第7話 Anotherソルト 塩見 凛(シオミ リン)と宇土精肉店 後編
「あ、それはですね……」
宇土精肉店前に停車していた笹目へ、リンは自分を助けてくれた男性の話をした。
ちょっとしたトラブルに見舞われていた自分を助け、トラックのすぐ側を通っていった。砂糖のように頭の白い男性を知らないかと、リンは笹目・東海・宇土の3名に尋ねる。
数秒ほど場が沈黙した後、笹目から返答があった。
どこか感情を殺した、冷たい声で。
「……勘違いしたんじゃねえの? この先は店の裏手に繋がる一本道だ」
笹目は運転席から身を乗り出し、ある方向を指差しながら言った。
指差した方向はリンが東海とぶつかった場所、トラック後方のすぐ側かつ、店の裏手へ続く一本道に繋がるという、小さな曲がり角だ。
「? ということは、東海さんや宇土さんは、店の裏手の、関係者しか入ってはいけない道から表通りに出てきたったことですよね?」
「ああ。アイツらも関係者だからな」
「なるほど」
「あの道はただの一般人が入っていい場所じゃねえ……だいたい、トラックの影になっていて、どの位置で左折したのか分からないのだろう?」
「それはそうですが、でも男性がたしかに、トラックのすぐ側を左折したのは見えたんです」
リンは宇土と東海の方へ振り向き、2人に言葉を投げかける。
「お2人は、えーとその店の裏手に通じる道からこの場所に来るまでに、誰かとすれ違ったりしませんでしたか?」
「……オレは誰ともすれ違ってない。東海も同じだ」
宇土は表情を変えず、たんたんと解答する。東海はと言えば自信なさげな顔をしたまま、リンに向かって疑問をぶつけてきた。
「あのぅ……」
「? なんでしょう?」
「トラックが視界を遮っていたのなら、その男性がトラックの影に入った時点で、えっと、塩見さんから見て、男性は死角に入ったってことですよね?」
「えーと、そうなりますね」
「なら、トラックのすぐ側を左折したのか、一度トラックの影に入ってから、塩見さんが見えない位置を直進していったのか、分からないと思いますぅ……」
東海は最後まで言い切らないうちに、宇土の影に隠れてしまった。
だが東海の言いたいことは伝わってきた。
位置関係としてはこうなる。
リンが追いかけていた男性は、宇土精肉店の前に停車したトラックの側を左折した。
(トラックの荷物積む部分がちょうど邪魔になってた)
笹目が乗るトラックはリンと対面するように、運転席を前に向けていた。リンのすぐ前にいた男性から見ても、トラックとの位置関係は変わらない。
男性はトラックと対面して右側面、トラック内にいる笹目から見ればトラックの左側面を沿うように進み、トラックの背後へと曲がった。
(私から見て笹目さんが乗るトラックが左斜め前に見えるタイミングで、あの人は左に曲がった。これは間違いない、けど……)
トラックに対面するリンから見て、左斜め前にトラックが見える位置関係で男性はトラックの背後へと回り込んでいった。
そのためリンから見ると、トラック背面の四角い箱部分に男性が隠れる位置関係になってしまった。トラック背面の箱が死角を生んだ位置関係になる。
(左に曲がったあの人がそのまま道を左折して行ったのなら、道の先から来た宇土さんや東海さんと必ずぶつかるハズ……)
現に自分は左折した際、東海と接触してしまった。この位置関係に間違いはないはずだ。
(ってことは、あの人は私に追われてるのに気付いてて、気付いたから私を振り切るためにトラックの影に入って、そのまままっすぐ行ったってことなのかな?)
これなら一応辻褄は合う。
(あぅあー。もう追いつけっこないし、おしまいだな……あの人がトラックの影に隠れた時、とっさにしゃがみこんでいれば良かったのかな?)
しゃがめばトラックの車体の下から、トラックの向こう側を見ることはできただろう。
(いや無理だなー足だけ見て誰か判別するなんて無理無理)
自問自答で自らにダメだしを済ませ、リンはこう結論付けた。
「完全に見失ったー!」
――◇――◇――◇――◇――◇――
白髪頭の男性を見失ったリンは、当初の目的だった『入った人を強制的に転移させてしまう部屋』を探すことにした。
右手にゴマシオを持ち、転移魔法が使用された事後現場の『余震』を探しつつ。左手に握った唐揚げを食べながら、リンは街を歩いていた。
「むぐぐむぐ」
宇土精肉店の方々には無駄な迷惑をかけてしまった。気にするなと言ってもらえたが、何も買わずに帰るのも忍びない。
そこでリンはお詫びとして、店のイチオシ商品である唐揚げを20個ほど買って帰ることにした。
(今話題のヤツだし、ちょうどいいし先生や胡麻さんにも食べてもらいましょう)
友人たちに買って帰る分はすでにリュックにしまってある。
今は自分が食す分だけ手提げ袋に入れ、こうして食べながら目当ての余震を探している最中だ。
リンは唐揚げを1つたいらげ、新しい唐揚げを袋から1つ取り出した。
「……にしても『魔法の粉』なんて言ってるけど、実際に魔法使ったりはしてないんだ」
リンは宇土精肉店イチ推しの『魔法の粉トッピング唐揚げ』を食しながら思考する。
考えてみれば当たり前か。そもそも食品に魔法を使用する事は禁止されている。
例え身体に害がなくとも、魔法を使用した方が使用しない時より美味しかったとしても。調理に適した魔法が使えたとしても、実際に魔法を使用した食品を販売してはいけない。
「まー『魔法の粉』なんて謳い文句で売ってますし。とっくの昔に監査入ってるでしょう……」
なぜかと言えば簡単な話だ。既魔法発現者と非魔法発現者に同等の立場を用意するため、この街では販売される食品に魔法を使用するこが禁止されている。
調理に適した魔法の使用を許可すれば、魔法が使えない人たちの商売が成り立たなくなってしまう。
「監査入った上で、許可が下りてるってことは『魔法使ってないですよ』ってことですもんね」
それほどまでに身体に影響を与える魔法の効果は絶大だ。
だからこそ、魔法の営利使用は厳しく制限されているし、専門の監査局が常に目を光らせている。
単純な利益追求よりも、不和を生まない環境作りこそが尊ばれる。
他は違うのかも知れないが、すくなくともこの街のルールでは販売される食品に魔法を使用してはいけない。そういうルールになっている。
「魔法使えない人たちからすれば、同等であることはとても大事なことなんでしょうねー……」
リンがこんな考えをしてしまうのも、耳に刺さるある団体の声が原因だろう。
リンが思考を冷ませば、どこにいても聞こえてくる騒音が耳を奪う。
この声は間違いない、中央公園で集まって騒いでいた連中の声だ。
いつも中央公園で騒いでいる『非魔法発現児にも既魔法発現児と同等の教育を』を目標に掲げる騒がしい連中――通称『同等組合』の奴らの声に間違いない。
「まあでも、道に迷っても中央公園の位置がすぐに分かるのは……利点かな?」
いつも決まった場所で大声を出してくれているのは、目印として役に立つ。
入り組んだ裏路地に入ってしまった時や、今日のように突然見知らぬ通りに落下してしまった時。こういった時にあの騒音が聞こえてくる方角を目指せば、自然と中央公園にたどり着くことができる。
「騒音だって使いようで役に立つ。さすが先生、良いこと言います!」
リンはカケルから教えられた言葉を思い返しながら、中央公園を目指す。
その道すがら、同等組合の人たちについても考えを深めていく。
「うーん……『魔法発現児だけでなく、可能性児にも同等の待遇を』、かぁ……」
正直言って、リンはあの連中が言っていることに共感できない。なぜならリンは生まれた時から魔法を発現していたからだ。
リンと非魔法発現児との思い出と言えば、立場が違うことからくる認識のそごが生んだ、無益な衝突を繰り返してきた思い出しかない。
非魔法発現者と既魔法発現者とでは、思想・嗜好が大きく違う。
どれだけリンが違うと言っても、非魔法発現者の人たちにリンの言葉が正しく届かないことなど、何度もあった。
別におかしいとは思わない。そういうものだと、とうの昔に理解は済んでいる。
「相容れない、厄介そうな人には関わらない。これが両者にとって1番です……ってアレ?」
リンがそう結論付けていると。手に持つゴマシオが反応した。
あわててリンは機器を再確認する。
「……間違いない。転移魔法の余震です……」
ゴマシオが示す反応を追って、リンは裏路地へと足を踏み入れた。手に持つ機器の反応を頼りに、知らない道を突き進む。
そしてリンは、ある店の前へとたどり着いた。
細い裏路地で唯一明かりを灯す店の外装は、白黒2色の市松模様。窓のないドアへ打ち付けられた看板には、こう書かれている。
「えーと……『シュガー&ソルト』……?」
リンは看板から視線を外し、店の全体を把握しようとする。
余震反応の発生源は、裏路地の一角にある不思議な店の前で間違いない。横幅は狭く、外観だけではなんの店かまるで分からない店だ。
「……なんでウチと同じ名前なんでしょう?」
不思議なことに、リンがカケルや胡麻と一緒に営んでいる解決屋の名前もまた、シュガー&ソルトだった。これは偶然の一致と考えていいのだろうか。
(うーん。余震反応があるし、店の名前がウチと一緒……気になりますね!)
リンは自らのモットー――『迷う前に行動』を優先することにした。
まずは背負っていたゴマシオを地面に置き、自らの背中に接してた面のジッパーを下げる。次にボタンを覆っていたキャップを回し、外す。
誤作動を防ぐためのストッパーをすべて取り外し、リンは赤いボタンを押した。
「……よし! 先生への連絡完了っと」
リンがカケルへ件の噂について調査許可を取ろうとした時。カケルは『入った人を強制的に転移させてしまう部屋』をまったく信じていないようだった。
だが現に、自分はこうして怪しい店を見つけることに成功している。
カケルへの発見連絡と、自分が正しかったことの証明を兼ねて。
リンはカケルに向かって、ゴマシオに内蔵された救難信号を発した。
「……うーん。ただ待ってるだけってのも助手として失格な気がする……」
リンはゴマシオを背負い直し、すこしだけ考えた。
このまま店の前で、カケルを待っているだけでいいのか。できる限り、自分なりに調べられることをした方がいいのではないか。
(ちょっとだけ入ってみましょう。大丈夫、危なそうなら、すぐに出れくればいいだけですし……)
リンはカケルを待たず、単独で店内に入ることを選択した。
危なくなったら、すぐに引き返せばいい。
そんな考えで、リンは怪しげな店の中へと、入っていった。
だがしかし。リンが入っていったドアの前で何時間待とうとも。
リンが再び、このドアを通って出てくることはなかった。
――◇――◇――◇登場人物紹介◇――◇――◇――
塩見 凛。
解決屋『シュガー&ソルト』で佐藤 翔の助手を担当している。
『迷う前に行動』がモットー。たびたび1人で突っ走り、その度にカケルから注意を受けている。本人はカケルから怒られてもあまり気にしていない模様。
複数魔法発現者。
魔法名:『もしもの時の自衛手段』、『風に乗せて』ほか。