11 天災(1921)
1921年11月25日、皇太子裕仁親王が摂政に就任した。
ただし俺、中浦秀人はワシントン会議の全権使節団の一員だから、様子を伝え聞くのみだ。何しろ片道二十日近いから、電信に頼るしかない。
ちなみにラジオ放送だがアメリカでは約一年前に開始されており、最初のニュースはウォレン・ハーディングが当選した大統領選挙だそうだ。それまでにも不定期な放送や実験的なものはあるが、定期的な放送は1920年からとされている。
そして日本だが、少々遅れて1925年に社団法人東京放送局が開局する。これは後のNHK東京ラジオ第1放送だが、まだ出力が220Wと弱く東京市内を出ると聞き取りづらかったという。
もちろん軍用無線など強力なものはあるし、実験レベルなら1901年にマルコーニが大西洋間の通信にも成功している。
マルコーニは1920年にイギリスでラジオ局を開き、しかも6kWや15kWの送信機を使ったから条件が良いときはカナダまで届いた。ただし軍用無線との混信が問題となり、同年秋に一旦放送中止となった。
しかし波長の割り当てや出力制限など整備が進み、今年の秋頃から米英で相次いでラジオ局が誕生している。そのため日本の全権使節団にも、今後の参考にすべくラジオを聞く者が多い。
既に音楽番組などもあるし、キリスト教圏らしく教会の日曜礼拝などの中継もある。しかも演劇やスポーツの中継まであり、およそ考えうるジャンル全ての原型が出来上がっていた。
これはラジオ放送の多くが受信機の拡販を目的とし、電機メーカー自身や子会社による強力な体制で運営されていたからだ。
このころは家具調の大型受信機が流行っており、それらは労働者階級だと年収の四分の一に相当するか超えていた。つまりラジオ局には力を入れる価値が充分にあり、ニュースや天気に時報など実用面のみならず娯楽面も追求されたわけだ。
とはいえ日本の摂政宮誕生は、アメリカのラジオだと当日の模様を少し紹介しただけという扱いの小ささだ。王や貴族のいないアメリカだけあり、多くの者にとってはどうでも良いことらしい。
しかし会議の参加国は、とあるエピソードに注目した。それは就任の直後、皇太子殿下が語ったとされる一節だ。
殿下は摂政就任のとき『今年の大雪は厳しいから気を付けるように』という意味の言葉を添えた。これを何らかの暗号だと各国は睨んだのだ。
「タイセツとは12月8日ごろのことだそうですね?」
「ええ、『precious』や『important』ではありません。一年を二十四に分けたとき、冬至の一つ前に来るものです」
興味深げな表情のアメリカ外交官に、俺は歓談の場に相応しく冗談を交えつつ説明していく。
大雪とは二十四節気の一つで冬至の前だ。そして今年、つまり1921年の場合だと12月8日である。
「おお、そうでしたか!」
質問者を含め、大雪と同音の単語を調査済みらしい。周囲の人々は儀礼混じりの笑い声で応じる。
「ですが日本にとって『大切』な日にもなるのでは?」
今度はフランスの使節の一人だ。
ワシントン会議に対する指示なら、来月上旬あたりで何か起きるのか。雪が激しく降り始めるという意味からすると、北のロシアか満州を示しているのでは。そのような言葉があちこちで囁かれている。
元々会議の参加国は日本・イギリス・アメリカ・フランス・イタリア・中華民国・オランダ・ベルギー・ポルトガルの九つだった。
しかし俺達の働きかけでロシア共和国が加わり、十カ国となった。そのためロシアに関する暗号という意見も、かなりの割合を占めている。
「皇太子殿下の御心を量るなど、畏れ多いことです」
俺は真実を知っていたが、もっともらしい言葉で韜晦する。
ある程度でも教えたのはアメリカとイギリスの最上層部のみで、しかも具体的なことは伏せている。ましてや他国の者がいる場で、迂闊なことを言えるわけがない。
「太平洋に関する取り決めは上手く纏まりそうですね」
「ええ、喜ばしいことです」
イタリアの外交官は、セバスチャンこと瀬場須知雄へと話を振る。
隠密のセバスチャンから探るなど不可能に近いが、もちろんイタリアの外交官が知るはずもない。それに大使館外だと彼は太めの優しげな男に変装するから、俺よりも組しやすそうに映ったのかもしれない。
太平洋の島嶼に関する条約の詰めは順調だが、残る海軍軍縮条約と中華民国分割が揉めていた。ただし本当に紛糾しているのは最後の一つのみである。
日英米は事前に調整済みだから、このころには四カ国条約に合わせて三国同盟が結ばれるのは確定していた。そして海軍軍縮条約も比率に関しては三国間で合意済み、ただし国民が最も注目するところだから駆け引きを演じているだけだ。
しかし十カ国条約と呼ばれるはずのもの、中華民国の分割については大きな進展がない。もっとも向こうの立場なら当然のことで、このままでは決裂するかもと多くの者は噂している。
「原首相もお喜びでしょう。実は私、日本に訪問したときにお会いしたことがありまして……」
どこか懐かしげな表情で語り始めたのは、インドから来た男性だ。元の歴史も同じだが、イギリスは英連邦としてカナダ・オーストラリア・ニュージーランド・インド・南アフリカの代表者を同行したのだ。
先に挙げた三つは環太平洋諸国だから関係はある。それに対し残るインドと南アフリカは大英帝国の威信を示すために伴ったようだ。
「帰国したら伝えます。いつごろ来日されたのですか?」
セバスチャンに話し相手を任せ、俺は少しばかり物思いに耽る。
原敬首相は、11月4日の暗殺事件を無事に乗り切った。歴史改変による揺らぎがあるかもと警戒を続けているが、俺も大丈夫ではと思いつつある。
とはいえ原首相に何かあったら謎の予言者の権威失墜は必定、会議の行く末が狂いかねない。
そのため警備を通常体制に戻すつもりはないし、首相当人も国の命運が懸かっているから不自由を受け入れている。
「あれは九年前、1912年の11月……そちらでは大正元年と呼ぶのでしたね」
「すると原が内務大臣を務めていたころですね」
インドの男性とセバスチャンは楽しげに言葉を交わしている。どうやらセバスチャンは大雪の件から話を転ずる契機としたようだ。
今日はここまでと思ったのだろう、囲んでいた人々もセバスチャン達の会話に加わっていく。
◆ ◆ ◆ ◆
月が改まり、12月6日に大西洋の反対側で一つの条約が結ばれる。英愛条約、つまりイギリスとアイルランドの間で結ばれたものだ。
ただし本来の歴史とは異なり、アイルランド島の全てがイギリスの自治領アイルランド自由国になるというものだ。これは俺が後々まで続く両者の激しい抗争をイギリス側に明かしたからだ。
果てしなく続く戦いを終わらせるには、島全体をアイルランドのものにするしかない。そう考えて俺は譲歩を勧めたが、イギリスが受け入れるまでには多くの紆余曲折があった。
しかし俺の示した未来情報が次々と現実となったから、イギリスはアイルランド全体を自治領とした。
その結果イギリスは、『グレートブリテン及びアイルランド連合王国』から1801年までの『グレートブリテン王国』に国号を戻す。つまりイギリスが『UK』という略称で呼ばれることは無くなったわけだ。
おそらく将来のISO略称や名称のようにGBやGBRを使うのだろう。
それはともかくアイルランドへの破格の譲歩は、ここワシントン市でも大きな驚きと喜びで迎えられた。イギリスが範を示したのだから、次は中華民国というわけだ。
参考人として渡米したモンゴルやチベットなどの人々は、民族自決の例が一つ増えたと。英連邦内の各国は、自治の強化や完全独立への流れが加速すると。そして中華民国以外の正式参加国は、これで一気に押し切ろうと。日本を含めて互いに笑みを交わしあう。
しかも二日後、更なる知らせが東京から入った。それは竜ヶ崎地震という茨城県南部を震源とする災害である。
「12月8日……もしや日本のプリンスは、このことを?」
「そうかもしれませんな。すると謎の予言者とはプリンス自身……いや、側近あたりでしょうか?」
会議場の各所では、このような囁き声が繰り返される。しかし先日とは違い、日本の使節団に直接聞こうとする者はいない。
このような重大事を他国に明かすはずがないと、誰もが察したのだ。
「やはり海原地震を当てた日本の予言者は……」
「ええ。二度目となれば、偶然で済ますわけにもいきますまい」
中華民国の全権団は、まるで悪い夢でも見たような血の気の引いた顔ばかりだ。
日本の予言者……つまり俺は昨年12月16日の大地震を半年以上も前に中華民国の公使に伝えた。尼港事件のとき、未曾有の災害を教える代わりにニコラエフスクからの撤退を要求した一件だ。
「今回の地震は随分と小規模だが……」
「それを当てるのだから、ますます不気味だな」
中華民国側には、前回との違いに戸惑う者もいた。
海原地震はマグニチュード7.8、死者と行方不明者を合わせて二十万人以上の歴史的大災害だ。それに対し竜ヶ崎地震は本来の歴史では死者ゼロで、現時点までに入った情報でも命を落とした者はいないようだ。
ちなみに俺の知っている二十一世紀の情報では、マグニチュード7.0以下とされている。それに電信では最も揺れたところでも強震、つまり震度4としていた。
この規模の地震を俺が知っていたのには理由がある。それは物理学者で随筆家でもある寺田寅彦の作品『断水の日』を知っていたからだ。
この『断水の日』というのは竜ヶ崎地震で東京市の水道が破損し、丸一日も水道が使えなかったことを記した随筆だ。これは断水が本題ではなく都市技術の在り方に思いを馳せた作品で、読んだときに大いに感銘を受けた。
しかも俺が生まれる前に没後五十年を過ぎて著作権が消滅しており、スマホにダウンロードしていた。そのため大正時代に来てからも、地震が起きた日を含め確認できたのだ。
そこで皇太子殿下の御言葉に意味深な一節を入れてもらい、日本の中枢に予言者がいると演出をした。
もちろん殿下には意図をお伝えし、これが将来への大きな布石になると御理解いただいた。居候している屋敷の主、閑院宮載仁親王を通してお願いしたのだ。
ちなみに全てを知っているのは他に原首相と加藤友三郎海軍大臣、そしてセバスチャンのみである。
「大雪と重なったのは幸運でしたね」
「ああ。妙なことと関連付けるわけにもいかないし……。それに次の備えを確かめられたのも大きいな」
耳打ちするセバスチャンに、俺は他には届かない程度の声で応じる。前半もそうだが、後半も他に聞かれては困るからだ。
「後は大使館に戻ってからで」
加藤海軍大臣が、俺達に声を掛ける。
既に会議自体は終わっており、そこに竜ヶ崎地震の知らせが入ってきた。各国の反応を窺うために残っていたが、もう充分だと加藤海軍大臣は考えたのだろう。
確かに長居したら、どうにかして聞き出そうとする者に掴まるだけだ。そこで俺を含む日本の全権団は、ざわつく会議場を足早に後にした。
ただし幾つかの国は目ざとく気付き、建物を出るまで小一時間も費やした。そして俺達は先日のように誤魔化しに終始したから、大使館に向かう車に乗ったときには思わず溜め息を吐いてしまったくらいだ。
◆ ◆ ◆ ◆
おそらく今回、東京市の断水は起こらない。二年後の関東大震災に備え、水道設備の耐震強化も進めたからだ。
『断水の日』では水道の破損を淀橋付近、二十一世紀の新宿区西部としている。そこで淀橋浄水場からの水道網、特に幹線となる部分の検査と補修を優先させた。
寺田博士は東京全市が断水になったと書いたから、該当する箇所は絞られる。しかも以前から亀裂があったそうで、場所の特定は容易だった。
関東大震災では水道網の破損で消火用水が不足し、火災の広がりを防げなかったらしい。
密かに進めている対策プロジェクトだと大震災の当日はガスを止める予定だし、ガス灯から電灯への移行も前倒しにしている。とはいえ何らかの火は出るはずで、後のことを考えても強固な水道網は必要不可欠だ。
「……天災は備えがあれば憂いなし、ですね」
「元の歴史では『天災は忘れた頃にやってくる』でしたな」
俺の言葉に応じたのは、首席全権たる加藤海軍大臣だ。
これは寺田博士の言葉とされているが、そのものは著作に記されていない。もっとも弟子の学者達によれば度々口にしていたそうだし、同じ意味合いの文は寺田博士が残した作品に含まれている。
実は大正時代に来てから何度か寺田博士と話す機会があったが、そのときも過去の事象から学ぶことの大切さに触れていた。そのため一言一句同じではないが、寺田博士が残した教えだと思っている。
「ええ……ですが元の言葉も後世に伝わるかもしれません」
地震自体は防げないからと俺が暗に示すと、加藤海軍大臣を始め集まった人々の顔が引き締まる。
ここは大使館の奥まった一室で、他には三人しかいない。まずは残る全権委員の二人、公爵の徳川家達と駐米大使の幣原喜重郎。そして最後は諜報代表、隠密のセバスチャンだ。
関東大震災に関しては極秘中の極秘だし、他の未来知識も不用意に触れるわけにはいかない。そのため俺達は、ここでの会話ですら直接的な表現を避けている。
「今後も今村博士と共に活躍するでしょうからな」
徳川公爵は先々を思ったのか顔を綻ばせる。
寺田博士にも震災対策プロジェクトに加わってもらった。このプロジェクトの責任者が地震学者の今村明恒博士、1905年の時点で東京で半世紀内に大地震が起きると予測した碩学である。
元の歴史でも二人は共に関東大震災の調査をしたそうだ。
寺田博士は物理学の専攻で『X線の結晶透過』の発表などが有名だが、随筆で触れたくらいで地震学にも興味を抱いていた。そのためだろう、関東大震災の調査後に東京帝国大学地震研究所の所員も兼務したという。
加えて日本の原子物理学を発展させるためにも、俺は早くから寺田博士と会う機会を作ってもらった。寺田博士は来年のアルベルト・アインシュタイン訪日の際に聴講し、歓迎会にも出席すると知っていたからだ。
歴史がどういう方向に進もうが、いつかは原爆が作られるだろう。そして日本が敗戦国にならなければ、抑止力として持つのは間違いない。
原爆は恐ろしい兵器だが、それを少しでも実感できるのは現時点だと俺だけだ。それなら出来るだけ正しい姿を広め、適切に扱ってもらうしかないだろう。
もっとも今はワシントン会議を乗り切るのが先だから、俺は別のことを口にした。
「ところで中華民国ですが……」
「はい、これで会議も動くでしょう」
俺の視線を受け、セバスチャンが語り始める。
会議場を去るとき、中華民国首席全権の施肇基や側の主要人物は明らかに放心状態だった。彼らは部下達が何度か呼びかけ、ようやく顔を動かしたほどである。
「易姓革命を含め、彼らの思想の根幹ですから無視できません。『天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず』で言えば、少なくとも二つは我らにあるのが明らかですし……もちろん人の和も我らが上ですが」
セバスチャンは孟子の一節を引用する。
忍術には遁甲術の影響もあるそうだが、そのためかセバスチャンは中国呪術や占術に関しても詳しかった。もちろん彼は超常の術など使わないが、ある種の教養として習ったという。
とはいえ相手の思想を知るのは重要で、今回の件でも彼の見解や推測を多く取り入れた。
中国では古くから、風水や吉日が重視されている。そして大軍閥を率いるほどの人物でも、気にする者は多いという。
自宅を造るときに風水師の言葉に従うくらいは当然、それどころか鉄道を引いたり都市を造ったりという大事業も左右された。これは二十一世紀も同じで、中国人は風水的に好ましい建築にしようと腐心する。
それに易占や天文道なども広く知られ、ある種の指針となってすらいる。そこで俺達は、これなら的中率の高い予言を無視できまいと考えた。
『天の時、地の利、人の和』だが、天災の予言は時を読んで地を知ったとも表現できる。それに遁甲では二十四節気や干支を占いに用いるから、大雪に合わせての予言は意味深に感じただろう。
たぶん中華民国の使節団は、諸葛亮孔明のような天地すら味方にする相手、奇門遁甲を極めた存在がいると受け取ったのではなかろうか。
「しかし前時代的ですな……」
「ここアメリカのエジソンも霊界などを研究しておりますし……いや、私は信じておりませんよ」
呆れたような徳川公爵に、幣原駐米大使は西洋もさほど変わらぬと示した。
発明王エジソンは1916年ごろから霊界との通信に取り組み、亡くなる1931年まで研究を続けたという。ちなみにサイエンティフィック・アメリカン誌が1920年10月号で興味半分の特集記事を組んだくらいで、このころ彼が本気で研究しているのは間違いない。
このように二十世紀初頭の欧米でも、オカルトや超能力を信じる者が多かった。
もちろん科学の力で迷信を打破しようという者も多い。しかしシャーロック・ホームズの産みの親アーサー・コナン・ドイルにも心霊研究家の側面があるように、神秘主義は結構な影響力を誇っていた。
「今の科学で解明できないことがあるのは確かですよ。私を見れば御理解いただけると思いますが」
「確かに……我々の知ることなど、真理の一部に過ぎませんな」
俺の存在は、タイムスリップという説明不可能な事象がある証拠だ。言葉の裏に隠された意図を、加藤海軍大臣は読み取った。
もちろん他の三人も同様で、ほろ苦い笑みを浮かべていた。
◆ ◆ ◆ ◆
翌日から、会議の様子は一変した。中華民国が徹底抗戦から妥協点の模索へと方針を切り替えたのだ。
向こうは俺達の手札を読めないから、際限のない疑心暗鬼へと陥ってしまったらしい。
俺達が何かを発言すれば、その裏を読もうとする。こちらの肩を持っているのが明らかな英米でも同様である。
逆に何も言わなくても、沈黙の陰には策ありと悩むらしい。つまり自縄自縛で動けなくなった状態だ。
こうなると、要求を受け入れつつ最大限の譲歩を引き出すのみ。中華民国側の意気消沈も明らかな顔には、そう書いてあるようだった。
そして12月13日、ついに最初の条約が調印される。それは日英米仏の四国同盟である。
フランスは勝ち馬に乗ると決断したのだ。
フランスは日英同盟に理解を示し、それどころか維持拡大を望んだ節すらある。
元の歴史だと代表のブリアン首相兼外相は、日英同盟を廃する場合は必ず代わりの協約を結ぶようにと徳川公爵に勧めたそうだ。
とはいえ日英のみの同盟継続を、アメリカが許すはずはない。つまりブリアンが望んだのはアメリカを含んだ積極的な協力関係、今回結ぶ同盟内の相互協力および安全保障を謳ったものに近かったのではないだろうか。
四カ国条約は太平洋の現状維持に限定され、協力的な意味合いは薄かった。しかし今回の四国同盟には自動参戦規定があり、締結国が同盟外の国と交戦したら助ける義務がある。
もちろんブリアンは日本に同情したのではなく、再びの世界大戦を避けるには国際協調をと考えたのだろう。要するに、太平洋地域の安定が自国の繁栄に繋がると判断したのではないか。
同じくイギリスも最初は日英米の三国同盟を望み、代表のバルフォアが提案した。元々の流れでも、日米が歩み寄れば平和的発展があると考えた者が複数いたのだ。
しかし日本は協調を良しとせず、独立独歩を貫き続ける。なんという視野の狭さかと思うが、開国から半世紀少々では無理もないのだろう。
「人が良いですね。彼らは中華民国への包囲強化、つまりフランス領インドシナの安全と拡大を望んだだけですよ」
セバスチャンは冷やかしめいた表情で囁く。おそらく彼は、俺の憂いを察したのだろう。
「無粋なことを言うなよ……今は調印式だぞ?」
俺も同じく小声で応じる。
もっともセバスチャンの予想通りだとしても、それはそれで構わない。中華民国の縮小は、同時に共産化抑止への布石でもあるからだ。
ロシアが後押しするモンゴルやウイグルは共産化するだろうが、満州や南側には広がらない。中華民国自体がどうなるかは分からないが、これは今後の課題で良いだろう。
少なくとも俺が知る二大共産国家の誕生は防いだ。そして東南アジアが大国同士の戦いに巻き込まれるのも……こちらは穏やかな独立への誘導が残っているが、やはり今ここで案じても仕方がない。
そのため俺は顔を綻ばせる。そして調印が終わったとき、俺は誰よりも大きな祝意を贈ろうと両手を打ち鳴らし続けた。
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