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秋の夕暮れからの記憶  作者: 茶々
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第7話 退院、そして帰宅




ついにこの日がやってきた。

今日は11月28日、この北城病院を退院するぎ日だ。

僕の記憶はここから始まってるので、正直退院が不安だ。

外も家も学校も、どこも知らない場所なのだろう。


夕方過ぎ頃にお父さんが迎えに来ることになっている。

杖を使えば歩いて帰れるから迎えは要らないと言ったら、「家、覚えてるの?」と返されて、「あ...」と言ってしまった。


で、今は最後の日と言うことで病院内でお世話になった人に挨拶をしている最中だ。

とりあえずリハビリのところに行ったので、今はカウンセラーの土屋さんの所へ向かっている。


受付で土屋さんに話をする旨を伝えて呼んでもらった。


少し待っていたら、土屋さんが来た。


「どうも、こんにちは」


「こんにちは、秋海さん。

退院おめでとうございます。」


「ありがとうございます。」


とりあえずお互いに頭を下げる。


「で、どういったご要件でしょうか。」


「あ、えーと、なんと言いますか、今までありがとうございました!」


土屋さんがきょとんとしている。


「あ、すいません!説明不足でした!

あの、僕が目を覚ましてから、不安でいっぱいのところを助けていただいたので、お礼がしたくて...」


土屋さんが事情を理解したのか、いつもの落ち着いた表情に戻る。


「ご丁寧にありがとうございます。

私としても、秋海さんのような状態の方のカウンセリングをするのは初めてだったので、学ぶ事が多かったです。

こちらこそありがとうございました。」


「それで、一つお願いがあるんですけど…」


「なんでしょうか?」


土屋さんはまるで僕の言おうとしている事が分かっているような顔をしている。


「えっと、今後も不安が生まれたりしたら相談しに来ても良いでしょうか…?」


土屋さんは「やっぱりね...」と呟き微笑みながら、


「勿論ですよ、アフターサポートも仕事の一環ですから」


「ありがとうございます!」


土屋さんに連絡先を教えてもらい、僕は深々と礼をして石川さんを呼んでもらえるように頼んでから土屋さんと別れた。


少し経ってから石川さんが来た。


「こんにちは、石川さん、急にお呼びしてすいません。」


「いえいえ、構いませんよ。

それで何か御用でしょうか?」


「今日で退院なので、お世話になった方々にお礼を言ってまして...えっと、石川さん、今日まで色々お世話になりました!ありがとうございました!」


石川さんは突然お礼を言われたからかぽかんとしていたが、一呼吸おいてからいつもの優しい笑顔を浮かべてくれた。


「どういたしまして。これからも何かありましたら遠慮なく言ってくださいね」


「はい!ありがとうございます!」


頭を下げてお礼を言う。

石川さんも軽く頭を下げてから戻っていった。

これでお世話になった人へのお礼は終わりかな。

長いようで短かった入院生活も今日で終わりか...色々あったな。

目が覚めて途方に暮れてた時に急に奏が来たんだっけか、あの時はいきなり謝られてびっくりしたな。

その後お父さんとも会って色々話したなあ。

沢山泣いたけど今ではもう心の整理も付いたから平気かな…多分。

そうだ、竜也もちょくちょく来てくれてたな。

記憶失くす前の僕をお父さんの次に知ってる人だったから話聞いてて面白かったな。

奏もほぼ毎日来てくれてたし、僕っていろんな人に支えられてたんだな。

いつかみんなに恩返ししないと!


そんな事を考えつつお父さんが病院へ迎えに来るのを待っていた。



--------------------



「香太、お待たせ」


「うん、本当にお待たせだね。結構遅くなったんだね。」


夕方過ぎに来るはずだったお父さんは19時を回った時間に来ていた。

正直17時頃に来ると思ったんだが。

暇すぎて1人で帰ってみようか悩んだほどだ。


「ごめんごめん、電話でも言ったけどちょっと野暮用があってね」


そう言ってお父さんはちょっといたずらっぽい笑みを浮かべる。

なぜか嬉しそうな表情だ。


「こっちはほんとに暇だったんだよ?」


「まあまあ、怒らないでとりあえず家に帰ろうよ」


「そっか、家...」


やっと帰れるのかという気持ちもあるが、そもそも家という言葉に対する違和感が多い。


「そうだよ、香太。家だよ、香太の家だからね、なんも気にしなくて良いんだよ」


安心できるように声をかけてくれるが、それでも消えきらない不安を抱きながら僕は病院の外へと出た。

そういえば病院の外に出るのは初めてだ。

そもそも感覚的には初めての外出なのだが。


「家ってここからどのくらいの所にあるの?」


「車で来てるから30分ぐらいで着くと思うよ」


そう言いながら駐車場に停まっている車を指さす。

それよりここから30分か、近いな。

そうなると病院に来るのに遅れた野暮用が気になるな。

電話では仕事ではないと言ってたが…

そんなに近いなら僕を迎えに来た後で野暮用を済ませても良かったと思うんだけどな。


まあいいか。


結局考えるのをやめて車に乗り込む。


「車に乗ったらなんか思い出さない?記憶喪失ってのはふとした事で記憶を取り戻す事もあるらしいからね」


そう言われてふと思う事があったのでお父さんに尋ねてみる。


「ねえお父さん。僕が車乗る時ってどこの席座ってた?」


そう、僕は無意識に後ろの席の右側に乗っていたのだ。


「え?普通にそこの席だけど?それがなんかあったか...?って、あ!そういう事か!」


お父さんも気付いたようだ。


「やっぱ、無意識に覚えてる事もあるのかな?この感じなら家に帰った後も色々ありそうだなぁ」


僕は家に帰るのが楽しみなるぐらいだったがお父さんはなぜかすごい喜んでる。

記憶が戻るかも知れないと思ったのだろうか。


僕もお父さんも期待を胸に家への帰路に付く。

まあ僕は不安もあったが。



--------------------



帰り道お父さんは何度も話しかけてきた。

「街を見てなんか思い出さないか?」「ここ!ここで香太昔盛大にコケたことがあってなーあの時はまだ幼稚園通ってたかな?」など、正直なんと返せばいいのか分からずずっと生返事になってしまっている。

適当に返事している間に眠くなってきてしまった。なんだかんだ待ち時間が長くて疲れてたからかなぁ...何もしないって意外と疲れる。


「ん?香太寝た?」


バックミラーでこちらを覗いて話しかけてくる。


「ん、いや、まだ起きてるよ。けど眠いからちょっと寝るね。着いたら起こして...」


「了解。とは言ってもあと15分ぐらいだけどな」


15分か...まあ少しだけでも寝よう。



--------------------



「ん...」


「あ、香太起きたか?」


「うん、おはよう」


お父さんが声をかけてきたってことはもう着いたのか。

窓の外を見る。


「ここが家...」


ふらふらっと車のドアを開けて玄関前まで歩く。


「家...か。なんか懐かしい感じがするな」


「そりゃあなぁ...香太生まれた時からこの家で暮らしてたからなぁ」


スマホを操作しながらしみじみと返してくるお父さん。


よし、とりあえず家に入るか。

ふぅ、なんか緊張するな。

なんというか初めてだけど初めてじゃないような感覚だ。


よし!入ろう!

そうしてドアに手をかけ勢いよく開ける。

ここで家に鍵がかかっていないことで違和感を感じてもおかしくなかったが、それどころでは無かったのだろう。

なんせ記憶に無いけどどこか懐かしい家に入るのだから。

そしてドアを抜けて家に入った途端。


「「退院おめでとう!!!」」


「ふぇ?」


突然の事で間抜けな声が出てしまった。


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