人間は外見より中『身』
「お客様、最新のスーツはこちらになります」
「んー……」
紳士服売り場で美人の女性店員に勧められて色々試着してみたが、これといってピンとくるものがなかった。一応俺も来年は就活生だ。ビシッと決めて、さっさと就職戦線を離脱したい。
「ねえ? そっちのスーツはどうなの?」
「はい。こちらは高機能体育会系男子スーツとなっております」
彼女が指差したのは、筋肉質な若い男性……の外観を模した被り物だった。
「基本的なスペックは、身長180センチ。体重70キロ。筋力に関してはオリンピック選手並みとなっておりまして。追加オプションで、顔をさわやかイケメン風にすることも可能です。今、若い男性に人気のスーツでございますよ?」
「ふうん。でも、お高いんでしょう?」
「基本スペックを落とせば、もう少しお安くすることは可能でございます。一番コストがかかるのは顔周りですので、フツメンタイプのフェイスパターンにしてはいかがでしょう?」
「それじゃダメだ。就活で第一印象は大事だもん。フツメンなんて即お帰りくださいコールだよ。うちの兄貴なんて、顔が普通だからってエントリーシートも通らなかったんだ。ひどい世の中だよ。人間顔より中身なのにさ」
「おっしゃる通りでございます。人の価値はアディショナルスーツのスペックではありません。それを扱う中の人です」
時は24世紀。科学万能の時代は人の生活を豊かにし、その代償として人の肉体は徐々に退化していった。さらに環境汚染は深刻化し、地球温暖化も絶賛継続中。過酷な地球環境に適応するために人々は、外出時には酸素供給と紫外線除けのために保護服を着用するようになった。
さらに、退化した肉体の運動能力を補うために開発された補助アシストスーツの技術と融合して、第一世代のアディショナルスーツの原型が完成。そこからいくらかの技術革新とかあって、ファッション性も加味された第二世代が登場。まだまだ富裕層のごく一部にしか普及していなかったアディショナルスーツも、20年の時を経て庶民の生活必需品の仲間入りを果たした。
アディショナルスーツは一見すると着ぐるみのような代物だけど、着れば体にジャストフィットして体型を補正、身体能力の向上など様々な恩恵を人間に与えてくれる。
さらにこいつのすごいところは、ビジュアルを自由に設定できるってところだ。今俺が来ているスーツは、一般的な20代男性の平均的な外見と能力のいわゆる量産型。ちまたじゃ、モブスーツって呼ばれてる。近所に買い物に行くときとかだいたいこれね。
で、ちょっとお高めの能力とまあイケメン? レベルのビジュアルのスーツが家に二着ほど。冠婚葬祭ん時とか、むだに美男美女が多いのは見栄っ張りが多いのよね。
花嫁スーツとかマジでお姫様かどこぞのグラビアアイドルみたいなのしか出てこない。デブ専ブス専のダンナにせがまれてそういうマニアックなスーツで挙式したら、それだけで一躍有名人だよ。悪い意味でね。まとめサイトにのっちゃうね。
「ビジュアル特化のスーツも見せてもらえる?」
「はい。こちら、ダンディータイプのスーツでございます。ただこのスーツ、ビジュアルのみに特化しておりますので、筋力は小学生男子程度となっておりまして。力仕事や運動時には、お着換えいただく必要がございます」
「それだめじゃん。他は?」
「こちらは可愛い系男子スーツでございます。オプションで男女兼用のスーツにすることもできますよ? 夫婦共用や兄妹で着回しできる点が非常に高評価を得ており、リーズナブルでございます」
「それ持ってるよ。ていうか、この前親父が女性体型にしてスカートはいてるの見ちまったんだ。できれば男性限定がいいね。スカマとか思われたらやだし」
男性が女性用アディショナルスーツを着て女性のように振る舞うことを、世間ではスカマと呼ぶ。ネカマのスーツバージョンみたいな感じだ。
「左様でございますか。でしたら、こちらのクール系イケメンスーツはいかがでしょう? 今でしたら3着で2着のお値段になりますが。さらに当店でお買い上げいただくと、デフォルトで歯が白く輝くエフェクトが追加されます」
「それにしようかな。スペアは多い方がいいし。歯も白い方がいいに決まってる」
見た目は申し分ない。値段も予算範囲内。うん、これにしよう。
そして俺は、就職最前線へと身を投じた。が、すぐに俺は後悔したのだ。
なんせ集団面接の10人中10人が、クール系イケメンだったからだ。それも面接官3人も、である。
「では、右の方から自己PRをお願いします」
面接会場にいた13人の歯が白く輝いていた。