《 プロローグ 》 ″断魔″の最期
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人生、なるべく楽に生きたいって思うのは普通だろう?
俺だってそうだ。だから俺はフリーの冒険者になった。
なにせ冒険者になりゃ嫌な上司はいないし、めんどくさい人付き合いもない。一山当てりゃ英雄扱いで一生食うに困らない。リスクは高いけど良い事づくしだ。
ところが俺には、一流の冒険者になるには致命的に欠けてるものがあった。それは魔力。そう、俺は魔力を持ってなかったんだ。
魔力を持たない人間が、冒険者として大成できるわけがない。かといいつつ、今更他の仕事なんてつけるわけがない。
冒険者を辞めるきっかけがないままずるずると続けて、気がつけば俺はいい歳になってた。
──そんなときだった。あの依頼を見つけたのは。
最初ギルドでこの依頼を見つけたとき、俺はラッキーだと思った。最近ついてなかったのが、ようやく報われたんだ、と。
なにせ仕事の内容は、貴族の令嬢が指定する場所の警備。しかも場所は、立派なお屋敷の敷地内にある、頑丈な作りの蔵の入り口。そんでもって期間はたったの1日間。
厳重に警備された貴族街の、しかも侯爵家の敷地内で何かが起こることなんて絶対にありえない。たぶん立ってるだけで済むラクショーなやつだ。
なんで敷地内の蔵の警備なんてするのかは疑問だけど、場合によっては可憐な令嬢も見れて眼福になるかもしれない。
……きっと美しいんだろうなぁ、貴族令嬢。綺麗に着飾って、お人形さんみたいに整えられてて。一目くらい見てみたいなぁ、ぐふふ。
ところが仕事を受けた後で、依頼主が《 ラティリアーナ・ファルブラヴ・マンダリン 》と知ったとき、心の底から後悔した。
──よりによって、″オーク令嬢″かよっ!
悪徳貴族と名高いマンダリン侯爵家の、15歳の″オーク令嬢″ことラティリアーナ・ファルブラヴ・マンダリンの世間からの評判は最悪だった。
性格は傲慢、高飛車、自己中。容姿は醜悪、体重は重量級。その外観はまるで豚か豚魔人のごとく。そしてついたあだ名が″オーク令嬢″。
彼女の噂は、たいして売れてないおっさん冒険者の俺でさえよく知っていた。とにかく性格が最悪なのだ。
あるパーティでは可憐な男爵令嬢が気に入らず頭からジュースをぶっかけたとか、別のパーティでは自分を無視した侯爵子息を池に突き落としたとか。
おまけに冒険者からの評判も最悪だった。彼女の出してくる依頼がめちゃくちゃなのだ。
たとえばゴブリンを生きたまま捕まえてくるという依頼を受けた冒険者は、無事生け捕りにしたにもかかわらず「汚らわしい! このようなものを連れてくるでないわ!」の一言で牢獄に入れられてしまった。別の冒険者は、モフルラビットのしっぽが欲しいと言われて難易度ランクBの樹海を探索したあげく、決死の覚悟で取ってきたしっぽを「……もう飽きたわ」の一言で目の前で捨てられてしまった。
そんなオーク令嬢からの依頼、しかも屋敷の敷地内での警備役だから警戒するのも当然と言えた。ただ、報酬はかなり良かった。おおよそ通常の護衛費用の10倍、破格といってもいい。
しかも契約期間はたったの一日。一日であれば、何かあっても高い給金を貰ってると思えば耐えられる。明日の朝になれば、金だけもらってさっさとトンズラしよう。
そんな浮ついた考えが最悪の結果を呼び込むのは、俺が警備についたその日の夜のことだった。
◆◆◆
「うーん、思ってたよりはるかに暇だ……」
蔵の警備について既に半日が経過していた。
昼だった時間は夜になり、″じゃがいも月″は天頂付近まで移動している。いわゆる深夜というやつだ。
この間、発生した出来事は皆無。屋敷の衛兵たちからは奇妙な目で見られただけで、事前の予想通りたいそう退屈な仕事だった。楽勝なのは大歓迎なんだが、そもそもなんでこんな意味不明な警備の仕事を、オーク令嬢は依頼に出したんだ?
「なんだ、もう気が抜けたがるか? ″断魔″のおっさん」
そう声を掛けてきたのは、今回の仕事の同僚となる美虎・ライオネル。
身長180センチ近い高身長に筋骨隆々たる肉体、虎の耳と尻尾と毛皮を持つ獣人の戦士──ただし女性だ。
下手な男をも軽く凌駕する戦闘力と強靭な肉体、男勝りのさっぱりした性格、それに虎の獣人という容姿から、ついた二つ名は″レディ・タイガー″。徒党は組まず、基本的にはソロで依頼を受ける冒険者ランク《 シルバー 》の腕利きだ。
「いやさ、レディ。依頼分の仕事はするつもりだけど、流石にこれだけ暇だと参っちまわないか」
本音を言うとこのまま寝てしまいたいくらいだけど、それを言うと齧られそうだから黙っとく。ちなみにどこからどう見ても肉食系にしか見えない美虎だけど、実はベジタリアンだったりする。人は見かけによらないっていう典型的な例だな。
「ははっ、そうがるなぁ。いくら高報酬だとはいえ、やはり″オーク令嬢″の依頼なんか受けるんじゃなかったがるよ」
「本当さ、こんな依頼受けるシルバーランクは万年金欠の俺くらいだと思ってたくらいだし」
「雇い主は、あんたみたいな男だけだと不安なんがるよ。だからあたしのほうは指名依頼がる」
「なにっ!?」
どうやら俺は全く信用されていなかったらしい。
まぁそりゃそうだよな。いくらシルバーとはいえ所詮は冒険者、しかも男。信用なんてあるわけないし。
実際、美虎はかなり強い。俺と同じシルバーランクではあるんだけど、実績も実力も彼女の方がはるかに上だ。まともに対峙したら、俺は数分後には彼女にミンチにされてるだろう。
あ、ちなみに″断魔″ってのは俺に付けられた二つ名だ。なんとなくかっこいい響きなんだけど、由来は微妙だからあんまり喜べない。理由は二つあって、一つは俺が一切の魔力を持ってないこと。そしてもう一つは──。
「おっと、噂をすれば雇い主のお出ましがる」
美虎の声に顔を向けると、犬耳のメイドを引き連れたドレス姿の巨大な肉の塊が、ドスドスと音を立てながらこちらに向かって歩いてきていた。
紫水晶のように輝く紫色の瞳に、同じく紫色の髪。はち切れんばかりの紫色のドレスの波間にタプタプと揺れるぜい肉。間違いない、彼女が″オーク令嬢″ラティリアーナ・ファルブラヴ・マンダリン侯爵令嬢だ。
──にしても、噂通りデカいなぁ。
普通、貴族令嬢といえば、可憐で繊細で華奢、抱きしめたら溶けてしまうようなイメージだろ? だけど、ラティリアーナ嬢の巨体はまさにオークの如く。あれが齢15の貴族令嬢だと誰が思うだろうか。
「ラティリアーナ様、こんな時間にどうしたがるか?」
「ふん、寄るな虎。獣臭いわ」
おお、さすがはオーク令嬢。噂通り口が悪い。相手が強面の美虎・ライオネルでも無関係だ。横にいる犬耳メイドのほうがビビって「ひゃんっ!」と可愛らしい鳴き声を上げる。
一方、暴言を吐かれたほうの美虎も、顔色一つ変えずに頭を下げで引き下がる。んー、冒険者の鑑だ。
「で、そこに在る汚らしい男は?」
「彼は私と共に今回の依頼を受けた──」
「あー、もう良い。聞くだけで耳が汚れる。そこで控え、何者も通すでないぞ」
さすがはオーク令嬢、俺ごときの名前など聞くに値しないとな。こちらに蔑みの視線を飛ばした後、ラティリアーナ嬢はそのまま蔵の扉をメイドに開けさせて中に入って行く。
すれ違いざまに気づいた違和感は、彼女が″赤い大きな本″を抱えていたこと。まさか蔵の中で勉強? オーク令嬢がそんなことするとは思えないんだけどな。
とはいえ一介の冒険者たる俺に確認するすべはなく、後に続く犬耳メイドが申し訳なさそうにペコリと頭を下げる姿にほんのりと癒される。
バタンと大きな音を立てて目の前で閉じられた扉を眺め、美虎が肩を竦めた。
「……ま、あたしらは言われた通りせいぜい警備でもするがるよ」
「あいよ、レディ」
こう見えて俺も、金と権力には忠実な冒険者の鑑なんだ。
◇
大地を揺るがすような爆発音が突如鳴り響いたのは、″オーク令嬢″たちが蔵に入ってしばらくしたときだった。
蔵全体が激しく揺れ、扉の隙間から七色の光が溢れ出す。あれは──魔力が発動したときの光だ。
続けて「きゃんっ!」という、先ほどの犬耳メイドらしき鳴き声が耳に飛び込んでくる。中で緊急事態が起こってることは明確だった。
「行くがる!」
「あいよ!」
二人の動きは迅速だった。俺が腰の長剣を抜刀するのに合わせて、美虎・ライオネルの全身が淡い光を放つ。どうやら″身体強化″の魔法を発動させたようだ。同時に、背負っていた大剣を引き抜く。
「── 唸れ、【 火焔大刀 】!」
彼女の発した魔法言語に応じて、レディ・タイガーが持つ《 魔法具 》、【 火焔大刀 】が赤い炎を纏う。
「がるルルルッ!」
掛け声一閃! 炎を帯びた大剣は、鉄製の扉をアッサリ切り開く。ほほー、さすがは《 魔法具 》。鉄がまるでバターみたいに溶けたぜ!
──いいなぁ、俺も魔力があって魔法や魔法具が使えたらなぁ……。
なーんて、これまで何十回何百回と考えた愚痴が一瞬脳裏をよぎるけど、すぐに頭の隅に追いやる。だって無魔力な俺が不毛なことを考えたって仕方ないしな。
「うはっ、これは……」
蔵の中に入ると、予想以上にえらいことになってた。
粉々にされ吹き飛んだ宝物たち。まるで大きな爆弾が炸裂したような状況。
入口のすぐ近くには、先ほどの犬耳メイドが煤まみれで倒れていた。おそらくさっきの爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたんだろう。あの子、大丈夫かな……あ、肩が動いた。よかった、生きてるみたいだ。
「がるルルル……」
敵対的な美虎の唸り声に前方に視線を向けると、あれほどの巨体を持つ″オーク令嬢″ ラティリアーナが、意識を失った状態で宙に浮いていた。
「うっそ!? あの巨体が浮くのっ?」
「突っ込むところはそこじゃないがるっ!」
よく見ると、″オーク令嬢″は七色の光──すなわち魔力を発しながら浮いていた。そしてその魔力は、目の前にある何かに吸い込まれてゆく。
「なんだあれは? ──もしかしてさっきラティリアーナ嬢が持ってた″本″か?」
革表紙の大きな赤い本──そいつが紫色の煙を纏って宙に浮いたまま、生き物みたいに″オーク令嬢″の魔力を吸い取っていた。よく見ると、表紙に紫色の巨大な宝石が嵌められいて、その宝石が魔力を吸収しているようだった。
「あ、あれはまともな本じゃないがるっ!」
「ああ、あの本はおそらく魔法具……いや、もしかすると″呪われてる″のかもしれないな」
もし呪われた魔法具であれば、問答無用で壊すか封じるしかない。俺たちは頷きあうと、左右に分散して本に斬りかかる。
だが、俺たちの剣が本に届くことはなかった。切り裂く寸前、本が強烈な閃光と衝撃波を放ったのだ。警戒はしていたものの、堪え切れずに弾き飛ばされる。
「がうっ!」
「くそっ、なんだ今のは──って、おいおい、次はなんだよ!」
──それは、まるで雲のような存在だった。
本の周りに取り巻く紫色の煙が、徐々に人間の姿へと変貌を遂げていく。
はっきりと形を取らないから、そいつが男か女かよく分からない。だけどまともな生物じゃないことだけは確かだった。
そいつが蠢くように──両手を″オーク令嬢″に伸ばすと、魔力を吸い取るスピードが一気に加速する。
「な、なんだあれは……もしかしてあいつが令嬢の魔力を吸い取ってるのか!? 実体がないってことは、″悪霊″かっ!?」
「幽霊だろうが何だろうが関係ないがる! あたしが問答無用で焼き尽くしてやるがるッ!」
「ちょ、待てレディ! あいつはなにか変だ、不用意に近づくのは危険──」
「 ──唸れ、【 火焔大刀 】!」
俺の声を無視して襲いかかる美虎。
″悪霊″は咆哮しながら炎を帯びた大剣を振り下ろす美虎にチラリと視線を向けると、それまでオーク令嬢に向けていた右手を差し出した。それまで辺りを漂っていた紫色の煙が、一気に美虎の全身を覆い尽くす。
──次の瞬間、美虎の【 火焔大刀 】の炎が全て消え去った。
「がるぅっ!?」
発現した魔法具の強制解除という異常な事態に戸惑う美虎。しかも、どうやら″肉体強化″まで解除されてるみたいだ。
ってことは、もしかしてあの紫色の煙は──″魔力を無効化″してるのか?
思案を巡らせてる間にも、″悪霊″は徐々に人としての輪郭を得ていた。今でははっきりと女性と分かる姿に型取っている。
「レディ、ぼーっとするな! 来るぞっ!」
「がうっ?!」
ほっそりとした″悪霊″女の左手から放たれたのは、先ほどと同じ衝撃波。だが魔力を無効化され″身体強化″も解除された美虎に、もはや攻撃を避ける手段はない。
モロに打撃を受けた美虎が勢いよく吹き飛ばされた。そのまま受け身も取れず壁に激突し、ズルズルと床に崩れ落ちる。あの様子じゃしばらくは行動不能だろうな。
……ってことは──。
「まいったな、あんな化け物とサシで勝負かよ……今日は本当にツイてねぇな」
次はお前だとばかりに、今度はこっちに左手を差し出す悪霊女。
こうなってしまったら、俺も覚悟を決めるしかない。俺が″断魔″と呼ばれている理由、この悪霊女に思い知らせてやるっ。
「が、がぅ!」
「レディはしばらくそこで寝てな! あとは──頼んだぞ!」
美虎に慰めの言葉を贈ると、俺はすぐに全神経を両目に集中する。今まで視界に映っていた景色が、一気にモノトーン色へと色褪せていく。
代わりに鮮やかに彩り始めたのは、この場全体を漂う色とりどりの水のような流れ。特に悪霊女とオーク令嬢の間で激流のように激しく流れている様子が確認できる。よし、今日も俺の能力は健在みたいだ。
──魔道眼。
魔力の流れを見ることができる特別な力を、俺はそう呼んでいた。
普通の人には魔力の流れは見えない。せいぜい魔法発動時に七色に光る″発動光″が見えるくらいだ。だけど魔導眼は違う。こいつを使えば、魔力の流れがまるで色のついた水みたいに見えるようになるんだ。
魔力を持たない俺が持つ、生命線とも言うべき能力。この力を使って、俺は今まで冒険者として生きてきた。
そして俺がこの″魔道眼″を使って実現可能なことは二つ。
第一に、魔力の流れが見えることで、相手の発動しようとしている魔法の動向が分かること。
そしてもう一つは──。
「はあっ!」
″悪霊″から衝撃波が放たれる瞬間、俺は紫色と黒色の水が交わろうとする一点を、剣で思いっきり突いた。二つの水──すなわち魔力は交わることができずに、そのまま四方八方に拡散していく。
自らの魔法が発動することなく消え去ったのを知って、悪霊女の輪郭がわずかに揺らぐ。
動揺してるのか? そりゃそうだろう。こんな芸当をできるのは、世界広しといえども″魔道眼″を持つこの俺くらいだ。
魔力の流れを見て、魔法を断ち切る。
──すなわち″断魔″。
それが、俺の二つ名の由来なのさ。
「おいたはそれくらいにしてくれよ、悪霊さん!」
その隙を逃さず、俺は一気に悪霊女との距離を詰める。慌てた相手が右手を差し出すと、紫色の煙が俺の周りを取り囲む。
これは──魔力無効化の煙か!さすがに煙は避けられないので、一か八かで突っ込む。
はたして、紫の煙は俺に対して何の効果ももたらさなかった。よっしゃ、読み通り! 魔力を持たない俺に″魔力無効化″は関係なかったんだ!
煙の影響を受けずに堂々と突き進む俺の姿に、悪霊女は明らかに戸惑っていた。
くくく、どうやら俺はこいつにとっての天敵らしい。土壇場になってようやく俺への運が向いて来たぜ。
決着をつけるべく、俺は愛用の長剣を構える。狙うは胸の中心。悪霊女の身体を蠢く三つの魔力が交わる一点──すなわち、やつの身体に取り込まれた″赤い本″に向かって剣を突き出す。
『……ッ!?』
渾身の突きが、本の表紙を飾る紫色の宝石に突き立ったとき、悪霊女は最初キョトンとした表情を浮かべていた。そのときになって初めて、相手が思ってたより幼い顔つきだと気づく。
ピシッと、宝石に亀裂が走った。次の瞬間、刺し口から魔力が激しい勢いで噴出する。火にくべたやかんみたいに激しい勢いで煙を吹き出しながら、悪霊女は緩やかに形を崩していった。
どうやら一撃で急所を突くことに成功したみたいだ。まさか俺が、こんなとんでもない強敵を初見で倒せる日が来るとはねぇ。いよいよ俺にも運が向いて来たかな?
『……な……お………』
そのとき初めて、悪霊女の声を聞いた。いや、声というよりは直接頭の中に響いてくる感じだ。だが不明瞭すぎてよく聞き取れない。
「……断末魔か? だけど恨まないでくれや。あんたの正体がなんなのかよく分からないけどさ、こっちも素直にやられるわけにはいかなかったんだよ。悪霊なら──成仏してくれ」
『……み………しん』
──いや違う、これは恨み言なんかじゃない!
悪霊女が最後の最後に魔法を使おうとしてる。そのことに気づいたときにはもう、恐ろしい量の魔力が悪霊女の周りに集約していた。
これまでの比じゃない。いや、俺の人生でこれほどの量の魔力を見たことがない!
こんなとんでもない量の魔力を込められた魔法を喰らったら、死ぬどころじゃない。辺り一面消し飛んじまう!
「ばっ、バカやろう! なんてことをっ!」
慌てて魔法を止めようとするも、今度は衝撃波を床に放たれて弾かれてしまう。さすがの″断魔″でも、床を打つ物理的な衝撃は防げない。
その隙に、相手は魔法を完成させたようだった。放つ相手は──おいおい、俺じゃなくて、まさか……″オーク令嬢″!?
″断魔″の真髄は、魔法完成前に散らすことにある。だが一度完成した魔法を完全に消し去ることは容易ではない。
しかも今回は莫大な魔力を練りこんだ魔法だ。こんなものを斬ることは──事実上不可能。余波だけで俺の肉体は粉々に消滅しちまうだろう。
こうなってしまうと、たいした力を持たない俺に取れる手はもはや二つしかない。
ひとつ、こっちに害が及ばない場所まで逃げるか。そうすると俺は助かるかもしれないが……他のやつら、特に″オーク令嬢″は確実に死ぬだろう。
そしてもう一つは──。
「えーい、くそったれ!」
迷う前に身体が反応していた。
俺が取ったもう一つの選択肢。
それは、″オーク令嬢″の目の前に立ち、彼女をかばいながら悪霊女から放たれた超魔法を喰らう覚悟で断ち切る、というものだった。
まるで、巨大な滝を木の枝で割ろうとするかの如き愚行。そんなこと、無魔力の俺にできる訳がない。
案の定、放たれた渾身の突きは魔力の渦の中心を穿ったものの、魔法そのものを崩すことは出来ない。凄まじい魔力の奔流が、情け容赦なく俺に襲いかかってくる。
あぁ、やっぱり今日は最悪な日じゃないか。
まさか″オーク令嬢″を庇って死ぬことになるとはなぁ。
……でもまぁ、こんな終わり方も俺らしくてありっちゃアリかな?
そんなことを思いながら、俺の意識は巨大な魔力の渦に飲み込まれていった。