第29話 教頭先生の思惑
一日遅れました。
「じゃあ、秋海くん、頑張ってね」
「はい…」
ホームルームが終わり、ともちゃん先生に声をかけられた。
はぁ…どうしてこうなったんだ…。
まあ、自分で蒔いた種が発芽したような物だし仕方ないか…。
そう思いつつ、僕は職員室に向かう。
そんな時、正面から声がかかった。
「あれ?香太帰らないの?」
「え?あ、奏」
奏が教室に向かってきていたようだ。
しまった、奏に連絡するのを忘れていた。
「ごめん、今日ちょっと用事あるから先帰っててもらえる?」
「あ、そうなの?すぐ終わるなら待ってるけど?」
「んー、すぐは終わらなそうかなぁ」
教頭先生と話すだけだからすぐ終わる気もするけど、長引く可能性がないとも限らない。
「そう?じゃあ先帰ってるね、また明日」
「うん、ごめんね、また明日」
奏はそう言って玄関のほうに歩いて行った。
僕は奏とは逆方向に歩き職員室に向かった。
どんな事聞かれるんだろうな…、正直想像もつかない。
まず、教頭先生ってどんな人なんだろう。
あれ?そういえば教頭先生って記憶の事知ってるのかな?
知っていてくれた方が話しやすいからありがたいんだよな。
そんなこんな考えているうちに、職員室についてしまった。
僕は不安な気持ちいっぱいで、職員室のドアをノックした。
「失礼します」
誰に声を掛ければいいのか分からないので、とりあえず知っている先生に声を掛ける。
体育の黒川先生だ。
「黒川先生少しいいですか?」
「ん?ああ、秋海か、なんだ?」
「石田先生にこの後教頭先生と話すように言われているんですが…」
「ああ、それか、ちょっと待ってろ」
そういって、黒川先生は職員室の奥に歩いていく。
教頭先生に僕が来たことを、伝えに行ってくれたのだろう。
少し待っていると黒川先生が戻ってきた。
「秋海、こっちだ、付いてこい」
「あ、はい」
そういって向かう先は、職員室の奥にある、隣の部屋に繋がるドアだ。
これは、校長室で話すという事だろう。
校長先生が居たりしないよな?
さすがに校長先生と話すには覚悟が足りない。
そんな僕の不安などお構いなしに、足は校長室の前まで歩いてきている。
「まあ、なんだ?緊張せずに普通に話せば大丈夫だぞ。
教頭先生、見た目は堅そうだが、結構気さくだからな」
「はあ…」
直前に迫ってきたことで、不安が更に増してきた。
そのせいで、返事が適当になってしまう。
「じゃあ頑張れよ。
ノックして返事が来たら入っていいからな」
「は、はい」
さて、覚悟を決めますか。
コンコン、とドアをノックする。
「どうぞ」
校長室の中から入室を促す言葉が聞こえた。
ふう、と一息吐き
「失礼します」
と言って、校長室に入る。
教頭先生はいかにもお堅い叔父様といった具合の外見だ。
少し怖気づいてしまう。
「秋海君、座っていいですよ?」
僕が怖気づき、入り口近くに突っ立ていると、着席を促すように椅子を指さしてくれる。
まずいまずい、しっかりしなきゃな。
「ありがとうございます」
きっと今の僕は、だれが見ても分かるぐらいガチガチだろう。
自分で、自分の言動がぎこちないと分かってしまう程なのだから。
「緊張しなくても大丈夫ですよ、説教という訳でもないんですし」
「とは言いましても、やっぱり緊張してしまいます…」
「では、緊張をほぐすために世間話でもしますか」
「え?あ、はい、分かりました」
まさか、世間話をすることになるとは…、思わず動揺してしまい、言葉がたどたどしくなってしまった。
でも、助かる。どんな話をするかは分からないが、いきなり本題を振られるよりはいいだろう。
「あ、世間話とは少し変わってしまうのですが、私は秋海君の記憶の事を知っているので、何も気にしないで大丈夫ですよ」
あ、そうなのか。
そうなると少し気にすることが減るので、ありがたい。
「それで…、記憶喪失になって、やっぱり大変でしたか?」
まあ、聞いてくるよな。
でも僕は、この質問には胸を張って答えられる答えがある。
「確かに大変でした。
目覚めた後は、何が何だか分からず、周りは他人だけ、自分でさえ他人のように感じる、そんな気持ちがありました。
正直最初は、不安以外の感情が無かったです。
ですが、支えてくださる方々がたくさんいました。
病院の人達や、家族、先生、そして友達、みんなが僕の側に居てくれて、相談にも乗ってくれました。
そのうちに僕は不安という感情が減っていました。
僕の状況を全て知ったうえで親身になって考えてくれる病院の人達。
記憶を失くした僕でも、何も変わらずに接してくれる家族。
学校という不安な環境で味方になってくれる先生。
いつも僕の側に居て、いつも一緒に笑ってくれる友達。
みんなが居たから、僕は記憶喪失という障害を乗り越えることが出来ました。
確かに記憶喪失というのは大変です。
周りにも多大な迷惑をかけてしまったと思います。
ですが私は、いい方向に変われました。
なので……、少し不謹慎な物言いになってしまうのですが、僕は記憶喪失になって良かったと思ってしまっています。
自分を変える切っ掛けになり、新しい出会いもあったので………」
今の言葉はすべて本心だ。
とは言い急に長々と話しすぎたかもしれない…。
だけど、僕の心配は杞憂で終わった。
「ふむ…。君は本当にすごいな。
長いこと教師というものをやってきたが、君のような生徒は初めてだ。
さらに、記憶喪失を乗り越えた先で、自分の友達…いや、もしかしたら大切な人なのかもな…。
その人、凛堂奏君の現状も変えようとしている。
ひとつ、聞かせてほしい。
君は記憶を失う前からそうだったのかい?」
「いえ、今とはだいぶ違っていたようです。
聞いた話ですが、僕は元々、とても消極的で、人と極力関わらないようにする、生き方をしていたようです」
ともちゃん先生や竜也の話から考えると、今言った事は正解だろう。
まあ、根は変わってないらしいけどね……。
「それは…、では、記憶喪失を切っ掛けに変わったというのは、そういうところが変わったという事か…」
「まあ、そうですね」
そうこう、話しているうちに緊張が解れている気がする。
相手に内面を話すことで、緊張が解れるだろう、という目論見だったのだろうか?
そうだとしたら、その目論見通りに行ったという事になるだろう。
「そろそろ、緊張も解れてきたかな?」
「そうですね、だいぶ楽になりました」
「そうか、では本題と行こうか」
「はい」
「まず、だ。教員は皆、凛堂君を取り巻く現状を把握している。
だが、凛堂君の意思を尊重し解決の手助けはしてこなかった」
それは前にともちゃん先生が言ってたな。
話を聞きに行っても『大丈夫です』としか言われなかったって。
「そして、今まで変わらずに来てしまった、最終的に『もうすぐ卒業だから』、『今更解決しなくても』、と暗黙の了解として教員の中で理解されてしまっている」
そうだったのか……。
でも、奏が拒否している中、無理強いをして、もし奏が嫌がってしまっては問題になるからな。
先生的にも難しい問題なんだろう。
「そんな時だ、彼女と同じく生徒である君が、解決を名乗り出た」
そうか、だから僕に話を聞きたくなったのか。
「なぜ、今解決しようと思ったんだい?
さっきも言った通り、彼女はもうすぐ卒業する、それを踏まえたうえで聞かせてくれ」
そんなの簡単だ、この間ともちゃん先生にも言ったけど…。
「逆じゃないですか?」
「どういうことだい?」
「もうすぐ卒業だから放っておいてもいい、ではなく、もうすぐ卒業だからこそ解決しなければならない、ではないですかね?」
「それは…」
教頭先生は、分かりにくいが驚いた表情になった、と思う。
「僕は奏に、笑顔で『この学校に居て良かった』といった感情で卒業してもらいたいんです」
「それだけで、と言ったら失礼かもしれないが、そのためだけに、あんな事をしようと思ったのかい?」
「そうですね、それだけですね」
「そうか……。ふふ、ふはは……、失礼、ついつい笑いが漏れてしまった。
まさかこんな生徒がこの学校にいたとはな、面白い。
石田君から聞いているだろうが、私は話を聞いてすぐに許可を出したのだよ。
それは、こんな突飛な発想が浮かぶ人なら、失敗はしないだろうと思ったからなんだよ。
そして今話をして確信した。
君は成功する。
君の目に宿る光が成功を物語ってるよ」
「…………」
僕は思わず無言になってしまう。
まさか、教頭先生が僕の事をここまで買ってくれているとは…。
「だから私は賭ける事にしたよ。
凛堂奏の現状を変える最後の一手にね」
「はい、是非賭けてください。
ここまで来たら1つも手を抜きません。
全力でぶつかり、全力で解決します」
「ふふ、期待しているよ」
僕は教頭先生の目を力強く見据え、頷いた。
そして、僕は教頭先生と実行する日時を決めた。
実行は明日、昼休み。
早いかもしれないが、遅いよりはいいだろう。
準備は終わっているんだから。
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「あら?秋海くんじゃない」
校長室から出たところで、ともちゃん先生に話しかけられた。
あ~、ともちゃん先生を見ると落ち着くなあ…、緊張の糸が解れる…。
「な、なに?どうしたの?」
「あ、すいません、緊張しっぱなしだったので、先生を見て心を落ち着かせていました」
「な、なによそれ…」
なぜか、ともちゃん先生が黙り込んでしまった。
話を切り出すのは得意ではないので、こういう状況は苦手だ。
「そ、それで、どうだったの?」
「まあ、話は円滑に進みましたよ。
実行自体は、明日になりましたし」
「え!?明日!?」
まあ、そりゃあ驚くよな。
でも、僕は奏の誕生日までに終わらせたい気持ちがあるんだ。
そのためには、明日か明後日に実行しなければならない。
明々後日は奏の誕生日である14日なのだから。
「実行は早い方がいいですからね。
準備は終わってるんですし」
「まあ…そうだろうけど、心の準備は大丈夫なの?」
「それは、愚問ですね。
覚悟なんてとっくに決めてましたよ」
「やっぱりすごいわね。
でも、無理はしないようにね、何かあったらすぐ言うように」
「はい、ありがとうございます」
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「ただいま」
いつもの言葉を言って玄関のドアを開ける。
お父さんはまだ帰ってきていないので、当然返事は返ってこない。
今日は何だかんだで疲れたな。
肉体的疲労はほぼ無いが、精神的疲労が結構なものだ。
部屋に戻ってきた僕は、倒れるように布団に寝転んだ。
そんな時、スマホの着信が鳴った。
なんとなく誰からの着信か予想できた。
僕はスマホの画面を見ないで、電話に出る。
スマホを耳に当てたら、予想通りの声が聞こえてきた。
『あ、もしもし香太?今大丈夫?』
「大丈夫だよ、どうかした」
予想通り奏からの着信だった。
『いや、ちょっとね…香太と話したいなーって思って……ごめん!迷惑だったよね…?』
「そんなことないよ、僕も奏と話したいと思ってたし」
電話の着信を奏だと思ったのは、着信が奏からであってほしいと思っていたからだろう。
『そ、そう?ならよかった』
そのあと僕たちは他愛もない話をつづけた。
いつも、帰宅中に話すような本当に何でもないような話。
だけど、僕にはその何でもない時間がとても幸せに思える。
これからもこの時間が続いてほしい、心の底からそう思っている。
そう思っていたからか僕は、ふとした拍子に呟いてしまった。
「やっぱり好きだなぁ…」
『ん?ごめん、聞こえなかった』
「え?僕今なんか言ってた?」
『はっきりとは聞こえなかったけどなんか言ってたよ?』
そして僕は自分の思考を遡る。
そのうち、自分が何を口走ったのかに気づき、顔が熱くなる。
聞こえてなくてよかった、そう思った。
でも、心のどこかで聞こえていれば、とも思っていた。
それは僕が、面と向かって気持ちを伝えることを恐れている証拠だろう。
「あ、ごめん、夕飯の準備しなきゃいけないからそろそろ電話切るね」
『了解~、また明日ね」
「うん、また明日」
そして、電話が切れた。
直後、僕は布団に顔を沈めた。
「やばかった、今のは本当にやばかった」
心の底からそう思う。
よく、平静を保って電話を切れたものだ。
切った瞬間、ここまで顔が熱くなる状況だったのに。
自分を褒めたい。
よくぞ平静を保ち切った。
「夕飯の準備して気を紛らわすか」
僕は立ち上がり顔を軽くたたいて、部屋から出た。
明日は改善策実行の日なのだ、気合を入れて学校に行かねばなるまい。
「今日は早寝しようかな」
そう呟いて僕は冷蔵庫から食材を取り出し始めた。
次回やっとのことで改善策を実行します。
本来の予定ではとっくにやっているはずだったんですが、話が思ったよりも、膨らんでしまいまして…(笑)
そういう訳で、次回は長くなり、多視点になると思われます。
苦手な方は頑張ってください(笑)
出来るだけ分かりやすくはするので。
昨日とあるイベントがありギリギリ執筆の現状では間に合わせることが出来ませんでした。
そして、次回の投稿は休ませてもらうかもしれません。
次回の内容を考えるのに時間が掛かりそうなので…。
そしてさらに言わせてもらうと、別の小説も書き始めてるので、結構きついんですよね。
という事で次回の投稿予定はいつも通りの日曜14時にしますが、投稿がない可能性大です。
次回の投稿予定は5/6です。
遅れた場合はそのまま5/13になると思っていてください。




