【アナザーサイト】美虎・ライオネル
あたしの名前は美虎・ライオネル。シルバーランクに属する虎族の獣人の冒険者がる。ちなみに見た目で誤解されがちがるが、こう見えてベジタリアンがる。決して肉好きでもないし、もちろん人間なんて食べたりしないがる。ちなみに男性関係は……実は奥手がる。ってあたしは何言ってるがるか。
……気を取り直して。
あたしは基本的にはソロで活動しているがる。これにはいくつか理由があって、そのうちの一つにあたしが獣人族だってのがあるがる。
獣人族は、色々な動物の特徴を備えた亜人がる。そんなに数は多くないけど、ちゃんと獣人族だけの国もあったりするがる。
だけど、やはり迫害されることが多くて、なかなかふつうの人族とは馴染めないことが多いがる。
例外は冒険者がる。
冒険者は実力主義だから、見た目なんかでは判断しないがる。それが気に入って、あたしは長く冒険者の仕事を続けてたがる。
そんなあたしには幼馴染、というより妹みたいな存在がいるがる。その子の名前は舞夢・スリーピングドッグ。今はマンダリン侯爵家で一級侍女をやってるがる。
一級侍女になるのはかなりの難関で、シルバーランクになるのと同じくらい難易度が高いらしいがる。でも舞夢は16歳なのに試験に合格した、あたしの自慢の妹分がる。
舞夢とは故郷が同じで、あの子が生まれたての赤子の頃から知ってるがる。
今は故あってあたしたちは故郷を離れているけど、いつか一緒に戻りたいと本気で思ってるがる。
舞夢は12歳の頃から侍女として働いていて、本当に優秀な子だったがる。
そんなあの子が、マンダリン侯爵家で働くことになったのは、13歳のとき。令嬢であるラティリアーナ様専用の侍女として雇われたがる。
ラティリアーナ様についてはその頃から悪い評判しか聞いてなかったから、正直かなり心配したがる。実際かなり酷い目に遭っていたみたいで、あの子はあたしの前では決して泣かなかったけど、目を赤く泣きはらしているのを何度も見たことがあるがる。
だけど、何度あたしが「虐められてるならあたしが助けるがる!」と言おうと、あの子はただ困った顔で微笑みながら「あの方もお優しいところがあるのですワン」などと言うばかりだったがる。
同郷のよしみもあって、舞夢はあたしによくラティリアーナ様絡みの仕事を依頼してきたがる。あたしのほうも舞夢のことが心配だったから、率先して受けたがる。ただ、依頼のほとんどはロクでもないもので、その度に困った顔をする舞夢を慰めたものがる。
例の″赤い本″にまつわる一連の事件も、そんなラティリアーナ様からの依頼だったがる。
「美虎姉さんに、特別にお願いしたいお仕事があるワン」
舞夢に呼び出されて頼まれた内容は、単なる倉庫の護衛だったがる。なんでそんなものに護衛を? と聞いても舞夢は詳しく教えてくれなかったがる。
その時点で嫌な予感しかしなかったがるが、一つだけ安心材料があったがる。
今回の仕事のパートナーが、あの″断魔″だったことがる。
″断魔″は、あたしと同じソロ中心のシルバーランクの冒険者がるが、存在としては別格と言えるがる。
なにせ彼は、魔力がまったく使えないのにシルバーランクにソロで昇格した、前代未聞で唯一の存在だったからがる。
確かにソロのシルバーランクは、あたしを含め珍しくはあるものの皆無では無いがる。それ以上となると、ソロでは英雄クラス──たとえば″獣王″様みたいな超弩級の存在になるから、まずお目にかかれないがるが。
ただ、無魔力のシルバーランクはいないし、その下のアイアンランクですらいないがる。いや、それ以前に普通は魔力を持っていない人間が冒険者になることなど不可能がる。
理由はシンプル。なにせ魔法具が使えない冒険者なんて、すぐに死んでしまうからがる。
だけど彼はこれまで生き残ったがる。
それは彼が、常人離れした身体能力と特別な力を持っていたからがる。
そんな彼が一緒ということもあって、あたしは今回の依頼もそんなに心配してなかったがる。
よもや、あんな悪霊が出るとは、夢にも思わなかったがるが……。
突如として出現し、ラティリアーナ様と舞夢に襲いかかった紫色の煙を身に纏った悪霊は、本当に恐ろしい能力を持ってたがる。
魔力を無効化する能力。そして、遠近問わず放たれる強力な衝撃波。接近戦を得意とするあたしには相性が最悪の相手だったがる。
特に魔力無効化なんていうとんでもない能力は聞いたことが無かったがる。すべての相手が丸裸にされ、無防備な肉体に容赦なく打ち込まれる衝撃波。正直、こんな能力を持った悪霊が世に放たれたら、どんな災厄になるか予想だにつかなかったがる。
現にあたしはなすすべもなく弾き飛ばされ、左腕と肋骨を折るという無様な結果になったがる。
だけど、″断魔″は違ったがる。彼は無魔力だから、魔力無効化は関係なかったがる。
最後は石化という強烈な呪いの前に敢え無く散ったがるが、見事に刺し違えたがる。彼が英雄と呼ばれるに相応しい活躍をしたことは、間違えようのない事実がる。
そして、″断魔″の行動はもう一つの奇跡を産んだがる。
″オーク令嬢″と呼ばれ傍若無人に振る舞っていたラティリアーナ様の態度が、この事件を境に明らかに変わったがる。
最初その話を舞夢から聞いたときはにわかに信じられなかったけど、実際に会ってみてその疑念は吹き飛んだがる。
ラティリアーナ様は、″断魔″のためにも、もう二度と同じような不幸は起こさないとおっしゃったがる。
悪霊が封じられていたであろう魔法具を己のものとして、それが断魔の犠牲の上にあることを痛烈に責任を感じてることが見て取れたがる。
だからこそ、ラティリアーナ様は舞夢が売られようとしたのを必死に阻止しようとしたがる。
一級侍女は、高位の貴族に仕えることができる高ランク職がる。それゆえにリスクは多く、特に主人を命の危機に晒した場合などは、無条件で降級&オークションでの売却が貴族の通例がる。だけど実態は、そのほとんどが奴隷落ちして、処刑された方がマシと言われてるくらいがる。
舞夢の場合がまさにそれだったがる。
売却先が奴隷商人じゃなくてエレクトラス伯爵家だと聞いても、なんの救いもなかったがる。どうせ貴族、どこに行こうと舞夢が酷い目に遭うのは火を見るよりも明らかだったがる。
あの子を守るために、舞夢が関わる仕事は率先して受けていたと言うのに……痛恨の失敗だったがる。
だけど、そんな舞夢を守ろうとしたのがラティリアーナ様だったがる。
ラティリアーナ様は父親に掛け合って、さらには婚約者でベタ惚れしていたアーダベルト様に″薔薇の招待状″を贈ったがる。
もともとアーダベルト様との婚約は、ラティリアーナ様が一目惚れして、散々あの手この手を使ってものにしたらしいがる。
迷惑も顧みずに押しかけては、無理難題を押し付けるラティリアーナ様に、アーダベルト様もかなり困惑していたようだと舞夢からも聞いていたがる。
それが、盲目的にベタ惚れしたいたアーダベルト様との約束を反故して、″薔薇の招待状″という貴族様式の決闘までして奪い返そうとしているがる。
正直、それがどこまで本気なのか分からなかったがる。最初は単にアーダベルト様に構って欲しくてやっていると疑ったがる。
でも、丸一週間トレーニングに付き合って分かったがる。ラティリアーナ様は、舞夢を奪われたくない一心で、必死に自分を鍛えていたがる。
だけどそこはやはりお嬢様も素人。わずか一週間ではなにも変わらなかったがる。それでも決闘に出ると言うから、舞夢と相談して、あたしが代理人として立候補することにしたがる。
あたしたちが申し出たとき、ラティリアーナ様は一瞬ものすごく悔しそうな表情を浮かべていたがる。
プライドが誰よりも高いラティリアーナ様にとって、自分が戦うつもりなのをあたしに譲ることは、何よりも許せないことなのだと容易に想像できたがる。
でもラティリアーナ様は、あたしに任せる判断をしたがる。それは、舞夢を奪われたくなかったから。お嬢様は、プライドを捨て実利を取った。それがどんなに素晴らしいことがるか。
少なくともあたしは、それができる貴族を知らないがる。貴族は総じて、自己中で他人を顧みないものがる。
だけど、わずか15歳のラティリアーナ様は、他人のために自分を曲げたがる。
このときあたしは──絶対にこの戦いに勝つと、何があっても、何をしても勝つと決めたがる。
◆
アーダベルト様との決闘は、貴族街の近くにある闘技場で行われることになったがる。ちなみにこの決闘は″薔薇のお茶会″と呼ばれているがる。貴族様の考えるネーミングセンスはあたしには理解不能がる。
今回アーダベルト様は、代理人を立てずに自らが出馬するとのことがる。さすがは″麒麟児″と呼ばれるだけあって、戦闘能力には自信があるようがる。
だけどあたしだってソロでシルバーランクまで上がった冒険者。骨折して片腕が使えないとはいえ、いくら優秀でも貴族のおぼっちゃまにはまだまだ遅れはとらないがる。
……ところが、いざ決闘となったときに、予想外のところから邪魔が入ったがる。
今回の決闘の立会人となっていた人物──ジュンカルノ男爵家当主、ウェイン・ハーク・ジュンカルノから、予想もつかないことを言われたがる。
「ラティリアーナ様、大変申し訳ございませんが″薔薇のお茶会″において獣人族のご招待はできませんぞ」
ちょび髭にシルクハットのジュンカルノ男爵が口にした″貴族用語″の本当の意味を、いくらがさつなあたしでも理解できたがる。
つまり──。
「それはどういう意味ですの?」
「ラティリアーナ様、つまり彼女はあなたの代理人になれないと言うことですよ」
ラティリアーナ様の問いかけに、アーダベルト様が目を細めながら答えたがる。
そういえば聞いたことがあるがる。貴族にとって獣人は″人″ではなくペットのようなものだと。
だけど、貴族の作法においてまさか獣人が人扱いされないとは予想だにしなかったがる。
今回の場合、あたしが人間扱いされなかったこと自体はどうでもいいがるが、問題は──あたしは代理人として戦えなくなったことがる。これは緊急事態がる。
「わたくしが何と言っても認められないのですか?」
「はい、それが貴族の作法ですので」
「そう……くだらないしきたりね」
心底つまらなさそうに、空を見上げてため息を吐くラティリアーナ様。あたしにはそれが、代理人を却下されたことよりも、あたしたちを認められなかったことにあるように感じたがる。
「それではラティリアーナ様、この決闘どうなさいます?」
ジュンカルノ男爵が無情にも結論を促してきたがる。
でもあたしが戦えなければ、他に戦える人はいないがる。
もはや無条件で敗北して、舞夢のことは諦めるしかない。あたしと舞夢はそう覚悟を決めていたがる。
だけど──たった一人だけ諦めていない人がいたがる。
ラティリアーナ様がサッと髪をかきあげたがる。紫色の髪が広がり、紫水晶色の瞳が太陽の光に反射して神々しく輝いたがる。
あたしにはその姿がまるで天使か何かのように見えたがる。
そして紫色に輝く天使は、静かにこうおっしゃったがる。
「そう、仕方ないわね。ならわたくしが──闘うわ」




