の中心と呼ぶに相応しい華やかな都であった。


 そして今もまたこの街に、一台の白い魔道自動車がやってきた。

 魔道自動車は、魔力と魔法具マギアで動く特殊な自動車で、近年新たに開発された魔法具マギアの中でも特に有用として知れ渡っていた。その分大変高価であることから、貴族でもかなり高位のものでしか所有できず、金持ちの乗り物として一般人にはあまり縁の無いものであった。

 とはいえ、最近は数も知名度も増えてきたことで一般市民の目に留まることも多くなったことから、今回の魔道自動車を見ても「ああ、また自動車が来たね。どこぞの貴族様が乗ってるのかな?」という程度の反応で、さほど注目を浴びることもなく王都ヴァーミリア内の貴族街へと向かっていった。


 やがて車が到着したのは、ひときわ大きく派手なお屋敷の前。街の人たちはその屋敷が『マンダリン侯爵家』の屋敷であると知っていた。

 だがマンダリン侯爵は武の人であり、乗馬をこよなく愛していたことから魔道自動車ば所有していなかった。であれば、この車の持ち主は家主ではなくその知人か何かであろうか。


 やがて車のドアが開き、中から降りてきたのは、二人の女性だった。

 先に降り立ったのは、背が高くスレンダーな体型の美人。ただ、見る人が見れば彼女が普通の女性でないことは一目瞭然だった。まるで鋼のように鍛え抜かれた肉体に、おそらく感嘆の声を上げていたことだろう。

 続けて彼女に手を引かれて出てきた人物は──子供であろうか? 小さな体にフード付きの白いマントを羽織っており、隠された顔はよく確認することはできない。

 スレンダー美女はマントの人物が降り立ったのを確認したところで、恭しげに頭を下げながら語りかける。


「目的地に到着いたしました、マスター」


 すると″マスター″と呼ばれたマントの人物は、ゆっくりとフードに手を当てて取り去る。フードの下から現れたのは、およそ10歳くらいであろうか? 色白な幼い少女の顔。そしてピンク色の髪に、大きなリボン。


「ふぃー、やっと到着かぁ。長旅過ぎてボク疲れちゃったよ」

「前の依頼主からお借りして良かったですね」

「うん。おかげであいつら・・・・からも無事逃げれたしね」


 どうやらマスターと呼ばれた少女のほうが、もう一人の美女よりも立場が上のようだ。とはいえ二人の間に厳しい上下関係があるわけではなさそうである。事実──


「マスター、また″リバースグラス″をお外しですね? これからお仕事・・・なのですから、ちゃんと掛けて頂くか、もしくは意識して丁寧な言葉遣いをしていただけますか?」

「はいはい、わかってますよモードレッド。……ぼそっ(相変わらず無感情な上に口煩いなぁ、もう少し胸が大きくて肩の力を抜いて砕けてくれれば文句ないんだけど)」

「……全部聞こえていますが、マスター」

「ひえぇ、地獄耳っ!」


 冷たい口調の美女に対して少女が軽く戯けながら、胸元に仕舞っていたメガネを取り出す。


「さぁーてモードレッド。今回のボクのお仕事は、″悪役令嬢″ラティリアーナの診察、だっけ?」

「はい、そうでございます。悪役令嬢は余計ですが」

「マンダリン侯爵家はけっこうな金持ちらしいから、ついでにたんまりと報酬をいただくとするかね。ぐふふっ」

「マスター、そのような下衆な考えは如何なものかと」

「だってー仕方ないだろぉ? モードレッドってば燃費が悪いから、維持費が大変なんだよ」

「……申し訳ありません、マスター」

「冗談だよ、モードレッド。ほんとは気にしてないってば」


 律儀に頭を下げるモードレッドと呼ばれた美女に軽く手を振りながら、少女はニヤリと微笑む。


「ふふっ、楽しみだなぁ。そろそろシナリオが・・・・・動き出す・・・・頃だからね。ボクの″眼″が、一体どんなものを映し出すのか──」


 すっと、取り出したメガネを掛ける。途端にマスターと呼ばれた少女の雰囲気がガラリと変わる。気品溢れるオーラが漂い、神聖な気配すら発し始める。


「──さぁ、参りましょうかモードレッド」

「畏まりました、″千眼の巫女・・・・・″様」


 千眼の巫女と呼ばれた少女は小さく頷くと、背の高い美女モードレッドを引き連れてマンダリン侯爵家へと入っていった。





 〜 第2章 完 〜



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