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7.魔剣と身体強化と魔道書と

「それではラティリアーナ様、さっそくトレーニングを始めるがる」

「ミトラ姉さん、あんまりお嬢様に酷いことをしないでほしいワン」

「お黙りなさい舞夢マイム。お前は邪魔しないように下がっていなさい」


 危ないから後ろに下がっててね、というつもりが相変わらずのラティリアーナ節。見るからにシュンとした舞夢マイムが悲しそうに耳を垂らしたのが申し訳なくて、つい頭を撫でてあげると、嬉しそうに尻尾がピンと伸びた。なんか本物の犬みたいでかわいいな。


 さて、気を取り直してトレーニングだ。

 俺が剣を構えると、対峙する美虎ミトラも背中に背負った大剣──【 火焔大刀かえんたいとう 】を抜く。しかも片腕を骨折してるから無事な方の片手だけで。相変わらずすごいパワーだ。


 お互い準備ができたところで、まずは俺の得意技を試してみることにする。

 俺が冒険者おとこだった頃に得意としていたのは、接近してからの近距離での突きだ。全体重を乗せた一撃は、例え大型肉食魔獣の厚い皮でも突き破ることができる。俺が冒険者として生き残るために開発した技の一つだ。


「ラティリアーナ様、その構えは……”断魔”の!?」

「はああぁぁっ!」


 美虎ミトラが何かを口走っていたが、聞く余裕などない。気合いとともに突撃する。


 すってん。

 転んだ。

 思いっきり転んだ。

 顔から地面に突っ込んだ。


「お、お嬢様っ!」

「う、うるさいですわ! 近寄るでない!」


 心配して寄ってきた舞夢マイムを押しのけて、なんとか立ち上がる。おかしい、身体が思うように動かない。

 いや、よく考えたらこの無駄肉だらけの巨体で、前のように動けるわけが無かった。アホか、俺。


「ラティリアーナ様、どこでその剣術を習ったのかは存じませんが、さすがにいきなり大技は難しいがる。まずは基本的な体力をつけるところから始めた方が……」

「わたくしには時間がないのです。回り道をしている暇などありませんわ」


 なにせ決闘は一週間後、それまでに相手の代理人を倒せるくらいにはならないといけない。

 ……って、冷静に考えてみて、無理じゃね?


「ぜはーっ、ぜはーっ」

「ではラティリアーナ様、”身体強化”はどうがるか?」


 起き上がるだけで肩で息をしている俺に美虎ミトラが渡してくれたのは、クリスタルのような石の結晶。もしかしてこれは──魔石か?

 たしか魔石は、魔法使いが特殊な水晶に魔法の力を込めた簡易版の魔法具マギアだ。比較的簡単に使用できる代わりに、魔石の持つ魔力が失われると壊れてしまう。もちろんこいつも使用には魔力を使うから、冒険者時代の俺には縁のなかった代物だ。


「この魔石には”身体強化”が込められているがる。魔力を伝えて身体強化を発動させてみるがる」


 魔力を伝える? そんな高難易度なこと、つい先日まで無魔力だった俺にできるわけ──って、できた?

 だけど次の瞬間、ぱきんという音とともに魔石が粉々に砕け散る。うそっ!? 壊れた!?


「……これはいったいどういうことですの?」

「ラティリアーナ様、もしかして力の強い魔法具マギアの所有者がるか?」


 そう尋ねられて心当たりがあったので、頷きながら左腕に嵌められた腕輪を見せる。さっと撫でると、左手に例の赤い魔本──《 緋き魔道書スカーレット・グリモア 》が実態化した。


「がるっ!?」

「ひゃん!?」


 本を見たとたん、美虎ミトラは抜剣して戦闘態勢を取り、舞夢マイムは悲鳴を上げてその場にへたりこんでしまう。あぁ、そういえばみんなこの本に酷い目にあったんだっけか。


舞夢マイム、虎、もはや心配ありませんわ。もうあのときの悪霊はいませんもの」

「ほ、本当がるか?」

「ええ。今ではわたくしがこの本の主人です」

「さ、さすがお嬢様ですワン。あのような恐ろしい魔法具マギアを我が物にするなんて」


 いや、恐ろしかったのは悪霊であってこの本じゃないんだけどね。しかもこいつ、ただ痩せるだけっていう謎能力しか使えないし。


「そういえば噂に聞いたことがあるがる。強い力を持つ魔法具マギアは、他の魔法具マギアを使うことを拒絶することがあるがると」

「もしかして、お嬢様の魔法具マギアはヤキモチ焼きさんなのですかワン?」


 痩せるだけしか能力ないくせにヤキモチ焼きとか、どんだけマニアックなんだよこの本は。


「ちなみにラティリアーナ様、その魔法具マギアにはどのような能力がお有りがるか?」

「……秘密よ」


 言えねぇ。ただ痩せるだけの能力だなんて口が裂けても言えねぇ。

 しかもヤキモチ焼きのせいで、必然的に他の魔法具マギアを使うことができないらしい。

 つまり、アーダベルトとの決闘に際しては、自力のみで戦うことになる。こりゃ愛剣のこと調べてる場合じゃないな。下手に使ったら壊れるかもしれないし……あぁ、なんてこったい。完全に予定が狂っちまったよ、トホホ。



 ◆



 それから一週間、俺は地獄のトレーニングを積んだ。

 まず朝起きたら十分にストレッチをした後ランニング。巨体で走るのは本当に負担が大きい。なにより吐きそうになる。ぶっちゃけ1kmも走れてないだろう。


「ぶひぃぃ……、ぶひぃぃ……」


 ちなみにこのオークの断末魔のような声は、悲しいかな自分の呼吸音だ。


 軽めの朝食を取ったあとは、美虎ミトラに付き合ってもらって基礎トレーニング。だけど腕立て伏せの1回すらもできない。ぶひぃぃ。

 ただ、滝のように汗は流れる。そしてぶひぃぶひぃという醜い呼吸音。自分がオークになってしまった気分だ。


 午後は美虎ミトラと剣術トレーング。だけどやっぱり思い通りに身体が動かない。ぶひひぃぃん。

 相変わらず魔剣は俺の体に合わせているかのように扱いやすかったけど、それ以前に身体が重すぎて技を使うどころじゃない。美虎ミトラの哀れむように見る目が悲しい。


 そして夜は魔力トレーニング。

 これは美虎ミトラに聞いたんだが、とにかく魔力を全消費する寸前まで使い続けると、徐々に感覚がわかるようになってくるらしい。

 実際、なんとなく自分の魔力がどれくらいで尽きるのかがわかるようになってきた。だいたい今の体型だと、【 変身メタモルフォーゼ 】は3分が限界らしい。それ以上使うと失神する。


 冒険者時代よりもハードな、トレーニングの日々。

 だけど俺は毎夜″美少女″に会えるこの3分間をモチベーションに頑張っていた。ああ、今度はどんなポーズをしてみようか。あの服を着せたら、きっと可愛らしいんじゃないだろうか。そんな邪念だけが、今の俺を支えていた。


 ……いや、アーダベルトとの決闘のことは忘れてないよ? だけど、結局ほとんど進歩もないまま、決闘の日の朝を迎えたんだ。



 ◆



「うぎぎぎ……」


 全身が激しい筋肉痛で、ベッドからもまともに起きることもできない。それでもなんとか起き上がって、舞夢マイムに手伝ってもらいながら着替える。

 今日はいよいよ決戦だ。体重は一週間で3kgも減らすことができ、かろうじて80の大台からは脱したんだけど、剣術の方は正直まったくダメだった。


 あかん、どうしようか。

 本来だったら頭を抱えてしかるべき状態だったんだけど、”オーク令嬢”ラティリアーナは決して弱音を吐かない。

 さて、本当にどうしたものか。とりあえず一か八かのときのために、この前見つけたあの服・・・を着ておくかな。えーっと、確かこの辺にあったような……。


「お嬢様、失礼しますワン」


 あの服・・・をドレスの下に着込んで準備ができたところで、部屋に舞夢マイムがやってきた。


「どうしましたの? 約束の時間まではまだ余裕があるはずではなくて?」

「あの、お嬢様……マイムとミトラ姉さんからお話があるのですワン」


 二人から? 一体何の話だろう。

 舞夢マイムがお茶を準備している間、美虎ミトラが緊張した顔で座っている。全員分のお茶を用意したところで、席についた舞夢マイムが口火を切る。


「お嬢様、本当にご自身で決闘に出るおつもりですかワン?」

「ええ、もちろんですわ」


 どうやら俺のことを心配してくれているらしい。なんてけなげなワンコちゃんだ。なでなで。


「ひゃん! お、お嬢様のがんばりは、よく存じておりますワン。この一週間、まるで何かに憑かれたかのようにがんばっておられました」

「ああ、その点に関してはラティリアーナ様は本当によくがんばったと思ってるがる」

「でもお嬢様は剣もまともに握れないですワン、これでは……」


 舞夢マイムの心配はわかる。このままでは負ける、と言いたいのだろう。実際、現時点でまともに剣を振れてないわけだしなぁ。

 ただ、俺なりの秘策は考えていたりする。さっきの服もその一つだ。ぶっつけ本番に近いのが懸念材料ではあるんだけど、こうなったらどんな手でも尽くすべきだろう。


舞夢マイム、わたくしは決めたのです。決してお前を手放したりはしないわ」


 そうだ。アーダベルトなんていうイケメンに、こんなにも可愛らしい舞夢マイムを渡すわけにはいかない。もし渡したら、きっとイケメンにあっさりと花を散らされて……オヨヨ。


「それに、わたくしにはこれがありますわ」


 そう、愛用の魔剣だってある。腰に差した剣をぐっと握りしめる。

 なぜかこいつに関しては《 緋き魔道書スカーレット・グリモア 》も拒絶しなかった。どうやら力を発動させなければ壊れたりしないらしい。いつかはこの剣の能力も解明してあげたいな。


 そんなことを考えていると、美虎ミトラが妙に真剣な表情で口を開いた。


「ラティリアーナ様、あなたのお気持ちは十分伝わったがる」

「……ん?」

「そこであたしたちからお願いがあるがる。このあたしを、ラティリアーナ様の代理人にして欲しいがる」


 完全に予想外の申し出だった。

 まさか美虎ミトラが代理人に志願してくるとは。


 横の座る舞夢マイムの様子を見るに、どうやら二人で決意して申し出に来たらしい。一人称があたしになっているところに、彼女の本気度を計り知ることができる。


「……でも虎、お前は左腕を折っているのでしょう?」

「ああ、でも大丈夫がる。腐ってもあたしはシルバーランク、腕一本折ったくらいじゃそんじょそこらのやつには負けないがるよ!」

「お願いしますワン、お嬢様。ミトラ姉さんは本当に強いワン、だから姉さんを代理人にしてほしいワン!」


 正直、美虎ミトラの申し出は非常にありがたい。

 だけど、骨を折った女の子を戦わせるなんて、俺の美学に反する。

 だから俺は──。


「……わかりました。虎、お前を代理人とします。でも──わかってますわね? 負けることは許しませんよ?」

「ああ、わかってるがるよ、お嬢様」


 ここはやっぱ美虎ミトラにお願いするしかないよねー!

 だってさー、どう考えても戦える身体じゃないしー!

 それに、ここで意地を張ってもさ、あっさり負けて舞夢マイムが取られちゃうほうが一大事だしね。


 プライドより実利だよな、うんうん。

 良い選択したなぁ、俺。


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