第9話 シュガー2 東海 (トウカイ) の応答
いつかの時、どこかの応接室で。
ソファーに座った東海が、対面のイスへ座っている◯◯◯と会話をしている。
「うまくできないことばかりでした」
◯◯◯の事務所にある、来客用の応接室の中で2人は会話を交わす。
簡素な部屋の内装とは違い、東海が座るソファーだけは妙に高級そうな見た目をしている。
「最初は対象の人が怖くて」
東海と対面する◯◯◯はと言えば。ひと目で安物と分かる背もたれ付きの木製イスに座っていた。
応接室に通した相手と話すにしては、ずいぶんと楽な姿勢をしている。
「えと、もちろん梱包されてて、対象の顔や見た目は分からないんですけど。でも、どうしても怖くて」
当時を思い出しているのか、東海の瞳はどこか遠くを見ているようだ。
窓から差し込んでくる日光を受け、東海のピンク色の髪が淡く輝く。
「手が震えて、狙いを外してしまって、何度も『コレ』で殴る必要があって」
そう言いながら東海は、右手に持っていた『コレ』を持ち上げる。
東海が『コレ』と呼んだモノは――ほんのり赤く染まった釘バットだった。
シンプルな作りの木製バットに、ところどころ錆びて曲がった釘が無造作に打ち付けられている。
東海の可愛らしい容姿とはまるで接点が見当たらない。なんとも凶悪な見た目をしたバットだ。
「あ、こんな見た目してますけど、実際当たっても痛くないんですよ?」
東海はいたって明るく元気よく、凶悪な見た目のバットを振るった。見た目ほど重くないのか、風切音が優しい。
「ただ、梱包された対象を押さえつけて、動かないようにしてくれてる宇土さんに申し訳なくて……自分の魔法なのに上手く扱えなくてごめんなさいって、何度も謝って謝って」
この場に居ない宇土に向けて、東海は何度も頭を下げた。座ったままの姿勢で、上半身だけを前に倒す。そんな東海の動きから数瞬遅れて、モコモコと膨らんだピンク色の髪が前後する。
「そんなワタシですけど、皆に助けてもらったおかげで、今ではそれなりに上手くできるようになりました!」
一度頭を下げた姿勢から、一気に東海は頭を上げる。
昔◯◯◯が勧誘した時とは違い、自分に自信が付いてきたのだろう。東海は昔と比べて、目に見えて明るくなった。
「最近は白い布に梱包されてる上からでも、対象の性別や年齢層がだいたい分かりますし、一撃で眠らせられるポイントの割り出しも、うまくいくようになったと思いますっ」
知らない人が聞いたら驚きそうな言葉を軽々と言い放ち、東海は嬉しそうに笑う。
東海は長い前髪の合間から、大きな瞳を覗かせた。◯◯◯の顔をじっと見つめてくる。
「『初対面の人相手だと緊張して上手く話せないのを治すため』の方は……まだもうちょっと時間かかりそうですけど、『上手く魔法を自分でコントロールできるように』の方は、うまくいくようになりました!」
初対面の相手と接する時、今の東海はどんな反応をするのか。それは◯◯◯には分からない。なぜなら◯◯◯は、東海と初対面ではないからだ。
◯◯◯と会う時の東海は、ハッキリと自分の考えを述べる利口な子にしか見えない。今目の前にいるこの子が、初対面の相手だと途端に口ごもると言う。なんとも信じがたいことだ。
褒めてもらいたそうな顔を隠さない東海を見て、◯◯◯は小さく笑った。
そしてどこかほっとした風に息を吐いた後、東海へ話しかける。
「なんか明るくなったな」
「そう、でしょうか?」
「ん。紹介するだけであんまり関わってない俺が言っても駄目かもだけど」
「いえいえ! 本当に……シュガー&ソルトを紹介してもらえて、カケルさんには感謝してますっ」
そんな、東海とカケルが楽しそうに話す応接室のドアには。
大きな文字で『シュガー&ソルト』と。そう書かれていた。
――◇――◇――◇ シュガー2 → Anotherシュガー ◇――◇――◇――
カケルは警官たちに案内され、裏路地を進んでいく。そして件の現場――シュガー&ソルトの前にたどり着いた。
「……あー……」
分かってはいるが一応確認しておこう。そう考えたカケルは窓のないドアへ打ち付けられた看板を見直した。たしかに看板には『シュガー&ソルト』と書かれている。
「だよなー……ヤスさんになんて説明しよう……」
カケルは右手で首の後ろを掻きながら、おっくうそうに店の中へと入っていく。
「おおカケル! 遅かったな」
店の中に入ってみれば。何やらヤスと警官隊数名が、通路の奥にあるドアへ貼り付いているのが見えた。
「ヤスさん何やってんですか?」
「それが……なっ……このドアが……なっ! ……開かなくてだな」
「なるほど。開かないドアを開けようとしてるんですね」
「そう……だっ……通報があったのはな、このドアの先みたいなんだ。だからなんとかし……って! ドアを開けようとしてるんだがな……」
ドアノブを掴んだまま、ヤスは押したり引いたりを繰り返す。しかし一向にドアが開く気配はない。
カケルが様子を眺めるうちに、ドアノブを回す人員が1人、また1人と増えていく。
ドアノブに集まる人数が10を超えた。狭い空間に野郎たちが密集し、小さなドアノブを無理やり掴み、必死にドアを開けようとする。
「いや、絶対開けにくいでしょソレ」
カケルのつぶやきに誰も反応しない。警官隊もヤスも、ドアを開けるのに必死だ。
「言い出せる雰囲気じゃないな……」
どうしたものかと、カケルが思案していると。
ヤスがドアノブから手を離し、一度大きく深呼吸をした。
「……よし! 総員、店の外まで退避。俺がこのドア吹き飛ばす」
「分かりました」
「外にいる連中にも伝えてきます」
ヤスからの指令を受け、警官隊が次々に店外へと走り去っていく。
警官隊が全員店外へ出たのを確認した後、ヤスは左手に光を灯した。自らの魔法を使用するつもりなのだろう。
ヤスが灯した光の色は、赤。
「えっ」
カケルが驚く中、ヤスの手のひらの上に降って湧いたナニかは、周囲に赤い光を放つ。
そして光り終わった後には。ヤスの手のひらの上には1つ、赤いリンゴが乗っていた。
「えっ。ヤスさんマジですか」
「当然だ。人命がかかっているかもしれないからな。緊急事態だ」
ヤスは召喚したリンゴを強く握ると、投球体勢に入る。見つめる先には――どうしても開かなったあのドアがある。
これからヤスがやろうとしていることを察したカケルは、後ずさりながらヤスに話しかける。
「いやいや、なにもそこまでしなくても」
「カケル、お前も早く出とけ」
「いや、あのですねヤスさん実は……」
「おおおおおっりゃ!」
「ああああもう知らねっ!」
ヤスはカケルの言葉に耳を貸さなかった。力を込めたリンゴを1つ、ヤスは思いきりドアに向かって投げつける。
もはや手遅れと知ったカケルは店外へと続くドアに向かって、全速力で駆けていく。
その背後で、ヤスが投げたリンゴがドアに接触した瞬間――爆発が生じた。
「ああああやっぱり!」
突如生じた爆発は、あっという間に狭い店の通路を埋め尽くした。店の外を目指すカケルの背後から、凄まじい勢いで爆炎が迫ってくる。
ヤスの魔法は強力だ。強力だからこそ、今この場では危険極まりない。
「ああああもうこんな狭いとこでやる魔法じゃないだろーー!?」
背後から爆風が迫り来る中、カケルは全力で外を目指す。
――◇――◇――◇ 登場人物紹介 ◇――◇――◇――
東海。
シュガー&ソルトのシュガー2。
初対面の相手と接するのが苦手なため、基本的には裏方でいたいと思っている。
加入当初は苦労したものの、今では外傷を与えず対象を眠らせる稀有な魔法を活かし、『梱包班』の一員として重要な役を任されている。
複数魔法発現者。魔法名:『一撃安眠クギバット』『絶対安静プレゼント』『快眠促進タンバリン』ほか。
次回「シュガー3」は2017年03月17日~20日中に更新予定。