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第4話 Anotherシュガー 『人を強制的に転移させる部屋』

 かけるは転移魔法をもちい、犯人の頭上から金たらいを落下させた。

 そして頭に不思議な金たらいの直撃を受け、犯人は倒れた。

 ならば犯人が手に持っていた、大きな魚はと言えば――当然地面に向かって落下する。

 犯人を取り囲んでいた警官隊は、犯人そっちのけで落ち行く魚へ殺到さっとうした。


「今だ! 確保ー!」


 警官隊の内の1人が魚の落下地点に滑り込む。間一髪、地面に触れる前に魚を確保できたようだ。


「確保しました! 魚は無傷です!」

「よくやった! これで魚屋さんへのメンツは保てたな!」


 魚を確保したことで、辺りを包んでいた緊張感が消え失せた。険しかった顔すべてに、今では笑顔があふれている。

 事態が上手く収まったことを確認し、ヤスは満足気に胸を張った。


「よーし。人的被害無し、損壊物無し、おまけに後片付けが面倒になりそうな要素も無し。満点だな!」

「……それじゃヤスさん。俺は犯人の身柄引き渡してきますから。いつものよろしくお願いします」

「おうよ」


 かけるはヤスに何事か頼むと、犯人に向かって歩き始めた。即座にヤスは通信機を取り出し、誰かと連絡を取り始める。

 かけるは歩きながら片手に光を灯す。すると、何もない空間から縄が降ってきたではないか。

 かけるにとって縄が降ってくることなど当たり前なのか。降って湧いた縄を掴むと、軽く振り回しながら犯人に近付いていく。

 かけるは警官隊の人垣を通り抜け、倒れている犯人を縄で縛り始めた。そんなかけるの様子に気がついたか。1人の警官が、かけるに向かって話しかけてくる。


「お、かける君。今日も悪いねぇ」 

「いえいえ。面倒なことを解決してこそ解決屋ですから……タカさんもお疲れ様です」

「いやー今回は楽な捕物とりものだったし、そう言われるほど活躍してないしなぁ」


 かけるにタカと呼ばれた警官は、居心地悪そうに首の後ろに手をあてた。

 かけるよりも年上に見えるが、どこかかけるに遠慮している雰囲気がある。

 2人にとってはこれが平常なのだろう。かけるは転移させた縄をタカに突き出し、確認を取る。


「それじゃ、これからこの縄で犯人を拘束します」

「はい……うん、純正品に間違いなし、っと」


 かけるとタカ。2人がなにやら不思議な確認を取っている間、辺りの警官隊は犯人に近付こうとはしない。それぞれが好きに言葉を発し、次の命令を待っているようだ。


「…………この魚、買い取りになるんですかね?」

「だろうな。ならどうやって食うよ? あぶり焼きにして食うか?」

「刺し身一択でしょ! …………」


 なぜ警官隊は犯人近付かないのか。なぜかけるが犯人を縛り上げているのか。

 単純な話、こうした方が面倒な手続きを省けるからだ。

 かけるのような解決屋は、こうして突発的に魔法を発現した者が暴れた際、チームを組んだ警官隊が随伴ずいはんしていれば、面倒な手続きを踏まず確保することを認可されている。

 そして警官隊が突発的な魔法発現者を捕まえるのではなく、突発的な魔法発現者と同じ民間人である、解決屋の魔法発現者が捕まえることに意味がある。


「いやーかける君には、いつも助けてもらってばかりだなぁ」

「こちらこそ。今回なんて、タカさんたちの大がかりな誘導があったからこそですよ。こんなに楽に済んだのは」

「そう言ってもらえると嬉しいねぇ」


 確保権を選ばれた民間人にも与えることで、警官隊の横暴を阻止する。そのための権力の分散――などとうたってはいるものの。実際のところは面倒な手続きをはぶくために、確保関連だけを解決屋に丸投げしているだけだったりする。


「……お、着いたか」


 とある車の移動音を耳でとらえ、ヤスは視線を音がする方へ向けた。するとほどなくして。トラックが数台裏路地に入ってきた。

 進入してきたトラックたちは、すべて同じ車種だろうか。運転席のすぐ後ろに大きな金属製とおぼしき箱を取りつけただけの、機能性を重視した造形をしている。裏路地に入ってきたトラックすべてが、荷物の運搬を主な用途に据えたトラックばかりだった。


「おいおまえらー! 業者さん来たから道空けろー!」


 ヤスは大声を出し、トラックたちが進入できる空間を確保するために指示を出していく。

 声を聞き届けた警官隊は順次道を空け、トラックはそれぞれ所定の場所に停車した。

 するとトラック後部の箱がひとりでに開いた。おそらく荷物を積む運搬スペース内に、誰かが待機していたのだろう。開いた箱の中から続々と、同じ格好をした人たちが裏路地へと降り立っていく。

 そんなトラックたちの内、1台だけがヤスの目前で停車した。

 目の間で停車したトラックの運転席から、誰かが降りてきたかと思えば。降りてきた誰かはヤスを補足すると、足早に近付いてきた。


「相変わらず早いな」

「待機してましたから。今回も見事な手際でした」


 近付いてきた男性は被っていた帽子を取り、ヤスと挨拶を交わす。

 年は20代前半くらいか。髪は短い。人あたりも良さそうだ。

 帽子を取った男性は、ヤスの足元に落ちていた金たらいを見つめながらこう言った。


「解決屋さんの転移魔法、見事なものでしたね~……でも、なんで金たらいなんですか?」

「これが一番合理的なんだとさ」

「へぇ。合理的……いきなり犯人の頭の上に金たらいが降ってきたかと思ったら、一撃で犯人が倒れてましたね。この金たらいを使う、なにか条件でもあったんですか?」

「遠かっただろうによく見えたな……条件があったってより『条件を満たすのに、このたらいが丁度良かった』が正しいか?」

「満たす条件ってなんなんです? 気になります」

「それはだな……これ持ってみな」


 なぜか自慢げに。ヤスは地面に転がっていた金たらいを掴むと、男性に向けって突き出した。男性は恐る恐る、差し出された金たらいを掴む。


「失礼します……おっ、思ってたより大分軽いんですね。指で触っただけでベコベコ凹みますし」

「柔らかいのはな、金たらいが当たった犯人を傷つけないためらしい」

「へぇ……」


 金たらいの直径は50センチ以上あるが、見た目よりもいく分と軽い。

 男性は金たらいを掴む指に力を込める。すると金たらいは簡単に凹み、軽快な音を鳴らした。男性は金たらいを振り回しながら、興味深そうに観察を続ける。


「……コレ、昏倒こんとう属性を付加してるのかな?」

「正解だ。いい目を持ってるじゃないか」

「仕事柄、いろんな魔法が見れますから……それにしても大きいたらいですね。これにはどんな意味が?」

「たらい自体が大きいのは『落下させるたらいを、相手に当てやすくするため』だそうだ。材質は派手な音が鳴るモノを選んだって聞いてる」

「なんでですか?」

かけるの昏倒魔法を成立させるには3つの条件があってだな。1.相手の頭部への接触。2.特定の音を聞かせる。3.最後に光を見させる、の3行程が必要なんだとさ」

「なるほど……それで相手の頭に当てる必要があるから、この金たらいを使う。そして音を聞かせないといけないから、音が鳴りやすい材質にしている」


 ヤスの説明に納得した男性は掴んでいるたらいを自らの頭に当て、たらいが頭に当たったジェスチャーをした。


「その通り……ちなみにその金たらい、熱湯をかけるだけで元の形に戻るぞ」

「うわ、便利ですねそれ」

「だろ? だから多少凹んだって大丈夫だ。出来る限り使い回せるよう、かけるなりにいろいろ試行錯誤した結果がこの金たらいらしい。いやーケチくさいよな」

「――無駄を省いているだけですよ」

「んお? おおかける、終わったのか」


 背後から割り込んできた声に、ヤスが注意を向けると。犯人を確保する手続きを済ましたかけるが、ヤスと男性へ近寄ってきている最中だった。

 男性と金たらい談義をしていたヤスに、かけるは迷惑そうな顔をしながら話しかける。


「ヤスさん。あんまり秘密をバラさないでくださいよ……そちらの方は?」

「ああ、彼はひいきにしてる清掃会社さんの人だ」


 ヤスからの紹介を受け、男性はかけると対面し自己紹介を始めた。


「はじめまして。右近うこんって言います。ヤスさんにはいつもお世話になってます。佐藤翔さとうかけるさん、ですよね?」

「どうも。清掃会社? ってことは」

「そうだ。今回みたいに犯人が暴れた後は彼らに頼んで、街を綺麗にしてもらってる。いつもはかけるが確保した犯人を連行してる時に来てもらってるから……そうか初対面か」


 説明しているかと思えば勝手に納得する。そんなヤスはほうっておいて、かける右近うこんに集中することにした。


佐藤さとう かけるって言います。いつもお世話になってます」

「いえいえこちらこそ……かけるさんってこういった方だったんですね。ヤスさんからいつも話聞かされてて、どんな人なのか気になってました」

「それはどうも……ずいぶんとその、俺のたらいが気になってたみたいですが」

「ああ。すみません、つい」


 右近うこんは手に持っていた金たらいをかけるに差し出してきた。かけるは直接受け取らず、指先に光を灯す。うっすらと発光した金たらいは、一瞬の間に姿を消した。かけるが金たらいを転移させたのだ。


「おおー。見事な転移魔法ですね」

「これで飯食ってますんで。そんなに珍しいものでもないでしょう?」

「いやいや、転移魔法なんて中々お目にかかれませんよ。許可無しで使ったらすぐ捕まっちゃう類の魔法ですし、使える人も少ないですし」

「まあたしかに、転移魔法の取り扱いには結構厳しい制限がかかってるからな……そうだ!」


 ヤスが会話に割り込んできたかと思えば、突然自らの手を叩いた。ヤスの意図が読めず驚く右近うこんと違い、かけるはいたって冷静に。ヤスの発言を拾い上げ、話を広げる。


「?」

「いつものことですよ……それでヤスさん、何が『そうだ』なんですか」

「転移魔法だよ!」

「いやだから転移魔法の何が」

かけるも聞いたことあるだろ? 今話題になってる『入った人を強制的に転移させる部屋』の話だよ」

「最初からそう言ってくださいよ。俺読心(どくしん)なんてできませんから………人を転移させる部屋? あの噂のことですか?」

「ああ、それなら聞いたことあります」


 右近うこんはポン、と手を鳴らし、自分が聞き覚えた噂話をし始めた。


「都市伝説みたいな話なんですけど。実はこの街のどこかに、部屋の中に入った人を無理やり転移させる不思議な部屋があるとかなんとか。自分でも知ってるくらいだし、結構噂になってますよね」

「ああ。しかもこの話、単なる噂話じゃねえ」

「噂話だけど噂話じゃない? ヤスさん、もうちょっと詳しくお願いします」

「ええとだな……強制的に転移させられる部屋の話ってのは、実は結構な頻度でウチの窓口に相談がくるらしい。でもな、それがおかしなことに被害をこうむったって人は出てこねえんだわ」


 ヤスからの返答を受け、かけるは自らの眉にシワを寄せる。ヤスの言葉への疑いを隠そうともしない。なかばあきれながら小さくため息をつく。

 バカバカしいと言外にアピールしながら。かけるはヤスに持論を述べる。


「……誰からも被害届が出てないんだったら、この噂が単なる噂話だっていう証明になってるんじゃないですか?」

「いや、それが実際に転移させられたって人はいるんだよ」

「?? 実際に転移させられた人がいるのなら、被害出てるじゃないですか」

「いや被害じゃねえんだわ。『転移する部屋に入ってしまったんだけど、転移したら目当ての場所に一瞬で行けて、感謝してる。でも誰に感謝すればいいのか分からん』って、3丁目のコメばあちゃんから相談があったっつう話でよ」


 これにはかけるも数瞬戸惑った。強制的に転移される部屋が実際にあるとしても、転移させられた先が目当ての場所になることなどあり得るのだろうか。あり得るのだとしても、そんな部屋を作る意図が読めない。 

 かけるは自分にとって不可解な返答をもらい、ついつい意地悪な答えを返してしまった。


「……あのバアさんがボケてるだけじゃないんですか? それ」

かけるお前、失礼なこと言ってんなよ。コメばあちゃん毎日元気に走り回ってるだろうが」

「身体は元気でも、ボケてる可能性あると思うんですが」

「お前なぁ。それに、他にも転移させられたって相談があってだな、それは――」


 2人の会話に割り込むように、タカがヤスに声をかけてきた。


「ヤスさん!」

「どうした? タカ」

「どうやらこの近くで「強制的に転移させられる部屋」に関する通報が入ったみたいです」

「……話せ」


 ヤスの雰囲気が変わる。辺りで休憩していた警官隊も、自然とタカの報告を聞き漏らすまいと聞き耳を立て始めた。


「はい。通報してきた場所はここのすぐ近くにある裏路地の一角で間違いないとのことで、通報者は少年と思われる若い声の男性、自分の名前は『コショウ』だと名乗り、そして『自分は今強制的に転移させられる部屋に入ってしまった、助けてくれ』と、電話越しに伝えてきたそうです」

「――イタズラ電話の可能性は?」

「その可能性もありますが、応対した者によると、通報者は相当錯乱していた模様で、『突発的に魔法を発言した一般人の可能性も高そうだ』とのことです」

「分かった、ご苦労さん……かけるよ、どう思う?」

「どうって、どうせただのイタズラ電話だろうな、としか――」


 軽く長そうとしたかけるの言葉を、大きな警報音がさえぎった。

 かけるは素早くふところに手を入れ、音の発生源を掴みだす。

 周囲の人が驚く中翔かけるは音の発生源に手を当て、音を止めた。


「どうした?」

「……ウチの助手から、救難信号が来ました。場所は結構近くの……裏路地からみたいです」

「助手って、塩見しおみちゃんか?」

「ええ……アイツ、実は今ちょうどその『人を強制的に転移させる部屋』について調べてる最中だったみたいで……俺はそんな部屋信じてなかったんですけど」

「それで?」


 ヤスからの真剣な問いただしを受け、かけるはどこ言い辛そうな態度を取る。そして目を伏せがちにしながらこう続けた。


「それで『もしそれらしい場所を見つけたらコレのスイッチ入れて知らせろ』って教えといたんですけど……見事に鳴りましたね」

かける君。その救難信号が出てる場所、教えてもらえるかな」

「いいですよ、場所は――」


 かけるの告白を聞いたタカが近寄ってきた。そして持っていた地図を広げながら、何やら確認を取り始める。

 時間にして1分もかからなかっただろう。確認し終えたタカは、真剣な面持ちでヤスに話しかける。


「……ヤスさん。塩見しおみさんが救難信号を出した場所と、今回かかってきた通報者が電話した位置が、ほぼ一致しました」

「……こりゃあイタズラじゃあなさそうだな……」


 ただのイタズラ電話だけならともかく、かけるの助手からの救難信号まで重なった。しかも両者とも同じ場所から発信された可能が高いと言う。

 これを偶然で済ませるほど、ヤスは間の抜けた人間ではなかった。


「……よし! 右近うこんさん。どうやら次の用事ができちまったらしい。この後の街の清掃、全部任せちまってもいいか? ホントすまん」

「いえ。ここは任せてください。ヤスさんたちも、お気をつけて」


 ヤスからの依頼を右近うこんは嫌な顔1つ見せず了承した。これでうれいなく次の事件が発生した現場へ迎える。

 ヤスは両手を大きく回しながら、付近にいた警官隊へ指示を出していく。


「街の清掃は右近うこんさんたちに任せて、俺らはその裏路地に向かうぞ!」

「了解です。すぐに動ける人員を集めてきます」


 警官隊たちもそれぞれが動き出した。どうやら次の事件が自分たちを待っているようだと、警官隊全員が理解したのだろう。


「よっしゃ。次の目標は噂になってる『人を強制的に転移させる部屋』絡みらしいぞ。みんな気合入れていけよ!」


 ヤスが大声で檄を飛ばした。


「了解ですっと……」


 ヤスが行くと言う以上。助手が救難信号をだしている以上。

 ヤスのパートナーである翔もまた、次の事件現場に向かわざるを得ない。


「人を強制的に転移させる部屋、か……」


 こうしてヤス率いる警官隊数十名と、解決屋兼探偵モドキを営む佐藤翔さとうかけるは。


「……面倒なことになりそうだな……」


 足を踏み入れた者を強制的に転移させる、不思議な部屋にまつわる事件へと。

 望まぬ内に、巻き込まれていくこととなった。

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