第34話 充実した時間
少し長めです。
「お久しぶりです、秋海さん」
「はい、お久しぶりです。急に来てもらってすいません土屋さん」
駅で数分待っていると、少し懐かしく思える人が来てくれた。
本当に久しぶりな気がする。前回会ったのは病院が最後だから、なんだかんだで一か月ぐらい経っている。
久しぶりだと少し話題に困ってしまうな。
さて、何を話したものか。
「退院後調子はどうですか?」
僕が話題に困っていると、土屋さんの方から話を振ってきてくれた。
「お陰さまで特に困ることはありませんね。少し困る程度でしたら、周りの人に救われますから」
「そうですか、それはよかったです。立ち話もあれですしどこか行きますか?」
それもそうだ、僕たちは今駅構内の壁際で話をしている。
「そうですね、じゃあ、少し行ったところに喫茶店あるのでそこに行きませんか?」
「了解です、では、そこに行ってみましょうか」
僕たちは駅を出た。
駅から五分ほど歩いた路地裏に喫茶店がある。
この間、駅周りの散策を一人でした時に見つけたところだ。
こじんまりとしているが、人も少なく落ち着く雰囲気のお店だ。
話をするのにはちょうどいいだろう。
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少し歩き、喫茶店に着いた。
「いいところですね、ここにお店があるのなんて知りませんでした」
あまり表情が変わらない土屋さんだが、少し驚きの表情に変わっている。
「この間見つけたんです。いい雰囲気ですよね」
「ええ、とても」
軽く会話をして僕たちは店内に入った。
チリリン
と、ドアベルの音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
渋くてかっこいいおじさんが、カウンターからこちらを見て挨拶をする。
店内は僕たち以外にはだれもいない。
きっと趣味でやっているお店なのだろう。
軽く店内を見まわし、奥の方の席に歩き、席に着く。
「静かで落ち着きますね」
「そうですね、とても落ち着きます」
そういい僕はテーブルの傍らに置いてあった、メニュー表を手に取る。
意外といっては失礼だがメニューは豊富だ。
僕はダージリンティーを頼むことにした。
「土屋さんはどうします?」
メニュー表を土屋さんにも見れるように持ち、問いかける。
「そうですね、ブレンドコーヒーにします」
店員さんを呼び、注文をする。
「承りました、少々お待ちください」
店員さんがカウンターに戻っていく。
「さて、今回は相談という訳ですが、何か困ったことでもあったんですか?」
「はい。友達にも相談しにくいことで…。今回頼らせてもらうことにしました」
「なるほど、という事は、記憶の事でまた何かあったんですか?」
「いえ…、記憶の事ではないんですが…」
「ほう…、では、どういった相談で…?」
「えっと…、恋愛相談…です」
「……はい?」
そりゃ戸惑うよなぁ…。
なんたって記憶の事の相談だと思っていたはずなんだから。
「恋愛相談…ですか。予想外でした…」
「すいません、こんなことで相談してしまって」
「いえ、相談自体は構わないんですが…、私でいい相談相手になるのか微妙ですね…」
「そうなんですか?」
綺麗な方だし、恋愛経験はそれなりにありそうだと思ったが…。
「はい。高校も大学も女子高で、今まで男の人とお付き合いしたこともありませんし…」
「あ、そうなんですね。少し意外でした。土屋さん綺麗だし、経験ありそうだなって思ってました」
「期待に応えられずすいません…。ですが、力になれることもあるかもしれませんので、是非相談内容を聞かせてください」
確かに土屋さんなら苦手な相談内容でも、いい相談相手になる可能性がある。
「ありがとうございます。じゃあ、事の始まりから話させてもらいますね」
「あ、少し待ってください。恋愛ごとに詳しい友人がいるので、少し連絡してみてもいいですか?」
「構いませんよ、むしろありがたいぐらいです」
「では、連絡してみますね」
本当にありがたい話だ。
恋愛ごとに詳しいのなら、最高の相談相手になってくれるだろう。
「あ、もう大丈夫です、どうぞ話してください」
「分かりました。では―――――」
まず、奏のことを話し、奏の事を好きなことを話し、奏の学校での状況やそれを改善するための策を実行し、直した事、そして、それを切っ掛けに喧嘩をしてしまった事、その内容を軽くまとめて土屋さんに話した。
「なるほど…。なんというか…凄いですね。とても辛いことがあったのにそれに負けず、そんなことしてたんですね…素直に尊敬できます」
「いえ…、そんな。僕はただ奏の事を思ってやっていただけなんで…」
「それでも、凄いですよ。好きな人のためにそこまでできる人早々いません」
「でも、それで喧嘩してしまっては元も子もありません」
「きっと奏さんもその時怒ってしまったことを後悔していると思いますよ。もし私が奏さんの立場なら後悔すると思います」
「そうだといいんですが…」
もし、そうだとしても、謝るタイミングがないんじゃどうにもならないんだけどね…。
「お待たせしました、ダージリンティーとブレンドコーヒーです」
「あ、ありがとうございます」
飲み物を持ってきてくれた店員さんに、お礼を言うと、店員さんは微笑みを浮かべ、カウンターへと戻っていく。
その時、土屋さんのケータイが鳴った。
「さっき連絡した友人がちょうど近くにいるみたいで、すぐ来れるらしいんですけど、来てもらっても構いませんか?」
まさか来てくれるとは。
これは本当に解決の糸口がつかめそうだな。
「構いませんよ、助かります」
「分かりました、では、来ても大丈夫と言っておきますね」
「はい」
「では、話の続きですが、奏さんが怒ってしまったことを後悔してる体で話していきましょう。まずは謝るタイミングですよね」
「はい…。もうすぐ学校も終わってしまうし、電話も繋がらず、メッセージも既読がついて終わりの状況なので…」
メッセージを見てくれているのが唯一の救いだろうか。
「そうなると、強引かもしれませんが家に行くしかないですね…」
「家、ですか」
「不安ですか?」
「そうですね…家まで行って無理だった時のことを想像してしまいます。できれば最終手段にしたいです」
家に行くことで、気持ち悪がられる可能性もなくはない。
そう考えると、どうしても不安だ。ここで不安がっていてもだめな気はするが、不安にはそう簡単に打ち勝てるものではない。
「……なかなか難しそうですね…」
土屋さんは顎に手を当てながら、うーんと小さく呟いている。
「ひとまず会う方法は後で考えるとして、会えてからの事考えませんか?」
土屋さんが悩んだ末にそう切り出してくる。
確かにそれがいいかもしれない。
それに、土屋さんの友人がいい案を出してくれる可能性もあるしね。
悩んで時間を無駄にするのはもったいないだろう。
「そうですね、悩んでもいい案が出なそうな気がしますしね」
「秋海さんは、自分にも非があって、奏さんにも非があると思っているんですよね?」
「はい。確かに僕が奏に何も言わずに改善策を実行したことは悪いと思っています。ですが、実際解決に向かっているというのに、一人で全部やったという理由で怒るのは少しおかしいと思います」
「なるほど、では、お互いが自分の非を認め合わなければ仲直りはできなそうですね。まずは奏さんに自分の非を認めてもらう手段を考えないとですね」
「そうですね」
でも、奏も自分にも悪いところがあったと思っていてくれていると思うんだよなぁ…。
あの時は、頭に血が上っていただけで、しっかり話し合えば大丈夫だと信じたい。
「ですが、あの時僕も盲目的になっていたので、まず自分から先に謝りたいです」
あの時の僕は奏の事を考えるあまり、逆に奏の事を考えられてなかったのだろう。
お互いがお互いの事を考えすぎるあまり、お互いの事を逆に見失ってしまったのだろう。今回の喧嘩の原因はそういう事だろう。
「しかしあれですね。秋海さんも相当ですが、奏さんもとてもやさしい方なんですね。優しいけど不器用…、そんな感じなのでしょう」
奏は優しくて不器用、それは凄くわかる気がする。
そして奏は優しすぎるんだ、優しすぎて損をする、そういう性格なのだろう。
こういってはあれだが、喧嘩をすることで、奏の新たな一面を知れた気がする。
「僕はそんなに優しくないですよ…。奏に『謝るのは自分のため』って言われて…、しかも図星だった、僕は僕のために謝ってしまったんです」
「……だから優しすぎるって言ってるんですよ…」
「え?」
土屋さんが呆れたように呟く。
そんな時ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
と、店員さんが言う。
誰か来たのかな、と思っていると、土屋さんが軽く手を挙げて声を上げる。
「友美、こっちよ」
ん?
「あ、雫~、お待たせ~…って言っても十分も経ってないぐらいなんだけどね~」
この声は凄い聞き覚えがあるぞ…?
「急に呼び出しちゃって悪かったわね、どうしても苦手な分野の話だったから…来てもらえて助かったわ」
「いえいえ~、それでこっちの子が相談……………………え?」
「あ、ども…」
「友美?どうかしたの?」
「え?いや、え?どうしても何も…、え?」
戸惑ってるなぁ…。僕の方から助け舟を出しますか…。
「えっと、土屋さん、石田先生は、僕の学校での担任でして…」
「あら?そうなの?友美」
「う、うん、そうなの」
「それにしても…、土屋さんとともちゃん先生って知り合いだったんですね」
「ちょっと秋海くん!雫の前でその呼び方やめなさい!ていうかいつの間にかその呼び方固定になってるけどちゃんと石田先生って呼びなさい!」
「ふふ、友美しっかり先生やってるのね、ちょっと安心したわ」
「まだ時々これで良いのかなって思うんだけれどね…」
いつかも言ってたな、ともちゃん先生。
僕としては理想の教師像のそのままな感じするんだけどな。
「でも驚いたわ…、まさか秋海くんがいるなんて…想定外だったわ…」
「僕も驚きましたよ…、人のつながりってどこにあるか分かりませんねぇ…」
確かに、先生と土屋さんって歳も同じぐらいだろうし…、同級生だったのだろうか。
ん?土屋さん、恋愛ごとに詳しい友人って言ってたよな…?
「あの、土屋さん…」
「何ですか?」
「恋愛ごとに詳しいってことで先生を呼んだんですよね?」
「そうですけど…」
「僕の記憶だと、先生って脳内お花畑の…」
「ちょっ!秋海くん!?忘れてって言ったわよね?」
「いやいや、あんなインパクトの強い出来事忘れられるわけないですよ」
「えー…」
「でもね秋海さん、友美は確かに脳内お花畑の恋愛経験ゼロ系女子だけど、高校の時とか同級生からの恋愛相談をことごとく解決していってたんですよ」
「え?そうなんですか?それは凄いですね」
「褒められてるはずなのに、貶されてる言葉も多い気がする…」
流石というべきか土屋さんもともちゃん先生のからかい方が上手だ。
そしてからかわれてるともちゃん先生はやはり面白い。
「というか秋海くんの恋愛相談ってことは…、凛堂さんの事?」
「はい…」
「もしかして、放送室であの後何かあった?」
「はい、あの後喧嘩になりました…」
「そう…よければその時の話聞かせてくれないかしら…」
最初、奏の事を知らない第三者に意見を貰いたくてわざわざ土屋さんに連絡したが、今となっては大人の意見を貰いたい気持ちも多い。
だから僕は先生に、喧嘩の理由と現状について話した。
「はぁ…、秋海くんと凛堂さんらしい喧嘩ねぇ…」
らしい喧嘩ってなんだよ…。
「うーん…凛堂さんの性格を考えると、気まずくなっちゃって話しにくくなってるだけだと思うけど…。メッセージを見てもらえるのなら、『○○時に○○に来て』ってメッセージだけ送ってそこで待ってみるのも手よね。来ない可能性もあるけれど…」
確かにそれはありかもしれないな。奏の性格上、人を待たせ続けることはしない気もするしね。
「ひとまず会う手段はそれでいきましょうか。可能性は低くなってしまいますけどね。それで会ってからは…」
「会ってからのことは秋海くんなら大丈夫だと思うけどなぁ~…、いつものように心にびしっとくる言葉を言って仲直りできそうな感じするけどね」
「………いつものようにって…」
僕ってそんなに口達者じゃないぞ…?
「ともかく、秋海くんは仲直りした後に凛堂さんに告白をすべきだと思うわよ」
「はい?」
急に何を言ってるんだ?
「友美…いつものようなお花畑癖が出てるわよ…」
「何よ、お花畑癖って…、今回は乙女思考じゃなくて、本気で言ってるのよ。仲直りの勢いのまま告白するのがベストと思っただけよ…、といってもこれも漫画で、こういうシチュエーションがあっただけなんだけど…」
「結局乙女思考じゃない…、まあそれで高校時代数々の恋愛を成就させてきたんだからバカにできないけれども…」
「えっと、はい、どちらにせよそろそろ告白しようと思っていたので、そこは全く問題ないです。なので仲直りのヒントを欲しいです…」
でも、話し合いとなれば正直仲直りできる気がする。
だが、仲直りするだけだ。お互いが自分の非を完璧に認めた上で仲直りしなければならない。
そこの一押しが足りないのだ。
「素直に言ってみたらいいんじゃない?」
「というと?」
「『改善策を一人でやったことは謝るけど、事実解決してるのに怒るのはおかしい』って」
「それ、大丈夫でしょうか…?素直すぎてさらに怒らせてしまいませんか?」
「大丈夫じゃないかしら、凛堂さんだし」
「私も話を聞く限りは大丈夫だと思いますよ」
「そういうものですかね…」
「きっと大丈夫よ!話し合いになったらとにかく主導権を握ってぐいぐい引っ張っていっちゃいなさい!凛堂さん押しに弱そうだし!」
先生はすでに大丈夫って思ってそうだな…。
先生がやけに僕を過大評価しているのはなんだんだろうか。
「とにかく後は秋海さんの本番の強さを信じるしかなさそうですね」
「そうね、でも秋海くん本番に強そうだし大丈夫だと思うわ。放送してた時も平然としてたし…」
「あれは横で先生があわあわしてたから落ち着いていられたんですよ」
「何よそれ…」
「とにかく大丈夫そうね、ではまだ少し時間はありますし、学校での友美についてでも聞かせてもらおうかしら」
「え?」
「分かりました、そこまで多くは語れませんが学校でのともちゃん先生について話しますね」
「ちょっと秋海くん!?」
もう少し話すことになりそうという事でともちゃん先生も飲み物を注文した。
ちなみにともちゃん先生はコーヒーは飲めないようだ。
うん、印象通りだな。
「まず、学校で先生は生徒のみんなから『ともちゃん』だったり『石田ちゃん』って呼ばれてまして――――――」
そんな感じで学校でのともちゃん先生について僕が知っている限りの事を話した。
土屋さんは微笑みながら、楽しそうに聞いていてくれた。
ともちゃん先生は常時恥ずかしそうにしていたが…。本当可愛い先生だな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
しばらく談笑していると携帯にメッセージが届いた。
『そろそろ夕飯作るけど、今日家で食べるのか?』
お父さんからのメッセージだ。
「ご家族からですか?」
「はい、夕飯作るから今日夕飯僕の分も必要かっていうメッセージが来ましたね」
「あら、もう外真っ暗じゃないじゃない、結構長居しちゃったわね」
時計を見てみたらすでに18時を超えていた。
冬だしそりゃ暗くなるわ。
「そろそろ解散にしますか?」
「そうですね、まだ話していたい気持ちはありますが、機会はいつでもあるでしょうし」
「そうね、秋海くんがいた時はどうなることやらと思ったけど、結構楽しかったわ」
「僕の方こそとても楽しかったですよ、急に来てもらったにもかかわらず、相談にも乗っていただき本当にありがとうございました、石田先生。そして土屋さんも本当にありがとうございました。急に連絡して、すぐに返信してくれて、まさか、わざわざ時間まで作ってもらえるとは思いませんでした」
「いえいえ、最初恋愛相談と聞いた時はどうなる事かと思いましたが、お力になれたようで良かったです。それに友美の面白い話も聞けましたしね」
微笑みながらそう言ってくれる。
本当に土屋さんに相談してよかった。
土屋さんに相談したからともちゃん先生も来てくれたわけだしな。
「ともかくお二人とも本当にありがとうございました。僕じゃそこまで力にはなれないかもしれませんが、何かあったとき連絡くれれば微力ながら協力させていただきます」
「あら、それはありがたいわね、秋海くんなら力になってくれそうだもの」
「そうね、秋海さんならいい相談相手にもなりそうだものね」
「……あまり期待されるのは困るんですが…」
どうしてこうも評価が高いのやら…、よくわからん…。
会計を済まして僕たちは店を出た。
ちなみにともちゃん先生の分はなぜか土屋さんが払っていた。
「今日はありがとうございました、また相談させていただくときもあるかもしれませんが、その時も話を聞いてくださればありがたいです…。そしてまたどこかのタイミングでこの三人でこの喫茶店で話とかしたいです…」
ちょっとわがままを言いすぎな気もするが別にいいだろう。
なんたって僕は圧倒的に年下だしな。
「ええ、いつでも相談してください。お話もいずれまたしましょう」
「私は学校でいつでも話聞けるから気軽に相談してもいいわよ、私も相談させてもらうかもしれないけれども…」
「はい!ありがとうございます。では、また!」
「はい、また。仲直りの件頑張ってくださいね」
「秋海くんまた来週、仲直りと告白も頑張ってね!」
そういって僕は家の方向に歩き始めた。
本当に充実した時間だった。
仲直りへの糸口も掴めそうだし、話し合いも楽しかった。
本当に、いい一日だったな。
これは、仲直りしないと二人に合わせる顔がないな。
早いかもしれないが明日奏にメッセージを送ってみよう。
冬休みになってからでは遅い気もしてしまうし。
なにより、本来の予定ではクリスマスイブに告白する予定だったのだ。
だったら明日でもいいだろう。
休日のうちに仲直りして、ともちゃん先生を驚かせよう。
仲直りしたら土屋さんにも連絡しないとな。
割と予定通りに投稿できました。
土屋さんとともちゃん先生が友達なのは初期から考えていた設定でした。
本編ではその設定は出さずに、本編終了後の後日談的なので出そうと思っていた設定でしたが、ちょうどいい機会だったので出させてもらいました。
この二人が友達同士の事に対する伏線とかは特に張ってなかったんですが、まあ、そこはプロットを書いていないので許してください。
さて、次回の投稿予定ですが、もしかしたら少し早く出来るかもしれません。
という事で9/1~5の間という事にしておきます。
投稿されなかったら、いつものってことですね。
ではでは、次話でお会いしましょう。




