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暗黒神の狂気を知りすぎた者

作者: シュウ@広島

フランクは愛車のボロ車をとばして、ある田舎町に向かっていた。

フランクの仕事はフリーライターだ。

しかし、フリーライターとは言っても実際は事実が一割、でまかせが九割の三流タブロイド紙に、さも大事件かのような大袈裟な記事を売っては、なんとか生計を立てている三流記者だ。

今日もフランクは飯の種になりそうな噂を耳にして、ある田舎町に向かっているのだった。

その噂とは、その小さな田舎町の若者が五人も消息不明になっているという物だった。フランクは何か引っかかる物を感じて車を走らせていた。

村に着くと、そこには田舎町らしい田園風景が広がっていた。

美しい牧草が生えた牧場や、野菜が植えられているらしい畑など、怪しい噂とは無縁の美しい田舎町だった。

フランクは休憩しようと車を停めた。

ドアを開けると爽やかな風がフランクを包んだ。


「この町に何かあるとも思えないなぁ。勘が外れたかな?」


フランクは町を見渡した。小高い町を見渡せる所に古いお城があった。その外壁には蔦が覆い茂り、静かに佇んでいる。

どうやら、この街を治める貴族のお城のようだ。

フランクは車に乗り込むと、町中に向かって車を走らせた。

田舎道で舗装もされていない道路をフランクのボロ車はガタゴトと大きな音を立てて走っていた。

すると、畑仕事をしている中年の夫婦を見かけた。

フランクは慌てて車を停めると、夫婦に向かって話しかけた。


「こんにちは!初めまして。畑の調子はいかがですか?」


すると、夫婦は怪訝そうな顔をしてフランクを無視した。

田舎町にはよくある事だが、田舎町の人は余所者には冷たい。

何故なら、都会からセールスマン等が来ては無理矢理、商品を売り付けられたりするからだ。

フランクは構わずに、話しかけた。


「この町の居心地はどうですか?何か変わった事はありませんか?」


しかし、夫婦は頑なに会話を拒んだ。そして、フランクに構わずに農作業を続けた。


「嫌われたかな?次に行くか…。」


フランクは気にせずに車に乗り込むと、田舎道をまた走り始めた。

しばらくすると、牛を世話している男性を見つけた。

フランクは車を停めると、老人に話しかけた。


「こんにちは!すみません。ちよっとお尋ねしたいのですが!」


そう言うと老人はフランクの所に来てくれた。


「あんたは誰かね?この村の人ではないな。セールスマンなら余所へ行ってくれ。もう騙されないぞ!」


老人は明らかにフランクを警戒していた。

そこでフランクは作戦を替えた。


「すみません。お忙しいところ。実は隣の街まで行くところなんですが、お腹が減ったので食事をしたいんです。ここら辺に食事を出来るお店はありませんか?」

「それなら、この先の分かれ道を右に曲がるといい。この町の唯一の宿屋がある。そこで食事が出来る。」

「ありがとうございます。あなたはこの町の生まれですか?」

「そうだが?」

「この町の若者が五人も消息不明になっているという噂を聞いたんですが…。何かご存知ありませんか?」


すると、老人は急に不機嫌な顔をして言った。


「余所者がとやかくいう事じゃない!さっさと飯を食ったら村を出ていけ!いいな?」


そう言うと老人は牛の方に戻って行った。

フランクは仕方なく、教えられた食事が出来るという宿屋に向かった。

着いてみると、宿屋と言ってもボロボロの古い木造の建物で、ペンキの剥げかけた看板が雨ざらしになって錆びていた。

フランクは車を停めると、建物の中に入った。

中には二、三人の村人と思われる人達が食事をしていた。

フランクが中に入ると店の人間やお客達から睨まれた。

フランクは構わずにボロボロのカウンターに座った。

店の人間がフランクに近づいてきた。


「あんた、余所者だね。何しに来たの?」


店の女将がぶっきらぼうに尋ねた。


「いや…。隣街まで行くところなんですが、お腹が減ったので…。何か食べさせてもらえませんか?」

「今日は豆のスープと後はチーズ、それで良かったら出すよ。昼は簡単な物しか置いてないよ。いいかい?」

「助かります。それをお願いします。」


すると店の主人と思われる中年の男性が声をかけてきた。


「ワインはどうするね?つけるかね?」

「あ!お願いします。」


フランクがしばらく待っていると、豆がたっぷりと入った野菜スープとパン、それからチーズとワインが運ばれてきた。


フランクはお店の主人に話しかけた。


「このお店は古いんですか?」

「私の爺さんの代からやってるよ。あんたは何しに来たの?」

「いや…。隣の街まで行く途中なんです。決して怪しい者ではないです。このチーズ、薫りが良くて美味しいですね!」

「この村は酪農と農業で成り立ってる何もない村だよ。若者はみんな、ここでの退屈な生活を嫌って都会に出ちまうんだ。」

「そうですか。私も田舎町の出身なんですよ。この豆のスープは懐かしい味ですね。」

「都会の人かと思ったら、あんたも田舎町の出身かい?」

「そうなんですよ。村には仕事がなくて…。兄が親の仕事を継いだので私は街中で働いて、両親に仕送りしてるんですよ。」

「ほぅ!そりゃあ立派な事だ。この村の若者達とは大違いだな。」


フランクはしめたと思った。

どうやら、口から出任せの嘘がこの主人の機嫌をとるのに成功したらしい。


「この村の若者は、村には帰ってこないんですか?」

「来ないな。一度、都会に出たらそれっきりだ。手紙の一つもよこしやしない。クリスマスカードさえもな。それがどうかしたのかい?」

「いや…。隣の町でこの村の若者が何人も消息不明になっているという噂を聞いたもんですから…。」

「ふん!くだらない噂だ。確かに消息不明だよ。都会に出たきり何の連絡もよこさないんだからな。」


フランクはまずいと思った。

せっかく会話が出来ているのに、このままでは会話が途切れてしまう。

上手く取り繕う必要があった。


「そうなんですか。どこも同じですね。私の村も若者がみんな都会に出たきり何の連絡もよこさないんですよ。クリスマスカードくらいは送ればいいのにと思うのですが…。」

「ふん!どこも同じだな。若者はみんな都会に出たきり帰ってこない。この村も廃れる一方さ!」


フランクはがっかりした。

田舎町の若者が都会に出たきり帰ってこないなんてよくある話だ。

どうやら勘は外れたらしい。


「ご馳走さまでした。美味しかったです。」


フランクは勘定を支払うと、家に戻る事にした。

この村には何もない。

そうだ。よくある話だ。記事になりそうな事はない。

家に戻ろう。そう思って、店を出て自分の車に向かおうとした時だった。

一台の黒い型は古いが高級車が、フランクの車の隣に停まっていた。

そして白髪の身なりの良い老人が話しかけてきた。


「この村を治める伯爵様がお呼びです。ご同行願います!」

「貴方はどなたですか?」

「私は執事のフランツです。ご同行願います!」


随分と強い口調だ。

せっかく帰ろうと思っていたのにとフランクは思ったが、何か面白い話が聞けるかもと着いていく事にした。

黒い車の後を付いていくと、来るときに見た小高い丘にある古いお城に着いた。

フランクは執事のフランツに案内されお城の中に入った。

古びたドアがギギッーと軋みながら開いた。

中からメイドと思われる若い女性がフランツを迎えた。


「どうぞ中に!ジェイド様がお待ちです。」


フランクは蝋燭に照らされる薄暗い廊下をメイドと共に歩いた。

すると、ある部屋をメイドがノックした。

中から声が聞こえた。


「入りなさい!」


メイドはドアを開けると、フランクを部屋の中に通した。

そして、自分は去って行った。


「君か?私の領内をうろうろしている余所者というのは?何をしに来た?」


貴族らしい立派な飾りのついた椅子に三十歳位の男性が座っていた。

髪は金髪で瞳はダークブラウン、オールバックで体は貴族には珍しく筋肉質で、スマートだった。仕立ての良いスーツを身にまとい、高そうな革靴を履いていた。


「もう一度、尋ねる。何をしに来たのか?」


フランクは慌ててスーツのポケットから名刺を出した。


「初めまして。私はフリーライターをしているフランクと言います。」


伯爵は不機嫌そうな顔で名刺を受け取ると、質問を続けた。


「フリーライターが何の用だ?この村には記事になるような物は何もない。村人から怪しい奴がうろうろしているから何とかしてくれと訴えがあった。」

「待って下さい。記事にならないなんてとんでもないです!」


フランクは必死に伯爵に気に入られようと言い訳を始めた。


「この村は素晴らしいです。」

「ほう!どこが?」

「今、都会では田舎の暮らしに憧れている人がたくさんいまして…。昔ながらの田園風景が残る村などが大人気なんです!」

「ほう!田舎の村が人気なのか?」

「はい!それで私はそんな昔ながらの田園風景の残る村などを紹介する記事を書いてまして…。記事で紹介された村や町はどこも観光客が増えて潤ってるんです。」


伯爵はフランクの話を黙って聞いていた。

しかし、疑いの目をしているのは明らかだ。

フランクは必死に続けた。


「いかがですか?この村を紹介させてもらえませんか?少しでも観光客が来るようになれば村人も潤いますし、何より村に活気がでますよ!」


黙って聞いていた伯爵が口を開いた。


「この村には何もない。酪農と農業で成り立ってる小さな貧しい村だ。観光客など来ても見るものもない。無駄な事はやめて、すぐに都会に帰るといい。」

「待って下さい!」


フランクは必死に続けた。


「先程、宿屋でパンと豆のスープとチーズとワインを頂きましたが、昔ながらの作り方で作られていてとても美味しかったです。これを紹介しないのは勿体ないです!是非、村を取材する許可を下さい。」


伯爵が尋ねた。


「どこにでもある田舎風の物ばかりだ。記事で取り上げるぼどの物ではない。」

「それが、違うんです!都会の人はそう言う田舎風の料理が食べたいと思ってるんです。この村が少しでも潤えば領民のためになるのではありませんか?」

「こんな田舎の村に来たい者などいるのか?」

「勿論です!是非、村を取材させて下さい!悪いようにはしませんから!」


伯爵は不機嫌そうな顔で考えていた。

疑われるのは仕方がない。しかし、ここまで言ったからにはフランクも後には引けない。何とか村の取材許可を取らなくては!


「本当に領民が潤うのか?」

「勿論です。貴方の領民の為に少しでも役に立ちたいです!お願いします!取材許可を!」

「ふむ…。」


伯爵はしばらく考えていた。そして口を開いた。


「本当に領民のためになるのだな?」

「勿論です。取材許可をいただけますか?」

「わかった。但し、一人では行動しないように!フランツに案内をさせる。その指示に従うことが条件だ。それから、書いた記事はチェックさせて貰ういいな?」

「はい!ありがとうございます。」


ようやく取材許可がおりてフランクはほっとした。

後は適当に取材してでっち上げの記事を書き、逃げればいい。

フランクはその時はそう思っていた。

騙せたと思っていた。


「早速ですが、伯爵にインタビューをしたいのですが?」

「私に?」


伯爵は戸惑った顔をした。

しかしフランクも後には引けない。

まずは伯爵家の歴史などを尋ねた。

伯爵の先祖は十六世紀にこの城に来たそうだ。

それ以来、ずっとこの村を治めているらしい。

フランクは伯爵の機嫌を損ねないように、時には大袈裟にあいづうちをし、時には驚いた顔をしてメモをとった。

どうやら伯爵は先祖の話をするのが好きらしい。

貴族なんて、自分の家の自慢が出来れば、機嫌が良くなるものだ。フランクは丁寧に話を聞いているふりをした。

フランクの目的は別にあった。それは、この城の中を見る事だ。

その時だ。ドアをノックしてメイドが入ってきた。

そして、何かを伯爵に耳打ちした。


「何?ジェシカが?すぐに通しなさい!」

「何かあったんですか?」

「女の子が一人、病気だ。」


すると母親らしい女性が五歳位の娘を抱いて部屋に入ってきた。


「伯爵様。お客様のいる時に申し訳ありません。ジェシカがまた、熱を出しまして…。お薬を頂けないでしょうか?」

「わかった。フランツ!案内をしてくれ!」

「かしこまりました。」


フランツは母親を伴い廊下に出た。

フランクは尋ねた。


「この城には医者がいるのですか?」

「あぁ。ろくでもない医者だがね。」

「というと?」

「都会で製薬メーカーから賄賂を貰ってるのがばれて、首になった医者だ。しかし、この村は貧しい。例えどんな医者でも医者は医者だ。仕方がない。」

「治療代はとるのですか?」

「いや…。あの子が大きくなったら働いて返してもらうさ。何の保証もないがね。」

「なるほど。貧しい領民を助けているわけですね。」

「この村が存続するには子供が必要だ。子供は村の宝だよ。」

「伯爵!素晴らしいお考えです。良かったら治療の現場を見させていただけませんか?」


すると伯爵は急に険しい顔になった。


「断る。治療中は入るな。それより、どうだ?城の中でも案内しようか?」


フランクには願ってもない話だ。


「はい!お願いします。」

伯爵はフランクを伴って城の中を案内し始めた。

しかし、一階から三階までは特にフランクの興味を引くものはなかった。

二人は地下に向かった。

暗い階段を降りていく途中に、絵が飾ってあった。

フランクはそれを見て驚愕した。

なんて不気味な気持ちの悪い絵なんだろう!

例えば一枚の絵には羊の頭が三個に筋肉隆々の腕が六本付いていて、下半身は獣の足だった。

また、違う絵ではイカのような頭に目がたくさん付いていて、触手を伸ばし、体は上半身が人間で下半身が馬だった。そして、触手を伸ばし人間を食べようとしている絵などが飾られていた。


「伯爵!この絵は?何が描かれているのですか?」


伯爵は当たり前のような顔をして、こう言った。


「この絵は魔女狩りの頃に描かれたものだ。描いたのは精神に異常をきたした青年らしい。なんでも魔女を処刑する所を目撃して以来、精神に異常をきたし、それ以来こんな絵ばかり描くようになったらしい。捨ててもいいんだが、まぁ、何か珍しい物もないとお客が来た時に退屈するからね。とりあえず飾っている。」

「あの、伯爵…。出来ればこれを写真に撮っては駄目ですか?」

「それが村の名物になるのかい?ならないだろう?」

「いや…。ミステリアスなものも観光客は喜びますので。お願いします。」

「物好きなんだな。どうぞ!」


フランクは壁に掛けてある絵を一枚、一枚、丁寧に写真に収めていった。なんという禍々しさだろう。普通なら想像する事さえ困難な化け物、あるいは邪神が何枚も飾られている。

フランクはしめたと思った。伯爵の家に化け物の絵が飾ってあるなんて、ネタになる。しかし、さらなる驚きがフランクを待っていた。

地下にある鍵が厳重にかかった部屋に通されると、そこには拷問の道具がたくさん並んでいた。


「伯爵?これは?」

「見ての通り拷問の道具だ。昔はここで魔女とされた女性が拷問されていたらしい。我が家の暗黒の歴史の一部だよ。」

「はぁ~!テレビなどで見たことはありましたが、本物は初めてです。驚きました。」

「だろうね。はっきり言って自慢は出来ないな。罪もない人をたくさん殺したのだからね…。忌まわしい歴史だよ。さぁ、城の中はこれで終わりだ。あとはフランツに案内をしてもらうといい。」


そう言うと伯爵は自分の部屋に戻って行った。

執事のフランツがフランクを城の外に連れ出した。

まず、案内されたのはチーズを作っている家だった。

そして、ワインを作っている家や、酪農家、野菜を作っている農家などを案内された。正直に言ってフランクにはどうでも良かった。それよりもさっき、伯爵の城で見た絵の事が気になっていた。

フランクは適当に相づ打ちをうつと適当に写真を撮り、メモをとってる振りをした。

フランクの頭の中はさっきの禍々しい絵で一杯だった。

フランクは思い切ってフランツに尋ねた。


「この村には何か珍しい遺跡とかはないですか?」

「村はずれの洞窟に昔の魔女狩りの遺跡がありますが…。見てもつまらないと思いますが?ただ古い祭壇と鏡があるだけですよ?」

「構いません。そこへ連れてって下さい。」

「かしこまりました。」


フランツは車を村はずれに向けて走らせた。

村はずれの洞窟に着いた。

懐中電灯で照らしながら中に入ると五十メートル位で壁に突き当たった。

確かに、祭壇らしきものと丸い大きな鏡がある。

鏡の周りには何か文字が書かれているが、フランクには読めない。

フランクはフランツに何が書いてあるのか尋ねた。


「さぁ…。何かの呪文でしょうが私にはさっぱり…。」

「ですよね…。わかりませんよね。」


しかし、フランクは鏡を覗きこんでいる時に気がついた。

鏡の奥に何か異様な物が蠢いているのを!

最初は目の錯覚だと思った。しかし、鏡を見れば見るほど、それらは次第に鮮明に異様な形を現し始めた。

これはどこかで見たことがある光景だ!

フランクは怯えながらも、鏡の中を覗きこんでいた。

すると!

何か洞窟の中に呪文のような声が聞こえた。

それは初めは微かだったが、次第に鮮明にフランクの頭の中に響いてきた。


「ラー・ルルイエ・アグラ・アドナイ・アグラ・エヒエ。」


フランクは頭がボーッとしてきた。

そして、口から少しずつ呪文が漏れ始めた。


「ラー・ルルイエ・アグラ・アドナイ・アグラ・エヒエ。ラー・ルルイエ・アグラ・アドナイ・アグラ・エヒエ。」


フランクの頭の中に異様な映像が流れ始めた。

それは伯爵の城で見た絵の邪神達が、勢いよく自分の頭の中で動き回る映像だった。

頭が三つあり顔は羊で体からは腕が何本も出ている。上半身は筋肉隆々で下半身は馬だった。

あるいは、イカのような頭に目がたくさん付いていて粘液質のよだれを垂らしながら、触手を伸ばし地面を這い回る姿。

そして、黒い霧を吐きながら、赤い目を光らし闇夜の中で巨大な体をもて余す姿は、フランクの魂を凍らせるに充分だった。

フランツが叫んだ。


「フランク様!フランク様!どうされたのですか?フランク様!」


フランクはようやく正気に帰った。

フランツが言った。


「こんな所に長居は無用です。帰りましょう!フランク様!さぁ!」


フランツは強引にフランクの腕を引っ張ると洞窟から連れ出した。

フランクは車の後ろの座席で冷や汗をかきながらも、ゾクゾクとした静かな興奮に体が満ちていることに気がついた。

そうだ。自分は垣間見たのだ。あの邪神達が蠢いているのを!

自分は確かにあの瞬間、時空を越え異世界の神々と対話をしたのだ。今まで色々な三流記事を書いてきた。例えば宇宙人に牛が拐われたとか。しかし、今度は違うのだ。間違いなくあれは異世界の神々、禍々しい邪神達が蠢いているのを見たのだ。あの瞬間、自分は間違いなく、時空を越えて対話した。邪神達と。

間違いない!邪神は存在する。それもこんな何もない田舎町に!

こんな所に入口があったとは!想像する事さえ出来なかった存在が、今、間違いなくフランクの側にいる。フランクは一人、興奮を隠しながら車の後ろの座席でニヤリと笑った。


城に戻ると食事の支度が出来ていた。

フランクは伯爵と一緒に夕食をとっていた。

伯爵が言った。


「どうだったかね?村は?何か記事になるような物は見つかったかね?」

「はい!伯爵!凄いものを見つけましたよ!私の人生が変わるほどの凄いものが!」

「そんな物がこの村にあるのかね?」

「ええ!伯爵もご存知の物ですよ!」

「そうかい?何だか知らないが、君の報告書を楽しみにしているよ。私は書斎に行く。フランツ、後で紅茶を持ってきてくれ。今日はゆっくりと休むといい。」


そう言い残すと伯爵は食堂を出た。

フランクは夕食を食べながらニヤニヤとしていた。

そして夕食も終わり、執事のフランツは城の中の戸締まりを点検していた。

フランツは地下に降りる階段を降りていた。

すると、フランクが絵に頬擦りをしながらヨダレを垂らして、絵に魅入っていた。


「フランク様!こんな時間にこんな所で何を?」


フランクは虚ろな目で答えた。


「フランツ!美しいよ!実に美しい!なんて美しさだろう!こんなにも美しい神々がいたなんて!あぁ…もう僕の心はこの神々達の事で一杯だよ!ラー・ルルイエ・アグラ・アドナイ・アグラ・エヒエ。ラー・ルルイエ・アグラ・アドナイ・アグラ・エヒエ!ラー・ルルイエ・アグラ・アドナイ・アグラ・エヒエ!」

「フランク様。どうやらお疲れのようですね。寝室にお連れします。さぁ!」


執事のフランツはフランクの腕を強引に引っ張ると、フランクの部屋に無理矢理、フランクを押し込めた。

そして、伯爵の元に向かった。

フランツがドアをノックした。


「フランツか?どうぞ!」


中から伯爵の声がした。

フランツはドアを閉めると、紅茶をテーブルに置きながら言った。


「フランク様の事ですが…。」

「どうした?逃げ出したのか?」

「いえ…。地下の絵の前で美しい、美しいと仰りながら立っておられまして…。いかがされますか?」

「ふん!どうやら完全に古代神達に心を奪われたらしいな。放っておけ。その内に…。」

「なるでしょうか?」

「あぁ…きっとなるさ。そこまで魅入られたのならね。」

「わかりました。様子をみてみましょう。失礼致します。」


フランツは部屋を出て廊下の蝋燭を消して回った。

夜は更けていった。


翌日は年に一度の村祭りの日だった。

村人たちは朝から夜まで楽しく過ごした。

領主である伯爵も招かれ、夜遅くまで楽しく食べに食べ、飲みに飲んだ。

そんな伯爵と執事のフランツが城に戻るとメイドのマリーが慌てて近寄ってきた。


「どうした?」

「大変です!フランク様がいらっしゃいません。車で何処かに出かけられたようです!」

「フランツ!多分、あの洞窟だろう!行くぞ!」

「はい!ご主人様!」


伯爵と執事のフランツは車を村外れの洞窟に向かってとばした。

夜道で舗装されてない事もあり、あまりスピードは出せなかったが何とか洞窟に着いた。

懐中電灯で中を照らしながら奥まで進むと、祭壇の上で裸になっているフランクがいた。そして鏡を見ながらブツブツと呟いていた。


「フランク!こんな時間にこんな所で何をしている!」


伯爵が叫んだ。

すると、フランクは明らかに正常ではない様子で叫び返した。


「邪魔をするな!ちょうど良かった。今からいいものを見せてやる。一生に一度、見れるかどうかの光景だ!」


そう言うとフランクは鏡に向かい呪文を唱え始めた。


「ラー・ルルイエ・アグラ・アドナイ・アグラ・エヒエ!ラー・ルルイエ・アグラ・アドナイ・アグラ・エヒエ!ラー・ルルイエ・アグラ・アドナイ・アグラ・エヒエ!」


すると祭壇の側に置いてある鏡がガタガタと音を立てながら揺れ始めた。そして、当り一面に生臭い風がびゅうびゅうと吹き始めた。


「何をしている!フランク!やめろ!やめるんだ!フランク!」


伯爵は必死に叫んだが、中に吹く風が砂ぼこりを巻き上げて、よく見えなくなった。


「伯爵!貴方のお陰だ!私は出会ったのだ!真の神々に!本当の異世界の古代神達に!この世界では想像する事さえ出来なかった、美しい神々に!さぁ!神々よ!私を迎えに来てくれ!私をそちらの世界の仲間にしたまえ!ラー・ルルイエ・アグラ・アドナイ・アグラ・エヒエ!ラー・ルルイエ・アグラ・アドナイ・アグラ・エヒエ!ラー・ルルイエ・アグラ・アドナイ・アグラ・エヒエ!」

「やめるんだ!フランク!二度とこの世界に帰ってこれなくなるぞ!やめるんだ!フランク!」


しかしフランクは呪文の詠唱をやめない。

やがて、鏡が赤い光を放ち始めた。

風はいよいよ強くなり、伯爵と執事のフランツは立っているのもやっとだった。

鏡の表面が波打ち始めた。


「さぁ!迎えに来てくれ!美しい神々よ!私をそちらの世界の仲間にしたまえ!ラー・ルルイエ・アグラ・アドナイ・アグラ・エヒエ!」


やがて鏡から触手の先にさらにミミズが動き回っているかのようなピンク色の触手がフランクを捕らえた。そして、鏡の中に引きずり込んでいく。


「やめろー!フランク!やめろ!やめるんだ!フランクー!」


伯爵は必死で叫んだがフランクは伯爵と執事のフランツの方を狂気の笑顔で見ながら、鏡の中に消えていった。

鏡の中から声がした。フランクの声だった。


「私を迎え入れたまえ!破壊神よ!ぎゃああああああああ!」


フランクの叫び声が終わると共に、吹き荒れていた風もやみ、洞窟の中は静けさを取り戻した。

伯爵と執事のフランツはようやく目を開ける事が出来た。

そこで伯爵と執事のフランツが見たものは…血だらけになった鏡と祭壇だった。

伯爵は言った。


「馬鹿め。暗黒神に魅入られおって!自ら向こうの世界に行ったか…。フランツ、いつも通り車や荷物は処分しておけよ!」

「かしこまりました。」

「これで何人目かな?」

「六人目でございます。」

「ちょっと噂を流すと直ぐに馬鹿がやってくる。まぁ…退屈凌ぎにはちょうどいいかな?」


伯爵と執事のフランツはその場を去った。





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